「リアリティ」は実際の犯罪捜査の尋問の再現なのに奇妙な感動があって見応えあり。

今回は、平塚のシネプレックス平塚5で「リアリティ」を観てきました。横浜の近所では上映してない映画が、茅ケ崎や平塚のシネコンで上映されていることがありまして、これもそんな1本。事件の事情聴取の記録を再現した映画だというくらいの事前情報でスクリーンに臨みました。
買い物の帰り、リアリティ(シドニー・スウィーニー)が家の前に車を停めると、車の窓をノックする男、そこにはカジュアルな恰好のおじさんが二人。二人はFBIだと名乗り、彼女に聞きたいことがあると言います。彼女が車を降りて、話を聞こうとするとさらに他の男たちも姿を現し、捜査令状があるので家を調べると言い出します。家に犬がいるので、外へ出し、どこか落ち着いて話ができるところへ移動しようということになり、彼女の家の奥部屋へと移動します。おだやかな口調で親しげに話しかけるFBIのギャリック(ジョシュ・ハミルトン)とテイラー(マーチャント・デイヴィス)が言うには、どうも彼女が機密事項の漏洩に関与しているみたいです。なかなか本題に入らない二人のFBI捜査官は、リアリティから何を聞き出そうとしているのでしょうか。
2016のアメリカの大統領選で、ロシアがトランプが有利になるようなネット工作をしたという事件は、ある女性からのメディアへのリークで公になったとされています。その女性がFBIに尋問された際の録音を書き起こして、そのまま再現した舞台劇「Is this a Room?」を作ったティナ・サッターが映画用の脚色をしてメガホンを取りました。映画は82分というタイトな尺で、彼女の家での尋問の様子を再現し、少しだけその事件についてのテレビ報道を見せるという大変シンプルな作りです。そんなシンプルな作りの中で、濃密な会話劇が行われる緊張感がまず見応えがあります。さらに、政治的な問題を織り込みつつ、事実と報道のギャップとか様々な事件の側面を見せ、そして、最後には奇妙な感動があるという不思議な映画でした。別に泣けたわけではないので、感動という言葉は適切なじゃないかもしれませんが、心を揺さぶる何かがありました。今年観た映画の中では、一番「すごい」映画かも。
最初に登場するヒロインはいかにも普通の女の子という感じです。ギャリック捜査官と犬についての会話をしているあたりの世間話の尺が結構長いのですが、彼がどこまで彼女の周囲を押さえているのは、そのことを彼女がどこまで気づいているのかといったところがサスペンス映画のごとく緊張感があって、目が離せません。あまりにも、普通の会話だからこそ、目が離せない緊張感が続くという面白さが見事でした。舞台よりも、カメラが登場人物に寄れる映画だからこそ、普通の会話での緊張感がより出たように思います。主要登場人物3人の会話だけで淡々と進んでいくのですが、常にどこか緊張感をはらんだ演出が続きます。特に要所要所で流れるネイサン・ミケイのシンセサイザーによる音楽が単調な会話の流れの中に不穏な空気を察知させたりするあたりが見事でして、最近の映画の中では、音楽を最大限に使い切った作品だったように思いました。サントラ盤は出ていないようですが、ネイサン・ミケイの名前は覚えておいた方がよさそうです。
捜査官は、あくまで任意だからということを強調し、リアリティから事実を聞き出そうとします。彼女が、彼女が国家安全保障局(NSA)契約社員でペルシャ語など中東の言語に精通していて、中東への空軍に従軍したいと思っていたのですが、なかなかその希望がかなえられないまま、中東情報の翻訳をしていたこと、そして、NSAの機密情報にアクセスする権限を持っていたことが尋問の中からわかってきます。若いのに、なかなかの野心家で勉強家らしいのですよ。(アメリカだとそういうのが普通なのかしら)二人の捜査官は、かなり事実関係を押さえた上で尋問しているようなのですが、「これはこういうことだろ」と決めつけた言い方をしないで、あくまで自発的な彼女の言葉を待ちます。彼女の言葉に対して、FBIが知っていることを小出しにするやり方で、追い詰めていくのですが、その際も、彼女が前言を翻すような言動をしても、その矛盾を突くようなことはせず、その新しい言葉をもとに更に話を進めるというやり方です。それも、彼女の家の中で行う尋問でして、必要以上にプレッシャーを与えることで、彼女の言葉を奪わないように気遣いをしているのですよ。へー、やけに紳士的で忍耐強いなあって感心。どうも、彼女を凶悪犯だとは考えていないようで、それでも情報リークした動機を聞き出したいみたいなんです。
