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「サブウェイ・パニック」は今観ても十分面白い、オススメの逸品。


映画館に行けてないので、埋もれていたLD(レーザーディスク)の「サブウェイ・パニック」を観ました。でかいディスクで場所も取るし、今のブルーレイはおろかDVDにも届かない画質と音質ですが、それでも当時はVHSのビデオよりは高品質だということで、マニアはビデオよりこっちを買っておおすごいと思っていました。当時の20インチのブラウン管テレビでは、ビデオとLDの差ははっきりと識別できましたから、それで十分と言えば十分なのでしょう。最近のデジタル放送でHDリマスターした映画を録画すると、その映像の鮮明さに驚かされるのですが、これが当たり前になっている若い人には、LDなんて低画質でかさばるだけのものにしか映らないでしょう。ちなみに「サブウェイ・パニック」はシネスコサイズの映画なのですが、このLDは左右をカットしたスタンダードサイズになっています。いわゆる昔のテレビ放映と同じやり方です。昔のシネスコ映画のテレビ放映時は、タイトル部分だけを左右圧縮画面のまま放映し(映像やタイトル文字は縦長になります)、本編に入るとシネスコ画面の左右をカットした画面になります。当然、オリジナルより狭い画面の上映となります。さらに、昔のテレビは画面の丸みのせいで、スタンダードサイズの映画でも画面が全部映らなくて、シネスコサイズの映画だと画面の半分弱を覗くような感じになっちゃってました。

ニューヨークの地下鉄、ペラム行き1時23分発鈍行列車が4人組の武装集団にハイジャックされてしまいます。彼らは先頭車両を切り離し、そこに乗り合わせた乗客17人と車掌を人質にとって、ニューヨーク市に100万ドルを要求してきました。地下鉄公安局のガーバー警部補(ウォルター・マッソー)が犯人との窓口となり、犯人側のリーダーであるミスター・ブルー(ロバート・ショウ)との交渉にあたります。犯人グループはお互いは色の名前で呼び合い、地下鉄運転のできて風邪でくしゃみばかりしているミスター・グリーン(マーティン・バルサム)、冷静なミスター・ブラウン(アール・ヒンドマン)、かなりアブないミスター・グレー(ヘクター・エリゾンド)という面々。1時間で金を持ってこないと人質を1分ごとに1人ずつ殺すと伝えてきます。ヘタレなニューヨーク市長が助役にせきたてられて、金を出すことに合意して、現金を犯人の要求する古い紙幣で揃えるのに時間がかかり、とても間に合いそうにありません。ガーバーが説得してもミスター・ブルーはビタ1分譲らないと冷ややかに言い、金を積んだパトカーが銀行を出発したときにはタイムリミットにはどうにも間に合いそうにありません。果たして人質の運命は? そして、地下鉄をジャックした犯人は、金を受け取った後、どうやって逃げようというのでしょう。

ジョン・ゴーディの原作を、「シャレード」「料理長殿ご用心」のピーター・ストーンが脚本化し、「マッカーサー」「ザ・マン 大統領の椅子」など一癖ある映画(「ジョーズ4復讐編」も含めて)を作っているジョゼフ・サージェントが監督した、犯罪サスペンスの逸品です。1974年の公開当時は、パニック映画がブームだったので、この映画ですとか、優れたサスペンスものであるリチャード・レスター監督の「ジャガー・ノート」もパニック映画として売られていました。でも、この2本は今でも見劣りしないサスペンス映画の名作として評価されると思います。両者とも、ある限定空間の人質、そして犯人との交渉、随所に盛り込まれたユーモアと、題材としては別ものですが、どちらも共通した面白さを持った作品です。

「サブウェイ・パニック」の面白さは、地下鉄を乗っ取ってどうやって逃げ切るつもりなのかというミステリーと、身代金のタイムリミットのサスペンスにあります。そして、登場人物の隅々にまでキャラクターづけされているのですが、キャラ描写が映画を滞らせずにスリリングに流れていく演出のうまさ。そして、ニューヨーク市が全面協力した街中や地下鉄のロケの絵の迫力。その上に、演技陣の力量がドラマをリアルな肉付けをしていて、娯楽映画としての点数が大変高いです。タメの演出を一切せず、ストーリーをテンポよく運んでいるのに、ライド感よりもサスペンスと駆け引きのドラマの面白さが際立つのが見事です。サスペンスの中に挟みこまれるユーモアの、まさに緊張と緩和のうまさ。テレビの月曜ロードショーで初めて観てから、何回も見返しているのですが、やはり面白いってのはすごいと改めて感心しちゃいました。たまたま出会ったタイミングが感受性の強い中学生のときだったからかもしれませんが、この頃観た映画は、今もって特別な映画になっています。「サブウェイ・パニック」「ジャガー・ノート」「イルカの日」「キャリー」「チャイナタウン」といった映画に中学生時代に出会ったことは、その後の映画鑑賞の嗜好に大きな影響を与えているのですよ、これが。

問題の地下鉄は駅と駅の間に止まっていまして、その前後を武装した警官隊がとり囲んでいる状態でした。札束を積んだパトカーは途中で事故を起こしてしまい、タイムリミットには間に合わなくなったのですが、ガーバーはとっさの機転で「金が駅に着いた」と犯人側に告げ、寸でのところで犠牲者を出さずにすみます。そして、警官二人が地下鉄の線路を列車に向かっていくのですが、待機していた狙撃班がなぜか発砲し、銃撃戦となって、ミスター・ブラウンが腕を撃たれてしまいます。ミスター・ブルーは車掌に金を取りに行けと線路に下ろして、機関銃で彼を殺してしまいます。そして、警官隊は金を列車に届けて、彼らは無事に帰されます。そして、さらにミスター・ブルーはガーバーに列車の線路の前を全て空けて、信号も青にしろという要求を出してきます。果たして、犯人たちは何を企んでいるのでしょうか。

