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「シネギャラリー1,2」は静岡の映画館の台風の目

静岡の映画館で、大事なところをまだ記事にしていませんでした。静岡シネギャラリー1,2です。

静岡の映画館は、日映が経営する静岡東宝会館と、静活の経営するシネシティザートという2つのシネコンがメインとなっています。静活が七間町に映画街を持っていたころは、静岡東宝会館とは隣接した共存関係にあったのですが、静活が七間町の全ての映画館を閉館して、静岡駅近くのシネシティザートを開館してから、七間町はかつての集客力を持たなくなってきています。その頃からか、静岡東宝会館のラインナップには、ミニシアター系の作品が少しずつ増えてきているようで、若干は映画館としてシネシティザートとの色分けを図ろうとしているように見えます。一方のシネシティザートはメジャー系オンリーのラインナップで、ショッピングセンター系シネコン色を強めていて、静岡東宝会館とシネシティザートだけでは、映画ファンの喉を潤すには十分とは言えない状況になっています。

そんな中で、映画好きの人が足を運ぶ場所が静岡シネギャラリーなのです。臨済宗のお寺さんの施設であるサールナートホールという建屋の3階に、45席のスクリーン1と47席のスクリーン2を擁しています。とにかくちっちゃな映画館でして、座席数見合いで考えてもスクリーンサイズはちっちゃいですし、座席のシネコンのようなゆったり感はありません。座席は自由定員制で、発券時に整理券を配って、整理券の番号順の入場となります。食べ物の販売はなく、ジュースの自販機があるだけでして、場内の飲食は禁止。上映前のアナウンスでは、「上映が終了して場内が明るくなるまで、席を立たないでね」というお断りもつきます。(それでも、エンドクレジットで席を立つ人はいるんですが)また、何かの拍子で、この劇場のキャパではお客さんをこなせない映画がかかるときもありまして、その時は、1階の多目的ホールで映画が上映されることになります。

立体音響とDLPの設備は入っていまして、最近はほとんどDLP上映になっています。ドルビーデジタルの設備が入っているかどうかは不明ですが、音響効果はまあまあって感じです。ただ、DLPによる上映は画質がよくなくって、他のシネコンのDLPのクリアさを期待すると残念なことになります。これは、少しずつ改善されつつはあるようなので、様子見という感じでしょうか。

ここで上映される映画は、静岡東宝会館やシネシティザートで上映されない、ミニシアター系の映画がメインというか、基本メジャーな映画は、シネコンにかかるので、そこで上映されない、アジアやヨーロッパの映画、アート系の映画、ドキュメンタリーなどはここで上映されます。昔のアートシアターミラノのポジションにあたる映画館になりましょう。ただ、「アーチスト」「最強のふたり」「世界でひとつのプレイブック」といったヒット作もここで上映されていまして、静活や日映が取りこぼした映画のサルベージをやっているという一面もあります。

最初に行った時は、なんてちっちゃい映画館なんだって思いました。私が行ったことのある映画館ですと、移転前の仙台チネラヴィータとか閉館しちゃったけど関内MGA2(関内アカデミー2と言った方が通じるかしら)や銀座シネパトス3、新宿ピカデリー4とかがちっちゃかったという記憶があるのですが、それらといい勝負って感じでしょうか。それでも、スクリーンを上目の位置に置いてあるので、前の人の頭で見にくいってことはなく、慣れてしまえば、いつものシネギャラリーってことになります。後は映像がもっときれいになってくれればいいのですが。ともあれ、映画ファンならここへ通えば、その年のベストテンは作れる、そんな感じの映画館です。

後、細かいことかもしれませんが、スタッフのお姉さんの対応がすごくいいです。シネシティザートのスタッフさんはどうもバイトっぽさを拭いきれないのですが、ここは、映画が好きでやってます感が感じられるのです。また、観客には若い人は(ほとんど)いません。ご年配の方が行儀よく映画を鑑賞することで、映画館としてのカラーが決まっていくという感じでしょうか。ただ、私が学生だったころ、こういう映画が上映されたら、せっせと足を運んだと思うのですが、20代以下の若い人に遭遇したことないのは、ちょっと不思議です。

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静岡の七間町から映画街がなくなっちゃいました。

静岡の七間町の静活(会社の名前です)の映画館街が閉館しちゃいました。その街に映画街があるかどうかは、私にとっては、その街の文化の尺度だと思っています。でも、昔ながら映画街はどんどん姿を消しています。私の住む横浜の伊勢佐木町の映画街もなくなってしまいましたし、映画街まではいかないまでも、10館ほどの映画館を擁していた藤沢からも映画館はなくなり、そして、今度は故郷の静岡からもなくなってしまいました。七間町には、東宝系の静岡東宝会館という映画館ビルは残るのですが、昔からあった映画館が一気になくなっちゃうのは、静岡の街の顔が変わってしまったような気がします。
 
今回、閉館になったのは、大劇場としての、オリオン座、ピカデリー1、有楽座。中堅劇場のピカデリー2、ミラノ1、3、ピカデリー・ゼロ。小さな劇場の、ミラノ2と小劇場。9劇場がなくなっちゃったわけです。新しく静岡にシネコンができることがあって、古い映画館は一気に閉館ということになりました。施設の老朽化は確かにありましたが、それでもシネコンとは違う、それぞれに顔を持った映画館が街の一角に固まってあったというのは、静岡の大きな財産だったのです。ともあれ、映画の上映は、シネコンへ移るわけなので、こちらは10スクリーンありますから、差し引き1スクリーン増えたということになります。ただ、小劇場は、全国でも数少ないピンク映画の上映館でした。これはさすがに引き継がれないと見えて、静岡からピンク映画の灯は消えてしまったということになるのでしょう。
 
新しいシネコンのHPを観て驚いたのは、10スクリーン中フィルム上映ができるのは、4スクリーンのみ。後は、デジタル上映専門なんです。フィルムで映画を観るのが、贅沢になっちゃう日も近い、というかもう来ているのかもしれません。
 
静岡の映画街がなくなるにあたっては、オリオン座についての記事はたくさん見かけますので、閉館する映画館の中で最もマイナーなミラノ2について書いてみます。

映画館街に最後に行ったのは、9月18日、静岡ミラノ2での「くまのプーさん」が最後でした。ここは、写真にもありますように、普通の映画を上映している中では一番小さいところでして、もとは、そこそこあった映画館の2階席を映画館として独立させたものです。座席の前後も狭いですし、2chでの評判もよくないのですが、なぜか静岡に帰ったときはここで映画を観ることが多くて馴染みの深い映画館です。音響はデジタルではありませんし、スクリーンはやや見下ろす感じになるのですが、それでも快適な映画鑑賞ができました。

 

その昔、静岡日活が、ロマンポルノになってから、並木座と名前を変え、その2階席を独立した映画館として、静岡カブキとしたのが、ミラノ2の前身です。静岡カブキは、洋画ポルノの専門映画館だったのですが、洋画ポルノの衰退とともに、ミラノ2に名前を変えて普通の映画を上映するようになりました。ここで初めて観た映画は、中国映画の「紅いコーリャン」でした。当時は、スクリーンが妙にギラギラ反射する材質のもので、あまり見易い映画館とは言えませんでしたが、それでも、メジャーでない映画をたくさん上映する映画館として位置づけられていました。
 
その後、スクリーンは張り替えられて見易いものとなり、ドルビーステレオの音響も設置されました。そして、静活が、映画館街を一つのシネコンのように見立てた運用をするようになってからは、大きな映画館で上映されていた映画をムーブオーバーする、シネコンの小さなスクリーンのような役割も担うようになりました。最近は、アート系の映画は、静岡シネギャラリーで上映されるようになり、この映画館としてのカラーもなくなってしまいました。
オリオン座が静岡を代表する大劇場なら、ミラノ2は下駄履き感覚の敷居の低い映画館です。以前は、エンドクレジットの出ている途中で、掃除のおばちゃんが入ってきちゃうようなこともありましたけど、それもまたご愛嬌ということで。
 
ともあれ、静岡から映画街が消えてしまいました。

地方で映画の2館同時上映って珍しかったという記憶

「エクソシスト」のBDを観て、封切公開の時、あまりの混雑に、他の映画館も急遽番組を「エクソシスト」に変えてたことを思い出しました。静岡で、同じ映画を2館で公開するというのは、当時はなかったのではないかと思います。静岡で一番大きなオリオン座で上映していたのですが(しかも当時は2本立て)、あまりに人が溢れてしまい、向いにある、名画座でも上映することになって、係員が「名画座でも上映してますのでー」って叫んでいました。

東京ですと、「スター・ウォーズ」を日劇とテアトル東京で同時に公開するといったことはよくあったのでしょうが、地方ではそういうのは少ないのではないかと思います。今は、静岡でも、「ハリー・ポッター」シリーズなんてのが、オリオン座と有楽座という洋画2トップの劇場で同時公開されるようになりました。いわゆる、映画街全体を一つのシネコンみたいに扱うようになってからは、そういう上映も普通になっちゃいましたが、まだ、私が子供の頃は、映画館ごとのカラーが明快だったように思います。

私の記憶で残っているのは、70年代ですと「キングコング」がオリオン座で字幕版、名画座で日本語版が同時公開されていたのを思い出します。名画座という映画館は、2館公開のサブ的な位置づけで使われることが多く、「エイリアン」「スーパーマン」「復活の日」「野性の証明」などは、メイン館+名画座という公開になっていました。名画座は、メイン館に比べるとスペック(スクリーンの大きさ)が格段に落ちるので、かなり格差のある興行だったのですが、私はこれらの映画を全部名画座で観ました。「未知との遭遇」はオリオン座とアートシアターミラノとの同時上映でしたが、この組み合わせは珍しかったように思います。

もう一つのパターンで、違う興行会社が競合するケースもあります。黒澤明の「影武者」が、有楽座と静岡東宝で同時公開されたときは、別興行会社による興行でした。また、「E.T.」の時も、有楽座と東映パラスでの競合状態での興行でした。大ヒット(を想定された)映画の場合、興行側でも取り合いになるんだなって納得した記憶があります。

