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「理想の彼氏」は晩秋の佳品、オススメできます。

今回は、初日の「理想の彼氏」を川崎チネグランデで観て来ました。ここはチネチッタの中で唯一昔の映画館が残っている劇場で、一戸建ての大劇場の作りですが、座席の前後幅が狭いのは昔のまま。また、結構前の人の頭が気になるという作りなのですよ。スクリーンはでかいのですが、もともと70ミリ上映が可能な劇場で、35ミリの映画だとスクリーンが劇場のキャパの割りにちっちゃいのが残念。(昔の横浜東宝もそんな感じ)とはいえ、昔、ここで「ダンス・ウィズ・ウルブス」を観たときは大画面に感動したんですが。

ダンナの浮気で離婚した40歳のサンディ(キャサリン・ゼタ・ジョーンズ)は、子供2人を連れてニューヨークに引っ越してきます。アパートを探していた縁で、24歳のバツイチ青年アラム(ジャスティン・バーサ)と知り合いになります。アラムは大学出ても、親元で暮していて、コーヒーショップでバイトしてるあまりぱっとしない感じ。サンディは仕事を見つけて、アラムにベビーシッターを頼みます。ダンナと別れて自由を謳歌し、仕事も面白くなってきた彼女、新しい恋もしたいとデートするのですが、あまりうまくいきません。一方、子供たちとすっかり仲良くなったアラムは、サンディ一家とすごくいい関係になります。そして、その流れの中で、二人はだんだんと深い仲になっちゃいます。恋愛と仕事に充実した日々を送るサンディ、一方のアラムはベビーシッターというどっかモラトリアム状態。未来を築いていくのには不安な関係は、サンディが子宮外妊娠をしたことでぐらつき始めるのですが。

バート・フレインドリッチの脚本、監督による年の差恋愛のお話。この監督さん自身が、10歳年上のジュリアン・ムーアと結婚しているのだそうで、どう見ても、年上カミさんの方が稼ぎがよさそう。年の差恋愛というと最近では「あなたは私の婿になる:」があったのですが、こちらの方が、展開はシリアスです。でも、インデペンデンス系映画にありがちな、リアルな重さにはまらず、コミカルな展開から、ちょっと最近のハリウッド映画っぽくない結末に落として、それでも娯楽映画としてきちんとまとまっています。11月というのは、お正月映画の前に、短期限定で意外な拾いものを上映する季節なのですが、これは、その拾いもの佳作と言えると思います。テレビスポットを観て、ただの年の差恋愛ものと切り捨てるには惜しい一品です。

前半は、サンディとアラムがどう見ても恋愛にはならんだろうっていう見せ方になっているのがうまいです。特にアダムが何だか冴えない奴になっているのが、おかしくて笑えます。永住権目当てのフランス娘と結婚したら、浮気されちゃって意気消沈、大学出たんだからちゃんとした仕事つきなさいと親に言われるけど、コーヒーショップでバイト状態。それに、ベビーシッターにのめり込んじゃうあたりは、何だか頼りない感じ。まあ、でかい夢を語ったり、お金をたかったりしないだけ誠実ではあるんですが、ちょっと人生設計しているようには見えません。一方のサンディはテレビ局に就職してどんどん仕事が面白くなっていきます。アラムはサンディにとっては雇い人でしかないのですが、サンディにすれば年下で扱いやすくて、何でも言える若いアラムはいい話相手でもあります。フレインドリッチの演出は、最初に恋愛に一番遠いポジションに二人を配置するのですが、中盤で怒涛のように二人は接近しベタな恋愛関係になっていきます。離婚してハイになってるサンディ、一方で離婚の瑕で元気のないアラム。でも似たような瑕を持った二人が毎日顔を合わせていれば、ねんごろになっちゃうのも自然の摂理と申せましょう。

アラムは大企業に勤めるよりも、サンディ一家の手伝いをしたいとマジで思っています。サンディや子供たちにとってはそれはうれしいことだけど、その生き方は、どっか違う。今は幸せだけど、これはあくまで暫定的な状態であり、おそかれ早かれ、この関係は発展的解消をしないといけない。そうでないと、サンディは新しい彼氏が見つからないし、アラムはきちんとした仕事につけないのです。アラムがベビーシッターのまま、サンディとラブラブでい続けることは、ただの先延ばしにしかならない。16の年の差からいつまでも逃げ続けることはできないのです。このあたりの葛藤を丁寧に見せていまして、ただの色恋の映画になっていないのです。どっちかというアラムは何か二人を結ぶ既成事実ができてくればいいなあって漠然と考えているのですが、サンディは現状続く体の関係からは、行き着く先は破綻だということに気がついています。

アラムは、自分とサンディと2人の子どもたちを一体にして考えるのですが、サンディは、独立した人格としてサンディとアラムを考えます。そうなると、今の幸せな状況は仮の住まいであり、いつかアラムの本当の人生が動きだすという確信がありました。キャサリン・ゼタ・ジョーンズは大人の分別の持ち合わせがありながら、アラムにメロメロになってしまいます。愛というよりは軽い感じで、恋に落ちてしまったという見せ方はうまいです。一方のアラムにとっても、雇い主の女性から言い寄られた感じで勢いでねんごろになっちゃったというもので、二人の関係は主体性を持ったものじゃないのです。勢いで続いている関係というべきか。お互いに好きだから、そこに全部押し付けてしまいたいと思っていたところに、サンディの子宮外妊娠が判明します。



この先は結末に触れますのでご注意ください。



これまで、目と鼻の先の未来からも顔をそむけていた二人は、サンディの妊娠から、自分たちの現実認識の甘さに直面させられることになります。そして、お互いを好きなんだけど、未来の見えない関係に終止符を打ちます。サンディはテレビ局でばりばり働き、自分の番組を持つようになります。アラムは大会社に就職し、世界のあちこちをまわるようになり、そこで様々な人間関係を学ぶのでした。そして、別れてから5年後、レストランで、サンディとアラムは再会します。サンディの子供も大きくなってますし、アラムもバングラデシュの少年を養子にしていました。アラムの両親も健在、みんな食卓を囲もうということになり、並んで席を取るサンディとアラムはテーブルの下でそっと手をつなぎます。大きな食卓を囲んでいる絵が暗転して、エンドクレジットになります。

