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「無縁社会」のバックに流れていた曲に聞き覚えがあって


NHKの特集で放映されている「無縁社会」シリーズは、シングルオヤジの私にとっては、他人事ではない切実さを持って迫ってくるものがあります。シャレにならない話というのが正直なところなんですが、そんな気の滅入る番組で、どっかで聞いたことのある曲が流れていたのに気付きました。

非常に印象的なシーンで流れる曲なんですが、これが、ティム・ストーリーの「The Lure of Silence」という曲。ウィンダムヒルレーベルの「緑色のガラス」というアルバムに収められた曲で、シンセサイザーによる音楽なんですが、透明感のある音色と、シンプルなメロディラインがすごくよいのですよ。もともとはサントラアルバムではないのですが、アルバムの曲それぞれにイメージが感じられて、まるで映画のサウンドトラックのような味わいがあります。

この人、何枚もアルバムは出しているのですが、出すに連れて、アンビエント音楽の方に走ってしまって、いわゆるドヨーンビヨーン系の音になってしまったのが残念。「緑色のガラス」は彼の初期のアルバムでして、その透き通る空気感が、ウィンダムヒルレーベルの音にマッチしていて、なかなかの聞きものです。AMAZONでも中古盤しか入手できないようですが、このアルバムに、まさか「無縁社会」で再開するとは思わなかったので、強引に記事にしてしまいました。

「The Lure of Silence」 無縁社会のテーマ(?) (1分20秒あたりから使われてます)

その他にもこのアルバムにはこんな曲もあります。


どれも夜の静寂が似合う曲とでも言いましょうか。すごくイメージをかき立てられるものがあります。
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「ザ・タウン」は向こうのヤクザ映画だけど、意外とソフトにまとまっています

今回は新作の「ザ・タウン」を川崎チネチッタ9で観てきました。ここは座席数の割にスクリーンが大きくて見上げる感じになるところ、気軽に前列に陣取ると結構首が疲れる、今風のシネコンじゃない映画館。そして、この映画もまたシネスコサイズの映画。映画がみんなシネスコ化してるよなあ。

アメリカはボストンのチャールズタウン、ダグ(ベン・アフレック)の率いる強盗団が狙ったのは、早朝の銀行でした。彼らはまさに強盗のプロで、入念に下調べした上で、証拠を徹底して残さないのですが、無音警報が発せられるアクシデント発生、支店長のクレア(レベッカ・ホール)を人質にとって逃走に成功します。クレアの住所が、一味の住んでいる場所の近所と知り、ダグの相棒のジェム(ジェレミー・レナー)は、彼女からFBIに知られるのではないかと言い出します。ダグはそれを制して彼女を自分が監視すると言うのですが、その結果、彼女と恋に落ちてしまいます。強盗の指令は花屋のファーギー(ピート・ポスルスウェイト)から出ていました。そして、次の仕事の指令が来ます。ダグはもう手を引きたいのですが、ジェムはそれを許しません。ファーギーは、クレアを盾に脅迫してきます。結局、ダグは強盗稼業から足を洗うことはできないのでしょうか。

ベン・アフレックが監督した犯罪ものの一編です。「The Town」という原題にもあるように、犯罪の多発する街を舞台に、そこに絡め取られている人間が、何とかしてその街を抜け出そうとするお話です。ダグやジェムにとって犯罪は生業らしく、ダグの父親も犯罪者として刑務所に入れられています。仕事のやり方も、手際がよくてまさにプロ。仕事の終わりには漂白剤をばらまいてDNAの跡も残さない。そんな生き方をやめたい、街を出たい、そう思っている主人公ダグですが、思うようにいきません。親友のジェムはそういう生き方を当たり前のように受け止めているようで、殺人も辞さない相当なワル。善悪の葛藤とは別のヤクザな世界が展開しまして、彼らを追うFBIも連中を逮捕するためには手段を選ばないという感じ。日本のヤクザ映画だと義理と人情の板挟みになるのが定番ですが、こちらはあまり内面の葛藤にはならないのが、アメリカ映画って感じです。

