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「アンナと過ごした4日間」は愛の映画らしいけど、キショいオヤジの話でもあります。

今回は、横浜シネマベティで「アンナと過ごした4日間」を観てきました。映画の前に先日ここで観た「ハウエル家のちょっとかわったお葬式」の予告編を上映したのですが、この中身が中盤のサプライズもラストのまとめも全部見せちゃう構成になっちゃっているのですよ。予告編作るのにもあまり気が入ってないって感じだよなあ。

ポーランドの病院で火葬施設管理しているレオン、住んでる家から空き地の向こうに病院の職員宿舎があります。彼の家からは看護士の部屋の窓が見えています。レオンは祖母と二人暮らしですが、彼は夜な夜な看護士を覗いているみたい、正直陰気で変なオッサンです。以前、彼が釣りをしていた時、その看護士がレイプされているところに遭遇していたのでした。ある日、祖母がなくなり、彼はあることを行動に移すのです。彼女の部屋の砂糖に睡眠薬を仕込んで、彼女が眠りについてから、窓から部屋に入り込みます。で、何をするわけでもなく、ボタンつけをしたり、ペティキュアをしてやったり、彼女の寝顔を眺めています。3日め、経費削減から仕事をクビになったレオンは、退職金で指輪を買って彼女の枕元に置き、4日めは彼女に見つかりそうになりますが、何とか切り抜け、鳩時計を修理するために持ち出します。しかし、それを返しに行ったとき、警察に見つかってしまうのでした。

イエジー・スコリモフスキ監督の新作だというのが売りなんですが、残念ながら、この監督さんの映画観たことなかったです。ポーランドの監督さんだそうですが、この映画もポーランドの地方都市の寒々とした感じが出ていて、21世紀という設定がピンと来ませんでした。時間が止まっているような不思議な空気感がありました。あんなに寒そうなのに、家の窓が簡単に開いちゃうような生活空間が、何だか実感がないんですが、実際にポーランドってあんな感じなのかしら。冒頭で、主人公がビニール袋から手首を取り出して焼却炉に放り込むのですが、雰囲気がすごく異様で、不条理感を感じさせるのです。何だかデビッド・リンチの映画みたいで、バックに流れる不安な音響効果もあって、リンチの迷宮へ放り込まれるのかと身構えてしまったのですが、物語は研ぎ澄まされた愛の物語に昇華していきます。

主人公のレオンは陰気な中年男で、夜に女性の部屋をじっと覗いているところなんて、シングルオヤジの私からすると、他人事とは思えないのですが、その行動がパズルのピースとして全部つながって、一途な恋の物語になったとき、ああ、これはかなわないなあって思いました。だって、想いがすごく深いのですもの。レオンは看護師アンナがレイプされていた場面に遭遇してしまい、彼は犯人だったということで服役させられていたのでした。ですから、世間的な視点からすると、レイプ犯が被害者の女性をストーキングしているということににあります。世間的にはとんでもない奴なんですが、レイプは冤罪であることは観客に示されますし、裁判の場で、レオンは自分のストーカー行為の理由を「愛だ」と言いきります。この思いっきり片思いは結局成就することはないのですが、陰気な男の中に秘められた「愛」の力は、見方によっては「一途な愛」であり、もう一方から見れば「歪んだ愛」の形となるでしょう。



この先でラストショットに触れます。一応ご注意下さい。



物語は若干時勢が前後して、ミステリー風な展開になります。私が物語を理解する能力がなかったせいもあるのでしょうが、レイプの冤罪で服役していたというのは、後半でやっと理解できました。レオンがレイプ犯ではないことはアンナも知っていましたが、それでも、彼女はレオンからのプレゼントを彼に返してよこして、もう会うことはないと言い切ります。そりゃまあ、こんな気持ち悪いオヤジが勝手に家の中に入り込んできてたなんて、考えたくないでしょう。でも、変態オヤジとして片付けられてしまうのには、ちょっとだけ同情してしまうところがあります。誰も傷つけずに自分の想いを満足させたかったように見える点は、そんなに悪い奴ではないですし、その想い自体を悪いことだとは誰にも言えないでしょう。自分自身に置き換えて考えると、そんなことまでするほど、好きになれるのはちょっとうらやましいという気もします。少なくとも、赤の他人が声高に非難することではないような。アンナにとってどう見えるかという問題だと思います。少なくとも、アンナは彼に非はないとしながら、その想いは拒否します。その気持ちもまた、ごもっともだよなあって気がするのですよ。

