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デジタル音響の記憶

もうフィルムで映画を観ることもないだろうなあって思ったら、一時期流行ったフィルム上映でのデジタル音響も記憶の彼方に消えつつあることに気づいて覚書です。

「スター・ウォーズ」から日本中の映画館にドルビーステレオの音響設備が浸透し、地方の小さな劇場でもドルビーステレオは標準装備となりました。とはいえ、その効果は、映画館の音響設備次第だったところもあり、大劇場の迫力と同じものを小さな劇場に期待するのは無理でした。それでも、どこの映画館でもステレオ音響で映画を楽しめるというのは、ドルビーステレオの大きな功績だと思っています。私の地元である静岡でも、20世紀の終わりには全ての劇場にドルビーステレオは標準装備になっていましたもの。磁気4チャンネルステレオの設備が限られた劇場でしか普及しなかったのを考えるとこれってすごいことだと思います。最初はスペクタクル映画とかアクション映画での迫力を出す音としてのドルビーステレオも普通のドラマや恋愛ものといった音の迫力関係ない映画でもドルビーステレオが使われるようになり、ドルビーステレオが映画の音響の標準となっていきました。

そして、ドルビーステレオの音質をさらに向上した、ドルビーステレオのスペクトラルレコーディングという設備が大劇場に普及していきましたが、私の耳では、ドルビーステレオとの違いは認識できませんでした。ただ、2本の光学サウンドトラックから、4チャンネルステレオ音響を再生するドルビーステレオ(後、同じ形式のウルトラステレオとかDTSステレオ)は、チャンネルごとの音の独立性が今一つという欠点がありました。そんな中で、スクリーン前の左、中、右のチャンネルに、劇場の壁の右と左、さらに低音の1チャンネルを加えた5.1chの立体感を持った高音質の音響設備が導入されます。ドルビーステレオがアナログ音響だったのですが、この新しい音響設備はデジタル録音された音を再生するということで、従来以上の音質が得られるものでした。

このデジタル音響設備で、日本で最初に上映されたのは、スピルバーグの「ジュラシック・パーク」という認識があります。DTSという耳新しい名前は、何かわくわくさせるものがありました。音をフィルムではなく、CD-ROMにデジタル録音されたものを、フィルムに刻まれた同期信号を使って再生するというもの。私は、新宿スカラ座で、DTS方式の「ジュラシック・パーク」を観ましたが、冒頭の嵐のシーンの音響のすさまじさ、中盤の静まり返ったパーク内の音響で、なかなかすごいなあって思った記憶があります。後、日比谷スカラ座で観た「シンドラーのリスト」などもDTSの映画として印象に残っています。フィルムじゃないところから音を取って再生するDTSは、音声信号を圧縮して記録するドルビーデジタルより、音がいいんじゃないかって勝手に思っていて、フィルム上映の晩年、たまにDTS上映を見つけると、うれしくなってその劇場へ足を運んだ記憶があります。まあ、実際に聞き分けて、ドルビーデジタルとDTSの音の区別はつきませんでしたけど、DTSには何か希少価値があったんですよね。

一方、フィルムそのものにデジタル音響を記録する方式も開発されます。この方式はドルビーデジタルが有名ですが、SDDS(ソニー・ダイナミック・デジタル・サウンド)というのもあって、後者は日本で限られた劇場にのみ装備されていたと思います。これらによって、ちょっといい映画館では、デジタル音響設備が標準となり、特に数を増やし始めたシネコンではその普及が進みました。

私が個人的にインパクトがあったのは、DTSで観た「バットマン&ロビン/Mr.フリーズの逆襲」、「スター・ウォーズ エピソードⅣ」といったところでしょうか。前者では、壁面から左右別々の効果音が明確に聴けたことに感心しました。また、後者では、音楽の美しさ(個々の楽器の音が聞こえてくるくらい音の粒立ちがよい)が大変印象的でした。また、ドルビーデジタルで観た映画では、日比谷映画で観た「ストレンジ・デイズ」のバーチャル・リアリティのシーンの音響効果がすごかったです。動き回るカメラの位置に合わせた左右からの音響で、まるでその場にいるような臨場感がありました。また、数は少ないながら、SDDSの映画も見ていまして、日劇での「チャーリーズ・エンジェル」、丸の内ピカデリーでの「シークレット・サービス」、日比谷スカラ座での「ダイ・ハード3」、渋谷東急での「アナコンダ」などがSDDSによる上映でした。SDDSも希少価値という意味で、観に行った劇場がSDDS上映だと、それだけで何か得したような気分になったものです。

デジタルサウンドの上映前には、その音響のロゴが出るのがお約束でして、個人的にはDTSのロゴが出るとなぜかわくわくしたという記憶があります。フィルム上映の晩年には、ドルビーデジタルが主流で、DTSの上映には希少価値があったということがあります。また、デジタル音響のフィルムには、通常のドルビーSRのトラックも入っていて、デジタル再生ができなくなったときに、そちらに自動的に切り替わるという仕掛けがありました。私も一度だけ経験がありまして、「バットマン&ロビン/Mr.フリーズの逆襲」の上映中、突然音がこもったようになったことがあります。DTSでの再生ができなくなって、ドルビーSRに音響が切り替わったようなのですが、確かに別物の音だなあって実感した記憶があります。

実家の静岡では、静岡オリオン座と有楽座、そして静岡ピカデリーにDTSが装備されました。有楽座では「バード・ケージ」、ピカデリーでは「パーフェクト・ストーム」をDTSで観ていますが、ドルビーデジタルが装備されてからは、DTSによる上映はほとんどなくなったように記憶しています。また、DTSで記憶しているのが、昔の川崎チネチッタは、6つのスクリーンにDTSが装備されていたのですが、ドルビーデジタルがチネグランデしか装備されていなかったことです。川崎駅ビルの小さなチネBeという劇場にもDTSが装備されていまして「ドーベルマン」「8人の女たち」なんて映画を、DTSで鑑賞しています。