こんな稼業から足を洗いたいなあって漠然と思っていたのかもしれませんが、クレアと知り合ったことで、それが具体的なプランになってきます。ジェムの妹クリスタとは体だけの関係を持っているようなんですが、ダグはクリスタを本気では愛してはいません。一方クリスタは彼との未来を夢見ているところがあります。ダグとクリスタの関係は、サブプロットながら切ないものありまして、結局、ダグに相手にされない彼女が哀れに見えてきます。クリスタを演じたブレイク・ライブリーは「旅するジーンズと16歳の夏」ではかなげな女の子を演じた女優さんですが、ここでは、若くして子持ちの蓮っ葉な女性をリアルに演じて印象的でした。日本映画だと、このクリスタの存在が、ダグの後ろ髪を引くポジションになるのですが、この映画では、あっさりと切り捨てられてしまうので、余計目に哀れさが際立ちました。

一方で、この映画のメインのヒロインであるクレアは、ヤクザな連中とは縁がないいわゆる堅気な女性なんですが、ダグにマークされたのが運の尽きというか、ダグと恋に落ちてしまいます。クレアを演じたレベッカ・ホールは「それでも恋するバルセロナ」で普通のキャピキャピキャラを演じていたのですが、この映画でも、普通の女性キャラを印象的に演じています。ダグにとっての運命の女(ファム・ファタールっていうのかな?)というには、リアルな存在感がこのドラマのカラーにうまく溶け込んでいます。そんな生身のヒロインであるクレアに正体を隠して付き合うようになるダグなのですが、彼女の存在が、本気でこの世界から足を洗いたいと思わせるのです。しかし、それは許さんと脅すのがヤクザの元締めのファーギー。ダグはクレアを守るためにも次の仕事に手を染めるしかなくなってしまいます。



この先は、結末に触れますのでご注意ください。



FBIは、強盗のための情報流出の線から、ダグの一味にたどりついていました。一度はしょっぴかれるダグですが、証拠が不十分ですぐに釈放されます。そこへでかい仕事が舞い込んできます。FBIにマークされているダグとしては気が進まないのですが、ファーギーに脅されて、野球場の売り上げを奪う仕事に加担することになります。一方、ダグに邪険にされて、ヤケを起こして交通事故を起こしてしまったクリスタは、FBIに強盗のことを話してしまいます。ダグたちは首尾よく球場の売り上げを奪うことに成功するのですが、球場は警官隊に囲まれていました。銃撃戦の末、結局、ダグだけが生き残り、彼はファーギーを殺し、クレアと一緒に逃げようとしたのですが、すでにクレアの家にはFBIの手が回っていました。彼女に奪った金を残し、ダグは姿を消します。フロリダで静かに暮らすダグの姿を映し出して暗転、エンドクレジット。

強盗シーンは全部で3つあるのですが、これがなかなか迫力がありました。派手な銃撃戦もさることながら、カーチェイスシーンが見事で、狭い道路でのカーチェイスはクラッシュシーンは少なめながら、迫力十分で、見応えがありました。

演技陣では二人のヒロインが際立っていたように思いますが、FBIを演じたジョン・ハムの善悪を超えた存在感と、ジェレミー・レナーのワルぶりも見事でした。特にワンシーンだけの出演ですが、ダグの父を演じたクリス・クーパーが圧巻でした。刑務所の面会シーンでしたが、ダグの出自が父親から伺える名シーンとなっていました。それらは、役者の各々にきちんと見せ場を采配したアフレックの演出がうまかったとも言えます。そんな中で、ドラマの中心であるダグのキャラクターが今一つ曖昧なのが不思議でした。しかし、彼のキャラが明快でないことによって、集団ドラマの趣が出て、街を描いた映画という味わいが出たことも事実です。実在の街を舞台にしていることで、言い訳みたいな字幕が出るのですが、そういう気遣いが必要な結果、悪役がファーギーに集約されたのかなって気もしました。街に絡め取られたら一生抜け出せないという設定が、ラストでファーギー一人殺すことでクリアされてしまうあたり、リアルに徹し切れなかったのかのかも。かと言って、これ以上悲惨な結末にする娯楽映画ではなくなってしまうので、そのさじ加減は難しいところです。私はこの映画を人間を描いた娯楽映画として楽しめましたから、バランス感覚のいい映画なのでしょう。

「愛する人」のサントラは静かな環境音楽と言う感じかしら


ロドリゴ・ガルシア脚本監督の女性映画「愛する人」の音楽を手がけたのは「鳩の翼」「光の旅人 K-PAX」などの作品を手がけ「パッセンジャーズ」でガルシアとも組んだ実績のあるエドワード・シェアマーです。