ラストで、自分の家に帰るレオン。そして、自分の家の窓から外を見て愕然とします。病院の宿舎の前には、大きな石垣の壁が立ちはだかっていたのです。これは、彼がいない間に作られたのか、それとも、彼にとってのアンナは存在しなかったのか。彼がストーキング行為で逮捕されてから、家に戻るまでの時間がはっきりしないので、そのあたりは曖昧にされているのですが、彼の愛情を向ける方向が塞がれてしまったというラストになっています。結局は、かなわぬ想いだったのかというお話になるのでしょうが、スコリモフスキの演出はそのシンプルな物語に色々な仕掛けを施すことで、寓意に満ちたというか、ある意味思わせぶりな映画に仕上げています。彼女の部屋のパネルから流れていると思われる森林の音、なぜか近づいてくるヘリコプターの音、最後まで表情を表に出さない主人公などなど、どこかこの世でないような世界観なのです。そのリアリティのなさが、愛情を純粋に抽出してくるのに一役買っているようで、もやもやしたような世界の中で、レオンの恋がスポットライトのように浮き上がってきます。



この映画の予告編を後日観る機会があったのですが、この中では、女性ナレーションで、愛の物語であると説明され、物語もレオンの立場から説明されるのです。キャッチコピー「愛、愛、愛、すべては愛ゆえに」と出ます。普段は予告編で観る映画を決める私ですが、この映画の予告編は観ないでよかったと思いました。映画は、想いを語らずに、レオンの行為のみを見せて、そこから観客に問いかけてくるので、変な予備知識は映画鑑賞の妨げになるなあって気がしたのです。予告編を先に観ていたら、観ても、色々と考えたり、想いを巡らすことはなかったでしょうし。

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「ジュリー&ジュリア」を観て、心の拠り所について考えさせられました

今回は、日比谷シャンテシネ1にて、「ジュリー&ジュリア」を観てきました。地味な映画だよなって思っていたのに、結構お客さんが入っていました。でも考えてみますと、今、誰でも無難に楽しめる洋画ってなかなか上映してないんですよね、刺激の強いのかアニメしかないって感じ。

やさしいダンナのエリック(クリス・メッシーナ)と二人暮しのジュリー(エイミー・アダムス)は、公共機関でテレフォンアテンダントをしてますが、仕事もあまり面白くなくて、キャリアな友人とのお食事会でも取り残されちゃってます。何やっても長続きしないなあって思っていたジュリーですが、実はお料理が大好きで、料理家のジュリア(メリル・ストリープ)の大ファン。そこで、思いついたのが彼女の本の524のレシピを自分で作って、それをブログに載せること。心底、ジュリアを崇拝するジュリーにとってそれはやりがいのあることでもありました。ダンナと気まずくなっちゃうときもあるけど、とにかく毎日料理とブログに励むジュリー。そんなジュリアは、40過ぎて、外交官のポール(スタンリー・トゥッチ)と結婚して、パリに駐在中、料理学校のル・コルドン・ブルーに通い始めます。そして、フランス料理を英語で紹介する本を書こうということになるのです。そして、ジュリーとジュリアの二人の人生が並行して描かれていきます。

「恋人たちの予感」「めぐり逢えたら」などのラブコメで実績のあるノーラ・エフロンが、実在したジュリーとジュリアの二人の女性の物語を、一つのドラマにまとめあげました。脚本と監督を兼任していますが、別の原作をうまく一つの物語にまとめて、そこに彼女なりの味わいを加えることに成功しています。主演二人の演技も楽しく、微笑ましい展開がうれしい映画に仕上がっています。

実録ものということになるのですが、料理研究家としてのジュリアはいわゆる伝説の人でして、英語の料理本を書いて大ヒットし、料理番組を何本も一方のジュリーはジュリアは、映画の中で、ある意味完全な人として、かなりデフォルメされたキャラクターとして描かれています。演じるメリル・ストリープもリアルというよりは作ったキャラで伝説の人物を演じきりました。一方のジュリーはそれなりに仕事も家庭もあって、でもどこか自分に見劣り感を感じてしまって、あまり元気がありません。30歳を迎えて、それまであまり考えてこなかった自分の人生を見直し始めたヒロインを、エイミー・アダムスが、共感を呼ぶキャラに仕上げています。

ジュリーとジュリアの共通点は料理が好きで、ダンナがやさしいというくらいで、それ以上の接点はなさそうなんですが、この二人のありようを映画は並行して描いていきます。前向きで、あくまでマイペースなジュリアに対して、何かに追い立てられているようなジュリーは好対照になっていまして、でも、料理を通して、自分の居場所を見つけていく展開は、コミカルで楽しいものでした。ジュリアの本を読み、テレビ番組のビデオを見ながら、彼女の料理にトライしていくジュリーの姿は微笑ましいものがあります。その過程をブログにアップすることに、一喜一憂するジュリーには、へえ、そこまで気を入れてる人もいるんだなあって感心してしまいました。