どっちにしても、地方都市の静岡で、2館同時公開ってのは、昔は珍しかったです。今となっては、地方の映画館が全てシネコンになってしまうと、複数スクリーンでの上映なんて当たり前になっちゃってますから、そういうのが珍しいと思っていた記憶を書き留めてみました。

昔の話、静岡の映画館のカラーについて

静岡の七間町の映画街がもうすぐなくなっちゃうらしいというお話をのびたさんから伺って、私がよく静岡で映画を観たころの記憶を記録しておこうと思います。最近、発刊された「映画館」という本の中でも、静岡の映画館の思い出がたくさん語られていて興味深かったのですが、私が静岡でよく映画を観た頃の印象は、何より映画館のカラーがあったなということです。今の七間町映画街は、上映プログラムでお客の集まりそうなものを映画館のキャパに合わせて割り振っていくシネコン形式になってしまって、映画館のカラーというものはなくなってしまいました。しずちゃんの映画関係書き込みを拝見すると、昔ながらの映画館はケチョンケチョンな言われようでして、古い映画館のよさ云々なんて、じじいのノスタルジーにしかならないのかなあ。

私が静岡で一番映画を観たのは中高生の頃で、1970年代の後半にあたります。この頃には、いわゆる二番館、三番館というものはなく(そもそもそういう言葉も知りませんでした)、いわゆる映画は斜陽産業だったのですが、それでも「エクソシスト」「ジョーズ」といった大ヒット作が生まれた時期でもありました。古いオリオン座は既になく、「静岡松竹」がその名前を引き継いでいました。そして、大映倒産後、「静岡大映」が「静岡松竹」と名前を変えていました。

そんな中で映画館にはまだそれなりのカラーが残されていました。

1、静岡オリオン座
洋画専門の静岡で一番でかくて格上の劇場。当時は1000席近くを有する劇場でしたが、椅子も他の劇場よりちょい上のものでしたし、傾斜十分で見易さも静岡一でした。(今もそうですが)「ジョーズ」「キングコング」などの大作は1本立て上映でしたが、普通の番組は2本立てが基本。東京での日劇、パンテオン、新宿ミラノ座に相当する大劇場でした。ただ、東京に比べると映画館の層が薄いせいか、いわゆるB級映画もときどきかかることがあって、こんなのオリオン座にかかるんだと思いながらガラガラの劇場で観た映画もありました。「マダム・クロード」「ジャクソン・ジェイル」の2本立てとかですね。

2、静岡有楽座
洋画専門の映画館で、地下にあるというのがちょっと洒落た感じがする映画館です。オリオン座よりは格が下というイメージはありましたから、東京で言うなら、日比谷映画、ニュー東宝シネマ1、渋谷東急クラスでしょうか。当時で600席くらいの規模だったでしょうか。やはり基本的に2本立てで、オリオン座に比べると娯楽性の高い映画を上映していたというイメージがあります。場内がフラットなのがオリオン座の作りと一線を画していました。昔は、前の人の頭でスクリーンが隠れたという印象があって、混んでるとやだなあっていう映画館でした。後、オリオン座に比べて画面が暗いと思ったこともよくありますが、洋画の封切館としてお世話になりました。

3、静岡松竹、静岡東宝、静岡東映、静岡並木座
松竹、東宝、東映、日活の封切館です。どの映画館も古いけどちゃんとしてるという印象がありますが、中高生の頃は邦画をほとんど観なかったので、あまりお世話になっていません。作り的に昔風の映画館だったのが静岡東宝でして、コンクリートの床がむき出しで、キップ売り場で上映中の映画の音を流していたり、路地に直接つながる非常口があっても締め切りだったりと、昭和の映画館の雰囲気を大変感じさせました。自主的に番組を組むことはあまりなかったようですが、映画斜陽の時代でもあって、静岡松竹ではしょっちゅう寅さんまつりをやっていたという記憶があります。
静岡東宝と静岡東映は立て替えられて現存せず、静岡松竹は静岡ピカデリー1となり、静岡並木座は、1階が静岡ミラノ3、静岡ミラノ2になっています。

4、アートシアターミラノ(現静岡ミラノ1)
名前からして洒落た感じのする映画館で、ビルの4階にあるというのも、奥まった映画館という印象で、ちょっと敷居の高さを感じるところがありました。アート系の映画、フランス映画なんかを中心に番組を組んでいまして、基本的に2本立て、時に長い映画「ドクトル・ジバゴ」「ナザレのイエス」なんていう3時間級の映画を上映するときは1本立て興行になりました。他の劇場と違っていたのは、椅子の背もたれがすごく高くて、頭まで納まるような感じだったこと。ただ、段々と普通の映画も上映するようになりまして、特にホラー系の映画「キャリー」「ポルターガイスト」「サスペリアPART2」「炎の少女チャーリー」なんてのをここで観たのが印象に残っています。また、当時、インターナショナル・プロモーション(IP)という配給会社が昔の映画を積極的に上映していまして「カバー・ガール」「ギデオン」「バルカン超特急」なんてのをここで観ました。アート系というなら東京のスバル座、有楽シネマあたりのポジションになります。

5、静岡東映パラス
幼い頃は、ニュー東映という劇場だったように思うのですが、静岡東映の2階にある洋画封切館。劇場の格としては、オリオン座や有楽座より落ちる感じ、上映ラインナップを見ても、やや格が下かなという感じでした。劇場も前3分の2がフラットでそこで急に段差があって、後ろがやや傾斜、さらに2階席もありました。ポルノ映画も上映していたことがあり、その一方で、ディズニーの非アニメ映画をなぜか律儀に上映してました。今はなき東映洋画やジョイパックフィルムの映画をよく上映していたような記憶がありまして、「ドラゴンへの道」「続・ラブ・バッグ」の2本立てという正月番組にお客さんが一杯入っていました。ここは、スクリーンの壁が縦に長くて、シネスコサイズの上映では上下が詰まるつくりでした。静岡東宝とここは昔の映画館のいかがわしさを感じさせるところがあって、よく行きましたけど、他とはちょっと違うぞという印象を持っています。東京で言うなら、丸の内東宝、新宿東映パラスみたいなポジションかしら。「センチネル」「デモンシード」といったホラーが印象に残ってます。後、映画観ながらオヤジがタバコ吸ってた記憶もここが一番。

6、静岡カブキ
ここは洋画のポルノ、いわゆる洋ピンの専門館でした。ですから私よく知りません(きっぱり)。でも、400席以上あるちゃんとした映画館でした。それでも時々ディズニーアニメを上映したり、たまに普通の映画を上映することもあって、「セント・アイブス」「暁の7人」の2本立てをここで観ました。当時は洋画ポルノの専門館があったってことで記憶に値すると思います。

7、静岡南街劇場
当時、唯一駅南に残っていた映画館。邦画ピンクの専門館だったんですが、一時期、洋画3本立て(後期は2本立て)の名画座に突然変貌して、びっくりしたことあります。おかげで「続・荒野の用心棒」とか「グリズリー」「続・青い体験」なんてのを劇場で観ることができたわけですが、その後、またピンク映画館に戻った末に閉館したような記憶があります。ここは当時の他の映画館に比べてもいかがわしい雰囲気がありまして、ああ、これがロードショー館との違いかと思ったことあります。浅草中映みたいな感じでしょうか。

8、静岡名画座(現 静岡ピカデリー2)
私が映画を観始めた頃は、ここは純粋に名画座でした。基本は洋画で、1本立て。もとアイスパレスだったところを名画座にしたそうですが、その時点で、明らかにロードショー館じゃない映画館を作ったように思います。まずスクリーンが小さくて、奥まったところにあり、座席はゆるい傾斜になっていて、スクリーンを見下ろすという感じになります。一番前に座って、やっと映画の画面の迫力を実感できるという作りでして、座席数は400ほど、明らかに名画座としての作りになっているのです。ここで初めて観た映画は「海底2万哩」で、200円でした。その後、料金が倍になって2本立てで名画を上映するようになりました。学生にとっては封切興行で見逃した映画を安く観られるというのはうれしい限りでして、結構足を運んだものです。そうこうしているうちに今度は特別興行と銘打って、封切興行をはさむようになり、いつしか、邦洋画封切館になってしまいました。位置づけ的には、いわゆるB級もしくはマイナー系映画の上映が多かったです。「ハロウィン」「ゾンゲリア」「ドッグ」などのゲテものをよく上映していたという印象があります。でも、やはりそもそもの作りは名画座であって、ロードショー館のつくりじゃないと今でも思っています。

9、静岡小劇場
今回、七間町の映画街がなくなるという話で一番動向が気になるのがこの小劇場です。何しろ、日本でも数えるほどの邦画ピンク映画の専門館なのですから、静岡の隠れ文化遺産みたいなものです。でも、私が学生の頃は、封切公開後の邦画を1本立てで上映する映画館でした。ここもスクリーンの小ささ、キャパの少なさは明らかにロードショー館とは違う作りです。私はここで「東京湾炎上」「君よ憤怒の河を渡れ」なんてのを観ました。ビルの屋上にポツンと立つ映画館には何か不思議な味わいがありました。また、普通に映画を封切公開することもありまして、「ゆかいな風船旅行」「星になった少年(イタリアのお涙頂戴映画)」の2本立てをここで観たんですが、正直、あれは何だったんだろうという記憶として残っています。

こうして見ますと、洋画封切館があり、邦画の封切館あり、アート系の劇場あり、洋ピン専門館と和ピン専門館があり、名画座も邦画と洋画の両方があったという大変バランスよく映画館がそろっていたことに改めて驚かされます。斜陽産業と言われた時代ながら、映画街は、東京の映画館の縮図みたいにメニューを揃えてお客さんを待っていたのだと思うと、ある意味いい時代だったのかもしれません。こういう映画館のカラーがはっきりしてた頃を思うと、今のシネコンがただお客の数でスクリーンの大小を決めているのが、すごく合理的だと思う反面、映画館のカラーを楽しむという一つの娯楽が消えていったように思います。上記のような映画館が様々な顔を持って町にあったということは、その映画館群が一つの文化を形成していたと言えます。最近のシネコンが、家のホームシアターの拡大版的な感じがしてしまう私には、まず映画館ありきの映画の見方がなくなっていくのは残念なように思います。