この作品では、音楽は非常に控えめな使われ方をされており、テーマがドラマを歌い上げることはありません。(まあ、最近、そういう映画は少ないですが)ピアノやギターのつまびきのような曲が、多くそこにシンセサイザーや木管の音がかぶさって、ある意味環境音楽的な音になっています。

曲のタイトルも登場人物の名前のものが多く、そのキャラクターを描写する音楽になっているのですが、孤独な主人公をあるときはクールに、あるときは希望を持たせるような暖かな音作りがされています。ピアノの高音が、登場人物の孤独を表現し、やわらかい木管(オーボエかな?)の音が暖かい希望の空気を描写しています。木管の絡む曲は、ちょっとウィンダムヒルレーベルのニューエイジミュージックを思わせるところがありまして、静かな雪の中のBGMのような趣もあります。

一応、シンプルなメロディがテーマのように聞こえてくるのですが、それが前面に出てくることはありません。アルバムは前半の静かな曲調が、後半になるとドラマの展開に伴って、生気を帯びた曲調に変わっていくのですが、それでも、映画音楽としては控えめな音作りになっています。それに聞き入る音楽ではありません。本屋で流れるBGMと言ったら酷な言い方かもしれませんが、不思議な心地よさも持った音楽になっています。こんな音楽がアルバム化されるんだというところに映画音楽の面白さがあるとも言えましょう。

「完全なる報復」は色々な意味でうまい、よくできてて面白い娯楽映画

今回は、新作の「完全なる報復」をTOHOシネマズ川崎4で観て来ました。この映画もシネスコサイズだったのですが、最近の映画ってシネスコサイズがずいぶん増えたように思います。テレビがビスタサイズになっちゃったから、その差別化ってことなのかしら。その昔、日本映画がシネスコサイズオンリーだったころを思い出します。

家に押し入ってきた二人の暴漢によって、妻と娘を殺されたクライド(ジェラルド・バトラー)。犯人は逮捕されたものの、主犯格は共犯に罪を押し付け、司法取引により5年の禁固刑で済んでしまいます。担当した検事ニック(ジェイミー・フォックス)は、若干の後ろめたさも感じつつも、仕方のないことと割り切っていました。10年後、共犯の死刑執行に立ち会うことになるニックですが、その処刑の薬に劇薬が混じっていて、共犯の男は苦しみのたうち回って絶命します。さらに、主犯の男が誘拐され、惨殺された死体として発見されます。死体の発見場所のオーナーであったクライドが逮捕されるのですが、物的証拠は一切ありません。クライドは自供をするからと取引を持ちかけます。高待遇で刑務所に収監されたクライドですが、彼の司法制度に対する復讐は始まったばかりなのでした。

理不尽な殺人事件で妻と娘を失い、犯人は逮捕されたのに、証拠が適用されず、居合わせたのに証言は採用されない、そんな理不尽な状況で、主犯格の男は、禁固5年という軽い刑で済んでしまいます。検察も、有罪率を上げたいこともあって、敗訴の可能性のある裁判に持ち込むことより、司法取引を選んでしまいます。クライドにとってみれば、妻子を奪った犯人への憎しみもさることながら、そんな犯人を軽い罪で解き放す司法制度に対しての恨みもあります。

クライドはまず妻と娘を奪った犯人を惨殺します。さらに、その後、事件にかかわった弁護士や判事らにも、その矛先を向けていきます。クライド自身は刑務所に入れられているのに、彼の仕掛けたシステムは確実に復讐の段取りを進めていくのです。前半は、猟奇殺人ものみたいな展開なんですが、後半は息詰まるサスペンスとなっていくのが見事です。「フェイクシティ」や「ソルト」で知られるカート・ウィマーの脚本は、穴だらけの司法制度を題材にしつつ、かなり怖いサスペンスものに仕上げました。冒頭で、クライドが犯人を残虐に殺すシーンを見せることで、クライドにもニックにも肩入れさせないようにした構成が成功しています。クライドの言い分はもっともなところがあって、凶悪犯とわかっていても彼らの権利を過剰に守ってしまう司法制度、個々の事件を有罪率で括ってしまう検事局、正義の実践とは言いがたいものがあります。そんな彼の怒りは、極めて歪んだ形でニックたちを追い詰めていきます。観客としては、妻子を失ったクライドに同情しつつも、でもやりすぎだよなあと思っているうちにだんだんと、クライドの常軌を逸した行動に怖さを感じていきます。犯人の弁護士が殺され、さらには、裁判のときの判事もクライドの復讐システムによって殺害されます。クライド自身は、刑務所に入れられ、そこで同じ監房の囚人を殺害し、独房に移動させられていました。しかし、復讐システムは確実に機能していきます。どうやら、彼には共犯者がいるようです。外にいるニックたちが、クライドに怯えるようになっていくあたりの展開が見事でした。