ブログというものができたおかげで、自分を他人に知らせるハードルが低くなったんだなあってことも再認識させられました。かく言う私も、ブログに映画の感想を書いてるわけでして、昔は自分のために書き留めていたことを、他の人にも読んでもらえる機会ができたってのはありがたい話です。その昔はパソコン通信のフォーラム(掲示板)に書き込んでいたのですが、ブログになってもっと間口が広がったことを実感しています。



この後は結末に触れますのでご注意下さい。(でも、サプライズな要素は一切ありません。)



そして、ジュリアは英語のフランス料理本を完成させ、ジュリーはジュリアの全レシピを制覇します。この後、二人が出会うところで映画は終わるのかなあって思っていると、そうはならないところが面白かったです。ジュリーのブログは評判になってマスコミからの取材も来るようになります。そして、90歳になるジュリアの耳にもそれは届いたらしいのですが、ジュリアはそのブログを快く思っていないらしいと、記者から電話で聞かされて、ジュリーはがっかり。あんな心の広い人がそんなことを気にするなんて。でも、博物館にあるジュリアのキッチンを見に行き、彼女の写真の前にバターを置くジュリー。ジュリーにとってのジュリアはやはり崇拝すべき素晴らしい女性なのでした。というところで、映画が終わるのですが、終わってみて、この映画の中のジュリアという女性は、ジュリーの視点から描かれた女性であることに気付かされました。

リアルな女性としてのジュリアはどんな人なのかはわからないけれど、ジュリーのとっての彼女がこの映画で語られていたようなのです。伝説の人を描くドラマでは、その人となりよりも、偶像の方が優先されるってことがあります。でも、その偶像こそが多くの人を感動させたり、心の拠り所になったりするわけです。この映画は、リアルなヒロイン、ジュリーと、彼女にとってのイコンであるジュリアを並行して描くことで、ヒロインの心の拠り所のありようを描いたのだと、気付くと、ラストも腑に落ちるのですよ。心の拠り所を持つってことは、人が生きてくことで時には大きな励ましや力となるんだなあって思うと、二人は直接会う必要なんかないですもの。リアルな人間なら、誰でも欠点とか嫌な人になっちゃう瞬間はあります。でも、心から心酔してる人のやな所なんか知りたくないですもの。好きなアイドルがオナラしないなんてのと似たようなところあります。その一方で、その人への憧れが自分の人生を変えたり支えたりするのですから、その人を知らないでいるってのも大事なことかもしれません。

そのあたりのさじ加減を、この映画は大変うまく描いているように思いました。ジュリーはジュリアを心の支えにしてささやかな幸せを得ることができました。ダンナとの絆も深まったし、自分にも自信が持てるようになったし。最近は、そういう人を持ちにくいご時世なのかなって気がします。ネット社会は、情報が行き渡りすぎ、人の粗探しばかりする世の中になってきています。心から心酔できる人を持てるってことは幸せなことなのかもしれないなって気付きました。この映画は、ネット社会という、イコンを持ちにくい世の中で、ヒロインが心の拠り所を持って、ネットのツールであるブログを使って自分の居場所を見つけるというのが面白いところです。ネット社会のメリットとデメリットをうまく見せているという感じでしょうか。

そして、「何かに憧れる心」に憧れている自分を見つけてしまったという点でも、心に残る映画になりました。

最近の音楽がつまらなくて、80年代の洋楽がなぜかよく思える

サントラの話とは、ちょっとはずれるのですが、最近カラオケに行ってないという話から、最近の歌ってあんまり歌いたい曲もないなあって気がしてきました。サントラにしても、最近のは面白いのが少ないなあって思うことありますし、特に洋楽に耳に残るものが少ないような気がします。マイケル・ジャクソンやマドンナのピークが80年代ですし(これはあくまで私見ですが)、自分もよく聴いたのが、80年代の音で、いわゆるビッグヒット以外の中でも、これはいいなあって思うのが多かったように思います。さらに、当時はPV(プロモーション・ビデオ)に力を入れていたころで、MTVという形で様々な楽曲が映像化されていました。

その中でも、ビッグヒットだけでなく、いわゆる佳曲と呼ばれる楽曲にいいものが結構あったように思います。まあ、個人的な好みで選んだ曲なんですが。

ハワード・ジョーンズの「All I Want」
ハワード・ジョーンズというとシンセを駆使した音で、聴きやすい曲を作る人です。ライトな味わいが人気あったんですが、この曲も、耳に心地よいリズムと高音のサビがいい感じにまとまっています。楽曲だけでも、なかなかいいんですが、PVが青い色調で統一されていて、これもまた、目に心地よいものになっています。どっちかというと、クセのあるメロディラインの多い人なんですが、この曲では、シンプルなメロディで、彼としては異色作になるのではないのかしら。



