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「いとしい人」は、「あーわかるわかる」と、「へーそうなんだ」があって楽しい

今回は東京では公開が終了している「いとしい人」を横浜シネマベティで観て来ました。アルバトロスが配給してるんですね。かつてのゲテもの系配給会社も、最近はアート系やこういう小品を配給するようになっていたとは。

39歳の小学校教師エイプリル(ヘレン・ハント)は、同僚のベン(マシュー・ブロドリック)と結婚して間もないのですが、ある日ベンが家を出て行ってしまいます。彼女は自分が養女だったことを知っていて、自分の子供が欲しくて仕方なかったのです。そんな中で養母がなくなり、そのタイミングで、エイプリルの前に実母だというバーニス(ベット・ミドラー)が現れます。最初は信用してなかったエイプリルですがどうやら本当の母上みたい。一方、エイプリルは生徒の父親フランク(コリン・ファース)と知り合い、だんだんいい感じになっていきます。どうやら、二人とも本気で愛し合っているようなんですが、そんな時、彼女の妊娠が発覚、それはベンの子供でした。子供は欲しかったけど、今やフランクと一緒になりたいエイプリル、果たして彼女のとった道は?

「ハート・オブ・ウーマン」「理想の女」のヘレン・ハントが監督・主演・共同脚本と一人3役をこなした一品です。これまでの彼女は、スラっとした美人という印象だったのですが、今回はアラフォー女性をリアルに演じていまして、おばさんとヒロインの間を行ったり来たりするドラマは、男性の目線から見てもなかなか面白かったです。日本の華やかなアラフォードラマに比べると、エイプリルは美人だけど明らかに年季入ってて、口をへの字に曲げてることが多いんですが、これがはっきりオバさん。でも、時にはラブストーリーのヒロインにもなるというあたり、ハントは自分自身を大変見事に演出しています。若作りじゃなく、年相応にくたびれたところもあるけど、乙女になる時もある、そんなリアルなヒロインの見せ方は時として残酷とも思えるのですが、自分が自分を演出するからこそできるんだろうなって妙に納得しちゃいました。いや、魅力的ではあるんですけど、あのメイクを極力してませんって感じを見せるのはすごいなって感心しちゃいました。

エイプリルは自分が年とったなって思っていますが、それは、出産年齢を基準に言ってるみたいなんです。なかなか子供ができなくて、養子をもらいなさいと養母から言われたりしても、いやいや自分の子供が欲しいと言い張るのです。自分が養子だったから、母親の愛情を十分に受けられなかったからなんてことも言うのですが、それにしても、自分の子供を産むことにこだわるエイプリルには、私には理解できない世界があるんだなって思わせられました。

ベンは映画の中でも大人になりきれない男と言われちゃってるんですが、まさにそんな感じの男。いい年しても成熟しないベンは、いまだ独身の私とかぶるところがあって他人事ではなかったです。そんなリアルな困ったオヤジをマシュー・ブロドリックが好演しています。好演というには、「いやーん」な印象なんですが、善意だけで何も決断できない男ってのは、見た目若作り(トッチャン坊やって言葉は死語なんですかね、それとも方言? でも、そんな感じ)なんだなーって妙に納得させるものがありました。一方のフランクは、子連れシングルの英国人、相手に対する思いやりを欠くときもあるけど、基本的にはいい人、でも、勢いに流されがちという、これまたリアルなキャラをコリン・ファースが長所短所をきっちりと演じきっています。白馬の王子様じゃないぶん、エイプリルとも何だか相性のよさを感じさせます。どっかアセってるエイプリルの押しに巻き込まれた感があるのもご愛嬌です。