当時、ちょっと不思議だったのは、70ミリ映画でデジタル音響を再生するフォーマットがなかったということ。70ミリ映画では、磁気6チャンネルのドルビーステレオが使われ続け、デジタル音響への移行がないまま、フィルム上映はなくなってしまいました。70ミリに変わるものとして台頭してきたのが、IMAXですが、追加料金なし、35ミリ上映と同じ値段で、70ミリ映画が観られた時を思うと、世知辛い世の中になったものです。

ドルビーデジタルで印象に残っているのは、まだそれほどドルビーデジタルが普及していない頃、「ボーイズ・オン・ザ・サイド」という映画を渋谷東急で観たときに、ドルビーデジタルのロゴが出たこと。ああ、こういう普通の映画でもドルビーデジタルの上映されるくらい、この音が劇場での標準設備になりつつあるんだなあって感じた記憶があります。普通のドラマでは、5.1chあっても、壁面のスピーカーはほとんど鳴ることはないのですが、それでもドルビーデジタルにするんだなあって。まあ、今のDCP上映でも、5.1chと謳いながら、壁面スピーカーがほとんど鳴らない映画はいくらでもありますから、驚くにはあたらないのでしょうが、当時、ドルビーデジタルの出始めは派手に音響効果を鳴らす映画で使われるという先入観がありました。それが普通の映画でも、ドルビーデジタルが使われるようになり、ドルビーデジタルが映画館の標準となっていったのでした。

ついでに低予算の日本映画は、なかなかデジタル音響にならず、大予算の映画以外のほとんどは、DTSステレオが使われるようになっていました。なぜかは知らないのですが、たぶん、ドルビーステレオより安上がりだったんだろうなあって勝手に思っています。
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藤沢オデオンの記憶

過去の記事を読み返していたら、書いたつもりでいた藤沢オデオンについての記事がありませんでした。忘れちゃう前に備忘録として書きます。(写真は、今はなき、映画館のHPの写真を使っちゃいました。)

藤沢オデオン4館が閉館してもう5年がたちます。私が横浜に住むようになってから、関内にあった横浜東宝会館で映画をみることが多かったのですが、そこも2001年に閉館し、あまりシネコンに魅力を感じていなかった自分が、普通の映画館で、割と近くて、感じがよくて、そう混雑しないところを探したら、ヒットしたのがこの藤沢のオデオン4館でした。戸塚の近所に住んでいたもので、バスで湘南台駅まで行き、そこから小田急で藤沢駅まで行くというルートでよく通ったものです。どの映画館もきれいで観やすく、スタッフの対応も丁寧で、2007年4月に突然閉館しちゃったときは、藤沢の文化の灯が消えたような気分になりました。経営が大変だったそうですが、老朽化したわけでも、設備的にシネコンに劣っていたわけでもないだけに、本当に残念。どの劇場にもドルビーデジタル音響が入っていました。また、番組もメジャーな作品だけでなく、ミニシアター系映画も積極的に上映していまして、この4館に通っていれば、一通りの洋画が観られるという、町の映画館としては最高でした。

藤沢でオデオン関係の映画館は4つありました。まず、「藤沢オデオン座」そして「藤沢キネマ88」「藤沢オデオン1番館」「藤沢オデオン2番館」と続きます。藤沢駅の北口を降りて、左の方へ向かうと見えてくるのが、完全に映画館として独立して建っている「藤沢オリオン座」が見えてきます。そのたたずまいからはわかりにくいのですが、その2階が「藤沢キネマ88」になっています。逆に藤沢駅の南口に降りて右の方の路地へ入っていくと、藤沢オデオンビルが見えてきます。そのビルの一階の入り口にチケット売り場が2箇所あり、チケット売り場の左には2基のエレベーターがあり、これを上ると3階が「藤沢オデオン1番館」、5階が「藤沢オデオン2番館」になります。


「藤沢オデオン座」


外観のいかにも映画館という感じや、ピアノのあるロビーのたたずまいがなかなかに素敵な映画館でした。映画館の中は座席がスクリーンをやや囲むように配置されており、一部の座席がボディソニックになっていました。ボディソニックというのは、低音の刺激が座席に響くようになっている仕掛けでして、爆発音とかが体感できるものです。とはいえ、センサラウンドみたいに体にビリビリくるものではないので、ボディソニックという仰々しい名前ほどの効果はありませんでした。オデオンの映画館はどの映画館も座席数は多くはないのですが、作りが大劇場をそのままコンパクトにしたような作りなので、映画館で映画を観ているという気分を満喫できました。オデオン座も260席というキャパシティながら、ゆったりと映画を観るのにふさわしい空間になっていました。最後に観た映画は、ケビン・コスナー主演の「守護神」でした。最後まで、スクリーン前の幕の開閉をやっていた映画館です。


「藤沢キネマ88」


藤沢オデオン座の上の階にある映画館です。そこそこのロビーがあって、全席にリクライニングがついています。スクリーンがやや高めで、他のオデオンの3映画館に比べると、ミニシアター的なつくりになっていまして、大劇場感はありませんが、番組のせいか、ここで観ることが多かったです。大体、最後尾の列がスクリーンと同じ高さになるので、最後尾の真ん中が定席でした。157席というキャパでも、こじんまりというか狭さを感じさせないあたりがいい感じの映画館でした。最後に観た映画はメリル・ストリープ主演の「プラダを着た悪魔」でした。


「藤沢オデオン1番館」


エレベータを降りると狭いロビーがあるのですが、劇場に入るとそのゆったりとした作りに驚かされます。スクリーン前には立派な緞帳がありますし、天井もミニシアターと違ってきちんと高い。ゆるいスロープの先には、挨拶ができる舞台もあって、そこに見上げるような形でスクリーンがあります。176席という少なめのキャパに、昔ながらの映画館をそのまま小さくしたような作りが素晴らしく、こういう環境で映画を観たいと思わせる映画館でした。シネコンの殺風景さとは一線を画す映画館の逸品でして、オデオン4館の中でも一番好きだったのがここです。最後に観たのは、「筆子その愛 天使のピアノ」でした。こういう映画も上映してたんだよなあ、ここは。「山の郵便配達」を観たのもここでした。