また、演技陣にいいメンツを揃えているのも点数高いです。F・ゲイリー・グレイの演出がきちんとキャラを描きこんでいるということもあるのですが、登場人物が印象に残るようになっています。ニックの上司のブルース・マッギル、刑事のコルム・ミーニイやマイケル・アービーといった面々がプロフェショナルなといったベテラン陣が存在感を見せる他、司法制度に疑問を抱くニックの部下を演じたレスリー・ビブ、意外な貫禄を見せた市長役のヴィオラ・デイビスなど、メインのドラマに厚みを与えるのに大きく貢献しています。



この先は結末に触れますのでご注意ください。(今回は未見の方は読まない方がいいです。)




そして、クライドが政府関係の汚れ仕事をしていて、それが遠隔殺人だということもわかってきます。彼は、ただの被害者ではない、殺人のプロだったのです。ついには、ニックの部下たちも爆弾によって殺害され、その葬式の帰りに、ニックの上司も遠隔ロボットによる攻撃を受けて死亡。これがマスコミに知られるに及び、街中に不安が走り、半戒厳令みたいな状態になってしまいます。ニックはクライドの購入した土地を調べて、その中に刑務所に密接した倉庫を発見します。その倉庫を調べてみると、そこには刑務所の独房につながる地下道がありました。クライドには共犯なんかいなくて、自分が刑務所の中と外を行き来して犯行を行っていたのでした。そして、クライドは市庁舎に清掃員として潜入し、安全会議の会場に爆弾を仕掛けます。しかし、地下道を発見したニックたちによって、爆弾は発見されます。独房に戻ったクライドをニックが待ち構えていました。ニックはクライドに思いとどまるように忠告するのですが、クライドは起爆装置につながる携帯電話に電話するのでした。しかし、爆弾は独房の中に運び込まれていて、クライドは爆死。娘のチェロの発表会を妻と一緒に見つめるニックの姿から暗転し、エンドクレジット。

なるほど、この犯行に至るまでに10年かけるだけのことはある仕掛けをしてあったわけですが、市庁舎に爆弾しかけるのは、やはり当初の方針からの逸脱でして、ここで犯行を止めるあたりに娯楽映画としての妥協とサービス精神があると言えましょう。クライマックスのサスペンス、刑務所の独特な絵作り、ヘリコプターをバンバン飛ばして映像に緊張感を出すなど、見せる映画としての見応えも十分でした。一応、最後はニックサイドに立って映画を収めるというのは、まっとうな内容なんですが、結局、司法制度の矛盾については、そのまんまなので、非常に保守的な映画だとも言えます。まあ、マジメな社会派映画ではないので、政治的スタンスを問うのもヤボではあるのですが、問題提起と娯楽映画を両立させるハリウッド映画のうまさは感じました。結局、問題の答えは出ないのですが、それは観客に投げられたということになるのでしょう。まあ、そういう余韻のないのが残念でした。(似たような司法制度の矛盾を扱った「密殺集団」という映画を思い出したのですが、面白さでは、「完全なる報復」の勝ち、テーマの余韻では、「密殺集団」に分がありました。)

この映画の面白いのは、正義と悪の対立にならないことでして、司法制度は正しいとは言い難いけど悪じゃない。クライドは行動は悪だけど、言ってることにはそれなりの理がある。理屈で考えると、どっちも曖昧なものを持っています。一方、感情論で言うと、クライドの行動には、前半はある意味カタルシスを感じるところもあります。一方の検事局のやってることは胸くそ悪いところがあります。理屈と感情がうまい具合に市松模様のように絡み合うところに、この映画のよく計算された面白さがあります。それでも、クライマックスでクライドを暴走させることで、娯楽映画としてのカタルシスをもたらしたあたり、職人的なうまさを感じました。

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einhorn2233

Author:einhorn2233
Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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