別れた2人はすぐに再会することなく、5年間、会わずにお互いの道を進みます。でも、そこで新しい恋愛に走らずに、ずっと相手のことを想いあっていたのです。そこにフィクションとしてのラブストーリーがあるのですが、そこに至るまでの、二人がドラマが、細やかでリアルでかつ下世話なので、感情移入しやすいものになっています。完全な理想の彼氏なんているわけがない、なぜか、人はみな変わっていくから、完全という瞬間は存在しないのです。この映画のラストのサンディとアラムはまだまだ発展途上の人間であり、だからこそ、お互いを好きで、お互いの未来を夢見ることができる。もし、二人が別れずに、ずっと一緒にいたら、お互いの未来を夢見ることはできなかったでしょう。時間こそが、愛を深めていくという結末はいい後味を残します。でも、二人の年の差は変わりません。そこは変わってないのに、人が変わると、どうやら状況も変わるみたいなんです。お互いが依存関係にあったとき、年の差は、その関係の中で大変な重みを持っていました。しかし、お互いが独立した男と女になったとき、年齢の差は大したことではなくなってしまうようなのです。「えー? ホント?」という気もするのですが、この映画の二人のラストは年の差を乗り越えたように見えます。それは、お互いに独立した未来を持っているから。二人の人生はもう依存しあうことがない、だから、純粋に好きでいられるという考え方は潔くて好きではあるのですが、現実は、力関係のバランスが拮抗するのはまれであり、やはり金銭的、社会的なところで、弱い方が強い方に依存せざるをえなくなるのではないかしら。

演技陣は、主演二人やこまっしゃくれたガキ共含めて、みな好演。主演の二人は、ラブストーリーの主人公としては、正直言ってキャラが弱いのですが、そこの弱さにリアリティがあって、この映画を地に足のついたものにしています。

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「ホワイト・アウト」は内容不明な宣伝が評価を下げてるような気も

今回は新作の「ホワイト・アウト」を観てきました。この映画館もいつまで存続できるのかなあって思うと、ちょっとしみじみ。静岡に帰ったときはやっぱりここで映画観ておかないと。

南極のアムンゼン・スコット基地では、越冬チームの入れ替えの時期。保安官であるキャリー(ケイト・ベッキンセンデール)はこの仕事をやめる決意を固めていて、あと3日ほどでアメリカに帰る予定です。ところが、雪原の中で、変死体が発見されます。ドクター(トム・スケリット)が調べた結果、どうやらこれは殺人事件らしいです。死体の身元が判明するのですが、どうやら隕石の調査をしていた3人組の一人だったようです。そして、キャリーにその3人組の一人から電話がかかってきて、一人でロシアの基地に来いと言ってきます。パイロットのデルフィ(コロンバス・ショート)の操縦する飛行機で基地に向かうキャリーですが、呼び出した男は殺されていて、彼女も黒ずくめの男に命を狙われます。何とか逃げ延びるキャリーですが、左手に凍傷を負って大変。そこへ国連調査員のロバート(ガブリエル・マクト)が現れ、一緒に捜査をすることになるのですが、一体、南極基地で何が起こっているのでしょうか。

「ゴシカ」「リーピング」「蝋人形の館」などコンスタントにホラー映画を作り続けているキャッスル・エンタテイメントの新作です。テレビのCMを観ても、南極を舞台にした超自然ホラーみたいな売り方をしています。最近、めっきりホラーに弱くなっている私ですが、ケイト・ベッキンセールが主演ということで食指が動きました。彼女を初めて観たのは「月下の恋」で可憐なヒロイン系かと思いきや、「金色の嘘」「アビエイター」で演技派なのかなと思わせて、「パール・ハーバー」に出ちゃったり、「セレンディピティ」「もしも昨日が選べたら」ではコメディも達者にこなして、しかもかわいかったりと、色々な顔を持つ女優さんです。とびきりの美形というわけでもなく、個性的というわけでもないのですが、色々なジャンルの映画できちんと存在感を示すあたりは、うまい女優さんなのでしょう。

今回の彼女の役どころは、過去のトラウマを抱えた、南極基地付の保安官。後、3日で本土に帰るというときに、殺人事件が発生し、厄介なことにはまっていくというお話。きりっとしてるけど、どっか儚げな感じのヒロインをきちんと演じています。キャッスル・エンタテイメントの映画ってゲテものなのに、ハル・ベリーやヒラリー・スワンクといった演技派女優をキャスティングしてきた実績がありまして、その流れをくむヒロインと言えましょう。そんな彼女のキャラをきちんと描いていて、映画として、きちんとまとまっている点は評価できます。「ソード・フィッシュ」のドミニク・セナの演出は、手堅くわかりやすくお客を退屈させないという職人ぶりを見せてくれます。

ただし、4人がかりで書いてる脚本がかなり手こずった形跡がありまして、ホラーなのか、スリラーなのか、ミステリーなのか、どっちつかずの感じになってしまっているのが惜しまれます。やたらと死体のアップが多いのも、無理やりな感がありまして、ミステリーの題材を、キャッスル・エンタテイメント印にするために、わざとホラー色を強くしたという印象なのです。冒頭で冷戦時代のソ連の貨物機がなぜか機内で銃撃戦が発生し、操縦士を失った機は氷原に不時着するというシーンがあります。どうやら、この飛行機の積んでる荷物がいわくつきらしいことを匂わせて、現代の物語が始まるという構成です。舞台となるベース基地はかなり大きくて、何十人も人間がいて男女混合、食事はあまりよくなさそうですが、中の生活はそこそこ快適そうなのが意外でした。



この先は結末に触れますのでご注意ください。



巨大な陰謀とか、おどろおどろしいモンスターとか期待すると、実は普通の犯罪ミステリーだったというのは、最近の映画の中ではハッタリ不足ですが、展開そのものは悪くありません。隕石の発掘調査中に、たまたま見つけた不時着機の中で、お宝ハッケン。そのお宝争奪戦で殺し合いになってしまったというのが事件の真相。で、死ぬのも事件の当事者だけ、後、ヒロインが指2本を失うという、2時間ドラマ規模の殺人劇です。ただ、今風なのは、死体のアップがやたら多かったり、ヒロインが指2本なくすところがやたら痛そうだったりするところ。舞台となる南極という設定が、人里離れてるくらいの位置づけでしか使われていないのは、ちょっともったいない感じもします。