金を作って、列車まで運ぶところが中盤の見せ場になっています。銀行で、金を勘定して束ねていくモンタージュに、デビッド・シャイアのビートの聞いたジャズサウンドがかぶさると、サスペンスとテンションが上がる上がる。そして、パトカーで金の入った袋を運んで市内を爆走するシーンがリアルにドキドキハラハラさせるのですよ。パトカーの運転手コンビとか、列車まで金を運ぶ警官コンビとかが丁寧に描かれているので、当事者目線でのドキドキハラハラと時折挟まれるユーモアをたっぷり楽しむことができます。一方で、ハイジャックされた列車の中でのピリピリした空気もきっちりと伝わってきます。ガーバーやミスター・ブルー、その他の登場人物の会話の面白さも映画を単なるサスペンスだけでない、人間ドラマに仕上げています。特に映画の中で徹底的にコケにされる市長関係者の会話が面白く、奥さんが「18人の身代金は払うべき、そうすればあなたにも見返りがあるわ、18票の」というあたりのおかしさは、絶品でした。ここで登場する市長はドンくさい小心者で、側近から市民からバカにされている設定でして、ニューヨーク市が全面的に協力していて、これだけ市長をコケにできるあたりは、感心しちゃいました。犯人説得して市民への点数稼ぎをしようという助役に「連中が私に銃を向けたらどうする。」「どうして連中がそんなことを?」「だって、彼らもニューヨーク市民だろ?」というやりとりも笑えました。



ここから先は結末に触れますのでご注意ください。



金を手に入れた4人は25万ドルずつを自分の上着の中に入れ、信号の準備が整う前に列車を動かし始めます。カーバーはそれを威嚇だと思っていると、また駅の間で列車は止まり、4人は列車に何やら細工を始めます。市警の警部から、犯人が列車を走らせて飛び降りて逃亡する可能性はないのかと聞かれたガーバーは「運転席のハンドルに一定の力がかかっていないと列車は止まるのでそれはない」と答え、彼も現場へと向かいます。やっと全信号が青に変わり、列車は動きだすのですが、そこには4人は乗っていませんでした。彼らの細工とはどうやら自動停止装置の解除だったようです。それに気付いたカーバーは、列車が途中で止まったところへ戻ります。一方、列車の中には私服刑事が乗り込んでいて、列車が発車時に飛び降り、地下の通路から逃げようとするミスター・ブラウンを射殺します。また、銃を持って地上へ上がろうとしたミスター・グレーをミスター・ブルーが射殺。さらに刑事を殺そうと近づいたとき、背後からカーバーが現れ、銃を捨てたミスター・グレーは線路と集電軌道をまたいで感電自殺してしまいます。列車は前方が全て青信号なので、止まることなく暴走し、環状線まで入ったところで赤信号に引っかかり、やっと停車し、人質は無事でした。結局、金を持って逃げおおせたのはミスター・グリーンだけでした。カーバーは犯人の中に元地下鉄運転手がいると見抜いて、不祥事でクビになった運転手を一人一人あたってアリバイを聞き出そうとします。3人目に訪れたのがミスター・グリーンでした。ミスター・グリーンは夜勤で今まで寝ていたと証言し、カーバーもそれを一度は信じるのですが、ドアを閉める直前、ミスター・グリーンがくしゃみをし、それを聞いたカーバーが再びドアを開け、何とも言えない表情でカメラ目線で暗転、エンドクレジット。

ミスター・ブルーとカーバーが無線でやり取りをしていて、その間にミスター・グリーンが何度もくしゃみをしていたのが最後の最後で伏線として回収されるオチが見事でした。またラストカットのウォルター・マッソーの表情がまた絶品でして、シャレた終わり方の映画としてもかなり得点が高いです。また、犯人の地下脱出トリックもなかなかに考えられたもので、信号を青にして前方を空けろと言って、警官隊が配置されている現在位置から、離れるために列車を移動させたと見せかけ、その移動した地点で列車を降りて、列車だけを暴走させようというもの。なるほど、全ての信号が青になる前に、警官隊の配備された位置から、少しだけ移動させるってのは、彼らにとっては自然な行動ですが、そこにトリックを仕込んであったというのは、うまい展開だと感心しちゃいました。

つい最近、リメイクされているのですが、リメイク版の方は未見です。でも、オリジナルの面白さにはかなわないだろうなあって予感はあります。それは、最近の映画がジェットコースター風のライド感で突っ走るものが多いので、オリジナルのような小技を積み上げていく映画は期待できないからです。何か、最近の映画は昔に比べて大味だよなあって思うことが多いのですが、これは単なる思い出補正なのかしら。
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「マラヴィータ」はコメディ風だけどバイオレンスでもあって何だかなあ。


今回は新作の「マラヴィータ」をTOHOシネマズ川崎で観てきました。ここは、本編の始まる前に、鷹の爪団とか、東宝シンデレラとか色々段取り多すぎ。やっと本編になるかと思いきや、ピグミンが画面をウロウロするし、いい加減にして欲しい。とっとと始めろ!

南仏はノルマンディーの片田舎の町に、アメリカ人家族が引っ越してきました。ダンナのフレッド(ロバート・デ・ニーロ)、奥さんのマギー(ミシェル・ファイファー)と娘のベルに息子のウォレン。どうもいわくありげなんですが、フレッドは外に出ないし、マギーはアメリカ人をバカにしたスーパーをガスボンベ仕掛けて吹っ飛ばすし、ベルはナンパしてきた同級生をボコボコにし、ウォレンは学校で色々と情報を集めて校内の悪事を牛耳ってしまいます。実はフレッドはマフィアのボスの一人だったのですが、組織をFBIに売ったことで命を狙われ、証人保護プログラムによって、逃げ回っていたのです。目立たず騒がずに静かに暮らしていればいいのですが、行った先々で何かを起こすものだから、お目付け役のスタンスフィールド(トミー・リー・ジョーンズ)もうんざり。家でおとなしくしていたフレッドでさえ、修理代をふっかけてきた配管工をバットで半殺しにしちゃうという、バイオレンス一家なのでした。彼のせいで刑務所で服役中のドンは、何とかして、フレッドを探し出し、一家皆殺しにしてやるといきまいています。そして、意外なところから、フレッドたちの居場所が割れてしまうのでした。