突然、エイプリルの前に現れた実の母親バーニスは、テレビのインタビュー番組のホステス。いかにも押しの強そうなおばさんをベット・ミドラーが快演していますが、このおばさんも言ってることがコロコロ変わって一筋縄ではいきません。そんな、バーニスの言うことに振り回されちゃうエイプリルはお気の毒ではあるんですが、でもお互いに頼っているところもあるという微妙な関係。私みたいな親不孝者は、そんなにムキになって親子関係を築こうとしなくてもいいじゃんと思うのですが、二人にとってお互いが親子であることを認めるということはすごく大事なことみたいです。どっか不安定な感じのエイプリルにとって、言ってることはいい加減なんだけど、落ち着いた人生を送っているバーニスがちょっとうらやましくも頼もしく見えてるってのは面白いと思いました。



この先は、結末に触れますのでご注意下さい。



さて、前夫の子供ができちゃったエイプリルはどっか気持ちが落ち着かなくて、前夫と寝ちゃったりもして、フランクともうまくいかなくなってしまいます。さらに、悪いことに子供は流産しちゃいます。その結果、彼女が選択したのは、人工授精。え?と、驚かされたのは私だけかしら。へえ、39歳という年齢に直面して、彼女にとっての一番の望みは母親になることだったの? うーん、女性の考えることはよくわからない。でも、そこまで来た時、彼女は信仰(養父母がユダヤ人だったのでユダヤ教)を失いかけてるというあたりに、彼女なりの傷付いた心に気付かされます。そして、再度、フランクの家を訪れてプロポーズ。この先、どうなるかわからないけど、あなたは一緒にいたいと思う大切な人、アラフォーヒロインが言うと、どこか重みがあって、でも信じられる言葉です。そして、後日談、フランクの家で食後を楽しむバーニスとフランク、そしてエイプリル。エイプリルの傍らには小さな女の子、これがアジア系の顔をしてるのが、ちょっとアクセントになってて、エンドクレジット。人それぞれの幸せが、今彼らの中にあるという後味は、きれいにまとめたなあって気もしますが、そのささやかさが暖かい後味を残します。

ヒロインの見せ方に女性監督ならではの、さじ加減がありまして、アラフォー女性の描き方がリアルで、かつその視線にやさしさが感じられました。男性の描き方にも、一味スパイスが効いていまして、不完全さの描き方がちょっと男性に辛めになっています。コミカルな味わいはあるものの、単なるラブコメではなく、そこにある悲喜こもごもが人間ドラマとしての厚みがあります。ああ、そうだよなあっていう共感と、へーそうなの?っている驚きが共存しているところに、この映画の楽しさがあります。

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「モンスターvsエイリアン」はモンスターの扱いがヒドすぎる

今回は、新作の「モンスターvsエイリアン」3D日本語版を新宿ピカデリー3で観てきました。3Dってのは、前売り券でも当日券でも割引デーでも結局2000円とられる仕掛けになってまして、これじゃ前売り券買う意味ないって感じ。やはり、何でも3Dがいいなってことじゃなくて、ちゃんと作品を選びましょうってことみたいです。

結婚式の当日、隕石の不思議な光を浴びちゃったスーザンは結婚式場で巨大化しちゃいます。スーザンはアメリカ軍に拉致されちゃって、秘密基地に監禁状態。そこには、ゴキブリ男コックローチ博士とか、半魚人ミッシング・リング、ゼリー状のボブとかもいっしょにいて、彼らもモンスターだからという理由で連れてこられたみたい。スーザンもジャイノミカというモンスターネームで呼ばれて二度と外には出られないと告げられてしまいます。一方、宇宙の果てからやってきたエイリアンのギャラクサーは地球攻撃を開始、まずロボットを送り込んできます。大統領がコンタクトを取ろうとするもあえなく失敗。普通の火器では倒せないとわかると、モンスターにロボット退治を依頼してきます。うまくいったら、外に出して市民権もあげましょうですって。そして、モンスター軍団は激闘の末、何とロボットをやっつけてしまうのでした。これで、家に帰れると喜んだスーザンですけど、帰ってみれば、婚約者の冷たい仕打ちにがっくり、他のモンスターも世間の冷たい視線にしょんぼり。そんなスーザンをギャラクサーのUFOがさらっていきます。そもそも、彼女がでっかくなった原因のエネルギーを彼は欲しがっていたのです。そして、エネルギーを手に入れたギャラクサーは改めて人類抹殺を宣言するのですが。