「藤沢オデオン2番館」


作り的には、オデオン1番館と同じく、天井が高く、スクリーンを見上げる感じになる、昔ながらの映画館になっていまして、264席というキャパの分、1番館よりもスクリーンが大きくなっています。映画館としての雰囲気が1番館よりスッキリしている分、私としては、ちょっと物足りなく思ってしまったのですが、映画鑑賞のしやすさでは、他の3館にひけはとりません。オデオン4館の中で一番大劇場感があったのがここでした。最後に観たのは「幸せのちから」でした。


昔ながらの映画館にしろ、今のシネコンにしろ、スタッフの対応の仕方で、映画館のイメージがずいぶんと変わります。そういう意味でも、藤沢オデオンは最高の映画鑑賞の場所だったと思います。もう、藤沢に足を運ぶ機会もなくなってしまったのですが、こういう映画館があったことは記憶しておきたいです。

ちょっとシネコンについて備忘録

今回はまた、オヤジ語り(グチかな)で、シネコンについて書いてみたいと思います。(忘れないうちに書き残すという意味もありまして)


シネコンというのが、日本で初めてできたのは、ワーナーマイカルシネマ海老名だと言われています。大きめのロビーに複数の発券ブースがあり、そこで、指定席券を手に入れます。直接、お金を払うか、前売り券、招待券との交換という形で、作品名、劇場名、時間を印刷した当日券をゲットすることになります。1箇所の入場口から、入るといくつものスクリーン(映画館)が並んでいて、その中のチケットに書いてあるスクリーンに入って、映画を楽しんで、終わったら出る。繰り返し観ることは不可。大体こんな感じでした。ただ、できた当初のシネコンは必ず座席指定というわけではなく、自由定員制でした。とにかく、画期的な映画館ができたということで話題になりました。また、この映画館の特徴は、ショッピングセンターに直結していたこと。映画を観る前後、待ち時間とかは、お買い物したり、フードコートで食事をどうぞというパターンです。中には映画館だけで勝負するシネコンもありますが、それでも、その周囲に何らかの集客施設を持ったものがほとんどでした。

ただ、ワーナーマイカルシネマ海老名が出来る前に、そういう映画館がなかったかというと、私が知っている限りでは、川崎チネチッタがそんな感じでした。(今の川崎チネチッタの前身)そこでは、9つの映画館の共通の発券窓口で当日券を購入して、各々9つの映画館に行って映画を観るというもの。シネコンのように入り口が1箇所ではありませんが、9つの映画館は同じ建屋の中にあり、比較的大きめのチネ1~4、ちっちゃい劇場のチネ5~7、地下にある、8,9というもの。また別の建物に別格として、800席を誇る大劇場チネグランデがあって、そこのチケットはチネグランデ入り口で購入することになっていました。同じく、横浜関内の横浜東宝会館も、チケット発券窓口は1つで、そこで5劇場分のチケットを販売していました。

シネコンの特徴として大きかったのは、番組の組み方です。当時の映画館は、普通1つの映画館で1番組(1本立ての場合もあるし、2本立ての場合もあります)で上映していたのですが、これを集客状況に応じて、週単位で上映劇場を変えていくというシステムになりました。それまでにも、大劇場で上映していた映画を中小クラスの劇場に移動させて上映するムーブオーバーというシステムはあることにはありましたが、それを週単位で細かくやるようになったのは、シネコンができてからだと思います。お客が集まるピークを過ぎた映画ですとか、当たらなかった映画は、翌週には小さなスクリーンに回されるということが普通に行われるようになったのはシネコンができてからの現象です。また、1枚のチケットで、1回こっきりしか映画が観られないということで、1つのスクリーンで、何本もの映画を上映するというのも当たり前になりました。そうなると、1日に1回とか2回しか上映しない映画が出てきまして、観たい映画の時間をあらかじめ知っておく必要があります。

また、シネコンの登場により、映画の最終回が遅くなったということは、大きな変化だったと思います。それまでの映画館でも、週末のオールナイト上映とかあったのですが、普通の日でも、23時過ぎに終了する回が出てきたのはシネコンができてからのことだと思います。これにより、1日の用や仕事を終えた人が映画館へも来られるようになりました。

また、シネコンの特長の一つに設備の向上も挙げられましょう。特に音響のデジタル化を推進したのは、シネコンが中心でした。それまでの映画館でも、やってきたことではあるのですが、シネコンではそれが顕著になりました。ドルビーデジタルやDTSの設備が標準になったのはシネコンからではないでしょうか。でも、創成期のシネコンでは、まだ完全ではなかったことを付け加えておきます。ワーナーマイカルシネマ海老名でも、最初は全スクリーンがデジタルではありませんでした。また、前述の川崎チネチッタは、ドルビーデジタルがなくて、比較的DTSを装備した映画館が多かったという記憶があります。ともあれ、映画館の音響がよくなるのは、観客にとってはありがたいことでした。

また、シネコンならではの独特な劇場構造も登場しました。座席数の多いスクリーンは従来の大劇場と同じような形なのですが、座席数が100以下の小さなスクリーンだと、縦長の壁面に小さめのスクリーンを設置して、座席に傾斜をつけた、ミニシアターとも違う映画館が登場します。最近できたシネコンでは小さいキャパの映画館でも、スクリーンサイズを大きくしているところが多くなりました。昔のタイプだと、3D効果とかが出ないのかもしれません。