トニーノ・ブナキスタの原作をもとに、マイケル・カレオと「レオン」「WASABI」のリュック・ベンソンが脚本を書き、ベッソンがメガホンをとりました。冒頭から、食事中の一家に、殺し屋がドアを破壊して乗り込んできて、家族皆殺しにするというショッキングな描写でして、これが一体どういう映画かと思っていると、これがヤクザ一家が引っ越し先でトラブルを起こしまくるというブラックコメディなのですよ。フレッド以下、この一家の皆さんは怒りの沸点が大変低いようで、すぐに暴発しちゃいます。こんなのが近所に引っ越してきたらたまらんというお話で、この設定は、昔「隣のヒットマン」というブルース・ウィリス主演で観たことを後で思い出しました。デ・ニーロが元マフィアという時点でセルフパロディの色が濃い設定なのですが、このデ・ニーロ演じるフレッドが古いタイプライターを取り出して自叙伝を書き始めます。いつも家にいるので、ご近所との挨拶で、つい歴史モノのライターをしていると言っちゃったからかもしれませんが、とにかく彼には時間潰しにはなるようです。FBIのスタンフィールドとしては、とにかくフレッドたちが、目立たず騒がず、その土地に早く馴染んで欲しいのですが、マギーもベルもウォレンも、外で何がしかやってくれるのですよ。その主人公たちの迷惑ぶりが笑いを誘うところなのですが、ベッソンの演出は、余裕というかアソビ心が足りないようで、暴力シーンが笑いにまでつながらないってところがありました。これは広末涼子がヒロインしてた「WASABI」の時にも感じたことでして、間とかリアクションのおかしさが感じられないのが残念。とは言え、これは私の気分の問題なので、他の方がご覧になれば、笑えるブラックコメディになっているのかもしれないです。

フレッドの家の向かいにはスタンフィールドの部下2人が常時、監視していました。彼らの存在が映画にコミカルな味わいがあって、そこは面白かったのですが、他の主要キャラに感情移入しにくかったってところがありました。「バレンタインデー」で痛いお局様を演じて、「ずいぶん老け込んじゃったなあ」って思ったミシェル・ファイファーですが、今回はなかなかにきれいでアブないお母さんぶりが魅力的でした。一方のデ・ニーロは、パロディの部分が前面に出てしまって、ボケなのかツッコミなのか曖昧なポジションになっちゃったのがちょっと残念。

それにしても、よく人が殺される映画でして、マフィアの皆さんは行った先で人を殺すし、フレッドの回想シーンでも、どんどん人があの世に行っちゃってます。そこだけタッチが「レオン」みたいなので、あまり笑えない感じ。同じ人が殺されるにしても、007シリーズなんてお気楽に観られるのですが、この映画は死体の扱いとかも結構リアルなものですから、ブラックな笑いとしては、ありなんでしょうけど、その分、主人公一家に同情できなくなっちゃうのですよ。リュック・ベンソンの演出は最初から主人公一家をヒーロー化する気はなかったようで、それはそれでありなんですが、それなら、もっと一家をもっとクレイジーに描いて欲しかったかなって気がします。やるならもっと毒を盛れって感じなんですが、伝わりますかしら。



この先は結末に触れますのでご注意ください。



息子のウォレンが学校新聞に載せたダジャレが、巡り巡って刑務所のドンのところに届いてしまい、それが、ドンが作ったダジャレだったものですから、一家の居場所が割れてしまい、マフィアの皆さんが田舎町に武装して乗り込んできます。一方、学校での悪事がばれてしまったウォレンは、一人でパリに逃げようとしていました。ベルの方も処女を捧げた臨時教師からすげなくされて自殺しようというところ。そこにマフィアの皆さんが町に乗り込んできたのを見て、それを親に知らせようとするのですが、連中は銃を構えて家を取り囲んでいました。家に向かってバズーカを撃ち込んで、乗り込んでくるマフィア。マギーは向かいの家のFBIにかくまわれるのですが、そこにもマフィアがやってきて、FBI二人は殺され、マギーも危機一髪のところにフレッドがやってきて格闘となり、マギーがナイフで決着をつけます。一方、家を荒らしまわっていたマフィアをベルとウォレンが連中の車から銃を盗んで逆襲し、最終的にマフィアの皆さんは皆殺しとなります。また新しい隠れ家を探すべく、夜道を走る一家の車がフェードアウトして、エンドクレジット。

クライマックスでは、マフィアの皆さんが、警察署や消防署に銃弾を撃ち込んで、フレッドの家の隣人までついでに殺されちゃいます。死体だらけの状況にうんざりするスタンフィールドですが、後始末は彼の仕事のようです。そして、主人公一家はまた別の町へ逃げていくわけでして、これってファミリー版「逃亡者」みたいです。ただ、「逃亡者」と違うところは、逃げた先でリチャード・キンブルみたいにいいことは一切せず、トラブルと死体を積み上げるだけの皆さんだということ。あ、でもフレッドは一ついいことしてました。この映画では、水道の色がまっ茶色で、その原因が肥料工場だというのは公然の事実でした。そこで、フレッドは社長を連れ出して、車の後ろにしばりつけて引き回しの拷問。そして、汚水を出すのを止めるにはあるタンクのバルブを止めればいいと言われ、そのタンクごと爆破しちゃいます。そしたら、それまで茶色だった水が透明になっていきます。めでたし、めでたし。こんないい話もあるんですが、引き回された社長のリアルなボロボロ度の痛さが笑えないのですよ。これが、もっと付きぬけて、気づいたら社長が死んじゃっていて、仕方ないから片っ端から爆弾しかけちゃえって方が笑えたかも。

ブラックとバイオレンスと笑いのバランスをとるってのはかなり難しいのではないかと思います。笑いたい人の気分を萎えさせるような暴力描写はダメでしょうし、バイオレンス好きをスカッとさせるのに、ブラックジョークの付け合せは合わないでしょう。この映画はそのあたりのバランスをとらず、暴力も笑いもブラックジョークもまんべんなく取り込んでいまして、その分は無難な娯楽映画ということが言えましょう。でも、これがどういう内容の映画かを予め説明してもらわないと、期待を裏切りやすい映画ってことにもなります。一大バイオレンス、爆笑コメディ、どっちかを期待しちゃうと、物足りない後味になっちゃうのではないかしら。

「グランド・イリュージョン」は豪華なつくりが娯楽映画の点数を上げています。


今回は、丸の内ピカデリー2で、新作の「グランド・イリュージョン」を観てきました。1階席はかなりフラットなので、もうちょっとスクリーンを上げてくれるといいなと思う映画館です。