ドリームワークスにより、CGアニメの一品です。3Dの仕掛けもついてまして、なるほど、画面の奥行きとか、要所要所の飛び出し効果はなかなか見応えがありました。でも、私には、この映画、ダメでした。何というか、観終わってムカムカくる感じという珍しい映画。そういう文面になりますので、これからご覧になる予定の方はパスしてください。

オープニングでヒロインが巨大化しちゃうってのは、なかなか面白いとは思ったのですが、実は、この巨大化に意味があったのかというと、彼女をフリーク(怪物)扱いするためだけの設定だったというのは後で気付きました。彼女、他にスーパーマンみたいなパワーも持っているのですが、それと体のサイズは関係ないんですよ。

ともあれ、彼女は、アメリカ軍の秘密基地みたいなところに連れ込まれちゃうのですよ。結婚式の当日にですから、何だかかわいそうな話、その上、現れたモンガー将軍が言うには、モンスターを人目につかないように監禁しておく組織なんですって。で、スーザンは二度と出られないって宣言されちゃいます。その上、モンスターネームがジャイノミカですって。拉致されて、二度と帰れなくて、名前までモンスターにされちゃうなんて、ひどくない? これは、絶対、後半で、アメリカ軍やモンガー将軍に一矢報いてくれるだろうって期待させるじゃないですか。しかし、この映画、驚くべきことに、このままモンスターたちがエイリアンと戦うという話になって、モンガー将軍は後半は善玉扱いなんですよ。

宇宙からやってきたエイリアンロボットが地球の武器では歯が立たないとわかったら、大統領の前でモンガー将軍が「モンスターを出動させるのです」と大見得を切ります。モンスターは秘密兵器だったの?って言うか、スーザンはそういう扱いだったのか。そして、さらにびっくりなのは、モンスターのみなさんはこの理不尽な扱いに不満も抱かず、何の情報も援護もないまま、エイリアンロボットの前に放り出されてしまうのです。でも、頑張って、モンスターたちはロボットに立ち向かいます。金門橋を舞台にしたアクションはなかなかの迫力で、巨大ロボットという動きの少ない設定で、見せ場としてよくできています。

で、ロボットをやっつけたおかげで自由の身となったモンスターたちですが、世間の目は冷たいってことがわかってがっかり。で、この先もすごいんですが、スーザンにいたっては、じゃあ、普通の人間よりもモンスターの方がいいじゃない!って、アンタ、いったいどんな不幸な人生だったの?ってツッコミが入ります。で、この後、物語は、ギャラクサーの宇宙船の中に移り、クローン兵を送り込んで、人類皆殺しをしようとするギャラクサーの野望を打ち砕くモンスターたちの活躍が描かれます。あの手この手を使った見せ場はなかなかの迫力でして、面白くできてるんですが、そこは割愛。

ギャラクサーをやっつけて、戻ってくれば、みんなは暖かく迎えてくれます。そして、モンスターチームに新たな任務がやってきます。フランスで巨大カタツムリが現れたのです。かっこよく、任務に赴くモンスターチーム、で、エンドクレジット。ええー、これでいいのー?