ペット・ショップ・ボーイズ の「Love Comes Quickly」
今も新作が発表されている、息の長いテクノユニットですが、最近の作品には、初期の頃のような、シニカルで陰にこもった楽曲が少なくなってきているように思えます。「ウエスト・エンド・ガール」のヒットが有名ですが、「Love Comes Quickly」はわかりやすいラブソングという印象で、ストレートな盛り上げも、彼ららしくないけど、そこが聴いていて心地よいものになっています。



a-haの「Hunting High and Low」
PVの映像のよさもあって、初めて聴いたときは美しい曲という印象でした。オーケストラをバックにつけてスケールの大きさもあって、かなり好きだったんです。この後の「Take On Me」でブレイクした記憶があるんですが、これもヒットしたんでしょうね。



マリリン・マーティンの「Night Moves」
これは曲そのものはありがちなんですが、ドラマ仕立てのPVのホラー映画っぽさがよくできているので、曲自体の好きになっちゃいました。映像のインパクト込みで今聴いてもなかなか聴き応えがあります。この頃のPVには歌手のドラマ仕立てのものも結構あったんですが、歌手のナルシスティックな恋愛パターンが多くて、こういうのが新鮮だったってこともあります。



挙げていくとキリがないのですが、自分の耳になじんでいるせいか、今の歌よりはこういうナンバーの方がどっか心に引っかかるものがあるのです。でも、それはあくまで私の個人的な感想ではあります。自分の耳が信用できないのは、例えばビートルズにあまり心が魅かれないってことからも、重々承知の上なんですが、80年代のこれら佳曲がまた再認識されるといいなあって思うのでございました。

「ハウエルズ家のちょっとおかしなお葬式」はブラック風だけどまともコメディの小品

今回は横浜シネマベティで「ハウエルズ家のちょっとおかしなお葬式」を観て来ました。しかし、この邦題はどう見てもやる気ないよなあ。長ったらしくて覚えられないもの。

ロンドンの郊外の家で一家の主のお葬式が行われようとしています。長男のダニエル(マシュー・マクファディン)は弔辞を読むのは、作家でアメリカ住まいの弟ロバート(ルパート・グレイブス)がやればいいのにと不満です。ダニエルの従妹マーサ(デイジー・ドノバン)は彼氏のサイモン(アラン・テュディック)と一緒に葬式に向かうのですが、弟の家でサイモンに飲ませた精神安定剤が実は幻覚剤とわかってびっくり。サイモンは様子がおかしくなっちゃって、式が始まって早々、棺が動いてるとか言い出して式を中断させてしまいます。一方、ダニエルとロバートは葬式の費用を出す出さない、母親を引き取る引き取らないなんてことで揉めてます。そんな式の参列者の中に知らない顔が一人いました背のちっちゃい謎の男は、ダニエルに話があると言い出します。どうやら、生前の父親の知り合いらしいのですが、この男、ダニエルにとんでもないことを言い出すのですよ。

クッキーモンスターやヨーダの人だったフランク・オズは、今や映画監督としてのステータスを築いているようです。確かにマペット映画の監督から始まったのですが、その後、「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」「おつむてんてんクリニック」とコメディを作り、「スコア」のような犯罪ものから、「ステップフォード・ワイブズ」のSFブラックコメディなど、監督としてのキャリアを重ねてきました。チラシには、巨匠なんて書いてあるけど、これは話半分に聞いといた方がいいでしょう。役者は地味なメンツで、あまり日本に知られていない人ばかり、唯一メジャーな名前だったのが監督のフランク・オズということで彼の名前を前面に出して盛り上げようとしています。

お葬式にやってくる面々のドタバタを描いたコメディでして、そのメインとなるのは、マーサの弟の持ち込んだ幻覚剤でラリっちゃうサイモンのエピソードと、父親の友人だという男に関わる騒動です。そして、久々の再会でうまくいかないダニエルとロバートの兄弟関係が並行して描かれていきます。90分の時間の中で、葬式でのゴタゴタで笑いをとりながら、ラストで多少強引にいい話にまとめあげています。イギリスを舞台にしたお葬式のコメディということで、シニカルでブラックな笑いを期待すると、あまりそっちの方向へは走らず、どちらかというとおっとりとまとめてありまして、ラストをスピーチで締めるあたりは、ハリウッド映画っぽいところもあって、フランク・オズの演出は、手堅いというか、無難なタッチでエピソードをまとめており、死体で笑いを取ったり、ウンコネタもあるのに、観終わった後味は、まろやか。悪く言うとよく悪くもクセがないという感じです。