有能なマジシャンのダニエル(ジェシー・アイゼンバーグ)とヘンリー(アイラ・フィッシャー)、メンタリストのメリット(ウディ・ハレルソン)、ストリートマジシャンのジャック(デイヴ・フランコ)の4人は何者かの招待状をもらってニューヨークのビルに集まります。それから1年後、4人は大富豪のトレスラー(マイケル・ケイン)をスポンサーにマジックショーの人気者になっていました。ある日、その舞台で、彼らは銀行を襲うと宣言、ランダムに選び出した観客の使っているパリの銀行を襲うと宣言、実際に同時刻にパリの銀行の金庫で300万ドルが奪われたのが発覚、4人は即逮捕されます。FBIの捜査責任者ディラン(マーク・ラファロ)は4人に尋問しますが何しろマジックの舞台からパリの金を盗むなんてありえない。パリから派遣されてきた捜査官アルマ(メラニー・ロラン)は彼らに騙されるなと忠告しますが、ディランらFBIは連中に翻弄されてしまいます。ラスベガスの舞台には、マジックの種を暴くことで有名なブラッドリー(モーガン・フリーマン)がいて、彼はディランたちに舞台で何が起こったかを説明し、パリの金はショーとは関係なくあらかじめ盗まれていたのだと見抜きます。釈放された4人組は今度はニューオリンズの舞台に立つことになります。FBIや報道陣の監視の下、ショーは始まるのですが、あらかじめ観客には預金残高を書いた紙を持たせていました。今度はどんな盗みを見せるつもりなのでしょうか。

ボアズ・イェーキンとエドワード・リコートの原案を、イェーキン、リコート、エド・ソロモンが脚本化し、「トランスポーター」シリーズのルイ・レテリエがメガホンを取りました。映画はマジシャン4人の腕前を披露するシーンから始まります。ダニエルはカードマジック、ヘンリーは水槽脱出、メリットは催眠術と読心術、ジャックはスリの芸を見せ、各々がかなりの腕前であることが示されます。その4人が謎のタロットカードの招待に招かれるというところから、お話は一気に1年先へ飛び、ラスベガスのショーで、パリの銀行の金を盗むという大技を見せるのです。この映画ではマジックをかなり丁寧に絵解きしていまして、なるほど、そういうことならできるかもしれないなあって思わせる説得力があります。まあ、メリットのメンタリズムはワイルドカードみたいな扱いで何でもできちゃう(その昔のアニメ「ミクロ決死隊」のミスター念力みたいな感じと言ったら、やっぱり伝わらないよなあ)ところがあるのですが、他の3人はよく知られるマジックの芸で、ショーと裏の犯罪を見せてくれます。ショーのシーンはシネスコの画面をクレーン移動のキャメラが華やかに彩り、ゴージャス感を出しています。このゴージャス感は全編に渡って散りばめられていて、ニューオリンズの祭りのシーンやクライマックスのニューヨークのシーンなど、華やかな映像が娯楽度を上げています。さらに中盤の追跡シーンでは、街中での派手なカーチェイスを見せてくれて、これまた迫力満点。ドラマは一切停滞することなく、ジェットコースター映画の展開ながら、テンション上がりっぱなしでなく、どこか優雅で遊び心のある演出がお見事。「トランスポーター」では勢いだけで押し切るイメージだったので、こういう豪華なエンタテイメントを上手にこなせるとは意外な発見でした。

ニューオリンズでは、トレスラーの1億ドルもある口座から、観客の口座へ分配するというパフォーマンスを見せます。パリの銀行、そしてトレスラーと標的となった相手にはどういう因縁があったのか、そして4人組を操る黒幕の正体が誰なのかが興味をつないでいきます。結末はなかなかびっくりなのですが、ラストに至るまでマジックの仕掛けを施してあるところは感心しちゃいました。登場人物では、フランスから来たアルマはやけにマジックの歴史にくわしいのが奇妙でして、彼女は、ネタばらしで有名なブラッドリーの過去に、あるマジシャンが彼によってケチョンケチョンにされた挙句、起死回生の水中脱出に失敗して死亡したことがあったとも指摘します。また、そのブラッドリーも何か隠し事があるようで、4人組のいるところに頻繁に現れ、彼らの後を追っているようです。

ブライアン・タイラーの音楽が、ロンドン・フィルハーモニック・オーケストラを使って、サスペンスよりも豪華さ優雅さを前面に出した音作りをしているのが印象的でした。サントラ盤が出ているのですが、日本で売ってないのが残念。群集シーン(多分、CGも多用)もたくさん出てきて華やかにしているのも映画の豪華感をアップさせています。

演技陣はなかなかに豪華で、その展開の意外性がうまく生きるキャスティングになっているのが面白いと思いました。タイトルトップのジェシー・アイゼンバーグが実は物語のキーキャラクターではなかったとか、最初は黒幕に見えたマイケル・ケインが4人組にコケにされちゃうというのも意外性があり、モーガン・フリーマンの決着のつけ方のこれまでの彼のイメージとは異なるものでした。その中では「人生はビギナーズ」のメラニー・ロランのかわいさが印象的でした。



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ディランの携帯電話に付けられていた盗聴器から、逆にたどって、ニューヨークのアジトを見つけ、そこをFBIとニューヨーク市警が急襲します。4人組はそれを知っていたようですが、なぜかジャックがアジトに残っていて、ディランと格闘の後、車で逃走。しかし、追跡の果てに橋の上でクラッシュ、車は爆発します。しかし、残された地図から次の標的は警備会社の隠し金5億ドルと判明。FBIが倉庫へ向かうと金庫はなくなっていて、それは運び出す寸前でした。運び先では、4人が最後のパフォーマンスをすると宣言した倉庫街で、多くの人が集まって盛り上がっています。そして、金は盗まれてしまいます。FBIがそこへ向かうものの、彼らは偽札束の雨を降らして、姿を消します。ブラッドリーの車が札束で埋まっていて、その場で彼は逮捕されてしまいます。実は、死んだと思われたジャックは囮でして、残った3人が倉庫街で群集を相手にしている間に、金庫の金を奪っていたのでした。全ての仕事を終えた4人組が指定の場所へ赴くとそこに待っていたのはFBIのディランでした。そして、留置場のブラッドリーをディランが訪れ、全ての黒幕だったと告げます。彼は、水中事故で死んだマジシャンの息子で、彼を死に追いやった銀行や金庫製造社、そしてブラッドリーへの復讐のために全てを仕組んだのでした。お話はパリに移り、橋の上でアルマに声をかけ、全てを打ち明けるディラン。お互いに好感を持っていた二人が寄り添うところで暗転、エンドクレジット。