話がちょっと違うんですが、私が子供の頃、静鉄のバスってサイズ、タイプがすごくバラエティに富んでいまして、一つドア、二つドア、三つドア、ボンネットタイプ、エンジンが運転席の隣にあるタイプ。ウインカーがランプじゃなくて、棒が横に出るタイプ、などなど、色々なバスが走っていまして、そのバリエーションが大変楽しくて、駅前で色々なバスを見るのがすごく好きでした。乗り心地がいいものは新しいものって決まってるんですが、古いタイプのバスを見て、あれ乗ってみたいなあって思ったことがよくありました。路線バスに新旧ピンキリがあってそれがごっちゃになって走っている状態が楽しかった時代がありました。映画館のカラーがあった時代ってにはそのバリエーションの楽しさに通じているような気がします。映画を観るためだけなら、きれいで大きなスクリーンがいいに決まってるのですが、この映画をこの映画館で観たという思い出の残り方もまた楽しいかなと思うわけです。合理的じゃないけど、その非合理性にある楽しみというか遊びという感じなんですが、生まれた時からシネコンで映画観ている人には伝わりにくいかもしれないです。

映画の情報はチラシからも(その2)




この前の映画館のチラシは映画館側で作っていると思われるものを取り上げてみたのですが、一方で配給側が、二本立てを前提にして作ったと思しきチラシもあります。今や、二本立て興行は名画座でしか行われないようになりまして、こういう二本立てチラシは作られなくなってしまいました。その中では「ハリケーン」と「トゥモロー」の二本立ては、覚えている方が少ないのではないかしら。「ハリケーン」は、ミア・ファロー扮する人妻が南の島で若者と恋に落ちるというお話。で、同時上映の「トゥモロー」はオリビア・ニュートン・ジョンを含む4人組のバンドのお話。このチラシを見つけるまで、こんな映画を観たことすら忘れていたのですが、これらは確かに映画館で観ました。でも、テレビ放映された記憶もなければ、ビデオ化されたという話も聞きません。ホントに劇場公開だけでしか観られない映画というのも、今は珍しくなりました。劇場公開をビデオの販売宣伝に使うこともある今とはずいぶんと違う趣があります。

「ポルターガイスト」と「キャット・ピープル」の二本立ては配給元の作ったチラシだと思って間違いないでしょう。どちらにも、ドルビーステレオのロゴがついていますが、この二本立てを上映した当時のミラノではドルビーステレオの再生装置はありませんでした。「ポルターガイスト」は磁気4チャンネルステレオ、「キャット・ピープル」はモノラルでの上映でした。

これらのチラシが作られるということは、地方での二本立て上映では、その番組はほぼ決まっていたということになります。しかし、地方でも、県庁所在地から離れたところでは、その組み合わせはかなり自由度があったように思います。大体、静岡で二本立てをする場合、同じ配給会社の映画で番組を組んでいましたから、こういうチラシを置いておくことに意味があったのだでしょう。今は見られなくなったチラシですが、よく見ると、映画雑誌「スクリーン」や「ロードショー」の折込口絵の映画広告がこんな感じだったです。

昔の映画情報はチラシからも




昔の話ですが、映画の情報を得るためには、ポスターを見る、新聞の映画広告を見る、テレビの「映画だより」で予告編を見る、そしてもう一つ、映画館のチラシを見るというのがあります。私が中学生の頃、チラシ集めが一種のブームになっていまして、映画を観ないのに、チラシだけ持って帰るってのがブームになっていました。それも1枚でなく何十枚とごっそりという豪傑もいたのですが、私なんかは、チラシだけもらいに映画館にいく度胸もなく、さらに中学生の小遣いでは月に何度も映画館へ行くことはできませんでした。それでも、映画館で映画を観たときは、堂々ともらってくる....こともできたのですが、結局小心者の私は、1枚か手がすべって2枚がやっとでした。これを読めば、上映する映画館と時間がわかるので、そこそこのお得感はあったのですが、本当に観るつもりの映画のときは、再度、金曜日の新聞広告で確認するのが常でした。あの当時は少年マガジンでもチラシ特集というのがありましたし、後「スクリーン」「ロードショウ」でも、チラシ大全集なんていうムックを出したりしてました。で、私もチラシ大全集は買ったのですが、実際に映画館でごっそりもらってくることには腰が引けてました。うーむ、これって陰気臭い中学生なのかな。(← 一人合点)あ、でもその当時、切手あつめとか古銭コレクションなんてのもありましたね。でも、まだオタクなんて言葉もないころで、後ろ指さされることもなくて、いい時代だったのかも。

あの当時から、映画のチラシは1枚で1作品というのが多かったのですが、ごくまれに2本立て上映で、1枚で2作品というものがありました。チラシとしてきれいな天然色刷りのは、多分、配給会社からの版をそのまま使っているようでしたが、マイナーな二本立ての場合、色数の少ないチラシが出ることもありました。もう映画が1本立てが当たり前の今では、そんなチラシが出回ることもなくなってしまいました。また、チラシが欲しければシネコンのロビーに行けば、映画の切符買わなくても、チラシ取り放題になっていますから、もうかつてのようなブームは起こらないでしょうね。

昔の映画情報は新聞広告から(その2)




静岡の新聞での映画広告の続きです。当時の映画館は2本立て上映が標準でして、「エクソシスト」の時も同時上映「おかしなおかしな大冒険」がついてました。それが「ジョーズ」頃から洋画1本立てという興行が始まりまして、「スター・ウォーズ」あたりで正月や夏休みは1本立て興行が増えきました。でもまだまだミラノや名画座でロードショーするときは基本的に二本立てでした。今ではシネギャラリーでしか上映しない、ルキノ・ビスコンティの映画が2本立て興行が行われいたのですから、すごいと言えばすごいのですが、何だか現状は寂しいと感じることもあります。

それにまたまたですが、ピンク映画の広告もきちんとされていまして、今は小劇場のピンク映画の広告は新聞に載ることもなくなったですが、30年前の新聞広告では、「クレイマー・クレイマー」の隣にきちんと洋ピンの広告が普通に載っているのです。「カプリコン1」や「オルカ」の2本立てのとなりに日活ロマンポルノの広告がでんと並べてあるのが何かすごい。やっぱり、新聞広告のない今の金曜日の夕刊はちょっと寂しいと思うのです。

昔の映画情報は新聞広告から





私は静岡で育ちましたが、映画に行く情報は、HPや情報誌などない当時は、地方紙の静岡新聞に載る映画広告が頼りでした。全国紙の何段も重ねた大きな映画広告ではなかったのですが、毎週金曜日の夕刊には必ず掲載されていました。今は、シネギャラリーの広告がちっちゃく載るのとたまに話題作の広告が載るくらいで、映画の広告を見かけなくなったのは残念です。

私が学生だった頃は、通常の映画の広告と並んで、ポルノ映画の広告も出ていました。寅さんと洋ピン(ピンク洋画)が並んでいるってのも妙な取り合わせです。でも、地方新聞の映画広告は全国紙ほど垢抜けていませんし、2本立ての広告を出すので、それはそれで見ていて楽しいものがあります。ピンク映画の広告なんかは、子供心に「お、おぅ」と思うところありました。

静岡には、まだシネコンに乗っ取られていない映画街があって、バラエティに富んだ劇場が並ぶ一角があります。新聞広告が楽しかった私としては、HPだけでなく、新聞広告を出して欲しいなあと思います。

子供の頃は「まつり」が楽しみで





自分が子供の頃、映画を観に行くと言えば、「東宝チャンピオンまつり」「東映まんがまつり」の何れかでした。主に東宝のゴジラシリーズを観に行った記憶があります。大映のガメラシリーズも上映されていたのですが、劇場で観たのは「ガメラ対ギャオス」だけで、長い休みの時は、東宝のゴジラを観に行くというのが習慣になっていました。その理由の一つに終業式近くになると、校門の前で、東宝チャンピオンまつりの割引券を配るおじさんが出没したからでして、その割引券のゴジラの写真に子供なりに胸ときめかせていました。東映まんがまつりの方はどちらかというと女の子の好きそうな映画が多いのと、割引券を配ってないという理由でスルーすることが多かったです。まあ、私の通っていた学校は静岡の市街地から安倍川を渡った先にあって、そこまでサービスが行きとどかなかったのかと思います。

添付されているのは、私が大学生の頃の新聞広告なんですが、こういうの見ては、親に連れてってとせがんでいたわけです。大体5本~7本立てくらいで、メインとなる長編が一本と後はテレビアニメの流用か、もしくは劇場用に製作された短編が数本というラインナップでした。私が本当に映画館で観た頃は、まだカラーテレビの普及率(これは死語ですね、もはや)がそれほど高くなかったので、白黒でしか観たことのない「ひみつのアッコちゃん」がカラーというだけで結構感動しました。ガメラシリーズの場合、通常の2本立て上映だったので、東宝や東映に比べて華やかさに欠けていたという印象もありました。

今は、こういうお子様番組が単品長編アニメとして、休みの時期にたくさん上映されます。「コナン」「しんちゃん」「ポケモン」などなど、どれを観ようか迷うくらいです。逆に言えば、昔はそういうお子様番組の期間だけしか子供が映画館に行く機会がなかったように思います。ですから、本編前に、次回上映する作品の予告編を見せられると、血しぶき飛んだり、裸になったりというシーンに「うわぁ」となってしまったこともありました。

また、東宝チャンピオンまつりの新聞広告に左下に上映劇場が書いてあるのですが、当時はまだ焼津や磐田、袋井、藤枝、伊東にも映画館があったことがわかって、時代の流れを感じさせます。

