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「タハーン ロバと少年」は紛争状態にある山岳地方に住む少年のかなり怖いお話

NHKのアジア・フィルム・フェスティバルのインド映画「タハーン ロバと少年」を観ました。インド映画というとボリウッドの娯楽映画というイメージが大きいのですが、この映画は、ムンバイから撮影隊をカシミール地方に送ってロケをした作品だそうです。タイトルは全て英語表示です。

紛争状態にあるカシミール地方で、祖父、母、姉と暮らす8歳の少年タハール(プーラヴ・バンダーレー )は、父親が行方不明になって3年が経ちます。父がくれたロバのビールバルと大の仲良しのタハールですが、ある日、祖父がなくなり、それまであった借金のかたに、ビールバルを金貸しに取り上げられてしまいます。そして、母親の金を持ち出して、ビールバルを買い戻そうとすると、すでに、ダール(アヌパム・ケール)に売られていました。タハールは、商人であるダールについていくようになります。彼は町と町の間をラバやロバに荷物を乗せて行き来していました。ダールはビールバルを自分のかわいがっている甥っ子にあげてしまいます。ダールたちの道中には軍による関門がありましたが、そこで、タハールに目を止めた若い男がいました。ダールからロバを返してもらえず、意気消沈のタハールにイドリスという若い男が声をかけてきます。彼は、自分の導師に会わないか、彼ならきっとロバを取り返してくれるよ、とタハールを誘います。果たして、タハールは、仲良しのビールバルを取り戻すことができるのでしょうか。

インドの紛争地域であるカシミール地方を舞台にした映画で、監督のサントーシュ・シヴァンが、共同制作、共同脚本、撮影も担当しています。インドも山岳地方はかなり寒そうでして、そんな冷え冷えとした山の空気の中から物語は始まります。タハールの父親は行方不明で、母親は言葉が話せません、姉はお金持ちの家で働いていて、タハールは祖父の放牧の手伝いをしていました。ちょっと街道の方に出ると、軍隊がいっぱいいて、反政府組織と戦闘状態にあります。母親はいつか父親が帰ってくることを信じていますが、警察には始終身元不明の死体が届けられ、行方不明者の家族が集まって、その確認をするという生活が続いています。タハールは8歳という、大人の事情を薄々察しながらも、まだ子供の論理でものを言うというお年頃です。父親は借金をしていたのですが、今の暮らしでは、利息を返済するのがやっとです。

祖父が亡くなり、家のものを売って、借金の返済にあてようとしますが、その中には、ロバのビールバルも入っていました。金貸しのもとに行って、返してくれと頼むタハーンですが、当然相手にされず、ダールという男にビールバルは売られてしまいます。彼は、町と町の間を荷物を運ぶ商人で、家族を甥っ子一人を除いてみんななくしていました。ビールバルを返して欲しさに、ダールについてまわるタハーン。でも、高い金を出して買ったロバをそう簡単に手放すことはできません。

ロバやラバに荷物を積んで運んでいく様が自然の厳しさを雄大さを感じさせるいいシーンになっています。一方で、思わぬところに人がいる。山の裾野で、歌い踊る人々、廃墟に一人住んでいる(らしい)ダールの友人、そういった人々がいることが描かれます。道中の途中には、軍による検問所があり、荷物や身体検査が行われています。そして、田舎ではあるけど、携帯電話はちゃんと圏内になっていたり、自然と文明、戦争と平和がごっちゃになっているカシミール地方の風景は、まず珍しいものであり、そして、そこに戦争の疵を多く発見することで、痛ましくも感じられます。紛争状態であるから、タハールの父親は行方不明となり、ダールは家族を失ったのですから。

そして、その戦争の影が実体を持ってタハールの身に迫ってきます。導師に会えばロバを返してもらえると言う、謎の若者イドリス。ビールバルをとにかく返してもらいたい一心でイドリスについていく、タハール。行った先は、どうやら反政府組織のアジトだったようです。イドリスは、タハールに手榴弾を渡して、彼にそれを運ばせようとします。最初は、何なのかよく知らないタハールは、イドリスの言いつけを守って、それを隠し持ち、荷物の中に紛れ込ませます。ダールは信用ある商人だったので、彼の荷物は検問所でもノーチェックだったのです。さらにイドリスは、単なる運び屋以上のことをタハールにさせようとします。