この先は結末に触れますからご注意ください。



幻覚剤でラリっちゃってるサイモンが棺をひっくり返したことで、葬式は中断、その間にダニエルは父の友人に呼ばれて何枚かの写真を見せられてびっくり。その男は、父親の愛人で15000ポンドよこせ、さもないと父親が隠れゲイだったことを葬儀に来ている人に言いふらすぞって脅してきました。ダニエルは弟のロバートに相談します見栄っ張りのクセに金欠病にロバートにはそんなお金はありません。ダニエルとロバートはとりあえず愛人を縛り上げて、その場をしのごうとしますが、愛人を落ち着かせようとして、飲ませた精神安定剤が例の幻覚剤。他のことで目を離したすきに勝手に転んで、いつの間にか息してません。そいつの死体を父親の棺の中に隠して、そのまま仲良く土の下に入ってしまおうとするのですが、再会した葬式でのダニエルの弔辞の最中に棺の中から音がします。どうやら、愛人君は生きていたらしく、またしても、葬式の場は修羅場状態になるのですが、ここでダニエルが全てをぶちまけた上で父への想いをスピーチして、全てまるく収まって、その夜、兄弟も和解してハッピーエンド。

演技陣はあまり知らない人ばかりなんですが、それぞれに好演していまして、ブラックな題材をまるく収めるのに貢献しています。とは言え、ラストのスピーチに全てを集約させるのは無理があったようで、定番の展開ながら、強引さに丸め込んだ感もありました。サブプロットである、従妹マーサとラリっちゃった婚約者のお話もなんとなくうまく行っちゃうので、全体にほのぼのとした味わいになっています。でも、お葬式の費用を兄弟のどっちが持つか揉めたり、残った母親と誰が同居するのかといった話が登場するのは、どこの国も同じなんだってことがわかって面白かったです。母親と息子の嫁がうまく行ってないところもあって、世界は広いようで狭いのかなって思わせる映画でした。

「ファンタズム」は1979年のチープなホラーサウンドだけど名曲。


CDを整理していたら見つかったのが、「ファンタズム」のサントラ盤でした。この映画、ホラー映画ブームの頃に公開された一品でして、少年がトールマンという謎の老人に追われて、色々な怪奇体験をするという幻想的お話でした。当時の私には、何だか独りよがりの思いつきの羅列みたいで、評価はよくないのですが、それでも、このテーマは大変印象的でした。音楽を手がけたのは、フレッド・マイロウとマルコム・シーグレーブの二人がクレジットされています。マイロウは「ソイレント・グリーン」や「ボーイズ・ボーイズ」などの作品がある人です。

テーマはキーボードのアルペジオ風から始まり、物悲しいテーマに展開していきます。そして、サビの部分があって、またアルペジオに収束していくというもの。このテーマが一度聴いたら忘れられないくらいインパクトあるのですよ。正直言って、音そのものは薄いのですが、内向的な少年が見た悪夢のようなお話なので、ストレートに恐怖を煽るよりも、少年の孤独感につながるような物悲しい旋律が、この映画にはマッチしています。

その他の音もギターと安いシンセの音が続いていまして、効果音のような曲と、テーマのバリエーションで成り立っています。効果音も最近のシンセのドヨーンビヨーンではなく、パーカッションを中心にした音になっているのが、今聴くと新鮮に感じられます。テーマをもっとドラマチックにしたバージョンもあるのですが、今のいわゆる打ち込みサウンドではなく、軽いけどライブ感のある音になっているのが微笑ましい感じです。その厚みのなさが、映画の味わいとうまくマッチしているから面白いです。

このアルバムには続編の「ファンタズム2」からも追加で5曲入っているのですが、こっちは同じテーマを使いながらも、シンセの音がぐっと厚くなっていて、パワフルな曲に仕上がっています。映画も幻想的な前作に比べて、アクション色が強まっているそうなので、それに合わせたのでしょうが、音楽としては「2」の方が盛り上がって聴き応えがあります。でも、それだけにありがちな音になってるのも事実でして、それだけ、1作目のチープな音にオリジナリティがあるってことになります。


「ホワイトアウト」のオーソドックスな音楽がドラマに貢献しています


一見ホラー映画のように始まって、実は地味なサスペンスものだった「ホワイトアウト」の音楽を手がけたのは「リーピング」などダーク・キャッスル・エンタテイメント作品の御用作曲家とも言えるジョン・フリッゼルです。この人は、「エイリアン4」や「ゴースト・シップ」など怖い系の映画の音楽をたくさん書いているのですが、単なる怖がらせ音楽でない、きちんとドラマと登場人物を描写する音楽になっているところに、職人的なうまさを感じます。

冒頭のソビエト(ロシアではない)軍機の飛行シーンで、ちょっとロシアっぽい曲がかかりますが、以降はオーソドックスなオーケストラ音楽で地味めのドラマを支えています。明確なメロディラインはないのですが、きちんと雪原のシーンにはその空気感のある音をつけ、サスペンス部分には厚いストリングスをつけています。ストリングスがメインの音ではあるのですが、バックにシンセサイザーでリズムをつけたり、アクションシーンではホーンセクションも加えて、メリハリのある音をつけています。しかし、音楽が見得を切るようにドッカーンとなることはなく、あくまでドラマを支える音に徹しているのが、この人らしいと言えましょう。ホラー的なハッタリの音が一切ないのは監督の指示かもしれませんが、この映画をいい方向にリードしていると思いました。