静岡映画館座席数の変遷

私が静岡でよく映画を観たのは1970年代後半が中心なのですが、当時の映画館は今よりもきゅうくつなつくりになっていました。というより、今の映画館はだいぶゆとりのある作りになっていると言えます。当時のきゅうくつさを残しているのは、ミラノ2くらいではないでしょうか。映画館の座席の周囲に空間が大きくとられるようになったのも割りと最近のことです。建物の作りが変わっていない映画館でその定員数を比較してみますと次のようになります。1979年の数字は時事映画通信社の「映画館名簿」によります。

静岡オリオン座 現在 590 1979年当時 1026
静岡有楽座 現在 382 1979年当時 652
静岡ピカデリー1 現在 463 1979年当時 730(当時 静岡松竹)
静岡ピカデリー2 現在 315 1979年当時 419(当時 静岡名画座)
静岡ミラノ1 現在 240 1979年当時 468(当時 静岡ミラノ)
静岡小劇場 現在 90 1979年当時 120

後の映画館は外装から変わってしまって比較ができないのですが、今より座席数が格段に多いのがわかります。それでも、オリオン座は観やすい劇場という印象でしたし、ミラノはアートな雰囲気をかもし出していたのですから、今の方が映画を観るのにずいぶんといい環境になっていると言えそうです。昔は、今よりも、劇場内が座席でびっしり埋まっているという感じでしたから、それなりの圧迫感はあったように思います。座席も大きくなって、隙間も大きくなったということなのでしょうね、きっと。それでいてスクリーンの大きさは変わっていないのですから、今の方がお得感があります。この先もこのクオリティを維持して欲しいところです。

アートシアターミラノの記憶

昔の映画館のお話です。東京ですと、映画館ごとにステータスとかそこで上映する映画の特色があったことはよく知られています。今はシネコンが増えて、映画館のステータスはミニシアターでしか感じられなくなりました。静岡でも、私の学生時代は、まず静岡名画座と小劇場が安い値段で旧作を上映していました。後、もう一つ、現在の静岡ミラノ1はアートシアターミラノという名前で、今で言うならミニシアターのような位置づけで、アート系の映画をたくさん上映していました。今なら、静岡シネギャラリーがそういう映画を一手に引き受けて、静岡の映画文化を守っているところがあるのですが、静岡シネギャラリーと違うところは、静岡ミラノが普通規模のキャパとスクリーンを持った映画館だったということです。

当時の静岡市の洋画封切館は、オリオン座、有楽座、東映パラスがあったのですが、それらの上映作品に独特のカラーはなかったように思います。そんな中で、ミラノでは、フランス映画、イタリア映画、また、旧作の上映を積極的に行っており、他とは一味違う映画館としてのステータスを持っていました。他の劇場に比べて照明も落としているし、椅子も深く座る背もたれの大きなもので、やや古臭いけど、どこか高級感を漂わせていました。ビルの4階という立地も何だか奥まった映画館という独特の雰囲気を持っていたように思います。

私が観た作品では、ルイ・マルの「鬼火」、ビスコンティの「家族の肖像」「ルードウィヒ神々の黄昏」、フェリーニの「女の都」といった封切作品、また昔の映画では、ジーン・ケリーの「カバーガール」、オーソン・ウェルズの「上海から来た女」、デビッド・リーンの「ドクトル・ジバコ」などがあります。全部がアート系作品というわけではないのですが、他にも女性向け作品もミラノで上映されることが多かったように思います。「さすらいの航海」「郵便配達は2度ベルを鳴らす」といった格調高そうな映画もここで上映されていました。また、「ザ・チャイルド」「キャリー」といったホラー映画もここで上映されることで、映画のステータスが上がったような気がしました。これは、今で言うなら、どうってことない映画でも、ミニシアター単館公開だと洒落た映画のように思えてくるって感じですね。

シネコン化が進むと、複数の映画館で封切り直後は大劇場、観客が減ってくると小さい劇場へムーブオーバーしていくという興行になり、映画館に上映作品のカラーを持たせることができなくなってしまいました。劇場の稼動効率を考えると致し方ないことではあるのですが、映画館の特色がなくなるのはやっぱり残念なことではあると思います。某掲示板では、静岡ミラノ2(旧並木座の2階席を独立させた映画館)の評判がよくないのですが、あの小さいスクリーンと狭い場内も、特色の一つだと思えれば、映画鑑賞の楽しみが増えるのではないかと思うのですが、最初に映画を観たのがシネコンだったりすると、この感じは伝わりにくいかもしれません。

ドルビーステレオの記憶

1977年の「未知との遭遇」「スター・ウォーズ」の頃から、ドルビー・ステレオ方式が普及してきます。ただ、東京でも大きな劇場(「日劇」「渋谷東宝」「有楽座」など)にまず導入され、ランク下の劇場では、4チャンネルステレオ方式による上映だったようです。新聞広告の劇場名の上にドルビーステレオのマークが入るようになるのもこの頃からで、観る劇場のランク分けができるようになりました。でも、当時はその仕掛けもあまりメジャーではなく、私がドルビーシステムというと、カセットテープの録音時に、ノイズを減少させる仕掛けとして先にあったので、そういうものなんだろうなと勝手にイメージしていました。

ドルビーステレオが、映画の録音にあたって、4チャンネルを2本の光学録音トラックに録音しておいて、再生時、左、左+右、右、マトリクスサラウンドの4チャンネルに分けて、さらに光学トラック特有のノイズ低減もしているというのを知ったのは、「キネマ旬報」の特集記事からでした。この再生方式だと、前方3チャンネルの独立性がよくないというのを知ったのはもっとずっと後のことです。最初は、ドルビーステレオが何のことだかよくわかってなくて、「未知との遭遇」の静岡公開時の静岡新聞の広告には「ドルビーサウンド」なんて表現が平気で使われていました。そんな、ドルビーステレオが初めて、静岡にお目見えしたのは「スター・ウォーズ 帝国の逆襲」の時だったと思います。

「スター・ウォーズ」という映画のせいもあるのですが、ドルビーステレオってのは音がでかくて迫力あるなあってのが最初の印象でした。その後、静岡有楽座、静岡ミラノ、静岡東宝スカラ座などに装備されていきました。特に印象に残っているのは、1982年の「E.T.」公開時、静岡東映パラスにドルビーステレオが初めて入ったときでしょうか。東映パラスはちょっと地味めなアクションやサスペンスものをたくさん上映する映画館だったのですが、静活との競合上か、初めてこの時、ドルビーステレオが入りました。ここへ「E.T.」を観に行った時は、東映パラスもこれでだいぶ格が上がったと勝手に思い込んでいました。

今や、場末の小さな映画館でも標準装備になっているドルビーステレオですが、当時はやはり大劇場から導入されていったので、もともと音響効果のよい映画館で、場内が音に包まれるドルビーステレオの効果は、「おお、すごい、やっぱり映画は映画館だ」と思わせるものがありました。一方、SF、活劇などで、その迫力を知らしめたドルビーステレオの別の意味の効果を発揮した映画がアニメの「銀河鉄道の夜」でした。静寂の天空に静かに響く列車の音など、静寂との対比で音の広がりを感じさせてくれまして、単にでかい音の迫力だけじゃないんだなあって感心した記憶があります。

今や、ドルビーデジタル、DTSといったデジタル音響がミニシアターにまで進出していまして、アナログのドルビーステレオなど、むしろ安い音の代名詞みたいになっていますが、当時、大劇場で聞いたドルビーステレオの映画は、音のインパクトを十分に感じさせるものでした。個人的には、ドルビーステレオで観て、音の印象が強い映画としては、日比谷スカラ座で観た「遊星からの物体X」「オーメン最後の闘争」、相鉄ムービルで観た「スター・トレックVI/未知の世界」、横浜ピカデリーで観た「ポルターガイスト3」、静岡オリオン座で観た「ランボー」などがあります。最近は、大劇場はみんなデジタル音響になり、アナログ音響は小さな映画館でしか残っていないので、余計めに聞き劣りしてしまうのですが、当時の大劇場でのドルビーステレオ音響はそれはそれは迫力ある音だったのです。

静岡南街劇場の記憶

今回は昔の静岡の映画館のお話です。静岡南街劇場という、静岡駅の南口を出て右へちょっと歩いていくと見つかる映画館がありました。私が物心ついたときには、邦画のピンク映画ばっかりやってるという印象だったのですが、私が高校生の時、ほんの一時的に週替わりの洋画の名画座(最初は3本立て、後半は2本立てだったように思います。)になっていた時期がありました。

静岡新聞の新聞広告を見て「あれ?」と思ったのですが、当時は2本立て封切が学生1000円だったのが、割引券を持ってくと、学生が500円で3本観られるってのがちょっとうれしいということで、番組を選らんで5回ほど観に行きました。東京だと3本立ての名画座なんて珍しくもなかったのでしょうけど、静岡ではすごく新鮮でした。行ってみると、何だかコンクリートの一戸建て映画館で、なぜか右後ろの部分が盛り上がってるという変な作りでして、静岡としては斬新な企画だったのに、私が観に行ったときもあまりお客が入っておらず、1年もたなかったのではなかったのかなあ。

私が観に行った番組を思い出してみますと

「巨大生物の島」「シンドバッド黄金の航海」「グリズリー」
ゲテもの3本立てなんですが、これはどこを観ても楽しめるという3本立ての王道みたいな番組でした。レイ・ハリーハウゼンすごい、とか、グリズリーの音楽ええやんとかそんなところを楽しんでいました。

「続・荒野の用心棒」「星空の用心棒」「暁の用心棒」
生まれて初めて映画館でマカロニウエスタンを観た3本立てでした。どれもフィルムがボロボロで褪色してましたけど、「星空の用心棒」が面白かったという記憶があります。「続・荒野」が陰、「星空」が陽、「暁」がどっちつかずみたいな印象でした。