この先は結末に触れますのでご注意ください。



ロバのビールバルは、ダールの幼い甥っ子にプレゼントされていましたが、タハールの事情を聞いた甥っ子は、ダールにこのロバは、タハールに返してやったほうがいいと言います。ダールは、それを驚きと甥っ子への誇らしい思いで受け入れます。一方、手榴弾以外にも、爆薬も運ばされてしまうタハールは何かおかしいと思いながらも、イドリスの言いつけに従います。さらに、イドリスは手榴弾を軍の兵舎に向かって投げ込めという指示を出します。それに従うタハールは、兵隊のたくさんいる中を通り抜けて、兵舎の前まで行き、手榴弾を投げようと安全ピンを抜きます。その時、兵舎の扉が開き、人が出てくるのを見て、一旦躊躇します。振り返ると、そこにはビールバルと幼い甥っ子がいました。手榴弾を握り締めて走り出すタハール、彼はそれを川の中に投げ捨てるのでした。そして、戻ってきた時、タハールは兵舎の中に父親の姿を発見します。朝、家の外を見ると、そこにはビールバルがいました。タハールとビールバルのツーショットがストップモーションになり、エンドクレジット。

クライマックスは、事態がどんどん悪い方向へ向かっていき、最悪の事態が見えてくるというかなり胃に悪い展開になります。タハールの無知が苛立たしく、それを操るイドリスとその仲間たちに憤りを感じました。この映画に出てくる大人は、イドリスを除くと、基本的に、女子供に対してひどいことはしませんし、軍人も、一人一人はそんなに悪い人間じゃないという描き方をしています。ですが、冒頭で、街道沿いに移動する軍隊の姿を大変威圧的に恐怖感を込めて描写することで、戦争に対する否定的な視点は明確に示されています。イドリスは、タハールに手榴弾を投げることを指示した時点で、彼を捨て駒に使っているのは明白で、ここはものすごく観ていて嫌悪感を感じました。後で、彼と彼の仲間が軍につかまったということがセリフで語られます。

映画上映前のインタビューによると、爆薬を運ぶ子供というのは、実際にあった話なのだそうです。そこから、この映画が作られたというのです。でも、映画としては、最悪の結末にせず、奇蹟の物語にまとめています。ビールバルは帰ってきたし、父親も戻ってくる予感で映画は終わります。でも、こういう形で、8歳の少年がテロに参加させられてしまうことには、ぞっとさせられるものがあります。映画の作り手は、あえてそこを糾弾しないまとめ方をしていますが、こういうことがどういう風にインド国内でとらえられているのかは興味があります。他の国でも、子供が兵士にされて機関銃をぶっ放すなんてことが起きているのですが、ここでは、もっと生活感のある形で、戦争が子供に侵食してくる様が描かれるています。その生活感ゆえに、余計目に子供を利用する大人に対する憤りが湧いてくるのですが、それは紛争状態に入ってしまうとどうしようもないことになってしまうのかなって思わせるところがありました。

子供は、純粋だといいますが、それは無知だということでもあり、無知ゆえに、利用されてしまいます。タハールは、導師のおかげで、ビールバルが戻ってきたと思い込むかもしれないのです。そして、再び導師の言うことを聞くことになるかもしれません。(この映画は、ラストを寓話風にまとめていますから、そういう突っ込みは野暮なのですが、実際にはあり得る話だと思います。)

タイトルで、デジタル色彩設計の人がたくさんクレジットされていました。この映画の美しい絵は、デジタルによる色補正がかなり入っているようです。最近の日本映画でも、そういう色補正をするようになってやけにCGっぽい絵の映画が見受けられます。この映画は、絵が不自然にならないレベルで抑制の効いた色補正だったようで何よりでしたが、実際の風景の絵はどんなだったのかなってところが気にはなりました。

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Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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