趣向としては、アホな大統領ですとか、クライマックスで変身するムシモンスターとか、モンスターの出自が全て昔の怪奇映画のパロディになっているとか、色々と楽しませてくれるところはあるんですが、モンスターを見た目が異端(スーザンが監禁された理由はでかいから)だからということで、一生監禁しておくというアメリカ軍のやり方は全然否定されてないんですよね。ヒロインたちがその理不尽さに怒るどころか、秘密兵器扱いされても、そのまま頑張っちゃうあたり、カワイソすぎるぞ、モンスター。こんな、ひどいことする連中に一矢報いてくれればとも思ってたのですが、最後までそれもない。ヒロインは、モンスター退治を自分の天職みたいに思っちゃってるんですから、空いた口が塞がらないです。個人はお上の前にあまりに無力って、これでハッピーエンドはないだろ? 世間の目は冷たいけど、アメリカはきちんと秘密兵器として、アンタたちを使ってあげるからねって決着は、はっきり言ってヒドすぎます。

同じような趣向の映画「ヘルボーイ」があっただろという方がいるかもしれませんが、あっちはきちんとマイノリティに対するシンパシーと人間側の勝手さに対する自覚がありました。だからこそ、映画として共感もできますし、カタルシスもあるのですが、この映画には、モンスターに対する愛情はかけらもないみたいで、観た後よりも思い出すたびに不愉快な気分になります。こういう映画も珍しいです。ベッキーの吹き替えが感じよくても、そんなのこの映画の前には意味なかったです。

というわけで、3Dは普通よりも高いですから、観る映画はちゃんと選びましょうという教訓なのでした。

「ウィッチマウンテン」はファミリー向けSF冒険映画として丁寧に作ってます

今回は新作の「ウィッチマウンテン 地図から消された山」を珍しく初日に、TOHOシネマズ川崎3で観てきました。この映画、その昔のディズニー映画「星の国から来た仲間」のリメイクなんですが、「この映画で観たものは、決して語ってはならない」と勿体ぶってスリラータッチの予告編が上映されてて、「?」と思ってました。ちょっと、やな予感も。

ラスベガスの運転手ジャック(ドウェイン・ジョンソン)の車に、いつの間にか乗り込んでいたのは、二人の兄妹セス(アレクサンダー・ルドウィク)とサラ(アナソフィア・ロブ)でした。この二人何かいわくありげなんですが、アメリカの政府機関に追われていたのです。政府側のトップ、ヘンリー(キアラン・ハインズ)は、この兄妹が砂漠に落下した飛行物体から逃げたこと、そして彼らがどうやら地球人ではないらしいということで、なんとかつかまえようとしていました。一方、二人の言うままに車を走らせたジャックはある廃屋にたどり着きます。そこで、妙な装置を取り出したサラたちの目の前に、得体の知れない怪物が現れ、3人は再度タクシーで命からがら逃げ出します。さらにUFOがタクシーを襲ってくるではないですか。ジャックもさすがに兄妹の正体を聞き出すのですが、やはり彼らは宇宙人でした。そう言われてもどうしていいかわからないジャックは、かつてタクシーに乗せたことのあるUFO研究家フリードマン博士(カーラ・クギーノ)のもとへ二人を連れていきます。彼女もホントの宇宙人に出会ってびっくり。そして、この兄妹が地球存亡のカギを握っているのを知るのでした。

元の映画「星の国から来た仲間」は未見ですが、映画雑誌「スクリーン」で紹介記事を見ました。アニメ「美女と野獣」で一山当てる前のディズニーはファミリー向けのSFコメディや冒険映画をたくさん作っていたのですが、日本ではどちらかというとひっそり公開されていました。いかにもお子様向けですという売り方をされていたのですが、今回は、SFミステリー大作みたいな扱いで、何だか敷居が高いのかと思いましたが、これがなかなか面白くてよくできていたのですよ。ちょっとした掘り出し物としてオススメの一品です。監督のアンディ・フィックマンはティーンズ・コメディ「アメリカン・ピーチパイ」の監督さんだそうですが、この映画では全体に笑いを散りばめながら、定番の展開を丁寧に演出しています。

タイトルバックはUFOに関する新聞記事や撮影されたUFOフィルムなどで構成されていまして、正直何を今さら感もあるのですが、妙にひねくらずに素直にUFO,宇宙人と展開していく物語の導入部としてはなかなかうまいと思いました。そして、舞台となるラスベガスでは、UFO大集会が行われていて、コスプレした皆さんとかUFOファンが集まっているという設定には結構笑えました。へえ、宇宙人とUFOのファンってまだまだたくさんいるんだなー、ロズウェル事件とかエリア51なんて話も伝説として風化してないのが、アメリカらしいなって感じ。