「悪魔の追跡」「軍用列車」「サンダーボルト」
アクション映画の3本立てで、これもクオリティ高かったですねえ。「悪魔の追跡」は典型的なB級映画のつくりなのに、今見てもよくできてると思いますもん。「サンダー・ボルト」は地味なローカル強盗もので、ラストが70年代の映画らしくしんみりしてるんですよね。

「黄金の7人 1+6 エロチカ大作戦」「アランドロンのゾロ」「アマゾネス」
これは、エッチ路線にアラン・ドロンを足しましたという感じの3本立てでしたけど、「ゾロ」が面白かったという以外には、あまり記憶に残っていません。

「続・青い体験」「新・青い体験」
「青い体験」といえばラウラ・アントネッリの完熟ボディに少年がメロメロになる映画、というはずなんですが、「新」の方は、田舎出の女の子が色男にだまされてエロ8ミリを撮られてしまうというお話。派手に脱いでくれるヒロインを演じたクー・スタークという女優さんがかわいいのですが、この人、後でイギリス王室のスキャンダルの方で有名になっちゃったんですよね。

と、まあこんな感じで高校生の私を楽しませてくれた企画も一時的なものでした。この時、「タクシードライバー」「真夜中のカーボーイ」「バニシング・ポイント」といった70年代の名作も上映していたようなのですが、記憶に残っている人っていらっしゃらないのでしょうか。

二階席の記憶

静岡の映画館って、それほど大劇場はないのですが、それでも二階席のある劇場がありました。今は、静岡ミラノ2(その前身が静岡カブキ)は、もともとは静岡並木座の二階席でした。元二階席の映画館ってやけに傾斜が急なんですよね。(今は亡き横浜東宝エルムもそんな感じでした。)また、ロビーの広さの割に中が狭いってのもあります。また、一階のミラノ3はスクリーンのサイズと位置の割りに後ろが狭いという印象になってしまいました。

その他ですと、昔の静岡東映にも二階席がありまして、ここは確か映写機が二階席の下だったのかな。二階席からゴミとか落とすと、スクリーンに映りこんでいたような記憶があります。また、その上にあった静岡東映パラスにも二階席がありましたけど、狭かったのと、スクリーンをかなり見下ろす位置になるので、ここで観ることはなかったです。その後ろが映写室になっていたので、上から下のスクリーンに映し出される絵がやや台形に歪んでしまっていたという記憶があります。(そんなに目立って台形ってわけじゃなかったですけど)

後、特別席の扱いで、有楽座とアートシアターミラノ(現静岡ミラノ1)にも二階席がありました。有楽座は昔は、階段を下りる前にところに切符売場があって、そこでチケットを買って下の劇場に降りていたのですが、その切符売場の左側が二階席(地下劇場だから一階席になるのか?)の入り口だったような記憶があります。二階席に入ったことはなかったのですが、追加料金を取られていたのではないのかな。アートシアターミラノも追加料金で観る二階席があったように思います。劇場に入ってすぐの螺旋階段を登ると二階席だったという記憶があるのですが、これもあやふやしています。でも、静岡の映画館の特別席というと、この2館の二階席を思い出します

「SBS 夜の映画劇場」の記憶

ちょっと昔の話です。私が小中学生の頃は深夜番組と言えば、11PMという定番を除けば、深夜映画と呼ばれる番組くらいしかありませんでした。当時、静岡には、SBSとテレビ静岡の2局の民放(ひょっとしてこれも死語か?)しかありませんでした。TBS系のSBSでは毎晩日曜日を除いて「夜の映画劇場」また、朝の10時頃から1時間20分枠の映画枠を持っていました。当時は、NET(現テレビ朝日)と日本テレビ、東京12チャンネル(現テレビ東京)はネットされていなかったため、この3局のゴールデンタイムで放映される映画番組が、「夜の映画劇場」でよく観ることができました。当時の土曜洋画劇場、日曜洋画劇場、火曜名画劇場、水曜ロードショー、木曜洋画劇場の枠で放映されたものが、静岡では、深夜映画として放送されていたことになります。

特に、NET系の枠が放送されるときは、淀川長治氏、増田貴光氏の解説付きだったりして、たまにしか観る機会はないものの、これはという映画のときは無理に夜更かしした記憶があります。

「夜の映画劇場」で観た映画で印象に残っているのは、「サンダーバード」のスタッフが作った特撮SF「決死圏SOS宇宙船」ですとか、あまりの怖さに一人震えて観たホラー「呪われたジェシカ」、仮面ライダーのような怪奇活劇「ドラゴンvs7人の吸血鬼」、何度観ても面白いサスペンスSFの傑作「アンドロメダ」といったものがあります。いわゆるゲテモノ系の映画が多いのですが、そういうのでもないと、眠くて、起きてる元気がないという事情もあります。イギリス映画の秘境怪獣もの「魔獣大陸」や、アミカスプロのホラーオムニバス「残酷の沼」「血のしたたる家」、シュールな色彩設計と奇抜なモンスターで見せる「巨大アメーバの惑星」なども、この枠で観た記憶があります。また、この枠では、劇場用でないテレビ用映画や、劇場未公開作品もやってまして、人形アニメによる恐竜が暴れる「魔の火山湖」、最後まで意味不明のZ級SF「地底からの侵略」など、こんな映画もあるんだという発見が「夜の映画劇場」にはありました。

まだ、DVDやビデオソフトもなく、ビデオに録画することもできない頃の話ですので、ここで観ておかないと後がないぞということもありました。今とテレビの見方はずいぶんと違っていたように思います。音楽がいいというと「トラトラトラ」や「猿の惑星」の音をラジカセに録音していたのもこの頃です。時代が変わって、レンタルビデオが普及しきってしまった今、映画番組は視聴率を稼ぐことは難しくなり、深夜番組もずいぶんと様変わりしました。たまに深夜映画と言っても、ほとんど明け方近い時間にまで追いやられ、ホントに誰が観るんだろうという感じになってしまいました。

当時は、地方では、民放が1、2局しかなく、こういった深夜枠に宝箱のような番組が放送されていたのではないかと思います。(まあ、ネット局以外のモノの寄せ集めなんですが)

スクリーンサイズの記憶

また、昔の話です。私が映画を観始めるようになった1970年代の後半ってのは、映画の主流はビスタサイズでした。実際、ビスタサイズにもヨーロピアンビスタとアメリカンビスタがあるとか、スタンダードが真四角に近かったりする劇場があるとか、そういう詳細なお話は、森卓也氏などの本に譲るとして、私が学生時代に意識していたスクリーンサイズの話をさせていただきます。

そんな大げさなことではないんですが、「スタンダードサイズを観ると得した気分になる」ってのが、当時の私にはありました。当時、キネマ旬報という雑誌を読んでいたのですが、その映画紹介の記事には、スクリーンサイズも載っていたのです。そして、そこで、スタンダードと書かれているのに映画館でビスタサイズで上映されているものが結構あったのです。映画館は何でもかんでもビスタで上映する、スタンダードの映画をスタンダードで上映するのは良心的な映画館だと思っていました。実際、静岡名画座で「軍用列車」を観たときは、スタンダードだったのですが、その後、静岡南街劇場で観たとき、ビスタサイズの上映だったので、余計目にそういう思いを強くしていました。

当時の記憶をたどると、スタンダードで上映されていたのは、静岡名画座で「溶解人間」と「スパイダーマン」「ネットワーク」「海外特派員」「そして誰もいなくなった」「ドラキュラ・ゾルタン」「恐竜百万年」、静岡有楽座で「ローリング・サンダー」「スピード・トラップ」、静岡ミラノで「ナザレのイエス」「カバーガール」などがあります。昔の映画を上映するときは大体はスタンダードで上映していたようですが、静岡東映パラスで「ローマの休日」のリバイバルを観た時はビスタサイズの上映で、「あれ?」と思いました。また、キネマ旬報で、スタンダードと謳っていた「タクシードライバー」を静岡名画座で観たときはビスタサイズだったのを憶えています。一方、静岡小劇場で「ビッグマグナム77」が上映されたとき、もともとビスタサイズのものをスタンダードで上映したため、画面の上下にマスクが入るカットが散見されました。どうも、スタンダードとビスタサイズはどっちかに固定して上映していた劇場が結構あったようです。

以降、横浜に出てきてからは、新作をスタンダードで観ることはほとんどなくなりましたが、この間、横浜ニューテアトル「ヨコハマメリー」を観たときは、スタンダードサイスでの上映でした。ただ、最近はスタンダードというのが、ビスタサイズの両端にマスクをかけることでスタンダード上映というのもあるらしいです。つまりビスタサイズのマスクで上映すると、スクリーン上にスタンダードサイズの画面が出るらしいですから、一見してわからない仕掛けのようです。リバイバルされた「ファンタジア」は横浜東宝エルムでスタンダードで上映されていたのですが、あの辺りからそういう話が聞こえてきたように思います。

また、昔はシネスコサイズの映画の予告編はシネスコサイズで上映されていたのですが、それがいつしか、全て予告編がビスタサイズに統一されるようになっていました。1990年代の映画の予告編はシネスコサイズの映画はみな両横をカットしたビスタサイズの予告編でした。上映する方からすれば、マスクやレンズを換える手間が省けるのかもしれません。そして、最近では、シネスコサイズの映画の予告編はビスタサイズの上下をマスクした形で上映するようになりました。全部映るからいいのかもしれませんが、映画館でビデオの画面を観ているようであまりいい気持ちはしません。さらにシネスコサイズの映画の本編前にシネスコサイズの予告編が付いてくるようにもなりました。シネコンで観ていると、ドルビーのロゴの後に予告編が始まることが多くなり、あれはたぶん本編プリントの頭に予告編が最初からついてきてるのではないかと思っています。その場合、シネスコサイズの画面の両端にマスクがかかった形でのビスタサイズの上映なんてのも登場してます。まあ、映画館ならではのきれいな画面で観られれば文句はないのですが、合理化ってのは進んでるだなあってのが実感です。