主人公たちよりも出番の多かったディランが全ての黒幕だったというのには意外性があり、その動機が復讐で、ブラッドリーも復讐の対象で彼にはめられてしまうというのもちょっとびっくり。ミステリーとしての伏線があるわけではなく、多少の突っ込みどころは残るものの、見せ方のうまさで、楽しく映画を観終えることができました。マジックを題材にして、マジックの手法をサスペンスドラマの仕掛けに使っているので、もっとマジックの知識があったら、余計目に楽しめたかもしれません。スマートに明るく豪華にまとめたエンタテイメントでして、みんなが楽しめる娯楽作品としてオススメしちゃいます。

「マウス・オブ・マッドネス」は入れ子構造のホラーで面白い作りで楽しめます


最近、ジョン・カーペンターの「マウス・オブ・マッドネス」のブルーレイが出て、それがそこそこのお値段だったので、ゲットしてみました。1994年の映画で、私はこれ公開当時、劇場で観ています。もう20年近く昔の映画だったんだってところにびっくり。

精神病院にかつぎこまれた保険調査員ジョン・トレント(サム・ニール)は、なぜここに連れてこられたかについて語り始めます。有能な保険調査員だったトレントは、ある日、白昼に斧を持った男に襲われます。その男は警官に射殺されます。出版社の社長ハーグロウ(チャールトン・ヘストン)から、行方不明になったベストセラー作家サター・ケーン(ユルゲン・プロフノウ)探しの依頼を受けます。彼の書いた小説はどれもベストセラーになり、多くの読者はその本に取り込まれたようになっています。トレントを襲ったのは、ケーンのエージェントでした。トレントは本の表紙から舞台となっている町の位置を割り出し、編集者のスタイルズ(ジュリー・カーメン)と共にケーン探すために車を走らせます。途中で自転車に乗る謎の老人を目撃した後、真っ暗闇に入った車はいつの間にか空を飛び、気がつけば小説の中の町、ホブス・エンドに着いていたのです。人気のない町、走り回る子供、そして小説の中に登場するホテルに向かえば、老女主人が彼らを迎えます。フロントに飾っている絵の人物がいつの間にか動いていることにスタイルズは気付きます。どうやら、この町はおかしなことになっているようです。

映画プロデューサーとしての仕事が多いマイケル・デ・ルカの脚本を、ジョン・カーペンターが監督した終末ホラーの一編です。カーペンターは「遊星からの物体X」「パラダイム」とこの映画を終末映画の三部作として認識していまして、どれも世界の隅っこで起こった事件から、世界の終末が始まるというお話になっています。この作品では、ベストセラーのホラー作家、サター・ケーンの小説が人を狂わせていくというお話を、ジョン・トレントの恐るべき体験として描いていきます。ラブクラフトの世界観をベースにしているというのですが、私はラブクラフトの小説は読んだことがないので、まるっきりおニューのストーリーとしてこの映画に臨みました。劇場で観たときはかなり込み入った話だなあって思ったのですが、見直してみれば、意外とシンプルなストーリーだったということに改めて気付かされました。どうも、あちこちに登場するギミックのせいで、複雑なストーリーだという印象を持ってしまったようです。物語は、精神病院で主人公が回想するシーンで始まり、ケーン探しの依頼を受け、実際に存在しないらしい町に向かったら、いつの間にかその町にいて、そこでひどい目に遭うというもので、世界観はでかいけど、お話そのものはコンパクトでして、「パラダイム」と同じくちっちゃいスケールででっかい話という作りは、低予算を有効に使う、カーペンターのうまさが光る一品となっています。

主人公のジョン・トレントはケーン探しを依頼されたときは、彼の小説に興味はなかったのですが、読んでみたら結構面白いことに気付きます。でも、所詮はコケおどしのホラー小説でしかないと思うのですが、一方、彼の小説を求めて暴動騒ぎまで起こったりして、世間は彼の小説を単なるホラー小説以上と認識しているようです。そして、編集者スタイルズと小説の町、ホブス・エンドを見つける旅に出るのですが、そこからは、理屈で説明できない変なことが続発、すれ違った自転車の少年が数分後には老人となってまたすれ違ったり、車がいつの間にか空を飛んでいて、夜中だったのが一気に真昼間のホブズ・エンドにいたり。論理性がゼロの世界では、おかしな事ばかり。立派な教会があって、そこに向かえば、町の男たちが武装して登場、子供達を返せというと、教会の中から行方不明のサター・ケーンが現れます。こうなることをスタイルズは知ってたみたいで、ジョンが問い詰めると、この町に来てからのことは、彼の未完の原稿に書かれていたんですって。彼の小説って予言なのか?

ホブズ・ヒルでは、子供達がどこかへ連れていかれて、親たちはそれが教会にいるケーンのせいだと思っているようで、実際、子供達が化け物のようになって登場してくるので、それは当たっているのですが、だからと言って、トレントが町の人と一緒にサター・ケーンと闘うと言ったお話には展開しません。この町で起こる不気味な事件を列挙していくという描き方で、これが現実の世界なのか、トレントの悪夢なのかがわからなくなってくるという展開になります。原稿を読んでおかしくなったケーンの代理人はなぜトレントを襲ったのか、サター・ケーンの正体は何者なのか、そういう謎をはらんで、映画は奇妙なところに着地します。小説の内容が現実世界を浸食してくるというお話と同様に、さらに映画の内容が観客の世界を浸食してくるのですよ。そこに、怖さと奇妙なおかしさが同居することになり、映画としては、かなり奇妙な味わいが残る一品となっています。

後半は、地獄のモンスターまで登場するというサービス度の高い展開になりまして、ブルース・ニコルソン率いるILMと、今や特殊メイクの第一人者となったKNBイフェクツグループが、低予算ながら効果的なショットを作り出しています。撮影のゲリー・B・キッブは、カーペンター映画の常連ですが、シネスコ画面をうまく使って、カーペンターの意図をよく汲んでいるようです。音声解説が、カーペンターとキッブによるものなのですが、カーペンターがキッブに「ここはどういう照明で撮影したの?」という質問をあちこちで入れて、それにキッブが専門用語を交えながら答えるパターンが随所に登場します。観ている方はどうってことないようなショットでも、色々と苦労してるんだなあってのが伺えるのと、そういう苦労をキッブに語らせるカーペンターっていい人かも思わせるところが微笑ましかったです。音楽はカーペンターとジム・ラングとの共作になっていますが、当然カーペンター色の強いシンセサイザーメインの音になっています。全編に渡って効果音のようにシンセの音が鳴っているような音作りになっています。