また、基本的に言えることは、前の人の頭でスクリーンが見えなくならないような座席配置になっていること。昔なら、他の席に移るという選択肢があったのですが、全席指定では、それがままならず、前に座高の高い人が座って、画面が見えなくなったら、泣き寝入り状態になっちゃいます。そうならないような座席配置になっているのは観客にとってはありがたいことです。でも、もともとは普通の映画館だったのをシネコン化したような映画館では座席によっては、ちょっと頭の高い人が座ると画面が見えにくくなります。シネシャンテとか、ムービルとかそんな感じでしょうか。映画館によっては、スクリーンを小さくしても位置を上げることで、見えやすくする工夫をしているところもあるようです。

また、上映マナー向上のためのアニメを流すようになったのもシネコンからだと思います。最初は大きなお世話だと思われたようですが、世間の分煙運動の活性化もあって映画館での喫煙はほぼ絶滅。劇場内で携帯電話を使う人も大変少なくなりました。最初の頃は、携帯電話を使う人(大体ご高齢の方)が結構いましたもの。現在もマナー向上アニメはやってますが、新しく映画を観始める人もいるのですから、継続していただきたいものです。

でも、シネコンで大きいのは、人件費の合理化でしょう。それまでは、1つの劇場には、キップを売る人、入り口でそれを切る人、さらにプログラムや飲食物を売る人と、最低でも2人は配置しておく必要がありました。複数劇場分を1箇所でやってしまえば、その分、人は少なくてすみます。さらに、フィルムを全巻つなげたでかいリールを使った上映スタイルをとることで、フィルム交換の手間を減らす、さらには、デジタル化上映によって、フィルムそのものをなくしてしまう。とにかく、手間賃を減らそうという工夫が見られます。その一方で、上映1回ごとに場内清掃をしたり、スタッフの制服をアミューズメントパーク風にしたり、お客さんへのケアを向上させていることも認めないわけにはいきません。ただ、最近、シネコンごとのスタッフのクオリティに差を感じるようになってきました。スタッフへの教育という問題なのかなって気もします。同じ広さのロビー、スクリーン数も同じなのに、何でこんなに行列ができるのだろうって不思議に思うことあり、片や整然とお客さんが入場していく。たとえば、同じ時間にいくつもの上映開始する番組を組めば、入場口は大変混雑するわけでして、そういった番組の組み方のセンスもシネコンによって差があるようです。

個人的に、シネコンに初めて行って驚いたのは、スクリーンの前に幕がなかったことでした。それまでは、映画館のスクリーン前には、幕(ちょっと高級感のあるところは緞帳)があって、上映開始のベルとともに、それが開いて映画が始まるという、ちょっとしたワクワク感があったのに、それがなくなっちゃいました。また、照明を段階的に落とすようになったのもシネコンになってからの現象ではないかしら。CMでは比較的明るく、予告編になると若干照明を落とし、本編が始まると完全に照明を落としてしまうというシステムです。これは、一長一短がありまして、昔は、一気に照明を落とすので、そこからは、映画の時間になるというケジメがついて、場内は静かになりますが、今はそのあたりが曖昧になっちゃいました。一方、昔の映画館は消防法のせいなのか、完全に真っ暗にはなりませんでした。非常口のランプもついたまま。今は、完全に真っ暗になりますから、その分、映画に没頭できるようになりました。

また、シネコンは、意外なところに出店することがあります。郊外型ショッピングセンターに併設されるケースがそれです。既存の映画館が全くなかったところに映画館ができるわけです。それまで映画館に行く機会の少なかった方が、お買い物ついでに映画を観ることができます。そういうことが映画観客数の底上げにつながっていることは事実だと思います。でも、いいことばかりでもなくって、シネコンの台頭によって、多くの従来の映画館が閉館に追い込まれています。確かに施設の老朽化によって、遅かれ早かれ店仕舞をしなければならない映画館もありました。(私の実家にあった、七間町の映画館街はそんな感じでした)一方で、立派な設備、きれいな場内と最高の映画鑑賞の場であっても、経営が立ち行かなくなって閉館してしまったケースもあります。(藤沢オデオン系4館とか)そういうシネコンは、既存の映画館を淘汰してしまったのですから、その後をきちんと引き継いで、映画ファンの望む映画(主にミニシアター系映画)もきちんと上映して行って欲しいものです。アニメや3Dばかり上映されたのでは、それまでの映画ファンは取り込めませんし、高齢化が進むご時世ですから、高齢者向けの味のある映画を上映していただきたいものです。

今のシネコンに足りないものとして、少数の映画ファンのための映画を上映する映画館が挙げられます。そういう需要に対応するかのように、大体、各県に1~2館、ミニシアター向け映画を積極的に上映する映画館が出てきています。それは昔から地域になじんできた映画館だったりすることもありますし、新しく小奇麗なミニシアターが地方都市にできることがあります。東北の「××フォーラム」と名のつく映画館は、ミニシネコンとでもいうべき作りで、色々なジャンルの映画を上映してくれています。こういったミニシネコンと大資本のシネコンがうまく棲み分けをして、小さいところもきちんと採算が取れて、つぶれないように頑張って欲しいと思います。

フジサワ中央が閉館して一ヶ月  藤沢から映画館が消えて一ヶ月

もうタイミングを逸してしまった感がありますが、忘れる前に記録しておきます。2010年の8月31日に神奈川県藤沢市のフジサワ中央が閉館しました。これで、藤沢市から映画館はなくなってしまいました。昔は、藤沢オデオン系4館に、藤沢みゆき座とか藤沢中央とかありまして、映画を観に行く町だったのですが、遂に映画館のない町になっちゃいました。

フジサワ中央は、藤沢駅の北側、かつての繁華街と思われる通りの3階と地下1階にある映画館です。中央1は207席の街中の映画館としてはそこそこ立派な作りです。中央2は126席の小さな映画館で、こっちは1度行ったことあるのですが、狭くて小さなスクリーンとあまりいい印象はなかったです。