さて、主人公のジャックの車に乗り込んで来た二人の兄妹、兄貴の方はモノをすり抜けたり、逆にものすごく硬くなったりといった能力があり、妹の方には念動力があるようです。映画は、ジャックと兄妹とのロードムービーの展開となります。3人が徐々に仲良くなっていくといったノンキな展開ではないのですが、それでも、最初はお互いに信頼していなかったのが、一緒に行動していくなかで絆が生まれてくるという流れを自然に見せるあたりはうまいです。途中で、立ち寄った食堂で、彼らを助けるのがオリジナルの主演だったキム・リチャーズとアイク・アイゼンマンという趣向もあって、それを知らなくても、主人公たちを助ける人が出てくるのが結構いい感じだったりします。

また、最近の映画の割りには、CGとリアルなアクションのバランスがよく、カーチェイスや爆破シーンがCG風の絵になってないのですよ。兄妹を追跡する宇宙人サイフォンもCGじゃなくてスーツキャラですし、CGはUFOとか飛ぶシーンなど必要なシーンに絞り込んでいるのが、好印象でした。アクションから爆破まで全部CG風の絵になっちゃってる最近の映画の中では、新鮮に見えましたもの。



この先は結末に触れますのでご注意ください。(「誰にも話してはいけない」ってほどのもんじゃないです)



セスとサラの兄妹は、三千光年向こうの星から来たのです。彼らの星では大気汚染が進んで、それを浄化するカギが地球にあると知って、実験施設を送り込んでいました。その実験結果を持って、自分の星を救おうとしているのですが、軍の強硬派は、地球征服を主張していました。だから、実験成果を彼らの星に持ち帰らないと、地球征服が実行されてしまう状況だったのです。UFO大集会にいたフリードマン博士を捕まえて、彼女の協力を仰いで、セスとサラの宇宙船が隠されている場所が地図にないウィッチマウンテンの秘密基地にあることを知り、そこへ向かうのですが、結局ヘンリーにつかまってしまいます。しかし、ジャックとフリードマンは、基地に忍び込んで生体実験寸前の二人を救い出します。その時、兄妹を追ってきたサイフォンも基地に乱入してきますが、何とか4人は宇宙船に乗り込んで、基地を脱出し、そこまで追っかけてきたサイフォンも宇宙船の推進装置に巻き込まれてやっつけられます。ジャックとフリードマンに別れを告げて、二人は自分たちの星へと帰っていくのでした。

他愛のない話だと言ってしまえば、それまでなんですが、全体的な作りが丁寧なので、最後までダレずに楽しめますし、後味も悪くありません。善意の宇宙人が政府機関に追われていたのを、一人の市民が救い、引いては地球を救ったというお話です。発想自体は古臭いものかもしれませんが、それをきちんと楽しめるファミリー向けエンタテイメントにまとめあげている点は評価したいと思います。特に最近の映画にあるような勢いだけで見せる映画ではなく、お話の展開をわかりやすく捌いたフィックマンの演出の手堅さも買いです。そして、きちんとキャラ付けされた登場人物が過不足なく描かれ、演技陣も好演しています。フリードマン博士を演じたカーラ・クギーノの、宇宙人と遭遇してうれしくてたまらないUFOオタクぶりですとか、タイプキャラの悪役を最後までトーンを下げなかったキアラン・ハインズなど、それぞれがきちんと役を演じきっているのが、映画としての点数を上げています。