カーペンターお約束のショック演出、カメラのすぐ前を人を横切るカットなどが、いつもの彼らしさを出していますが、お話の得体の知れない度は、彼の作品群の中でもピカ一でして、それはマイケル・デ・ルカの脚本に負うところ大なのでしょう。論理的には破綻しているお話なのですが、雰囲気で見せきる力技はカーペンターらしさと言えましょう。面白い映画でした。


この先は結末に触れますのでご注意ください。



夜、吸い寄せられるように町の教会に向かったスタイルズは、そこでケーンに会い、残りの原稿を一気に読まされて、そこで世界の終わりを見ることになります。トレントが町の大通りに行くと、そこには顔の崩れた町民が武器を持って彼を追ってきました。その中にはスタイルズの姿がありました。車でそこから逃げ出そうとするのですが、いつの間にか町の大通りに戻ってきます。トレントは町民を正面突破しようとするのですが、その先にいたスタイルズを避けようとして車をぶつけて失神。気付けば教会にいて、ケーンから、「お前は私の物語の中の登場人物なのだ」と告げられて愕然とするトレント。そして完成した原稿をトレントに渡すケーン。スタイルズと一緒に逃げようとするトレントですが、自分は結末を見てしまったから帰れないといいます。実世界へ向かうトンネルを走るトレント、その背後からあの世の怪物が群れを成して追ってきます、と気付いてみれば、とうもろこし畑の中の道にトレントはいました。自分につきまとってくる原稿を焼却して、ハーグロウにところに向かい、それまで体験した事実を告げるトレント。しかし、ハーグロウは、原稿はずっと前にトレントが持ってきて出版したといいます。さらにスタイルズなんて編集者は知らないと言うのです。トレントは、スタイルズがケーンによって物語から消されたのだと言いますが、ハーグロウには相手にされません。町では、ケーンの小説を求めて、多くの人が書店に列を作っていました。そこに現れた目が座っちゃってるトレントは、本屋から出てきた若者に斧を振り下ろし、精神病院に連れてこられたのです。

そして夜中、トレントが病室にいると、外から悲鳴が聞こえ、ドアの窓で不気味な影が蠢きます。朝、トレントが病室を抜け出してみれば、そこはめちゃめちゃに荒らされ、ラジオでは、顔の歪んだ暴徒と化した市民が人を襲っているというニュースが流れています。どうやら、ホブス・エンドで起こった異変は世界規模に広がっているようなのです。町に出たトレントは路地に張られたケーンの小説のポスターを見つけます。その破れ目を剥いでみると、そこにはケーンの小説「マウス・オブ・マッドネス」のポスターが現れ、表紙を飾っているのはトレントの顔だったのです。ジョン・トレント主演「マウス・オブ・マッドネス」を上映している映画館に入ってみれば、そこで上映されているのは、これまでの映像、つまりジョン・カーペンター監督、サム・ニール主演の映画「マウス・オブ・マッドネス」は、サター・ケーン原作、ジョン・トレント主演「マウス・オブ・マッドネス」だったのです。映像を観て泣き笑いの表情になるトレントのアップ、暗転、エンドクレジット。

サター・ケーンは邪悪なものの預言者であり、彼の書く小説のように世界は破滅するのです。トレントはその物語の登場人物でしかなかったのです。つまり、彼の経験は、邪悪なものに操られたサター・ケーンの筆によるものでしかなく、この映画「マッド・オブ・マッドネス」は、邪悪なものがサター・ケーンに託した小説の一部だとオチがつくあたりに、この映画の面白さがあります。ここが、小説がトレントの世界を浸食し、さらに観客の世界を浸食してくるという所以でして、その結果、観客の世界も終末へと向かっていくのだという大風呂敷の広げっぷりはなかなかのものがありました。最終的にケーンのバックにいる邪悪なものの正体はよくわからないのですが、地獄の向こうからやってくるらしいので、神とタイマン張れるくらいの大物らしいです。

前半は、全てがジョン・トレントの幻覚だったという夢オチの解釈も可能なのですが、ラストでこれは全て現実であり、そして小説の中のフィクションでもあるという見せ方は、観客を混乱させるのですが、そこを面白いと思えれば、色々なイメージのひろがるお話であります。ちっちゃい予算ででっかい話としては、かなり成功しているのではないかしら。

「2GUNS」二転三転するストーリーとデンゼル・ワシントンのライトな味わいが楽しい殺し合い映画


今回は旅行先の山形フォーラム4で新作の「2ガンズ」を観てきました。ここは座席数は少ないゆるいスロープの劇場ですが、スクリーン位置が高いので、やや後ろの席が狙い目。

ボビー(デンゼル・ワシントン)とマイケル(マーク・ウォールバーグ)はメキシコの麻薬組織のボス、パピ(エドワード・ジェームズ・オルモス)の依頼で偽パスポートを持って行ったのですが、約束の麻薬ではなく、現金を渡されて、ボビーはそれを突っ返してしまいます。また一緒に仲間だった男が殺されたことから、二人はパピの金を盗んでやろうと、ある田舎町の銀行に目をつけます。そこの貸金庫にはパピの金、約300万ドルが眠っている筈でした。そして、警察署をまず襲って警官を留置所に放り込んだ後、銀行を襲い、貸金庫に爆薬を仕掛けます。ところがあった金は予想外の4200万ドルもあったので二人はびっくり。そして、色んな連中がその金を狙って暗躍し、いっぱい人が死んじゃうのでした。

スティーブン・グラントのグラフィックノベルを原作にブレイク・マスターズが脚色し、アイスランド出身で「ハード・ラッシュ」のバルタサール・コルマクールが監督した、犯罪アクションの一編です。二転三転するストーリーで主人公がラストで大勝負に出るというところが、「ハード・ラッシュ」と似たパターンなのですが、その展開の想定外度は、前作以上に込み入ったものになっています。主人公の二人からして善人ではなさそうだし、脇を固めるビル・パクストン、ジェームズ・マースデン、エドワーオ・ジェームズ・オルモス、紅一点ポーラ・パットン、みんな胡散臭い連中ばっか。そんな皆さんの容赦ない殺し合いをテンポよく捌いていくコルマクールの演出は快調でして、最近はどんな映画に出ても重くなりがちなワシントンもその殺し合いドラマでコミカルで軽妙な味を見せて新境地を見せています。マーク・ウォールバーグも狙撃の名人という役どころをかつての快作「ビッグ・ヒット」を思わせる軽さと凄みを見せてくれています。