ウルトラステレオの記憶

またまた、昔の話になります。映画の音響というと、今やデジタルドルビーステレオが標準となりつつありますが、その前の映画の音響の標準は、アナログのドルビーステレオでした。その前の光学モノラルの音に比べたら、ステレオだしノイズは少ないしということで、ドルビーステレオだということが映画、映画館の売り文句になった時代もありました。

そんな中で、いつの間にか現れて消えていったシステムにウルトラステレオというのがありました。日本に初お目見えしたのは、シスベスター・スタローンの「コブラ」ではないか(予告編でそう謳っていたので)と思われるのですが、その実態は当時はよくわかっていませんでした。調べてみれば、基本はドルビーステレオと同じく光学トラック2本から、前面3チャンネル、サラウンド1チャンネルを取り出す方式で、ドルビーステレオの映写機でステレオ音響が再生でき、かつライセンス料がドルビーより安いという代物だったようです。ウルトラステレオ方式で録音された映画は、ドルビーステレオの映写機で上映してステレオ効果が得られるということでした。

私が初めて、ウルトラステレオに遭遇したのは、静岡ピカデリーで「悪魔のいけにえ2」を観たときです。特に音がすごいという印象は持たなかったのですが、「ウルトラステレオ」という名前のインパクトはかなりありました。その後、映画館でウルトラステレオ録音の映画に遭遇する機会は意外と少なく、ジョン・カーペンターの「パラダイム」、レニー・ハーリンの「プリズン」、ドワイト・リトルの「オペラ座の怪人」といったホラー映画、「ザ・プレイヤー」「ストリートビル 秘められた街」「家族狂想曲」といったメジャーじゃない映画ばかりでした。最後に劇場で観たウルトラステレオの映画は、ブライアン・シンガーの処女作「パブリック・アクセス」でした。

その後、ウルトラステレオの再生装置があると知ったときは驚きでした。山形のフォーラムというミニシアターに行ったとき、ドルビーステレオでなく、ウルトラステレオのロゴが劇場の入り口に貼ってありました。今は改装されて、全館ドルビーデジタルの劇場になっていますが、ウルトラステレオの再生装置が日本でも使われてようです。他にも探せば出てくるかもしれないです。

今は見かけないウルトラステレオですが、最近、よく日本映画で、ドルビーステレオでなく、DTSステレオ録音の映画をよく見かけます。メジャーじゃない単館系映画でよく使われているようなので、これも使用権料が安いから使われているのではないかと思っています。昔のウルトラステレオのポジションにあるのが、DTSステレオではないかと思っています。新聞広告で、劇場名の上にドルビーのマークが出なくて、単にステレオとだけ表示しているものがあり、それは多分DTSステレオ録音なのではないかしら。

ブロンソンの記憶

ちょっと昔の話です。私が本格的に映画を観始めたのは、1970年代の後半からです。その頃、スターとしての地位を確保していたのが、アラン・ドロン、クリント・イーストウッド、ロバート・レッドフォードといったところで、チャールズ・ブロンソンもその一人でした。

ところが私はブロンソンの映画を観始めたのは、どちらかというとピークを過ぎた頃からでして、初めて劇場で観たのが、アリステア・マクリーン原作、トム・グライス監督の西部劇「軍用列車」でして、それ以降、機会があればチェックするようになりました。映画館で見逃したのは、テレビの月曜ロードショーでよく見ていました。「ホワイト・バッファロー」「愛と銃弾」「チャトズ・ランド」「メカニック」「マジェスティック」「正午から3時まで」なんてのを荻昌弘氏の解説で楽しんでいました。後、「真夜中の野獣刑事」は淀川長治氏の日曜洋画劇場ですね。

でも、映画館で直接観る機会があったのは以下のものでした。

「軍用列車」
西部劇で列車サスペンス、ジル・アイアランドがヒロイン。定番のサスペンスアクションなんですが、ジェリー・ゴールドスミスのテーマ曲のカッコ良さ、人質の頭を打ち抜くスペシャルイフェクト、脇のエド・ローターがかっこいいなど、枝葉末節の部分の記憶しか残ってないです。クライマックスの雪のシーンがきれいでした。静岡名画座と静岡南街劇場でなぜか2回観ています。

「セント・アイブス」
ブロンソンが小説家という設定のミステリーで、脇に豪華キャストをそろえ、ヒロインがジャクリーヌ・ビセットというのも異色でした。J・リー・トンプソン監督との初顔合わせにしてコンビ最高作ではないかしら。意外な展開というよりも、出てくる顔ぶれを楽しむ映画という感じでしょうか。ラロ・シフリンの軽いけどシャープなジャズタッチの音楽が全体の雰囲気を見事に表現していました。エンドクレジットがブロンソンのドアップをバックに流れたってのが印象的でした。静岡カブキで観ています。

「テレフォン」
ドン・シーゲルが監督したスパイアクション。静岡東映パラスで観たのですがこれが面白かったですねえ。ソ連のスパイが、あるキーワードを聞くと破壊活動を起こすようにマインドコントロールされていて、反逆者がそのキーワードと共にアメリカに潜入したため、ソ連軍の少佐が破壊活動を阻止するためにCIAと協力して反逆者を追うというもの。少佐がブロンソン、反逆者がドナルド・プレゼンスで、派手な破壊シーンで見せ場を作って、クライマックスは田舎街の酒場でのギリギリのサスペンスという娯楽映画の逸品。女優陣が、相手役のリー・レミックを初め、タイン・デイリー、シェリー・ノースといったある意味豪華な一編。特に、この映画のタイン・デイリーはチャーミングでした。

「太陽のエトランゼ」
今は亡き丸の内松竹(マリオンができる前)でひっそりと公開されたのを観てきました。ブロンソンとトンプソン監督コンビの作品でして、相手役にドミニク・サンダ、敵役にジェーソン・ロバーズにフェルナンド・レイという豪華な顔合わせの一品。海に沈んだ財宝を巡るサスペンスアクションでして、舞台となる島のセットなど結構お金がかかっていそうな映画でした。学生の頃に観たのですが、ああ、こういうジャンルの映画もあるんだって、妙に感心した記憶があります。今、映画評やビデオ評を読むと散々な言われ方されてますが、映画館で観たときは結構楽しんだという記憶があります。

「ロサンゼルス」
これは東京のどっかの名画座で観たのですが、オープニングの暴行シーンがものすごくインパクトありました。それ以降のお話はあまり印象に残ってなくて、主人公があまりピンチにもならずに次々と犯人を殺していくというくらいの記憶しかないです。また、タイトルで1枚看板で出る、アンソニー・フランシオサやJ・D・キャノンといった渋いメンツが1シーンずつ、しかも主人公に全然絡んでこないじゃんというところが気になってます。音楽がジミー・ペイジでオープニングの曲なんかすごくかっこよかったのですが、サントラ盤を買ったら、変なボーカル付でがっかりインストゥメンタル盤は出ないのかしら。

「地獄で眠れ」
東京ではロードショー公開されず、地方で二本立ての併映作として公開されたもの。静岡有楽座で観ました。ブロンソンとトンプソンコンビの映画でもかなりの珍作と言えるのではないでしょうか。南米の拷問スペシャリスト、ドクターを殺すために、元殺し屋ブロンソンが立ち上がるというもので、オープニングのホラータッチから、中盤はアクションものになり、ラストがまた怪奇映画風になります。作りとしてはバイオレンスアクションものということになるのでしょうけど、同じ南米ものでは「太陽のエトランゼ」ほどお金がかかっておらず、それでもストーリーを手堅くまとめたトンプソン演出が光る小品だと思うのですが、これも世間の評判は散々でした。


この後は、公開されても、近場の劇場には来ないことが多くなり、「インディアン・ランナー」が劇場での見納めになりました。「スーパーマグナム」「トップレディを殺せ」「メッセンジャー・オブ・デス」「バトルガンM-16」「必殺マグナム」「禁じ手」はビデオで観たのですが、こういう犯罪アクションものは家のテレビではきちんと評価できないと思うに至りました。「メッセンジャー・オブ・デス」や「必殺マグナム」なんかは劇場で観たら結構面白いんじゃないかと思いましたが、その機会に恵まれずに残念に思います。

ブロンソンの後継者というわけではないのですが、アクション映画、しかも主演作品ばっかりということでは、ジャン・クロード・ヴァン・ダムやスティーブン・セガールを挙げることができます。ヴァン・ダムは「タイム・コップ」以降、拡大公開されたことありませんし、セガール作品も「電撃」の後は、もっぱら銀座シネパトスを主戦場としています。それでも、劇場公開されることを喜ぶべきなのかもしれませんけど。

二本立ての記憶

今度は昔の静岡の話題で一つ

私が学生の頃の静岡は、「ジョーズ」「スター・ウォーズ」のような特別興行でない限り、基本的に二本立てでした。「エクソシスト」でさえ「おかしかおかしな大冒険」と2本立てでしたからね。そこにはやはり二本立ての妙ってのがあって、アクションとホラー、恋愛モノとコメディといった組み合わせの面白さ、番組の妙ってのがありました。でも、時にはそれとは全然想像もつかないような奇妙な二本立てってのがありました。私の記憶している番組のベストというと以下のものがあります。

1、「チャイナタウン」と「オリエント急行殺人事件」(アートシアターミラノ)
これはもう、映画そのものが素晴らしかったんですが、それを二本立てにしちゃうってのが、贅沢の極みという感じでした。どっちが併映かなんて聞くだけヤボでしょうね。

2、「パニック・イン・スタジアム」と「シャーロック・ホームズの素敵な挑戦」(静岡東映パラス)
これも、映画がどっちも面白かったし、また、組み合わせの妙という点で、現代サスペンススリラーと、時代劇コミカル冒険ものというのが娯楽映画のペアとして大変贅沢な取り合わせでした。