いわゆる最近の映画音楽が、ドラマを画面以上に弾ませようと先走るような音作りが多いのですが、この映画の音楽は、ドラマの中では決して目立たず、でも、サントラ盤を聞くと音楽としてきちんとドラマを語っているという大変バランスのとれた音になっています。そんな中でヒロインを描写する音楽が静かでやさしい曲になっているのが、印象的でして、ラストの締めもヒロインの温かいイメージで締めるところが心地よく、単なるサスペンスに人間ドラマの味わいも出たのは、この音楽によるところが大きいです。バイオリンやギターのソロのアクセントも有効に働いています。

聴き応えがあるとか、後を引くといった音楽ではありませんが、映画の中できちんと音楽として機能しているという点は買いたいと思います。でも、この音楽が他の映画で使い回しされていても全然気付かないよなあという音ではあります。

「カールじいさんの空飛ぶ家」はいい話です。3Dでなくてもオススメ。

今回は、「カールじいさんの空飛ぶ家」を川崎チネチッタ6で観てきました。日本語3D版の観賞だったのですが、前売り券1300円+3D差額200円で計1500円。他館が差額300円だと思うとチネチッタは良心的かも。100円の違いでもずいぶんと印象がアップします。

風船売りのカールは、冒険好きな女の子エリーと結婚して、それなりに幸福な人生を送ってきました。最愛の妻をなくし、78歳になったカールは住み慣れた家を立ち退くことになり、老人ホームに引っ越すことになります。カールは、風船を山ほど家につなげて、家ごと空に飛び立ちます。行き先は妻の夢だった南米のエンジェルフォール(滝)。ところが、空飛ぶ家にはもう一人、近所の自然探検隊の少年ラッセルが乗り込んでいたのです。空高く飛び上がった家から降ろすわけにもいかず。二人は南米まで同行することになります。そして、運良く滝の近くに降り立った二人は、風船の浮力があるうちに徒歩で家を引っ張って行こうということになります。そこに現れたのは、カラフルな巨大な鳥、なぜかラッセルになついてしまって、ケビンという名前までつけてしまいます。そして、人間の言葉を話す犬バードが現れ、こっちはカールになついてしまいます。そんなことよりも、妻の夢の場所までたどりつきたいカール。そんな彼らの前に獰猛な犬の群れが現れ、犬たちのご主人様のところまで連れて行かれてしまいます。で、そのご主人様というのが、かつて冒険家だったけどペテン師呼ばわりされて姿を消していたチャールズ・マンツだったのです。

ピクサー社のCGアニメの最新作ですが、CGアニメが続々と作られている中で、ピクサー社は高いクオリティを維持しています。今回は、老人を主人公に冒険モノに挑戦しています。オープニングは子供時代のカールがエリーと出会うエピソード。そして、二人が結婚してからの人生がセリフなしの音楽のみでダイジェスト的に描かれます。これが泣かせるんですよ。エリーは冒険旅行が夢で、そのための貯金をしていたのですが、何かあるたびにそれを使わなくちゃならなくなる、そんなエピソードと、それでも幸せそうな二人が描かれるのですが、これがラストの余韻の伏線になっています。

長年住んだ家の周囲もすっかり開発され、立ち退かざるを得なくなる状況に追い込まれてしまうのですが、このあたりの展開が結構リアル。このまま、寂しく老人ホームに行くのかというところで、一念発起、家を風船で飛ばして南米へ向かいます。カラフルな風船で家が飛んでいくという光が大変きれいでこれは、実写では表現できない、CGアニメならではの絵だなあって感心しました。そして、意外に簡単に南米までたどり着いちゃうのですよ。共同脚本も書いている監督のピート・ドクターの演出は、省略とタメのバランスがよくって、ドラマはテンポよく、でも情感もたっぷり盛り込むことに成功しています。2Dと3Dの両方が上映されていて、私は3D日本語版を観たのですが、映像のシャープさが今一つという感じで、画面の美しさを楽しむには、2Dの方がいいかもしれません。

小太りのボーイスカウト風の少年ラッセルが、普通の少年になっているのも点数高いです。ルックスはちょっとアジア系入ってる感じで、どうやら離婚後の母子家庭のようです。今風の子供を体現しているラッセルと、ガンコじいさんのタイプキャラのカールがうまいコントラストになっています。冒頭で、カールの少年時代を見せるのですが、これがラッセルと似ているのが、うまいところで、実の孫みたいにも見えるのですよ。そんな二人が風船で宙に浮いてる家をロープで引っ張りながら山を越えていくという絵がいい雰囲気になっています。CGアニメでないと出せない味わいの絵をあちこちに散りばめたセンスは見事でした。