フジサワ中央1は、最近も「エリザベス・ゴールデン・エイジ」「パラノーマル・アクティビティ」を観に行きました。音響はアナログのドルビーステレオだけですが、座席数の割りに空間は広く、スクリーンもミニシアターというよりは、見上げる感じの昔ながらの映画館のつくりになっています。ビルの作りも古いと言えば古いのですが、昔の映画館のあるちょっとした敷居の高さと大人の世界っぽさが感じられます。こういうところに、小さいころたまにマンガ映画に連れてきてもらうことで、大人の世界に入った気分になり、それから、映画人生やヤンキー人生とかが始まるという、大人への入り口だったのではないかしら。今の整然としたシネコンは昔の映画館のようないかがわしさがないので、老若男女がみんな平等に並んで待っていたりするのですが、フジサワ中央のような映画館に大人向け映画を観に来ると、やはり大人の世界というか、大人優先ってこういう感じなんだよなあって実感できます。でも、その敷居の高さは、地方都市の映画館ではお客さんの足を遠ざけてしまうので、いろいろなサービス企画を立ち上げたり、いろいろなアート系映画の上映をしたり、と頑張っていたようです。私は、あまり来てなくて、これからは足を運ぼうかしらと思っていたところでの閉館でびっくり。

藤沢オデオンほど通いつめた映画館ではないのですが、昔ながらの地方都市の映画館がなくなっちゃうのは、その町の文化がなくなっちゃうように寂しく思います。(私は横浜市民ですけど)それだけ、経営が大変なのでしょうけど、町の映画館、本屋さん、喫茶店、蕎麦屋さんといったものは、その町の文化を支えていると思ってますが、最近、個人店がなくなっていくのは、チエーン店になっちゃっています。映画館で言うならシネコンがチェーン店に相当するのですが、藤沢は市外のシネコンに映画のお客さんを取られちゃった構図なので、余計目に寂しい気持ちがします。

ゲテもの映画がメジャーだった頃もありました (その2)





前の記事でゲテもの映画がすごくいい扱いをされていた時代の第2弾です。やっぱり、ホラーがブームな時代があったわけでして、「ファンタズム」ですとか「ゾンビ」といった大作でもないゲテものホラーが有楽座や日比谷映画といった銀座の大劇場にかかっていたという、好きな人にはたまらん時代があったわけです。この当時はレンタルビデオがぼちぼち出回り始めた頃なんですが、映画館でゲロゲロもののホラーをやっていれば、レンタルビデオ屋もホラービデオでお客さんを集めていた時代です。なぜ、それだけのニーズがあったのか今となっては想像がつかないのですが、エロビデオがピンク映画を凌駕していた一方で、ホラーは共存共栄だった不思議な時代です。

また、新聞広告もかなり刺激度が高くなっていて、「13日の金曜日 Part3」は立体映画ということもあって新聞広告まで立体です。青と赤のメガネをかけると飛び出して見えるというものです。まあ、実際のところ飛び出すところまではいかないのですが、絵に奥行きが出るくらいの効果はあります。また、「地獄のモーテル」「ゾンゲリア」は新聞広告としてもかなり過激なものになっていまして、映画の見所をまんま広告にしちゃっているところがすごいです。ただ、宣伝ということから言えば、どちらも広告が期待を裏切らない内容になっていますから、過大広告にはあたらないのですが。(でも、ちょっとイヤーンかも)

新聞広告っていうのは、しょっちゅう映画館へ行けるお金もない学生時代には、映画チラシに匹敵する映画コレクションでした。ビンボくさいと言えばビンボくさいんですが、お手軽お安いコレクションとしては、牛乳瓶のフタに匹敵するのではないかしら。(ん?負けてるかな。)

ゲテもの映画がメジャーだった頃もありました






今はミニシアターでしか公開されなくなったゲテもの映画なんですが、1980年代はブームということもあったのですが、ゲテもの映画の扱いも大変よかったです。上記のようなB級ホラー映画が大劇場、しかも複数の劇場でどうどうと公開されていたというのは、今だとちょっと考えられないことです。「ザ・フォッグ」は日比谷の有楽座の他、今も健在の新宿プラザなど、大劇場で上映されています。ちなみにリメイク版の「ザ・フォッグ」は渋谷シアターN(ものすごくちっちゃい劇場)での単館公開ですからね、扱われ方がまるで違っていますし、それだけこの類の映画に人が集まったということです。

「プロフェシー 恐怖の予言」や「モンスター・パニック」は公害によるオドロオドロなモンスターが人間を次々に殺していくというものですが、どちらも同じチェーンでの公開になっています。こんな映画が銀座、新宿、池袋、上野で同時公開されていたというのは、今ではなかなか考えられないことだと思います。シネコンと違うのは、その劇場では、他の映画を併映せずにこれだけを1日中上映していたということ。「13日の金曜日PART2」に至っては、シネラマが上映可能なテアトル東京で上映していたのですから、この類の映画がいかにメジャーだったかがうかがい知れると思います。まあ、この類のB級ホラーがメジャーであった時代が異常だったのかもしれませんが、それにしても最近はゲテもの映画の扱いがちょいとひどいじゃないと思うことあります。ま、ニーズが怖い映画より、泣ける映画に移ってしまったからなのでしょうか、現状の泣ける映画なら何でも来いという状況も、また異常なのではないかしら。どうせ異常なら、ゲテものをもっと上映して欲しいなあと思ってしまうのであります。