お話がどんどん意外な方向に展開するので、どこがどうなってたのか、よくわからないところもあるのですが、それでも勢いで進んでいく演出なので、あまり細かいところはいいかなって気分で映画を楽しむことができました。派手なカーチェイスや爆破シーンなどもありますが、SFXスタッフ(それもアイスランドのSFXスタジオ)が一杯クレジットされていますので、CGがかなり使われているようです。



この先は結末に触れますのでご注意ください。(上記の粗筋は冒頭10分しか書いてありませんので)




主人公二人がアメリカに入国しようとしたところ、麻薬捜査官につかまって別々の尋問を受けます。実はボビーは潜入捜査官で、パピの尻尾をつかむために、彼の金を盗もうとしていたのです。ボビーは同じく捜査官のデビー(ポーラ・ハットン)と愛人関係にありました。で、強盗はあっさりと成功するのですが、今度はマイケルがボビーを銃で撃って金を持って逃走。実はマイケルは海軍情報部の捜査官で、上官クインズ(ジェームズ・マースデン)の命令で、パピの隠し金を狙っていたのです。そして、マイケルはクインズに金を渡すのですが、ボビーのとどめを指していなかったことから、逆にクインズに命を狙われることになります。一方、アール(ビル・パクストン)という男が手荒い手口で関係者を脅して金の行方を追っていました。そして、傷の癒えたボビーがマイケルのアパートにやってくると、マイケルが向かいの屋根から、ボビーに照準を合わせていました。そこに軍の情報部がマイケルを追ってやってきたものですから、ボビーはマイケルを援護して命を救うことになります。マイケルはデビーと接触してマイケルの正体を探らせようとします。

と、ここまでで、主人公二人が実はどっちも潜入捜査官であり、任務を忠実に実行したことが示されます。ところが目論んでいたよりでかい金を盗んでしまったことで、二人とも命を狙われることになります。どっちの上司もこの金目当てで、二人をはめたようなのです。二人は金の正体を知るべくパピを誘拐、デビーの家に連れ込んで尋問したところ、4200万ドルの正体はパピのCIAへの賄賂だったのです。しかし、そこに軍情報部のみなさんが来襲。二人は軍の追っ手をやりすごすも、パピの手下につかまり、デビーを人質に取られて、4200万ドルを取り返すためにアメリカに送り返されます。二人は基地に無理やり突入、マイケルはさらに上司に直訴しますが軍の体面からなかったことにされちゃいます。ボビーはクインズを脅すのですが、彼のオフィスに金はなく、実はクインズはデビーとつながっていて、この金を奪う段取りをしたというのです。一方、CIAのアールもパピに金を返せと脅してきます。デビーはクインズとつるんでいましたが、パピとはつながっておらず、自分がボビーをはめたことを告白した後、パピに殺されてしまいます。

ボビーはデビーの死体を見て、彼女の指輪のダイイングメッセージから、二人の密会したモーテルのベッドの下から、金を発見します。一方、マイケルは悪い連中に一矢報いようと、パピのアジトに金を持ってくるとハッタリをかけ、さらにクインズにも金をやると呼び寄せます。そこにCIAのアールたちも現れます。そこから先、同士討ちを狙うマイケルですが、情勢は不利。そこにボビーがオープンカーに札たばをこれみよがしに積み上げて出現。みんなが金に注目したタイミングで車を金ごと爆破。そこで銃撃戦となり、関係者はほぼ死亡。最後、ボビー、マイケル、クインズ、アールが4すくみとなるのですが、ボビーとマイケルの一瞬の早撃ちで、二人が勝利。銃撃戦で虫の息のパピに止めを刺して去って行くのでした。カフェで話をしている二人、どうやらボビーは4200万円のナンボかを着服したようなのです。いくらか寄越せというマイケルにニヤリと笑うボビーのストップモーションでエンドクレジット。

誰と誰がつるんでいて、誰が糸を引いていたのかなかなかわからないので、主人公二人にも観客にも事件の全貌がつかめないというのが面白く、最後まで退屈させませんでした。特にデビーとクインズがつながっていて、デビーがあっさり殺されちゃうのにはちょっとびっくり。クライマックスの銃撃戦では、主人公二人が撃つ弾だけ百発百中というのは、こういう映画のお約束ではあるのですが、それでも冒頭でマイケルが狙撃の名手であるという伏線も振ってあって納得しちゃうところはありました。

こういう悪いもの同士が殺し合うという話は嫌いではないので、最後まで楽しむことができました。いわゆるスター二人を主人公に据えてるところにも意外性があり、一方でノンストップで色々な趣向が盛り込んだテンポよい演出もマルでした。一方、ポーラ・ハットンのチョイ脱ぎシーンなんてのもありましたが、「ハードラッシュ」のケイト・ベッキンセールと同様、あまり女優を引き立てるのはこの監督さん、得意ではないのかも。

「セイフ・ヘイヴン」はベタなラブストーリーと思いきや意外や面白い


今回は新作の「セイフ・ヘイヴン」を川崎チネチッタ2で観てきました。ここはシネスコ上映時は縦にスクリーンが縮む昔のシネコンの小スクリーンタイプ。しかし、初日から1日1回上映とはずいぶんな扱いだなあ。

血のついた服装で家から飛び出す女性、彼女は妊婦に変装してバスターミナルに向かいます。そこに警察がやってきて、彼女を探し回るのですが、何とかバスに乗り、海辺の町で途中下車し、そこのレストランでウエイトレスとして働き始めます。彼女ケイティ(ジュリアン・ハフ)は、近所の雑貨店の主人アレックス(ジュシュ・デュアメル)と知り合います。アレックスは奥さんと死に別れ、2人の子供を育てていました。ケイティの借りた森の中の家には離れた隣人で一人暮らしの女性ジョー(コビー・スマルダース)がやってくるようになります。一方、刑事のケヴィン(デヴィッド・ライオンズ)は彼女を執拗に追いかけていました。アレックスはケイティに好意を抱き、それとなくアプローチをかけてくるのですが、逃亡中の自分の状況を考えると、彼の気持ちに応えることができません。そんなケイティの気持ちを察したのか、ジョーはそれとなく彼女の背中を押してあげるのでした。子供二人もケイティになつき、ケイティもアレックスと過ごす時間に幸せを感じるようになるのですが、アメリカ中に彼女の手配書が回っていたのです。