決して大作ではないですし、地球の危機を大げさにあおることもなく、SF冒険映画として、誰もが楽しめるように仕上げているところが、この映画のいいところです。最近の映画ですと「ナイト・ミュージアム」にも似た味わいがありましたけど、登場人物のキャラが立っている分、こっちの方を買います。ただ、一つ残念だったのは、トレバー・ラビンの音楽でして、シンセやオケにコーラスまで使っているのに、ほとんど旋律らしいものがない、リズムボックスみたいな音楽だったのは物足りなかったです。ドンドコ鳴らすだけの乾いた音楽は、こういう映画にはふさわしくないように思うからです。

「それでも恋するバルセロナ」はどっかシニカルな視点がおかしいリゾラバもの

新作の「それでも恋するバルセロナ」を109シネマズ川崎シアター5で観てきました。何とプログラムが売り切れですって。東京では、丸の内ピカデリーとル・シネマで上映というのが、上映館の組み合わせが何とも奇妙。

バルセロナに夏のバカンスにやってきたヴィッキー(レベッカ・ホール)とクリスティーナ(スカーレット・ヨハンソン)。ヴィッキーには婚約者のダグがいて恋愛堅実派。一方クリスティーナは恋愛こだわりない自由な人。そんな二人に画家のファン・アントニオ(ハピエル・バルデム)が週末のアバンチュールのお誘いをかけてきます。ノリノリのクリスティーナでしたが、行った先で胃潰瘍でダウン。二人きりなったヴィッキーとアントニオが盛り上がって甘い一夜を過ごしちゃいます。でも、その後はアントニオがクリスティーナに接近し、二人は同棲まで始めちゃいます。ところが、そんな二人の間にアントニオの元妻マリア(ペネロペ・クルズ)が転がり込んできて、3人での生活になっちゃいます。一方、バルセロナで結婚式まで挙げたヴィッキーですが、アントニオとの一夜が忘れられず、何だか元気がありません。クリスティーナは、最初はビビっていたマリアとの関係もよくなっていい感じの三角関係になります。そんな二人のひと夏の結末は....?

ウッディ・アレンの脚本、監督による、シニカルなラブコメディの一編です。アメリカ人女性の二人がバルセロナに出かけて、ひと夏の恋をするというお話なんですが、これが恋愛をちょっと斜に構えて見ているところが何ともおかしな一編となりました。いわゆるリゾラバであり、情熱の国スペインというお膳立てではあるんですが、そこでの恋の顛末をロマンチックというには、紆余曲折を冷めた視線で描いているのです。妙に詳細まで描写するナレーションが、記録映画みたいな雰囲気があり、そこで展開するエピソードも恋愛と呼ぶには、何だか勝手な思い込み先行のようなのです。

発端は、ヴィッキーとクリスチーナがレストランで食事中に、アントニオがやけに生々しいナンパをかけてくるところです。直接的にアバンチュールのお誘いに、「アンタ、バッカじゃないの?」って突っぱねようとするヴィッキー、ところがクリスチーナは意外や乗り気、で、結局二人ともアントニオの誘いに乗ってしまいます。何だか軽いよね、この感じ、ヴィッキーなんて婚約者がいるのに。その甘い一夜が忘れられずに、心は何だかときめいちゃうけど、理性としては婚約者と結婚してまっとうな人生を送りたい、そんな様子がどっか突き放したような視点で描かれると、かなりおかしい。レベッカ・ホールが結婚した後まで、何だか不幸そうな顔をしてるのが、人間って滑稽だなって感じなんです。何だか、恋愛をコケにしてるみたいでした。