関内の映画館の記憶2

記憶の中の関内の映画館第二弾です。書き留めて置かないと、ホントに記憶からもなくなっちゃいそうで。

横浜東宝会館という映画館専門の建物が馬車道にありまして、そこには5館の映画館が入っていました。

「横浜東宝」
横浜東宝会館の1階の映画館。館名からだと東宝映画の封切館みたいですが、実際は洋画のロードショー館で、70ミリの上映設備もあります。ややフラットな映画館ですが、スクリーンがそこそこの位置にあるので比較的見やすかった記憶があります。70ミリの画面は大迫力なんですが、普段のビスタサイズの画面は600席規模の映画館としてはやや小さめで、そこが微妙な感じでしょうか。ドルビーデジタルが入っていました。良質な映画を上映する映画館という印象がありまして、「ゴースト、ニューヨークの幻」「ピアノ・レッスン」70ミリの「遥かなる大地へ」「グレートブルー」「スターマン」「ダイ・ハード」などをここで観ました。駅前の相鉄ムービルよりも空いていて客層もいいという印象があってよく横浜東宝会館へはよく足を運びました。

「横浜東宝エルム」
かつて、横浜東宝の2階席だった部分を一つの映画館にしたというだけに、まずスロープが他の映画館に比べてかなり急、そして横に広い割りには奥行きがないという作りに特徴があります。340席という座席数もほどよく見やすい映画館でしたが、同じ東宝会館の横浜東宝やスカラ座に比べると格下感は否めなくて、前記2館のムーブオーバー上映というのも結構多かったです。それを意識したのか、横浜東宝会館の5館のうち唯一、ドルビーデジタルとDTSの両方の設備を持っていた映画館です。ここでは本当に色々な映画を観ました。SFものでは「トータル・リコール」「アビス」 アニメの「ファンタジア」「ポカホンタス」、その他「ラスト・オブ・モヒカン」「愛に翼を」「恋人たちの予感」「マグノリアの花たち」「結婚の条件」といった映画もここで観ました。横浜東宝会館の中でも一番愛着のあった映画館でした。

「横浜東宝スカラ座」
横浜東宝会館の4階にあって、今のシネコンにまけないスタジアム型の座席と大画面を持つ映画館でした。600席以上の規模は横浜東宝を凌ぐものがありました。ここは、アクションものをよくやっているという印象があって「ダイ・ハード2」「ミッション・インポッシブル」「ロックアップ」「ハムナプトラ」「子熊物語」「フィールド・オブ・ドリームス」などをここで観ています。映画に没頭できるという点ではかなり点数高い映画館です。なぜか、DTSだけ入っていて、ドルビーはSRまでしか入っていなかったのはちょっと不思議でした。そこだけ横浜東宝と差別化する理由はないように思うのですが。

「横浜東宝シネマ1」
横浜東宝会館の地下へ降りると、左手がシネマ1、右手がシネマ2の入り口になっています。半券をもらってすぐの入り口を入るとそこは劇場の2階席で、1階席はさらに階段を下りたところにあります。縦に長い映画館で、320席にそこそこの大きさのスクリーンでこじんまりとした感じがありました。ちょっと映画を観たいときに軽く入れる映画館という感じが好きで、思いついたように最終回に足を運んだこともありました。並ばないで、そこそこいい席で、好きな映画を気楽に観れて、従業員の感じがよい映画館というのはそうはないです。最終回が終わった後もパンフレットを売っていて、おねえさんの「ありがとうございました」が聞ける映画館ということで、この横浜東宝会館は点数高かったです。シネマ1は東宝の邦画の封切を上映していることが多くて、あまり多くは足を運べませんでしたが、「ヒュー・グッド・メン」「ジェイコブス・ラダー」「フィッシャー・キング」といった映画をここで観ています。音響はドルビーSRまででした。

「横浜東宝シネマ2」
横浜東宝シネマ1の双子の映画館で、作りもシネマ1と全く同じで、こちらはもっぱら洋画の封切館でした。上映される映画は、横浜東宝エルムの次というランクでして、それでも「シー・オブ・ラブ」「ラルフ1世はアメリカン」「張り込み」「ビッグ」にジョン・カーペンターの「ゼイ・リブ」なんてのをここで観ています。なくなってしまったのが本当に惜しまれる映画館です。


「横浜セントラル」
横浜松竹があったところを二つの劇場「横浜松竹」と「横浜セントラル」に分割した、洋画専門の封切館です。「横浜松竹」は入る機会がなかったのですが、たぶん、同じ作りの映画館ではなかったのかしら。中は前半3分の2くらいまではフラットな映画館なのですが、そこからぐんと大きな段差が出来て、地続きの2階席みたいな作りになっています。ここは映画館そのものには東宝会館ほどの愛着はないのですが、上映する映画に一癖あるものが多かったです。私の私的ベストワン「ジャックナイフ」もここでしたし、「戦慄の絆」「ヒドゥン」「スペース・ボール」など、他の映画館からこぼれてしまうような映画をここで上映していたように思います。音響はドルビーステレオでした。


「横浜西口名画座」
これは、関内ではなく、横浜駅の西口の地下にあった映画館で、120席ほどの小さな劇場だったのですが、大雨で浸水してそれっきり閉館になってしまったという悲しい経緯があります。ここでは、「奇人たちの晩餐会」「キャラバン」「クレーブの奥方」「ゴースト・ワールド」といったミニシアター系映画を積極的に上映してくれたありがたい映画館でした。でも、何と言っても、ここはジョン・カーペンターの「ゴースト・オブ・マーズ」を上映したということで、その名を(どっかに)とどろかせています。フラットな場内は座高の高い人に前に座られるとしんどいものがあるんですが、まあ、ドルビーステレオ入ってたし、カーペンター上映したし。


今も残っているのは「横浜ニューテアトル」と「横浜シネマリン」ですが、特に「横浜シネマリン」は最初の頃よりずいぶんときれいになって別の映画館のようになりました。昔は「イセザキシネマ」という洋画のピンク映画の上映館だったのを普通の映画館にしたので、コンクリートの剥き出しの床でステレオ音響もなく、正直言って小汚い映画館だったのですが、改装してからは、ちょっとおしゃれなミニシアター風に変身してびっくりです。一方の「横浜ニューテアトル」は昔のままの風情でこれはこれでポリシーを感じさせます。どちらの劇場にもお客さんが入って頑張ってくれたらいいなあって思います。