南米に渡ってから、動物キャラが登場します。極彩色のダチョウみたいなケビンという鳥、そして、人間の会話ができる首輪をつけた犬たち。どうやら、犬たちとそのご主人は鳥を探しているようです。この鳥とか犬の描写は安心して楽しめるさすがディズニーブランド。動物キャラのうまさは、他社の追随を許しません。かわいいというにはごついカラフルダチョウのケビン、人懐っこい犬のダグ、悪役犬のトリオ、それぞれのキャラがうまく立っていて、どっか愛嬌があって、悪役も憎めない。安心して観ていられるってのは、私的には点数高いです。



ここからは映画の結末に触れますのでご注意ください。



ここで登場するのが、その昔、カールとエリーの憧れの存在だった冒険家チャールズ・マンツ。ある鳥の骨を持ち帰ったら、それを偽物と呼ばれて、姿をくらましていたのですが、実は、この南米の奥地でその鳥をずっと追いかけていたのでした。で、その鳥というのが、ラッセルになついているケビンだったのです。チャールズの言動に常軌を逸したものを感じたカールは、その場を逃げ出して、ケビンを安全なところへ逃がそうとします。しかし、飛行船で追ってきたチャールズにより、ケビンはつかまってしまいます。

もうケビンのことはあきらめて、風船の浮力も限界に来ている家を、妻エリーとの約束の場所へ運ぼうとするカール。ところが、ラッセルがそれに食い下がって、ケビンを助けるんだと風船につかまって飛行船を追いかけて行ってしまいます。ここでカールじいさんも、家の家具をみんな降ろして、浮力を復活させて、後を追います。そこで、飛行船と家の空中戦となり、飛行船上の追っかけから、最後はチャールズが飛行船から落下していきます。その飛行船でアメリカに帰ったケビンとラッセルの二人、今は本当の親子のような関係になって、ハッピーエンド。

大冒険の後の結末は、カールとラッセルのほのぼのとした関係です。そこで、冒頭のカールとエリーのつつましい人生がよみがえってきます。命がけの冒険はすごいことだけど、カールとエリーのささやかな人生もそれに劣らない素晴らしいものであること、冒険の後のカールとラッセルの間の絆が価値あるものであることがきちんと語られているのが素晴らしいと思いました。冒険の前の人生の価値を認めるという視点からすると、おじいさんを主人公にしたのは大正解でしたし、子供を相棒のすることで、冒険の後の人生の価値も生まれました。特に、カールとエリーの出会いのおかしさから、70年を一気に見せる冒頭の展開には泣けましたです。二人が価値ある人生を積み重ねている間、冒険家はずっと鳥を追っかけていただけだったという皮肉な視点はちょっとした隠し味になっています。

主人公の声の出演がエド・アスナー(まだご健在でしたか)とクリストファー・プラマーということを後で知って、字幕版にすればよかったかな?って気もしましたが、日本語版も、飯塚昭三と大木民雄という声優の大御所二人の競演で、よかったです。カールおじさんの声、どっかで聞いたことあるけど誰だっけと思ってたら、悪の大首領でおなじみの飯塚昭三だとエンドクレジットで確認したときはちょっとビックリでした。

「ビッグ・バグズ・パニック」は定番を押さえているのに、妙にはずしたおかしさがいい。

今回は、「ビッグ・バグズ・パニック」を銀座シネパトス1で観て来ました。ここはスクリーンが小さい割りには劇場が広い(200席だけど)ので、真ん中から後ろはちょっと映画館っぽくなくなっちゃうのが残念。でも、こういう映画が観られるので、好きな映画館なんですけどね。上映前のBGMが「スパイダー・パニック」のサントラみたいだったけど、洒落ならかなり楽しい。

あんまりカッコよくないクーパー(クリス・マークエット)は、電話対応の仕事も勤務怠慢でクビになってしまいます。そのクビになった瞬間、不思議な音が鳴り響き、気付いてみれば、自分も含めて会社の人間、みんな繭の中、そして、1メートル以上ある虫がウロウロしています。繭の中の人は生きてるみたいで、虫から養分を吸われちゃってます。上司に娘を助けてと言われたクーパーは車の中で繭になっていたサラ(ブルック・ネヴィン)を連れ出しますが、上司は虫にさらわれてしまいます。近くにビルに逃げ込んだクーパーとサラはその辺の繭から助け出した人たちと一緒に行動することになります。虫は目が見えなくて、音に反応し、どこかに巣があるみたいです。さらに人の背中が刺されると、その人は虫人間になっちゃうのですよ。クーパーたちは父親(レイ・ワイス)の家に向かうのですが、その途中で何人かは虫の餌食になり、そして、サラも虫にさらわれてしまいます。どうする?クーパー!