それでも、結構楽しめたのは、定番の演出をきちんとこなしているので、観ている時間を退屈させないところ、また、事件を追うだけでなく、ヒロインのキャラをきっちりと描いているので、娯楽映画としてのアベレージを手堅く稼いでいるのが結構好きな映画でした。

さて、お話は、基地内に殺人者にいることがわかって、隊長は越冬隊も含めて帰還させる決断をします。嵐が近づいてきている中で時間の制約の中で帰還準備が進められます。そして、3人組の生き残りの一人が基地で発見されたのですが、追跡中に黒ずくめの男が現れて、キャリーの目の前で殺されます。しかし、黒ずくめは逮捕されて、飛行機のパイロットの一人と判明。しかし、犯人はさらに逃走、デルフィが刺されて負傷、キャリー、ドクター、ロバートは帰還のための飛行機に乗り遅れてしまいます。しかし、犯人は残った飛行機で脱出を試みようとして、キャリー、ロバートと格闘になり、最後には嵐の雪原に放り出されてしまいます。そして、残されたお宝をチェックしたら、中身はジェリービーンズ。どうやら別に黒幕がいてすりかえられたようです。

そして、帰還機に積み込まれた荷物リストをチェックしたキャリーはある確信を得て、残された死体をチェックすると、死体のバッグからダイヤモンドの原石が見つかります。ソ連機にあったお宝とはダイヤモンドだったのです。それを見つけた3人はパイロットの男に殺されたのですが、その事件に1枚噛んでいたのは、キャリーの親友だったドクターだったのです。お宝を独り占めしようとしたパイロットが暴走した結果だったのですが、ドクターは全てを語って、そのまま普通の服装で外へ出て行きます。結局、越冬することになっちゃったキャリー、ロバート、デルフィ。春が来てキャリーは辞職願いを撤回します。半年後、建屋の外に出てオーロラを眺めるキャリー、エンドクレジット。

クライマックスで黒幕がドクターとわかってから、特に格闘とかあるわけではなく、ドクターが静かに外(チョー氷点下)に出て行くという結末は最近の映画には珍しい落とし方です。でも、こういう結末もあっておかしくないわけでして、殺伐とした映画ばかり観てるとこういうオチは新鮮にも思えます。とはいえ、死体チェックのモロに見せるあたりは悪趣味モードなんですけどね。全体としてはマトモにミステリーして、ヒロインも立っているので、映画としては悪くないです。変にドラマチックにしないところが、よかったのかも。プログラムを読むと寒いところでのロケが大変だったようですが、画面から寒さがあまり伝わってこなかったのが残念。

さらに「別冊映画秘宝 東宝特撮総進撃」から覚書


「別冊映画秘宝 東宝特撮総進撃」のゴジラ以外のSFで覚えているところをまた書き記しておきます。思い出せるうちに書いておかないと記憶から消えそう。

1、「空の大怪獣ラドン」
九州を舞台にして、サスペンスタッチからスペクタクルへ展開していく構成が成功してます。劇場で古いフィルムで観たあと、DVDで再見してカラーの美しさを確認。ミニチュア特撮は所々にアラは見えても統一された世界観で、観ている最中は画面にのめりこまされます。特に中盤のジェット機が消息を絶つあたりの展開が見事でした。

2、「地球防衛軍」
宇宙人ミステリアンが富士の裾野を占拠して、子孫を残すために女性を誘拐するという侵略SFモノですが、全篇に見せ場を散りばめたスペクタクル映画として素晴らしい出来栄えでした。最終的に地球の科学力が、侵略者を力でねじふせるというのが、なかなかすごい話なんですが、そんな勢いのあるのが楽しい一編でした。

3、「大怪獣バラン」
前半の秘境モノの部分は中々面白かったのですが、後半、舞台が東京に移ってからはあまりに定番な展開が今見るとちょっとつらい。とはいえ、怪獣モノの典型のような展開は、「ウルトラQ」の先祖のようであります。そう考えると30分の「ウルトラQ」って番組の密度の濃さを再認識しちゃいます。伊福部昭の音楽が素晴らしく、メインテーマのコーラスがカッコよさは特筆もの。

4、「美女と液体人間」
キャバレー、美女、液体人間とエログロナンセンスの世界のようでいて、SFっぽい味付けをすることで、不思議なバランスの娯楽映画に仕上がりました。本多猪四郎監督のまっとうな作りによるところが大きいのかもしれません。でも、踊り子や刑事が溶かされちゃうシーンは結構ショッキングでしたから、ゲテものであることは間違いなさそう。クライマックスの液体人間焼却作戦のために避難する人々が提灯持ってるのが妙に印象的でした。

5、「電送人間」
これは、タイトルの設定にドラマがついていけなったという感じかなあ。連続殺人スリラーとしては悪くないと思うのですが、電送人間が単なるアリバイ作りの道具でしかなくて、更にそのための仕掛けがでかすぎてリアリティもなくなっちゃいました。ただのB級スリラーにしとけばいいのに、SFにしたらその分足を引っ張っちゃったって感じです。池野成の音楽が地味ながらよかったのが印象的でした。

6、「宇宙大戦争」
遊星人ナタールの地球侵略SFで結構評判がいいんですが、私には正直今イチでした。侵略者はすごい科学力を持っていて、人間を遠隔的に洗脳してコントロールしたりできるのに、地球から鳴り物入りで乗り込んでくるロケットに基地を破壊されちゃうのはマヌケ過ぎ。どうやら、月旅行をじっくり見せるところに重点が置かれていて、その周りにドラマを後付けしたような感じです。よく特撮の本で絶賛されている、ロケットと円盤の戦闘シーンも光線出しながらすれ違うだけですし、都市破壊シーンもミニチュアの粗さが目立ちました。宇宙船同士の戦いや都市破壊の絵は、2年後のニュー東映「宇宙快速船」(モノクロ映画で、特撮は矢島信男)の方が素晴らしかったように思います。

7、「ガス人間第一号」
気体化できる能力を駆使して悪事をするガス人間、愛する踊りの師匠に貢ぐのですが報われない悲劇。普通の若者がガス人間にされてしまう恐怖に悲恋ドラマを絡めて見応えのあるドラマに仕上がっています。ガス化する特撮も上々でクライマックスの破壊シーンがドラマ的に盛り上がるのが見事。ただ、ガス人間のキャラがちょっと作りすぎで、市井の人間がマッドサイエンティストによって運命を翻弄されるところを描ききれなかったのが残念。