関内の映画館の記憶1

横浜、関内の映画館が今や2館となってしまった今、記憶の中の映画館を思い返してみると色々と思い出すことがあります。

「横浜ピカデリー」
800席以上の大劇場、大画面の映画館でしたが、コンクリートの床が昔ながらの作りになっており、閉館までデジタル音響が入ることはありませんでした。でも、でかい画面の迫力は横浜一で、ここで観た70ミリの「007 消されたライセンス」が大迫力だったのを記憶しています。007を70ミリで観たのは、後にも先にもこの時だけでした。また、「タイム・ボンバー」「ダークマン」「死霊のはらわた2」「オペラ座の怪人」といったB級映画を結構上映していたのが印象に残っています。

「横浜オスカー」
旧横浜日活が洋画系封切館になったもので、ビルの4階に400席程度の映画館はどちらかというと地味な印象でした。ここで観た映画は「蜘蛛女」「冷たい月を抱く女」といったサスペンス映画や「ペンタグラム悪魔の封印」といったアクションものをたくさん観たような記憶があります。場内は真ん中がやや低くなっているようなところがあって、スクリーンはそこそこの大きさ、音響はドルビーSRまでだったと思います。

「横浜オスカー2」
ろっぽにか横浜という映画館が名前を変えた映画館だったように記憶してます。「横浜オスカー」の上、6階にある小さな映画館、小さなスクリーンでフラットな場内でしたが、あまり混雑してたことはなかったような。ここでは、大感動作「ルディ 涙のウイニングラン」、青春ものの傑作「ルーカスの初恋メモリー」ファミリーコメディの佳作「天国に行けないパパ」といった掘り出し物が多かったように思います。大スクリーンにかかりそこなった映画をここで上映していたという印象があり、どっちかというと場末感のある映画館でもありました。それでもドルビーステレオは入ってました。

「横浜オデオン座」
オデオンビルの上にある小さな映画館、100席ほどの映画館でしたが、スクリーンの後ろから上映するという珍しい方式の映画館でした。ここでは、一度、上映中に映写機が故障して払い戻しをしたことがあります。「F/X」と「サンタリア」の二本立ての時だったと思います。ここでは、ジョン・カーペンターの「パラダイム」を観てえらく怖かったというのが一番大きな印象でしょうか。
場内の割りにスクリーンが小さいというのが弱点でしたが、名前だけは由緒ある映画館だったのが不思議なミスマッチ感ありました。それでも音響はドルビーが入ってました。

「関内アカデミー1」
横浜のミニシアター系映画を一手に引き受けていたのが、この映画館でした。座席数は70程度でしたが、スクリーンはそこそこの大きさなのですが、座席がフラットなので、前に人が座ると画面が欠けてしまうという弱点がありました。「フィオナの海」「遥かなる帰郷」「アイ・ウォント・ユー」「記憶の鍵」などのミニシアター映画をここで観ました。ロビーもないので、映画を観るのに外に行列ができるのですが、映画ファンは横浜で唯一のミニシアターに長い行列を作っていました。音響はドルビーステレオでしたが、閉館寸前、関内MGAに名前を変えたときには、ドルビーデジタルになっていて、そこで「ホワイトライズ」なんてのを観ました。

「関内アカデミー2」
関内アカデミー1の上の階にあるさらに小さな映画館、50席程度ながら、スクリーンはものすごく小さい。それでも、ここで「女優霊」を観て震え上がった記憶があります。どんな小さいスクリーンでも映画館は映画館だということを再認識した映画館でもあります。最初はスクリーン下にスピーカーが剥き出しだったのですが、関内MGA2に名前を変えたときはドルビーステレオが入っていました。ここで、大泣きさせられた「夏休みのレモネード」はここで観ました。狭苦しい感じの映画館でしたが、そこでしか観られない映画を上映するので足を運んでしまうのですよ。「スペシャリスト・自覚なき殺戮者」なんてのもここで観ましたからね。

藤沢オデオンの閉館に大ショック

長年、地方都市の映画館として、町に文化に貢献してきた藤沢オデオンの4館が2007年3月末を持って閉館してしまうニュースは、長年ここに通っていた私には寝耳に水のショッキングなニュースでした。

大劇場の作りをそのままコンパクトにまとめて、大劇場の風格を感じさせたオデオン1番館2番館、そして、一戸建て映画館の風格があったオデオン座、しゃれた作りがミニシアターの豪華版という感じだったキネマ88、どれもなくなってしまうのが本当に惜しまれる珠玉の劇場たちです。

シネコンに押されたという記事がありましたが、この4館は、劇場の見易さ、きれいさ、スクリーンの大きさ、音響効果、接客態度、どれをとってもシネコンに全然負けていなかっただけに、個人的には、何だか納得いかない気分です。

ここは、メジャー作品だけでなく、ミニシアター系の作品も積極的に上映してくれて、「フル・モンティ」「山の郵便配達」「至福のとき」「永遠のマリアカラス」なども藤沢で観ました。一方で、メジャーな作品もできるだけ藤沢で観るようにしてきて、そこそこお客さんが入っていると思っていたのですが、やはり藤沢という立地が厳しかったのでしょうか。映画館がなくなっていくのはショックでして、過去に横浜東宝会館が閉館したときもかなりこたえましたけど、今回はそれ以上の大ショックです。

71年の歴史がある映画館だそうですが、私にとっても20年近くの歴史を持つ映画館だけになくなってしまうのが残念ですが、よくこのご時勢にああいうステキな映画館をよくここまで維持してきてくれたことに感謝したいと思います。

70ミリ映画の記憶

私が静岡にいた頃は、70ミリ映画を観る機会はありませんでした。大学に入ってから、東京に出てきてからは、70ミリ映画を観られるようになりました。新聞広告で70ミリと書いてあっても、それがどんなものなのかは想像がつきませんでした。