新鋭カイル・ランキンが脚本・監督した、SFスリラー、コメディ風味の一品。地球規模の侵略ネタなんですが、背景も目的も不明なまま、謎の巨大昆虫が町の中を跋扈しているというお話。冒頭で主人公が職場でクビを言い渡されて、すぐに異常事態が発生するあたりは手際のよさは、いかにもB級な感じなんですが、主人公のクーパーがヘタレキャラなのがおかしく、彼を主人公にしたことで全体がコミカルな味わいになりました。地球の危機だという状況なのに、サラの気を引こうとしたり、父親に頭が上がらなかったり、クーパーのダメキャラぶりがおかしく、主人公の軽さが、ドラマを軽快に運ばせています。設定としては、新味があるわけではないのですが、いわゆるこの類のSFゲテモノの定番を丁寧に仕掛けて、そこにキャラを重ねることで、1時間半を楽しめる映画に仕上げています。R指定ではありませんで、グロや残酷は少なめでして、気軽に楽しめるところがマルです。虫をつぶすと白いグチャグチャが飛び散ったりもするのですが、陽性の演出で汚いという印象にならないのが、私は気に入りました。(人によっては物足らないかもしれませんから、ここは好みの問題ですね。)

虫は、CGとアニマトロニクスを組み合わせて描写しているんですが、これがあまりキャラが立っていないんですよ。ダニとゴキブリの合いの子みたいな感じなんですが、まあ見た目は虫、賢くもなさそうですし、どこから来たのか素性も不明。人間をエサにする一方で、一部を虫人間(下半身が虫になるという、スコーピオンキングみたいな感じ)にして奴隷みたいに使ってるというかなり悪い奴なんですが、でも虫側の悪さや怖さよりも、クーパーとか、強いヒロインのサラ、クーパーに言い寄るシンディ(ちょっとだけ脱ぎあり)、障害のある黒人ヒューゴといった人間の方が、キャラがあって面白いのです。定番のパターンだとやられる人間側のキャラが薄くなりがちなんですが、そこを逆転させることで、サバイバルドラマの味わいが出ました。役者は知らない人ばっかですが、主人公のクリス・マークエットが最後までお調子者なのがおかしく、またブルック・ネヴィン演じるヒロインのちょっと変な人ぶりもよく、この人、セルマ・ブレアかエイミー・スマートの線でいけるかも。父親役のレイ・ワイスのギラギラオヤジぶりも楽しくて、自分が虫人間になっちゃうとわかってからも、「じゃあ、その前に一暴れしてやる」とあっけらかんとしてるのが笑いをとります。

この映画を観て思い出したのは、1990年代のゲテもの「トレマーズ」。これもどでかい虫みたいのが、人間を食うお話だったのですが、やはりコミカルで登場人物のキャラがよく立っていました。また、でかいクモが、人を襲う「スパイダー・パニック」もやはりどっか抜けてる主人公やアクの強い皆様がドラマを盛り上げていました。そういう意味では、こういう映画の系譜はあるわけですが、その中でも、登場人物のキャラが立っている点は、頭一つ抜きん出ている感じがします。ダメダメだった主人公が後半、毅然としてヒロインを救うために虫の巣に向かうあたりは、コメディの定番ではあるんですが、地球の危機的状況でこれをやられると、場違いなおかしさがあります。そして、クライマックスは巣の中で虫の女王との対決。やってることは、「エイリアン2」と「リヴァイアサン」を足して3で割ったようなことで、既視感ありありなんですが、あまり緊迫感のない演出が逆に観ていて心地よさを感じさせます。映画全体に、どこかのんびりした雰囲気がありまして、ラストで一応の決着を見た後に、「あ、あれは何だ」で終わってしまう、うっちゃりぶりも何だか許せてしまうのです。

そもそも、この異常事態について何の説明(ほのめかしすら)ないのですよ。とにかく、主人公たちが目を覚ましたら人間はみんな繭になって、周りは虫だらけ。そして、最後までその設定だけで引っ張っていくのですから、脚本はかなり強引。その後も定番のエピソードを並べているのですが、マジメ半分の演出が手堅さとキワものの間でうまいバランスをとっています。スティーブン・ガセインズの音楽が、オープニングでシリアスなホラー音楽を鳴らしておいて、ドラマの中では、どっか緊張感がない音作りになっており、演出とうまくマッチしていたように思います。

エンドクレジットで、スタッフの名前にやたらと、~V、~VAで終わるのが多いのですが、どうやらブルガリアで撮影されたらしいです。CGもそれほどお金がかかっているという感じではなく、いわゆる典型的低予算映画なのでしょうけど、お話の妙なおかしさが、定番プラスαの味わいになっていて、モトの取れる楽しめる映画になっています。

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Author:einhorn2233
Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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