一方の、クリスチーナは本気でアントニオと付き合い始め、芸術家の恋人のポジションをゲットして、何だか自己満足気分。もともと、自分探し大好きな彼女にしてみれば、このステータスは彼女を幸せ気分にしてくれたのです。ところが、アントニオの元妻マリアが転がり込んできたら、アントニオは彼女を見捨てられないのですから、クリスチーナとしては面白くありません。その上、マリアはいわゆる才色兼備だったので、自分の存在が軽く見えてきちゃいました。でも、クリスチーナが趣味でやっていた写真の才能をマリアが認めてくれて、3人はすごくいい関係になります。マリアは刃傷沙汰まで起こした気性の激しい女性なんですが、クリスチーナの存在がいいクッションとなって、マリアとアントニオの仲も修復しちゃうってのは、何か調子いいよなって思う一方、これでハッピーな三角関係ってのは、恋愛なんて結局自分勝手なんだなって思ってしまいました。以前、「幸せになるための27のドレス」を観たときにも、同じような記事を書いたのを思い出しました。まあ、勝手にやってるんだから、好きにすれば?ってところなんですが、ホントにそういう展開になっちゃうので驚いちゃいました。



この先は、結末に触れますのでご注意ください。



クリスチーナは、3人のバランスが一番いい時に、この関係を終わらせたいと言い出します。それを聞いたマリアは逆上、それでも、クリスチーナはフランスへと旅立ってしまいます。そしたら、アントニオとマリアの関係も悪化して、結局、マリアは出て行ってしまいます。何だ、結局、全部元に戻っちゃうの?二人の間で、うまくバランスを取ろうとしたら、アントニオかわいそー、と思いきや。パーティで再会したヴィッキー(既に人妻)を口説きにかかるのですよ。あの一夜が忘れられないって、何だこいつも自分勝手な奴じゃない。一方、あたしって不幸だわ気分だったヴィッキーもその誘いに乗ってしまいます。そして、アントニオの家で、事におよぶかというところに、銃を持ったマリアが乱入、銃が暴発してヴィッキーは手に怪我をしちゃいます。ここで、ヴィッキーも我にかえって、夫のもとへと帰っていきます。そして、ひと夏の終わり、クリスチーナとヴィッキーがアメリカへ帰るところでエンドクレジット。

マリアという女性が気性が激しいけど芸術的センスにあふれていて、アントニオもなかなか彼女と縁を切れないというところがおかしかったです。この才色兼備の地雷女をペネロペ・クルズが大変魅力的に演じています。一方のアメリカ女性二人は、もっと俗物というか普通の人です。ヴィッキーは恋に恋するロマンチストで、一方のクリスチーヌは自分の居場所を探してるようで実は探したくないという現実回避タイプでして、どちらもバルセロナで特別な自分を発見して、ちょっと羽目をはずしてしまいましたというふうに見えました。二人を冷静に描写するものものしいナレーションの与える雰囲気が、恋愛で盛り上がる二人をクールに描写したせいもあって、実はそれほどのもんじゃない二人の顔がだんだんと見えてきます。

スカーレット・ヨハンソンは、この役にはちょっと魅力的過ぎたように思います。アレンの演出に彼女への思い入れがあるのか、美しすぎるのですよ。一方の、レベッカ・ホールは、ロマンスと現実の間でジタバタする女性をリアルに演じてコメディエンヌとしてのうまさを見せてくれました。ハピエル・バルデムは確かに魅力的なアーチストに見えているのですが、後半でだんだんマリアの尻に敷かれてるのがわかってくるあたりを巧みに演じていました。この映画は、最終的に、二人にとって、ひと夏の恋は、結局の元の木阿弥だったように見えるオチがつきます。観る方によっては、この二人の恋愛を人生を変える運命の出会いに感じるかもしれませんが、私には、リゾラバはリゾラバでしかなく、普通の女性がなぜか自分をロマンスのヒロインと思い込んだけど、結局何でもなかったねというお笑いのように思えたのです。

全体に笑えるシーンが多いですし、そのどっかツボをはずした笑いが、やはり二人の恋愛を盛り上げるというよりは、突き放して笑ってるって感じがして、こういう感想になってしまいました。妙にものものしいナレーションは実録モノのパロディみたいでした。こういう恋愛の描き方もなかなか面白いです。ヒロイン二人が勝手なことしてて、何だこいつらと思わせといて、ちょっとだけペーソスのスパイスがかかっているという感じでしょうか。

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einhorn2233

Author:einhorn2233
Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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