初めて観た70ミリ映画は、渋谷パンテオンでの「1941」でした。とにかくスクリーンがでかいという印象でした。この時は、6チャンネルステレオ音響でしたが、ドルビーは入っていなかったように思います。その後、初めて70ミリ6チャンネルドルビーステレオで観たのは、日劇での「スター・ウォーズ帝国の逆襲」でした。大画面、大音響の迫力はこういう映画にこそふさわしいという印象で、大満足だった記憶があります。その後、最初で最後のテアトル東京で、70ミリシネラマ方式で「ブラック・ホール」を観たのですが、映画のパワー不足もあって、「ふーん、こんなものかあ」という記憶しかないのが残念です。そして、渋谷東急で「アルタード・ステーツ」を観たときは、あまりの音のでかさに辟易した記憶があります。この時、上映にあたり、ドルビー・メガ・サウンド・システムという方式で上映されたそうで、通常の中低音だけのトラックにも普通の音を録音したのだとか。また、渋谷東急のスクリーンは70ミリの時、画面が上下に広がらないで、シネスコの横が狭くなった画面だった記憶があります。これは劇場の作りによるものなのでしょうけど。

デジタル音響が出回る前は、まだまだ大作は70ミリ上映されることが結構ありました。横浜に住むようになってからは、相鉄映画で「アンタッチャブル」、横浜ピカデリーで「007 リビング・デイライツ」、横浜東宝で「スター・マン」などを観ています。横浜の映画館は、70ミリになると画面が上下左右にでかくなるので、それだけでもワクワクしたものです。最後の70ミリ映画「遥かなる大地へ」は横浜東宝で観ました。

もう、この先、70ミリの映画を観る機会はないのでしょうね。シネコン、DLP,デジタル音響と、70ミリの入る余地はなくなってしまったのが残念です。技術の進歩は映画館の設備の底上げしてきているのですが、その分、映画館の華がなくなっているような気がします。例えば、私のようなオヤジ世代は、映画が始まる前に緞帳が上がる、幕が開くってのは、それ自体がハレのイベントでした。シネコンには、スクリーン前の幕はありませんし、従来の劇場でも、幕の開閉をしなくなったところが結構あって、寂しく感じることがあります。映画館でしか観られなかったニュース映画も最近は見かけなくなりました。割と最近まで、神奈川ニュースは上映されていたのですが、もう作っていないのかな。

横浜東宝会館の記憶

横浜の映画館もだいぶ様変わりしてしまいました。きれいとは言えないけど、とにかくでっかい画面で大迫力だった横浜ピカデリーが閉館したときも少しは残念感があったのですが、やはり、閉館して、「ああ、がっくり」を実感したのは、横浜東宝会館です。

横浜に引っ越してきてから、映画を観るときはまずここをチェックしていました。一つの建物に、5つの映画館が入っていました。1階の横浜東宝、2階の横浜東宝エルム(「横浜東宝」の2階席を独立させたそうですが、それでも結構なキャパ)、4階の横浜スカラ座、地下の横浜東宝シネマ1とシネマ2という双子の劇場というふうに、シネコン風なつくりですが、それでもそれぞれの映画館にカラーがあったように思います。ここの映画館が好きだった理由に、最終回の終わったあとも、入り口で「ありがとうございました」と声をかけてくれて、プログラムも売っていたということが挙げられます。また、映画館が新しくはないけど常に小奇麗で、いわゆる映画館としての格が感じられる一方で、横浜、伊勢佐木町の映画館の中で一番敷居が低く感じられる劇場でもありました。

さらっと入って心地よく映画を観ることができたってのがよかったです。その心地よさの中には、相鉄系の映画館より空いていたってことがありまして、だから閉館に至ったのかなと思うと、複雑な心境になります。横浜東宝は70㎜の上映が可能でして、ここで「スターマン」「グラン・ブルー」や、最後の70㎜映画と言われる「遥かなる大地へ」なんてのを観ました。また、企画モノで、朝一回だけ怪獣映画を上映することがあって、ここでかなりボロボロのプリントの「サンダ対ガイラ」を観たのも懐かしい思い出となります。ここが閉館したのは、ワーナーマイカルみなとみらいができてしばらく経ってからでしたけど、確かに晩年のお客の入りはよくなかったようで、日曜日に横浜東宝に「ハート・オブ・ウーマン」を観に行ったら、あまりの観客の少なさに驚いた記憶があります。(映画そのものは面白いコメディだったんですが)

今、こういう映画館らしい雰囲気を持っていて、かつ親しみやすさも兼ね備えているところというと、私の近所では、藤沢オデオンの4つの映画館があります。ここは閉館して欲しくないですねえ。設備、雰囲気とか、横浜東宝会館のよさのようなものをこの映画館は持っていて、今の私のごひいき映画館です。

引っ越してきた頃の横浜の映画館

横浜に引っ越してきた頃は、まだ伊勢佐木町にも映画館がたくさんあったころでした。

まだ、横浜駅前のムービルも今の位置ではなかったのですが、そこではあまりたくさん映画を
観ていないので記憶が曖昧です。

当時の映画館としては、横浜東宝会館、横浜ピカデリー、横浜オスカー、横浜日活、
横浜オデオン座(オデオンビルの上の小さい映画館)、イセザキシネマ(今の横浜
シネマリン、かな?)、横浜ニューテアトル(これは今も健在)、横浜日劇、シネマジャック、
シネマベティ、横浜松竹、伊勢佐木町東映、横浜セントラル、西口にっかつ、西口名画座、
関内アカデミー といったものがありました。このうち、横浜松竹、伊勢佐木町東映には
入ったことはなく、ごひいきだったのは、横浜東宝会館でした。これらの映画館の
ほとんどが閉館してしまっているんですが、その中でも、横浜東宝会館がなくなったときは
痛かったというか、残念でした。

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einhorn2233

Author:einhorn2233
Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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