8、「モスラ」
芋虫から我になる怪獣の映画だというのに、豪華絢爛な印象があって、破壊シーンの見せ場多し。このての怪獣映画には珍しく明快な悪役が登場し、その悪い奴がドラマを引っ張っていくというのはちょっとした意外性がありました。小美人(ザ・ピーナッツ)が歌で怪獣を呼ぶっていう設定がうまいなあって感心。神様っぽくて悪意がないけど、一般市民にすれば迷惑極まりないってところが、こういう映画のお約束なんだなあって気付かされる一編。

9、「妖星ゴラス」
ゴラスが地球に激突するから、地球の方を動かそうっていう、ものすごい前向きというか楽観的という発想の映画。とはいえ、冒頭で、死を目前にした宇宙船の皆様の「バンザーイ」のシーンがすごいインパクトありまして、ゴラスと対峙した乗組員が恐怖でボケちゃうとか、地球移動中のお正月が妙にのどかだったりと、細かいところも結構印象に残る不思議なSF。ともあれ、科学に対する信頼度がむちゃくちゃ高い時代の映画で、時代を知る意味でも面白い映画。

10、「マタンゴ」
主人公の回想で話が進んでいく人間不信のドラマなんですが、ラストで主人公の言うことも信用できないと思わせるあたりに人間不信のテーマが貫徹していて見事。子供の頃に観たときは、気付かなかった点が大人になって見直してからわかってきて、やっぱり怪獣映画じゃないな、これは。テレビ放映の時に怪獣映画だと思って観たら、「だまされた!」って子供心に思いましたです。

11、「海底軍艦」
ムー帝国が世界征服にやってきて、迎え撃つのは旧日本軍の秘密兵器海底軍艦。映画館で観た時は、スケールの大きさを感じまして、これはすごいと思いました。中盤の都市破壊は結構びっくりしましたし、ラストの火柱の迫力も印象的でした。大時代的なストーリーがスペクタクル映像とうまくマッチしていまして、空想科学冒険映画として点数高いです。

12、「宇宙大怪獣ドゴラ」
シンプルなストーリーで尺が埋まらなくなって宝石ギャングの話を無理やり乗せましたという印象。でも、炭素を食べて増殖する不定形生物という設定が面白く、他に同類の映画がないこともあってかなり好きな作品。都市で大暴れするという見せ場が作れない怪獣の割には、視覚的にインパクトのある絵が多く、作り手が色々と工夫して頑張っているのが伝わってくるのがマル。

13、「フランケンシュタイン対地底怪獣」
不死身の人工生命に無理やりフランケンシュタインの名前をつけました、で、やっぱり怪獣が出てこないといけないという興行的制約(?)をうまく乗り切って、異色のホラー風怪獣映画に仕上げましたという一編。心臓から人間の形に変身する過程をすっとばかしてるのはご愛嬌ですが、妙にセピアカラーな時代色が面白い一編。まあ、最初に観た劇場でのフィルムが退色してただけかもしれませんけど。特撮は秋田油田のシーンが素晴らしかった一方で、イノシシのミニチュアは何とも形容し難かったです。でも、クライマックスの炎が燃え盛るシーンは大迫力でした。


14、「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」
「フランケンシュタイン対地底怪獣」の続編ですが、ガイラがかなり怖くて印象的でした。生まれて初めて映画館で観た映画がこれだったので、それだけに印象が強いのですが、後年に見直して、怪獣対自衛隊を丹念に描いているのにさらに感心。怪獣映画に特化して、他のドラマを一切切り捨てたごとき展開は、こういう映画が一本あってもいいよねって感じ。二大怪獣が格闘しながら移動して、海の中まで行って最後うやむやになる結末は、プロレス中継で場外乱闘から時間切れになる定番パターンに継承されましたとさ。

15、「キングコングの逆襲」
子供の頃に劇場で観た時は、ふーんという感じだった(同時上映の「ウルトラマン」の方が楽しかった)のですが、大人になってビデオで見直しても、やっぱりふーんって感じでした。特撮的には素晴らしいってのもわかりますし、お話のスケールも大きいのですが、何かぐっとくるものがないのです。これは相性の問題なんでしょうけど、なぜなのかうまく説明できないです。東宝怪獣映画に対して期待するものとギャップがあるからかもしれません。

16、「決戦 南海の大怪獣」
イカ、カニ、カメが巨大化して、ゲゾラ、ガニメ、カメーバになりましたという映画。子供の頃に観たときは島の中だけで展開するお話を物足りなく思いましたが、後年、ビデオで見直して、そんなに悪くないじゃんと印象がいい方に変わりました。本多猪四郎の手堅い演出によって、シンプルな怪獣ものとしてこじんまりとまとまっています。また、怪獣のデザインがユニーク、かつ造型がよくできています。でも、全体に地味なんですよね。二人のヒロイン(高橋厚子、も地味にかわいいのがマル。

17、「日本沈没」
これは映画館が立ち見でも入りきれないという状況で観ました。関東大地震で、人々が水に火に追われるシーンがすごく怖かったです。70年代の終末観を大スクリーンにどーんと見せられたという感じでしょうか。一方で、日本列島の立体模型から煙が出てるという特撮カットには子供心にも失笑。2時間半の大作でも、同時上映「グァム島珍道中」が付いてるってのはいい時代でしたけど、その分、劇場が混雑すると回転が悪いから大変なことになります。

18、「ノストラダムスの大予言」
この頃、多感な中学生だった私は予言を信じて自分は40歳まで生きられないのかと思ってました。そして、この映画を観て、地球は公害で21世紀まで持たないと思ったりしてました。今、思うとバカなんですが、当時の空気を読み取って、地獄の未来図を作ったこの映画はある意味すごい。奇形、人食い、優性主義とかタブーをいっぱい盛り込んでいても、文部省推薦。あんなペテンに推薦状つけた文部省の黒歴史としても記憶しておくべき一編。