「きみに読む物語」「親愛なるきみへ」などで知られるニコラス・スパークスの原作を、ダナ・ステーィブンスとゲージ・ランスキーが脚色し、「ギルバート・グレイブ」、「親愛なるきみへ」のラッセ・ハルストレムが監督しました。ノースカロライナ州のサウスポートという町が舞台でして、海や浜、沼沢地帯などの美しいロケーションのもとで、ベタなラブストーリーが展開します。ただ、オープニングがサスペンス風で、ナイフを持ったヒロインが呆然としていて、そこから逃げ出すところからお話が始まるところが意外でした。近所の老婦人が彼女に着替えと当座の金を渡し、髪を染めてカットしてあげて、彼女を送り出します。いったい何が起こったのかというのは、映画の経過とともに彼女の夢のシーンでフラッシュバックされるのですが、どうやら誰かを刺して殺してしまったようなのです。彼女の手配書がサウスポートの警察署にも回ってくるので、いつかは彼女の正体がばれちゃうかもしれないというハラハラする展開となってきます。

しかし、それと並行して描かれる、ケイティとアレックスのラブストーリーは大変ほのぼのとしたもので、一気に燃え上がる恋ではない、徐々に接近していく二人の関係が丁寧に描かれています。脇役の隣人のジョー、レストランのオーナーのおばちゃんとか、雑貨店の店員のおっちゃんなどがいい味を出していまして、微笑ましいと思える展開は、見ていて気持ちのいいものになっています。二人の子供も、母親のことが忘れられない兄と、ケイティ大好きな妹ときちんとキャラが設定されていて、ドラマに奥行きを与えています。また、アレックスとケイティのラブストーリーがいい感じなのは、二人のバックに映る風景の美しさの負うところがかなり大きいと思いました。テリー・ステイシーの撮影は、シネスコサイズを意識した、引きの絵を中心に、絵に描いたようなラブストーリーに美しい絵を提供しています。横長画面を気持ちよく見せてくれた映画としては、ここ数年のベストかもしれません。これは映画館で観て頂きたいなと思います。

とはいえ、ケイティは殺人犯として手配されちゃっているから、ある意味一触即発な危うい関係でもあるわけです。彼女が一体どういう事件に巻き込まれたのか、そして、彼女が本当に人を殺したのかは後半になるまで伏せられていまして、そこが意外な展開となってくるのには、おぉーって感心しちゃいました。さらに、もう一つのラストのオチで驚かされることになります。隠された事実がわかると、それまでの登場人物の行動が全て腑に落ちるようになっているのは脚本のうまさなのでしょう。ヒロインのジュリアン・ハフは男顔のムチムチボディのおねえさんでして、あまり陰があるような女性には見えないのですが、その分、アレックスとのラブストーリーが時としてコミカルに好ましいものになりました。アレックスを演じたジョシュ・デュアメルは、ドラマが進むに連れてどんどんいい男に見えてきて、これはハルストレムの演出によるものなのかしら。



この先は結末に触れますのでご注意ください。(未見の方は読まないでくださいまし)





ケイティの本名はエリンで、実は彼女はモラハラ、DVのダンナに追い詰められて、彼をナイフで刺して逃げていたのでした。でもダンナは死んでいませんでした。それなのに、殺人犯の手配書が回っていたのは、彼女のダンナというのが、執拗に彼女を追い回して刑事ケヴィンだったから。彼は勤務中もウォッカが手放せず、他にも色々とやらかしていて警察でも厄介者でした。そして、殺人犯の手配書を配ったことから停職処分となりましたが、それでもペットボトルに入れたウォッカ片手に、彼女の逃走を助けた老婦人の家に忍び込み、留守番電話を使って彼女の居所を割り出して、サウスポートへ車を走らせます。

一方、ケイティの手配写真を警察署で見つけてしまったアレックスは、彼女を殺人犯だと思い込んで別れを告げます。ケイティは、引き止める隣人のジョーを振り切って、荷物をまとめ町を去ろうとしますが、アレックスは愛した女性を失うことを知り、彼女を引きとめ事情を聞き、DVダンナに追われていることを知ります。彼女はアレックスと共に生きようと決意を固めるのですが、祭りの夜、ケイティの前にケヴィンが現れ、銃を片手に復縁を迫ります。それをきっぱりと断るケイティ、するとケヴィンはアレックスの店にガソリンをまき、それに花火の火が引火し、店は炎に包まれます。二階にいた娘は何とかアレックスが救出ます。揉みあいになったケイティとケヴィンですが、銃声の後、倒れこんだのケヴィンのほうでした。そして、家族のようになった4人、アレックスはケイティに一通の手紙を渡します。それは、亡き妻が生前に、自分の死んだ後、アレックスが愛するようになる女性に向けて書いたものでした。その中には妻の写真が入っていて、それは隣人のジョーだったのです。

殺人事件じゃないけど、ケイティはナイフで人を刺していて、その相手が彼女を負う刑事のケヴィンだったというのが、結構びっくりでした。モラハラでDVのダンナのことを知っていたので、近所の老婦人は彼女を逃がしてやったわけです。ケヴィンを演じたデヴィッド・ライオンズが最初はクールな敏腕刑事のように登場して、後半は偏執的な男となって、クライマックスは病的キャラになるという、アレックスとは逆の方向にキャラが変わっていくのを的確に演じています。さらに、隣人のジョーがアレックスの奥さんだったというオチも心地よいエピローグになっていまして、ケイティの夢の中で、ケヴィンが来たと警告するシーンがあったのもそういうことだったのかと納得できるようになっています。

大体、ラブストーリーには、男女の出会いからラブラブになり、そこに障害が発生して、一度は別れるけど、やっぱり好きだわ、抱き合ってめでたしめでたしという定番があるのですが、この映画は、その障害の部分にミステリーの趣向を盛り込んで、意外な真相という展開が成功しています。さらにエピローグに超自然ネタを盛り込んで、それでもほっこりさせて映画を締めくくるという作りのうまさが光る一品でした。後、ジュリアン・ハフの健康的太もももこの映画の点数を上げました。(これはオヤジだけかな。)
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Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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