3、「ピンクパンサー3」と「ロッキー」(静岡有楽座)
これは、もともとは「ピンクパンサー3」がメインで、「ロッキー」が併映ということで、最終回は「ピンクパンサー3」だったのですが、「ロッキー」が大評判になって、最終回が「ロッキー」に入れ替えられました。豪華な2本立てではあります。

一方で、この取り合わせってどうなのってのも記憶に残ってまして。
1、「キャリー」と「トリュフォーの思春期」(アートシアターミラノ)
共通点は学園モノってところなんですが、モノがあまりに違いすぎ。ラストのショックが今でも語り草になってる「キャリー」ですが、一方の良心的佳作である「思春期」が語られる機会もあまりないってのはちょっと気の毒でもあります。

2、「プロジェクトA」と「猛獣大脱走」(静岡東宝スカラ)
ジャッキー・チェンの痛快アクション映画「プロジェクトA」に対して、イタリアの残酷動物パニック映画「猛獣大脱走」。ジャッキーアクションですごくいい気分のところで、人が豹に食われたりゾウの踏み潰されたりするのを見せられるのは、かなわないです。小さい子にはトラウマになるかも。こんな番組組やがって、東宝東和め。

3、「シンデレラ」と「アドベンチャー・ファミリー」(静岡有楽座)
  「シャイニング」と「チェーン・リアクション」(アートシアターミラノ)
  「ワイルド・ギース」と「刑事マルティンベック」(静岡オリオン座) 
これらは、番組というよりも、その時に上映されたフィルムの問題でして、「シンデレラ」「シャイニング」「刑事マルティンベック」が、東京公開版よりも短縮版だったのです。二本立てのために短くしたのかどうかはわからないのですが、そんなことしてたんですよねえ。ところが、今、Webの映画データベースを検索すると、その短い方が公称値になってるものもあります。うーん、映画の上映時間ってのはかなり流動的なのかしら。

上記以外でも、二本立ての見応えを感じさせるものは結構ありまして、「鬼火」「ローマに散る」(アートシアターミラノ)、「ザ・カー」「センチネル」(静岡東映パラス)、「天国から来たチャンピオン」「ファール・プレイ」(静岡東映パラス)といって番組が印象に残っています。

静岡東映パラスの記憶(1)

こんどはまた昔の映画館のお話です。

七間町の交差点の角っこにあった映画館が静岡東映でして、ここで東映まんがまつりを親に連れられて何度か観に行った記憶があります。「アンデルセン物語」「長靴をはいた猫」「空飛ぶゆうれい船」なんてのをここで観ました。当時は家のテレビが白黒だったので、「ひみつのアッコちゃん」をカラーで観られるというだけでうれしかった記憶があります。

そして、その静岡東映の上の階にあったのが、静岡東映パラスという映画館。確か幼い頃は、ニュー東映という名前でヤクザ映画をやっていたような記憶があるんですが、私が映画を自分で観に行くようになってからは、そこは静岡東映パラスであり、よく洋ピンを上映していたような記憶があるのですがいつのころからか普通の映画を上映するようになり、私が初めて、ここで観た映画は、ブルース・リーの「ドラゴンへの道」とディズニー映画「続・ラブ・バッグ」の二本立てで、これはお正月映画でした。ここは不思議なつくりの映画館で、フラットな座席が数列ならんでいると、そこにすごい段差があって、その後ろに3列ほどの席があり、さらに2階席があるというものでした。1975年の映画年鑑によると定員は332で、これは当時の静岡の映画館で小劇場の次にキャパの小さな映画館になってます。たてに長いつくりになっているので、ビスタサイズの時も画面が横一杯で、シネスコサイズになると、横はちょっとだけ広がって、縦が若干縮むという、今のシネコンの小さいスクリーンみたいな作りになってました。晩年は2階席は使用禁止になってましたから、耐用年数ぎりぎりまで使い込んだということでしょうか。

その次に観たのは、やはりお正月映画で「カサンドラクロス」と「ラスト・コンサート」の2本立てでこの時は大混雑だったという記憶があります。この時のお正月映画は、本命が「キングコング」で、対抗が「カサンドラクロス」でして、一方の「キングコング」は静岡オリオン座と静岡名画座での2館での公開だったのですが、映画の出来栄えは「カサンドラクロス」の方が断然面白く、お客はこっちの方へ流れたんですが、何せ、映画館が小さいものだから、すごい混雑だったような記憶があります。

でも、普段は大体ガラガラで、たまにオジさんがタバコふかしながら前の方で足を上げて映画観てるようなところでした。でも、ここでB級アクションやホラー映画を観た記憶があり、また、ここではよくディズニーの映画を上映していたように思います。

静岡名画座の記憶(2)

また、ちょい昔の映画館のお話です。

私が学生の頃、静岡名画座は新作のロードショー館としての顔がメインになっていました。

大作はオリオン座、ちょっと小洒落た映画はアート・シアター・ミラノみたいな映画館のカラーが当時はまだあったのですが、私の印象では、静岡名画座はホラーとアクションが多いというのがありました。当時は確かにホラー映画はブームみたいなところありましたけど、それでもここで観たホラー映画が多いのです。以下にちょっと挙げてみます。

「ハロウィン」
ジョン・カーペンターの出世作ですが、これの公開にあたり日本で音の加工をしたらしく、とにかく、突然、でっかい音で「ドッギャーン」とショックシーンが来る度に映画館で震え上がって観た記憶があります。とにかく、静かなシーンになると、「ああ、またドッギャーンがくるぞ」ってビビってましたから。殺人鬼マイケルが画面で暴れまわってるシーンの方が、ビックリが来ないので安心して観ていられるというくらい音で驚かせる映画でした。4チャンネルステレオ音響による上映で、音に取り囲まれて逃げられない怖さを感じましたからね。「ハロウィン」とか「ファンタズム」って当時予告編もステレオ音響で驚いた記憶があります。

「溶解人間」
宇宙飛行士が地球に帰ってきたら、ドロドロに溶け出して人間の肉を食うという話なんですが、追いかける捜査官が一人だけで、全然盛り上がらないまま、当人が溶け切っておしまいという映画。まあ、劇場で観られてラッキーだったのかな。特殊メイクのリック・ベイカーの若い頃の仕事という意外はあまり観るところなかったような。

「ドッグ」
動物パニック映画の極北。原因が最後までよくわからないんですが、犬が急に獰猛になって人間を襲うというもの。その上、人間側が集団でいるのにやられちゃうというのはかなり無理がある展開。銃でも刃物でもいくらでもやりようがあるのに、画面には犬の死骸は写らず、人間の死体ばかりがゴロゴロするという、ある意味、動物愛護映画。

「ドラキュラ・ゾルタン」
これまた、犬なんですが、ドラキュラの飼い犬が、ドラキュラの末裔のまわりをウロウロするというお話。東京では一本立てでロードショー公開していたのですから、当時はいい時代だったのかも。

「他人の眼」
連続殺人ものなんですが、特殊メイクが「ゾンビ」のトム・サヴィーニで、ジェニファー・ジェーソン・リーが盲目の少女の役で、「初体験リッチモンドハイ」より先に脱いでることが有名な映画。でも、映画そのものも、女性TVキャスターと殺人鬼の攻防をシャープに描いていまして、小品ながらも佳作の出来栄え。面白かったです。

「ゾンゲリア」
海辺の町の連続殺人を追うおまわりさん、でも、死んだはずの男が生き返ってたりして妙な展開になるというスリラー。「ジュラシックパーク」などでビッグになったスタン・ウィンストンがデザインした特殊メイクのゲロゲロ度が話題になった映画ですが、オープニングの海辺の描写から殺人シーンのショック、ラストのオチまで非常によくできてます。今なら絶対R15指定になる描写の数々がすごいんですが、オープニングとラストの静かなイメージがすばらしい。(ジョー・レンゼッティの音楽が見事)

私は劇場で観てないんですが、「ゾンビ」の静岡公開もこの名画座でした。とにかくこんな映画ばっかりやってたというイメージが強かったです。ホラー映画のブームの時は、他の映画館でも確かに上映してたんですが上記のようなB級ホラーをコンスタントに公開していたのがこの映画館でした。

「映画だより」という番組の記憶

また、昔の話に戻ります。

私が子供の頃、夏休みとか春休みの前になると校門の前で映画の割引券が配られていました。東映まんがまつりの割引券は記憶にないのですが、東宝チャンピオンまつりとか大映のガメラの割引券は配られていました。なぜか、教室で先生が配るケースもあって、門の前、どっかのおじさんが配ってるのと何か違うのかなって思ったりもしたのです。どっちも怪獣映画なんですが。

当時は、静岡には民放は、静岡放送とテレビ静岡しかなかったのですが、このテレビ静岡で朝の11時ごろ「映画だより」という番組(10分から15分枠だったように思います。)をやってました。これは、映画の予告編ばっかりやる番組で、その後に「静岡東宝、浜松宝塚で絶賛上映中」とかテロップが出るというもの。夏休み、春休みには子供も観ることができるので、結構楽しみにしていました。たまにちょっとエッチな映画な予告編なんかもやって、ムフフなところもあったんですが、子供ですから、ゴジラやガメラの予告編が観られるのがすごくうれしかったです。「キングコング対ゴジラ」「モスラ対ゴジラ」「ガメラ対深海怪獣ジグラ」といった映画の断片でも家のテレビで観られるってのは、子供にとっては至福の一時(大げさかな)でありました。ただ、邦画の予告編はなぜかみんな白黒で、洋画の予告編はカラーで放送されていまして、これが今もって謎なのです。

今はこういう番組は、ワイドショーの映画紹介にとって替わられた感はありますが、今、映画館へまめに足を運ぶようになった原点にこの番組があるように思えてなりません。また、怪獣映画の予告編だけのビデオとかDVDを買うオタクになってしまったのも、この番組のせいと言えそうです。