「わたし出すわ」のお話の落とし方がうまい、と言うか、うまくやりやがったな

今回は、初日の「わたし出すわ」を銀座テアトルシネマで観てきました。ここは今や珍しい上映前はスクリーン前の幕が下りてるところ。初日の夜の回にしてはお客さんが20人ほどなのがちょっと残念。

東京で暮らしていた山吹マヤ(小雪)が函館に帰ってきました。彼女は高校時代の5人の友人に連絡を取ります。路面電車の運転手、道上(井坂俊哉)と会い、彼の夢である世界の路面電車を見るための旅行のお金を出すと言い、実際に彼の家に大金を送ってきます。海外での治療が必要なランナー川上(山中祟)にはその治療費を、世界的研究をしている保利(小澤征悦)には研究費を、さくら(小池栄子)には小さい冷蔵庫とダンナの趣味のお金を、それぞれプレゼントします。でも社長夫人のマキ(黒谷友香)にはお金は必要ないみたい。マヤの母親は病院でずっと意識のない状態でした。母親を見舞い、言葉をかけるマヤ。でも母親はそれに答えてはくれません。一方、マキのダンナが急死し、結局彼女はもとの水商売に戻ることになります。そんな彼女にマヤは金のプレートを5枚プレゼントします。一体、マヤのお金はどこからきたものでしょう。そして、受け取った友人たちはそのお金をどう使うのでしょうか。

森田芳光がオリジナル脚本を書いて監督もした作品です。私は彼の作品は観たことはなかったのですが、予告編が気になったので劇場に足を運びました。観る映画を決めるのに、予告編は重要だと思ってます。予告編からすると、お金をあげてまわるところに何かミステリアスな要素がありそうな予感でしたが、本編は、そこで引っ張る映画ではありませんでした。冒頭で、普通の家に金のプレートが投げ込まれるという事件が多発しているというニュースが流れます。これが何かの伏線になってるのかなと思わせていて、実はそうでもないのですが。

マヤが友人たちに大金をくれる、その理由はわからないものの、悪意はなさそうなので、受け取るのですが、そこからそれぞれのドラマが展開します。道上に奥さんがいるのですが、彼女がもらったお金でホストに貢いでしまう。川上はアメリカで手術をしてランナーとして再度注目されるようになります。さくらは、サラ金勤めのダンナとうまく行ってるようです。外国からマークされてる研究をしてる保利はだんだんと自分の研究に嫌気がさしてきます。そして、マヤは水商売に戻ったマキに金塊を5枚渡します。

お金というのは、あってうれしい、特に困っている人にはうれしいものなのですが、マヤの友人はそれほどまでにお金に切迫していません。強いてあげれば、川上はランナーを続けられるかどうかの危機的状態であったのですが、そんな彼がマヤのお金を有効に使っているようです。特に分相応を口に出していうさくらはお金そのものに執着がなさそうです。一方で道上の奥さんはお金で道を踏み外してしまいます。でも100万単位のお金をただくれるってのですから、考えてみればちょっと不気味。自分だったら、絶対何かあると思うし、受け取るのをためらうのですが、それは人それぞれの金銭感覚の個人差があるんだろうなってところに気付きました。事業をしている人なら、100万単位のお金は平気で扱えるだろうし、私のような三流サラリーマンには、1万円くれると言われても、プレッシャーになります。お金のありがたみというとカッコいいのですが、要は自分の使うお金のテリトリーがあって、それによって自分の金銭感覚の分相応というのが決まってくるのだと思います。この映画では、マヤの金銭感覚は最後まで曖昧なままで、お金があるからいいとか悪いという展開にはなりません。この映画はお金の価値とは別の方向に物語が収束していきます。

この映画では冒頭にお金に関する格言がいくつか文字で示されます。また、マヤが友人にお金を渡す時、高校生時代の友人がマヤにかけた言葉がまた画面上に文字で示されます。一々、画面上に文字が出てくるので、何だかうっとうしいなあって気がしたのですが、これがラストへの伏線になっています。



この先は映画の結末に触れますのでご注意ください。



マヤのお金は、株でもうけたお金のようです。相当のやり手トレーダーのようで、その儲けを友人に配っていたようです。寝たきりの母親に最高の看護をしてあげていました。そうわかってくると、いわゆる仕手筋の人なんだとわかってきて、ちょっと引いちゃいますけど、その才能にヘッドハンターみたいのが目をつけてきたりします。

水商売に戻って頑張っていたマキはある日、大企業の二枚目が店に来て、一晩でゲットするぞ、マヤに電話してくるのですが、翌日、死体となって発見されます。最終的に犯人はつかまるのですが、マヤの家には警察が来るわ、逆恨みした道上の奥さんが突撃してくるわ、結構大変なことになります。それも落ち着いて、マヤは東京に帰ることにします。保利との会話の中で、彼女がお金を渡そうとしたきっかけが、高校生時代に孤独だった彼女に、皆が言葉をかけてくれたからだとわかります。理由がわかってみれば、そんなことで何百万もくれるのってビックリなんですが、それまでのヒロインの飄々とした態度から、そんな理由もアリなのかなって気分になります。小雪が、髪はひっつめ、化粧っ気のない、ちょっとオタクっぽいキャラで演じているのが、ラストで腑に落ちるという感じでしょうか。

そして、マヤは、友人のさくらに会うのですが、今度は、さくらから、びっくりの告白を受けます。あちこちに金のプレートを放り込んでいたのは、さくらだったのです。彼女は人からもらった宝くじが一億円当たったのですが、分不相応なお金は持ちたくないと、金のプレートに変えて、お散歩コースの家に適当に置いてきたんですって。小池栄子の普通の主婦が普通じゃないことをするというのを、リアルにコミカルに好演してまして、この映画で一番インパクトありました。

そして、寝たきりの母親の病室にやってきて声をかけるマヤ。それまでピクリとも動かなかった母親が「マヤ」と声を上げます。そして、「ありがとう」という母親。ラストは彼女が母親の車椅子を押す姿で、どうやら、彼女は東京に帰ることも、株の仕事に戻ることもやめるらしいと匂わせます。そして、「ありがとう、マヤ」という文字が画面一杯に出ます。ああ、結局、言葉が人を動かすという話だったのかと、ここで気付かされます。なるほど、彼女が友人にお金をあげようと思ったきっかけも言葉なら、母親に奇跡を起こしたのもマヤの言葉、そして、マヤの未来を変えるのは母親の言葉だったというわけです。お金の話をここへ落とすのかというのは意外でしたけど、お金の話って、TPOで色々と変わるので、こうだということが言いにくいのですよね。お金についての色々な人のドラマはあくまでスケッチ風にしておいて、最後にドラマとして締めたというあたりがうまいと思いました。