会話は、声を荒げることなく、淡々と進むのですが、そのなかで、FBIの思惑や、リアリティが抱えている不満や苛立ちが透けて見えてくるのですよ。言葉のやり取りだけの映画なのに、その言葉の裏の部分が伝わってくるのが圧巻でした。二人の捜査官もあくまで職務を遂行しているのに、きちんと人間として描かれていまして、平静を装うリアリティも一人の人間として奥行きを感じさせます。実際の尋問記録を映像化しているのに、単なる事実だけでなく、人間ドラマの域にまで持って行ったティナ・サッターの演出は素晴らしく、すごく平易な会話の中で、人間をきちんと表現した演技陣もすごいと思います。特にリアリティを演じたシドニー・スウィーニーのずっとアップの絵での演技はマジですごい。
この先は結末に触れますのでご注意ください。(まあ、結末は報道されている事実が説明されるだけですが)
FBIの質問は、なぜを積み上げていくやり方で、リアリティがかなりまずいことをしたということ、しかし、それは利益やイデオロギーのためではないと思っていることを伝えます。最初は平静を装っていた彼女ですが、機密漏洩の話をされた時、自分から印刷した情報の話をして、そこを指摘されて、少しずつ動揺の色が見え始めます。最初は、情報の持ち出しは一切ないと言いきっていたリアリティですが、だんだんと印刷はしたかも、でも見たら廃棄ボックスに入れてるしになって、最終的に、印刷したものを隠して持ち出して、メディアへ郵送したことを自供するのでした。自分の家を出た彼女を別の女性捜査官が彼女に手錠をかけて連行します。ニュース画面が出て、彼女について典型的なリーク犯のように語られ、さらにリアリティが姉にペットのことを気遣う電話の録音が流れ、彼女が即裁判にかけられ、5年の懲役という重い判決が下り、再三の保釈要求は却下され、今は刑期前ですが、監察下に置かれた状態で暮らしているという字幕が出て、エンドクレジット。
ラストで彼女が罪状より重い量刑となっていること、この事件が外国による大統領選介入よりも情報漏洩の方にスポットライトが当たっているということを訴えてきます。映画で描かれるプライベートな行動に対するメディアや政府の取り上げ方がおかしいというのは、この映画のリアリティを見ていると、すごく腑に落ちました。事実は一つだけど、それに対する政府、メディア、司法の対応は何か偏向しているのですよ。それに、これがロシアのネットによる選挙に対する違法行為は、またこの先も起こり続けるであろうこと、それがアメリカのある人たちにとって利益になるらしいというところまで見えてきます。そういうヤバい深読みができる一方で、リアリティと捜査官のやり取りには、奇妙な感動がありました。事実に対する真摯なアプローチと言うのかな。もちろん、FBIの捜査官は自供を導くための細かいテクニックを使っているのでしょうけど、それは選挙候補のネット誘導による印象操作のような陰湿でも悪質でもなく、リアリティに本当のところを語らせることにフォーカスしていて、リアリティも捜査官に対して敵対心や恐怖心を持たずに会話しているところが、私にはツボだったみたいです。人と人との会話劇でいて、犯罪捜査でいて、そこにサスペンスはあるのですが、きちんと人に対する敬意が感じられるのに、それがネットやメディアに乗った時の扱いの酷さや歪曲や思い込みが何か不快なんですよ。この事件を、こういう形で切り取ることで色々なことが見えてくるという発見の多い映画でした。2023年のベストワン映画ですね、これは。
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