静岡小劇場の記憶

静岡小劇場というと今や数少ないピンク映画の上映館として、ある意味では全国的にも知名度のある映画館ですが、私が幼いころは、日本映画専門の名画座でした。番組は週変わりの邦画1本立てで、250円だったように思います。邦画はあまり観なかった私は2,3回しか足を運んだ記憶がないのですが、まずビルの屋上にたってるってのがインパクトありました。そして、映画館というには、座席数100席程度でスクリーンも小さいってのが第一印象でした。今や小さな映画館なんてヤマほど見て来ているのですが、当時、オリオン座とか有楽座を映画館だと思っていた私にはちょっとしたカルチャーショックではありました。こんなのでも映画館なんだって感じです。フラットな場内の小さなスクリーンで観たのは東宝映画「東京湾炎上」でした。「日本沈没」を当てた東宝がパニック映画のブームに乗って作った映画ではあったのですが、パニックものではなくて、シージャックされたタンカーのサスペンスものに強引に特撮シーンを割り込ませた内容でして、本筋とは全然関係ない金沢碧さんがきれいだったという印象が残ってる映画です。でも、こういう形で、見逃した映画を押さえることができたのはいい時代だったのでしょう。映画界(特に邦画界)は斜陽のピークだったころではないかと思うのですが、それでもこういう映画館があったことは記憶しておきたいです。

普通に映画を上映することもあって、ここで、「史上最強のカラテ」と「ビッグマグナム77」の二本立てを観た記憶があります。

静岡カブキの記憶

また、静岡の映画館の話です。

今は静岡は七間町近辺に映画館が固まっているのですが、そのもう少し県庁寄りに向かって、両替町へ行く手前を右に折れると静岡カブキという映画館がありました。私が映画を観るようになった頃は、洋画の成人映画(いわゆる洋ピン)の専門館になってまして、純朴な青少年には近寄りがたい映画館でありました。ところがここはもう一つの顔を持ってまして、ディズニーの映画を上映するときがありました。「ファンタジア」とか「くまのプーさん」とかを夏休みは上映してました。後、「女体の神秘」なんてのもやっていたのかな。そして、さらにまれに普通の映画を上映することもありまして、私がここに初めて入ったのは「セント・アイブス」と「暁の七人」の二本立てでした。座席数は1975年の映画年鑑によると、422席でして、キャパとしては、有楽座や名画座と同等ですが、スクリーンの大きさは両者の中間くらいだったように思います。一つの建物が1つの映画館というつくりでした。当時でもそういう一戸建て(?)の映画館は少なくて、他は静岡東宝くらいでしょうか。小劇場も一戸建てといえなくもないですが、ビルの屋上に一戸建てですからね。

「セント・アイブス」は、当時のビッグスター(に陰りが出始めた頃の)チャールズ・ブロンソンが主演の探偵アクションもの。近々、DVDが出るようですが、J・リー・トンプソンの手堅い演出と、脇の役者の面白さもあって、今観ても結構楽しめる映画になってます。「暁の七人」は第二次大戦のチェコを舞台にドイツ高官の暗殺からその報復を描いた戦争映画で、かなり重い内容ながら、アクションあり、ラストに主人公(ティモシー・ボトムズ)が教会に立てこもる悲壮感あふれる展開は、ドラマチックな音楽(デビッド・ヘンシェル)のサポートもあって見応え十分でした。こうしてみると、どちらも最近、公開されることのないタイプの映画と言えそうです。

その後、静岡カブキがなくなり、一時期、並木座の二階席を独立させて、そこを静岡カブキとして、洋ピンを上映していた時期がありました。これは、今のミラノ2の前身です。

立体音響の記憶

私が学生の頃、静岡の映画館で、立体音響の設備があった映画館はそう多くはありませんでした。

まず、最初から設備を持っていたと思われるのは、オリオン座と有楽座、そしてアートシアターミラノでした。その他の劇場にはなかったと思います。いわゆる磁気4チャンネルステレオの設備です。「スターウォーズ」も静岡では磁気4チャンネルステレオ音響で上映されました。その後、「影武者」が、有楽座と静岡東宝の両方で上映された時に、静岡東宝にも磁気4チャンネルステレオ音響の設備が入ったと覚えています。また、静岡名画座にも、「野性の証明」の時に磁気4チャンネルステレオ音響の設備が入りました。静岡名画座はその頃から封切館として固定したように思います。

やっぱり、映画館で立体音響ってのはうれしいもので、音が周囲から聞こえるとそれだけでうれしくなります。私が静岡で観た映画で磁気4チャンネル立体音響だったのは、オリオン座で「キングコング」「ザ・ディープ」「黄金のランデブー」「ワイルドギース」「ハリケーン」「地球が燃えるつきる日」があり、有楽座で「ガントレット」「コンボイ」、アートシアターミラノで「未知との遭遇」「サスペリアPART2」「ポルターガイスト」、名画座で「野性の証明」「復活の日」「ハロウィン」「テイクオフ」といったところです。「ポルターガイスト」はドルビーステレオが定着してきたころだったのですが、静岡で公開されたのは磁気4チャンネルステレオ版でした。これは、いわゆる磁気テープの音を拾うようなものなので、テープのヒスノイズが聞こえるときがありました。

今や、ドルビーステレオが当たり前、多くの映画館がデジタルサウンドの設備を持つようになりましたけど、当時は、立体音響は珍しかったように思います。特に、東京での公開では立体音響なのに、静岡に配給されるフィルムがステレオじゃないことも結構あったように思います。静岡でリバイバル公開時に観た「2001年宇宙の旅」はモノラルでした。

その後、静岡の映画館でもドルビーステレオの設備が徐々に普及していkます。

特殊音響センサラウンドの記憶

当時の映画はギミックというか仕掛けでお客を呼ぼうというものが結構ありました。

その中で私が実際に映画館で観たものにセンサラウンドがありました。

これは、特殊スピーカーを映画館に持ち込んで、爆発や振動の特殊効果を出そうというものです。
低音を目一杯効かせた音と思えばいいのでしょうが、家のオーディオでこれをやれば、家中が
鳴ってしまうのと同様、映画館の建物全体にその低音が響いてしまいます。特に一つの建物に
複数の映画館が入っているとその振動が他の映画館にも聞こえてきて、結構迷惑な仕掛けでした。
センサラウンド方式の第一作は「大地震」でしたが、これは未見でして、その後、公開された
「ミッドウェイ」「ジェット・ローラー・コースター」「宇宙空母ギャラクティカ」をこの
方式の上映で観ています。「ギャラクティカ」は予告編もセンサラウンドでした。この方式を
上映する前に「ご注意」という字幕が出て、これによりいかなる身体的影響を受けても一切責任
持ちませんよというようなナレーションが入ってた記憶があります。

静岡での上映で、「ミッドウェイ」と「ギャラクティカ」はオリオン座の上映でした。劇場内の
前と後ろにでっかいスピーカーが増設されていました。爆発シーンの迫力はビリビリくるすごい
ものでして、これはすごいと思ったんですが、下の有楽座で映画を観てたら、上からその轟音が
ビリビリ響いてきて、「ダメだな、こりゃ」と思った記憶があります。また、「ジェット・
ローラー・コースター」はオリオン座よりずっと小さな静岡東映パラスでの上映でしたが、
ちゃんと、センサラウンドのスピーカーが1台だけ置かれていまして、オープニングの爆発
シーンに迫力を与えていました。その後、公開作品がないんですが、使った映画に恵まれな
かったようです。「ジェット・ローラー・コースター」はサスペンス映画としてよくできたいた
んですけど、センサラウンドのおかげで、パニック超大作として公開されてしまったのが、
気の毒な映画でした。

静岡名画座の記憶(1)

私の通った静岡名画座は、今の静岡ピカデリー2にあたります。

初めて名画座の存在を意識して、観に行った映画はディズニーの「海底二万哩」でした。1本立てで
料金は200円(当時は中学生でした。大人は250円だったかな)でした。つくりとスクリーンの
大きさは今と変わらないのですが、座席は今よりもずっと多かったです。今、静活のHPによると
315席ですが、当時の映画年鑑によると420席とあります。中央通路からスクリーン寄りの2列が
女性席とあって、ちょっと新鮮でした。今もそうですが、スクリーンが奥まっていて、大きさも
小さいので、後ろの方に座るくらいなら、最前列でもいいやって気分になる映画館です。

「海底二万哩」は、カーク・ダグラスとジェームズ・メイスンの主演で、シネスコの画面と
色彩が大変きれいだったという印象があります。また、嵐の海での大イカとの格闘シーンが
迫力ありました。たぶん、リバイバル上映のプリントだったのでしょう。

この後、名画座は、2本立て上映となり、封切館と変わっていき、その後、静岡松竹と名前を
換えていくのですが、私がここでよく映画を観たのは、封切館へと変わっていく時期となり
ます。

物心ついた頃の静岡の映画館

まずは物心ついた頃の映画館のお話を。

私が最初に親に連れられて観に行った映画は「サンダ対ガイラ」という怪獣映画だったんですが、
これがインパクト強くって、同時上映だった「ジャングル大帝」はほとんど印象に残っていません。
これを上映していたのが、今はシネセブンという映画館集合ビル(シネコンと呼ぶにはちょっと)
になっている静岡東宝という映画館。コンクリートの床だったかな。小学生の頃は東宝チャンピオン
まつりという怪獣映画と数本のアニメの取り合わせばっかり観てましたから、小学生の頃の
映画館の記憶はここばかりということになります。家の白黒テレビの画像に比べて、映画館の
スクリーンは、その大きさよりも、画面のシャープさの印象が強かったです。

子供の頃、親に連れられて行った映画館というと、それ以外には、静岡東映(今は建て替えられて
ます)、静岡有楽座(これは今も健在、考えてみるとすごい)、静岡日活(今は静岡ミラノ3)、
静岡松竹(今の静岡オリオン座)、静岡大映(今の静岡ピカデリー1)くらいでしょうか。
当時はまだ、静岡にも白鳥や駒形劇場といった映画館があったようなのですが、これは通りかかる
ことはあっても、入ることはありませんでした。

プロフィール

einhorn2233

Author:einhorn2233
Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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