この映画では、お金のありがたみの部分にはわざと触れていないようです。結局、お金だけで人は変わらないし、動き出せないという決着のつけ方、マヤの元の仕事(株屋)から考えると卑怯なような気もします。じゃあ、使い方がよければ、お金はたくさんあっていいのか?というとそういうわけでもないようです。その辺りの見解を映画の中で示さなかったのは、うまく話をはぐらかしやがったなって気もします。お金で始めて、言葉で落とすというのは、うーん、やっぱりうまいのかな。色々と考えさせるところの多いというのも、作り手のうまさなのでしょう。役者のよさもあって、映画としてよくできていました。道上の奥さんを演じた小山田サユリの、最後はお金に取り込まれちゃうフツーの人妻ぶりが印象的でした。

「別冊映画秘宝 東宝特撮総進撃」を読んで、ゴジラ映画総括(その2)


(その1)からの続きです。


16、「ゴジラ」(1984年版)
いわゆるリメイクになるんでしょうけど、第一作のような時代の空気を読み取れず、ただゴジラが出てくるだけの映画になっちゃっていて、かなりつまらない。秘密兵器スーパーXがフレームインするとテーマ音楽がかかり、フレームアウトすると音楽が消えるという、失笑演出には、おまえはチリ紙交換の車か、と突っ込んでしまいました。(当時の感想です。)武田鉄矢がうっとうしいとか、沢口靖子がゴジラより顔でかいとか、そんな印象しか残ってなくて。

17、「ゴジラVSビオランテ」
前作の続編で、植物怪獣という設定が斬新でしたけど、ゴジラ細胞をめぐるスパイ戦みたいのに乗り切れず、特撮が頑張っているという印象しか残りませんでした。ゴジラ細胞なんて、あれだけ暴れまわればいくらでも落ちてそうなのに。後、ラストで、自分の父親が死んだ直後なのに、彼氏とルンルンなスーちゃん(田中好子のスーちゃんです、念のため)に結構引いちゃいました。

→ と書いたのですが、下のコメントでご指摘いただきました。死んだのはスーちゃんのお父さんではなかったようです。劇場で、何て親不孝な娘だぷんぷんと怒ったのはとんだ空回りでした。記憶ってのはいいかげんなのか、私が特別いいかげんなのか、どうも失礼しました。

18、「ゴジラVSキングギドラ」
これ、面白かったです。タイムパラドックスを扱ったお話は、中盤のゴジラザウルスのあたりで失速しちゃうけど、また後半で盛り返しましたし。オープニングで、海底に眠るキングギドラの首のシーンが、クライマックス直前につながるあたりもお見事でした。チャック・ウィルソンの未来人が意外とかっこよかったり、その他大勢になりがちな防衛隊の皆様もそれなりに立っていましたし、大森一樹監督、前作より快調。一方でキングギドラの造型がメタボすぎるとか、東京都庁と並ぶと見劣りするといった特撮面が今一つという感じでした。

19、「ゴジラVSモスラ」
ゴジラとモスラが対決するのはともかく、登場人物に魅力がなさすぎで、ゴジラとモスラの対決シーンも「モスラ対ゴジラ」ほど知恵を絞った感がなくて、私には楽しめませんでした。登場人物が、卒業式の呼びかけみたいに、一人ずつ独り言を言う演出に辟易。おまえら、会話しろよと突っ込みたくなりました。コスモス(小美人)の合成が格段に進歩してるのはいいんですけど。

20、「ゴジラVSメカゴジラ」
メカゴジラを対ゴジラ兵器にしちゃったという設定が、「うーん....」なんですよ。ゴジラと同じ形なら、五分五分にしかならないのに。そういう根本的設定を置いとけば、伊福部昭の音楽のかっこよさで、メカゴジラにぐんと重厚感が出て、日本初のドルビーデジタル音響の迫力もあり、結構面白く観ることができました。ただ、格闘シーンになると、メカゴジラの中の人の動きがモロにわかっちゃうのはかなり減点。ロボットに肉弾戦をさせる限界を感じてしまいました。ベビーゴジラは「REX」みたいで、ご愛嬌かな。

21、「ゴジラVSスペースゴジラ」
平成ゴジラの中で一番評判がよくない映画なんですが、ヒーローとヒロインがよく立っていて、ほのかなロマンスもあったりして、結構好きな作品です。山下賢章の唯一ゴジラ監督作品ですが、結構丁寧にドラマを積み上げていたように思います。ただ、モゲラの造型とかにやっつけ感があったり、特撮セットに低予算感が感じられて、あまり気が入ってないのかなって気はしてしまいました。

22、「ゴジラVSデストロイア」
これでゴジラシリーズ打ち止めということを意識して作られた作品。オキシジェンデストロイヤーが出てくるので、マッドサイエンティストものかというとそうでもなくって、ドラマ的に印象に残るところが少なかったです。デストロイアもちっちゃいうちは、「あ、これ怖いかも」と思わせるのですが、でっかくなると迫力なくなっちゃうんですよね。翌年公開の「ガメラ2」の群体レギオンにキャラ的に負けちゃったのは痛い。特に防衛隊の人が人間サイズのデストロイアにやられちゃうシーンがしょぼすぎで、ちっとは重装備しろよって突っ込みたくなりました。ラストでゴジラが「まだ、いるよーん」で顔を出すシーンには苦笑い。

23、「ゴジラミレニアム 2000」
4年のブランクの後、久しぶりのシネスコサイズのゴジラということで期待してました。北海道に現れるシーンは迫力あるし、謎のUFOが絡む展開にも期待したのですが、結局、怪獣対決ものになっちゃうのでがっかり。クライマックスで「ミレニアム」という文字がホントに出てくるところで失笑。宇宙人はクリスチャンだったのか。西田尚美だけかわいかったねーという映画でした。

24、「ゴジラ×メガギラス G消滅作戦」
この作品で女性が主人公になります。戦闘隊長辻森(田中美里)がゴジラ相手に頑張るという設定はいいのですが、対ゴジラ兵器としてブラックホール発生器をつくっちゃうってのがムチャ。どこにつながっちゃうのか運任せってのは科学者のやるこっちゃない。おかげで大昔のメガヌロンがこの世に出てきちゃうという、SFの設定が大雑把過ぎ。ちっちゃいのから群体になってゴジラを襲うってのを「ガメラ2」の5年後にやらなくてもいいじゃん。とはいえ、新鋭手塚昌明の演出は手堅いところを見せていて、奇をてらわないまっとうなゴジラを作ろうという意欲が感じられました。

25、「ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」
ゴジラは太平洋に散った英霊の怨霊で、モスラ、バラゴン、キングギドラは護国聖獣だったという、これまでの設定を無視して作った番外編みたいな映画。ところがゴジラのこれまでにない容赦ない暴れっぷりと、黒目のない白目だけの不気味なルックスとで、怖い怪獣映画としての評価はかなり高いです。監督の金子修介にしてみれば、ガメラシリーズでやったことの焼き直しをゴジラでやってるってなもんですが、それがゴジラシリーズには新鮮だったということで、今も評価が高い一品です。同時上映のとっとこハムたろうを観に来たちびっ子には刺激強すぎたのか、劇場前に「この映画はお子様には刺激が強い云々」という張り紙がしてありました。二度ゴジラに殺されかかって、三度目にとどめをさされる篠原ともえが印象的でした。ガメラシリーズでオーソドックスな音楽をつけた大谷幸が、シンセを多様した実験的な音楽をつけてるあたり、ガメラチームがゴジラで遊んでみましたって感じがしちゃいました。でも、これまでにない面白さはありました。新山千春が泣かせる頑張りを見せましたし。

26、「ゴジラ×メカゴジラ」
時代に応えたからどうか、ツンデレヒロインの釈由美子がメカゴジラを操縦して、ゴジラに挑むというお話。前々作のブラックホール発生器と同様、今回は絶対零度光線というゴジラよりやばいんじゃないかという兵器が平気で登場します。今回のゴジラは脇役で、ヒロインとメカゴジラが主役になります。ヒロインは自衛隊の周囲から浮いた存在になっているんですが、その同僚らしい連中がまるでチンピラなのが情けない。一応、自衛隊のエリートの筈なのに、情緒不安定な切れやすいみなさんで、こいつらに最新兵器を使わせるのはキチ○イに刃物だよなあ。でも、ヒロイン中心のドラマで1時間半弱にさらっとまとめたセンスは買いです。手塚昌明監督の手堅い仕事だったと思います。

27、「ゴジラ×モスラ×メカゴジラ東京SOS」
冒頭で、小美人とモスラが警告にやってくるのですが、それはほとんど役に立たずにゴジラが上陸してきます。で、モスラがゴジラに立ち向かい時間を稼いでる間にメカゴジラを修理して、ゴジラにぶつけようというお話。主人公がゴジラの操縦士でなく整備士というのがミソなんですが、その分、彼をとりまく操縦士のチンピラ度は前作よりも高く、こんな奴らにこんな高いオモチャをあげてはいかんという気になってきます。特撮は、ここ数作のデジタル合成バリバリからミニチュア中心にシフトしていて、そこはなかなか見応えがありました。後、後半のメカゴジラの暴走する理由がわけわからんかったです。まさか、お前、ジェットジャガーの血を引いているのでは? ついでに、ヒロインの吉岡美穂が影薄過ぎ。ゲスト出演の釈由美子に完全に食われちゃってるんだもん。

28、「ゴジラ・ファイナルウォーズ」
全世代のゴジラファンに目配せしたつもりが全部裏目に出ちゃいましたという、シリーズ最高の珍品。アクション好きの北村龍平監督は一体何をしたかったんだろう。ゴジラが出てきて、小物を倒してラスボスまでたどり着く話なんですが、そのゲーム感覚は観る人が観れば面白いかもしれないです。ゴジラを知らない一見さんなら、怪獣のRPG映画としてそこそこ楽しめるかも。でも多少なりともゴジラ映画のファンには、「何でそんなことするの」の連続。戦隊ものロボットみたいにコテコテにデコレートされたガイガンなんて見たくねえよ。ラストでミニラを突然巨大化させんじゃねえ、宇宙人はチンピラじゃねえ、などなど突っ込みどころの連続。キース・エマーソンは呼ばれた仕事は選ばない人なんだから、まず呼ぶなよ。外国では、これはパロディ扱いで公開して欲しいもんです。「ねー、すごいでしょー、この展開、全部ネラってやってるんですよー、「マトリックス」でしょ、「ワイルドスピード」でしょ、「ゴジラ」も全部突っ込んでゴッタ煮にしたのー! ゴジラ版「ギャラクシー・クエスト」狙ったの、ホントだってばあ」てな感じで。

「別冊映画秘宝 東宝特撮総進撃」を読んで、ゴジラ映画総括(その1)


先日、本屋で見つけた本が「別冊映画秘宝 東宝特撮総進撃」というトクサツ映画本。記事がオタクというか偏見に満ちた本で、その分、突っ込みながら読んで楽しい一冊でした。そのトップに並ぶのが、世界にその名をとどろかすゴジラ。そう言えば、自分もゴジラシリーズは全部観てますので、忘れる前に覚えてるところを書き記しておきます。短縮版というのは、東宝チャンピオン祭りで観た版です。


1、「ゴジラ」(1954年版)
ベタな悲劇的展開を大マジメに作ったキワ物というのがすごい。何度観ても面白いのは本家の実力なのでしょう。特撮がチャチに見えるところもあるけど、合成作画の見事さは色褪せてませんし、クライマックスの静かな演出もマル。暗いお話だけど大ヒットってのは、「日本沈没」もそうですが、やはり時代の空気をうまく映画に盛り込んでいるからでしょう。

2、「ゴジラの逆襲」
東京に続いて、大阪が焼け野原になっちゃうのですが、あまり悲壮感がないのが、この映画の持ち味。大阪襲撃と、その後の展開がまるで別の映画みたいで、うまくつながっていないのがご愛嬌なんですが、脚本がドラマに山場を作り損ねてるって感じでした。ゴジラとアンギラスの格闘シーンがコマ落とし撮影のせいで、妙に生物感のあるリアルな動きになってるのが見所。

3、「キングコング対ゴジラ」(短縮版)
キングコング周りはコミカルに、ゴジラ周りはシリアスに見せる演出の妙。両方の怪獣に襲われる浜美枝のシーンはご都合主義満載なのに演出の勢いで納得しちゃうという不思議。氷山、軍事基地、ファロ島、東北本線、東京、那須高原、熱海と見せ場が一杯詰まっているのがうれしい娯楽映画の王道を行く一品。

4、「モスラ対ゴジラ」(短縮版)
ゴジラの顔が怖い。徹底して悪役してるゴジラにかかる音楽がまた素晴らしい。前作の怪獣プロレスとは違う、絡みにくいモスラとゴジラの戦いを趣向を凝らして見せ場に盛り上げる演出も見事。まさか、ゴジラが負けるとはというサプライズもあって、怪獣対決モノの最高峰ではないかしら。

5、「三大怪獣 地球最大の決戦」(短縮版)
4大怪獣登場の豪華版にように思わせておいて、キングギドラの暴れっぷり以外はあまり観るところなかったような。一見大作風だけど、一点豪華主義の怪獣映画。ヒロインの若林映子は、ドゴラの時のギャングの一味の方がお似合い。

6、「怪獣大戦争 キングギドラ対ゴジラ」(短縮版)
やっぱり、テーマ曲のマーチに尽きます。クライマックスで流れるシーンで大盛り上がり。今回はゴジラは脇役で、基本は日本限定の地球侵略SFになってます。円盤の現れる合成シーンの絵が素敵。ニック・アダムスも映画の中でうまく立ってるし、ゴジラ映画とは違うけど、結構面白くできてます。

7、「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」(短縮版)
南の島の革命軍みたいのと、ゴジラが戦うっていうのは、マカロニウエスタンのイタダキなのかしら。ヒロインの水野久美を黒く塗るセンスはどーなの? ともあれ、あまり印象に残ってないんですよ。福田純監督らしい軽さが映画のスケールとうまくマッチしていました。

8、「怪獣島の冒険 ゴジラの息子」(短縮版)
ラストで雪に包まれた島の全景の絵はよかったけど、ミニラはちょっとなあ。ゴジラの顔もこの映画はちょっと女性的なのがおかしい。カマキラス、クモンガのリアルな動きにびっくり。

9、「怪獣総進撃」(短縮版「ゴジラ電撃大作戦」)
小笠原の怪獣ランドという、これが最後だという切り札を出してきて、怪獣の存在を矮小化しちゃったのですが、お話は結構面白くできてます。ムーンライトSY3号が宇宙を煙を上げて飛んでいくのを、温かい目で見れればいいのかな。伊福部昭の音楽がバリエーションの大盤振る舞いという感で色々と鳴らせてくれました。

10、「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」
実は、劇場で初めて観たゴジラ映画がこれ。いじめられっ子の少年が夢の中で怪獣島に行き、ミニラと仲良くなるというお話。9大怪獣とポスターにあるのですが、そのうち3頭は1カットのみの出演で、ちょっとだまされた気分になった記憶があります。スケール的には一番ショボイ映画でしたが、この映画で、東宝チャンピオン祭が始まり、旧作のすごいのを観るようになりました。そういう意味では、私のゴジラ人生の、とっかかりになった映画です。

11、「ゴジラ対ヘドラ」
公害がブームになっていたころ、その公害の雰囲気をそのまま怪獣にしちゃったというヘドラの存在感が見事。硫酸で人が溶けちゃう、奇形の魚、ヘドロ攻撃で人が生き埋め、などなど、生々しい気色悪いシーンが出てくる出てくる。そんな、公害の権化ヘドラを満身創痍で倒すゴジラですが、ラストで、自衛隊に向かって、ガン飛ばすのが圧巻。ゴジラがヘドラの目をくりぬくという描写もかないインパクトありました。あの時代を知らない人には、キチャナイゴジラ映画にしか見えないんじゃないかな。

12、「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」
宇宙人による地球侵略モノですが、「怪獣大戦争」よりはぐっとスケールダウン。ゴジラの相棒にアンギラス、ガイガンの相棒にキングギドラを持ってきて、タッグマッチの構成ですが、キングギドラのキャラがでかすぎて、ガイガン霞み気味なのが今イチ。タイトル音楽とタイトルバックがすごくかっこいいので、何となくごまかされちゃうところもあって、小学生だった私には結構面白かったです。ゴジラとアンギラスが吹き出しで会話するアホなシーンもあまり気にならなくて、子供の目線って大人とは違うんだなあって改めて思いますです。

13、「ゴジラ対メガロ」
ゴジラとジェットジャガー、メガロとガイガンのタッグマッチなんですが、お話のスケールがチョーダウンしてるのが子供目線にもバレバレ。ロボットのジェットジャガーが理由もわからず巨大化するのには、かなり引きました。ゴジラも目がクリクリの最低の造型だったころで、まあ、ゴジラの最低作であることは確定。好きな人はいるようなんですが、Z級映画を楽しむノリではないかと。福田純監督も開き直って作ったのかなあ。

14、「ゴジラ対メカゴジラ」
沖縄が舞台というのが珍しく、侵略者モノというには軽いけど、お話が盛りだくさんで楽しめました。ゴジラの格闘シーンが一番派手なのもこの映画ではないかしら。前作よりも明らかにお金かかっているのがわかるのもマルでした。ただし、キンギシーサーを眠りから覚ますための歌「ミヤラビの祈り」で脱力。名匠佐藤勝が音楽担当しているのに、こういう音楽演出を許していいのかって。

15、「メカゴジラの逆襲」
第一作の「ゴジラ」の次に悲劇性の高いドラマでした。時代錯誤かと思える、悲劇、悲恋ストーリーを本多猪四郎監督が真正面から演出して、異色作として不思議な見応えがありました。まさに全篇に怨念がおんねん、って感じの展開が見事。脇役にいたるまでキャラが立つ丁寧な演出ぶりは、これに続くゴジラシリーズにはないもので、もっと評価されていいと思う映画です。メカゴジラの機械的な動きとか、徹底した破壊シーンなど特撮的にも見所の多い映画でした。


その2に続く →
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einhorn2233

Author:einhorn2233
Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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