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「セールスマン」は正攻法の人間をじっくり見せるドラマとして見応えあり、オススメ。


今回は新作の「セールスマン」を109シネマズ川崎2で観てきました。東京でもミニシアター2館でしかやってない映画を、シネコンで観られるのはありがたい限り。

イランの首都、テヘラン。教師をしているエマッド(シャハブ・ホセイニ)と妻ラナ(タラネ・アリドゥスティ)は、地元劇団に所属し、「セールスマンの死」で主役を演じることになっていました。彼らの住むアパートが隣の工事で倒壊の危険が出てきたため、劇団の仲間が紹介してくれたアパートに引っ越すことにします。しかし、その部屋にはその前の住人の女性の荷物が残っていて、それを部屋の外に出しての引っ越しとなります。そして、舞台の初日の夜、ラナが一人で部屋にいたとき、何者かが部屋に侵入してきたのです。浴室で倒れていたラナを隣人が見つけて病院への運びます。顔に痣を作り、頭に包帯を巻いた痛々しい姿で部屋に帰ってくるラナ。彼女は、呼び鈴が鳴ったとき、夫が帰ってきたものと思ってカギを開けてしまったのでした。怒りに燃えるエマッドですが、犯人の遺留品である車のキーから近所に停めてあったトラックを特定し、警察へ届けようとするのですが、ラナはそれを拒否し、舞台も続けたいと言います。しかし、精神的にボロボロの状態で舞台に臨んだラナは芝居の途中で退場してしまい、その日の舞台は中止となってしまいます。夜になると夫を避け、昼になると夫がいなくなるのが怖い、そんな状態の妻に、ついきついことを言ってしまうエマッド。元の住人はどうやらいかがわしい仕事をしていたらしく、近所の人の話では、犯人はその女の客らしいとのこと。彼は、警察には頼らず、自分で犯人を捜そうと決心します。生徒の一人が交通局の役人ということで、そのつてを頼って、トラックのナンバーから持ち主を特定することに成功します。トラックの持ち主はマジッドという若者でした。そこで、エマッドは一計を案じ、以前住んでいた壊れかけのアパートにマジッドを呼び出すのですが.....。

「彼女が消えた浜辺」「別離」「ある過去の行方」で知られるドラマ作りの達人アスガー・ファルハディが、脚本を書き、メガホンも取った、ミステリー仕立ての人間ドラマの一品です。アカデミー賞で外国語作品賞を受賞したのですが、トランプ大統領の政策のおかげで関係者が授賞式に立ち会えなかったということでも話題を呼びました。「別離」「ある過去の行方」で、たくさんの要素(ピース)をドラマの中に盛り込んで、それを見事にさばいて重厚なドラマを作り上げたファルハディですが、この映画では、そういう仕掛けに頼らず、シンプルなストーリーの中で登場人物の想いを丁寧に描き込むという作り方で、ストレートに見応えのある映画に仕上げています。普通の人々が、ある事件を通じて、そのありようが揺らいてしまうという点では、「彼女が消えた浜辺」に近い作りになっているのですが、よりドラマチックな展開となっていて、エンタメ度がアップしています。

ファルハディの映画で特徴的なのは、ドラマの中で、全ての事実が明快にならないことです。主人公のエマッドは、病院で血だらけで治療を受けているラナを目撃するのですが、その以前に一体何が起こったのかは知りません。ラナもそこで具体的に何が起こったのかは語らないので、観客もエマッドも察するにとどまることになります。そして、事件の全貌は最後までわかりません。もっと言うなら事件の決着すらも観客にはっきりと示さないまま映画は終わります。事実をそのまま見せるのではなく、登場人物の感情を通して語っていくという作りは、ファルハディの他の映画でもあることなのですが、クライマックスで主人公二人に感情移入させてドラマを盛り上げていく作りになっているのは、珍しいのではないかしら。ちょっと斜に構えた視点から、事実をあぶりだしてきた、これまでの映画に比べると、王道というか正面突破のドラマになっているところがちょっと意外でした。ドラマとしては動きの少ないクライマックスでサスペンス映画のごときドキドキハラハラを盛り込んできたのは、かなりびっくりでしたけど、日常生活から地続きの世界のレベルでサスペンスを作れるんだなあってところは感心しちゃいました。これまでの、彼の映画とは異なるうまさと力量を感じさせる映画に仕上がっています。

ラナは警察を呼ぶのを嫌がります。知らない人の前で、事件の詳細を説明しなきゃいけないのは耐えられないみたいで、このあたりはかなり説得力があります。一方のエマッドとしては、妻をこんな目に遭わせた犯人をつかまえてとっちめたいという思いがあります。それは、妻のためというよりは、自分のプライドのためのように見えるあたりが面白いと思いました。ファルハディの映画を観ていると、イランって国は、日本よりもプライドというか体面を重んじる国なんだなあってところが見えてきます。さらにつきつめた根っこのところでは、人間、それほど大きな違いはないのですが、体面へのこだわりは、日本人よりもかなり強い。それは単に自分の体面だけを重んじるエゴイズムではなく、相手の体面も思いやることにもつながっていて、そういう約束事の中で社会が成り立っているようなのです。でも、これはそういう体面とかを逸脱した理不尽な犯罪です。犯人の血痕や遺留品も残っているし、警察を呼べば犯人を特定することは可能でしょうけど、妻がそれを嫌がるのでは、無理に警察を呼ぶわけにもいかない。でも、その一方で妻は精神的なダメージから脱出できていないということで、エマッドは自分で犯人を制裁しようと思うようになります。ドラマは日常生活から逸脱しない描写を積み重ねることで、主人公二人のリアルな感情を表現することに成功しています。犯人が残していった金を、夫の金と思い込んで、それで買い物して作った食事を、夫が捨ててしまうエピソードが出てくるのですが、自分ならそこまではしないけど、わからなくもないというレベルで共感できました。それは、エマッドが大仰に騒いだり取り乱したりしない抑制のきいた演出によるものだと思います。犯人に対しての怒りや、妻に対する苛立ちを、エマッドが感じていることは伝わってきますが、そこを愁嘆場として見せないファルハディの演出は見事で、その抑制の効いた見せ方が、異文化の日本人である私にも、彼らの感情を抵抗なく受け入れることができました。(共感できるという一つ前のレベルです。)

クライマックスは、以前住んでたアパートで、犯人と思しきマジッドを呼びつけた後の展開となります。ここで、ミステリーの味わいを見せて、かつ普通の人間の葛藤をサスペンスとして見せる演出が見事でした。葛藤そのものが大きな揺らぎではなく、日常生活の延長線にあるものなのに、ドキドキハラハラさせられてしまって、重厚な余韻が残りました。それには、展開している情景を全て見せ切らない、独特なカメラワークも貢献していたように思います。また、主人公二人が舞台で演じる「セールスマンの死」にもいろいろな含みがあったのかもしれませんが、残念ながら私はこの話を知らなかったので、そこまで読み取ることができませんでした。



この先は結末に触れますのでご注意ください。



エマッドは、犯人と思われるマジッドという若者に荷物を運ぶことを依頼し、以前住んでいたアパートに彼を呼び出します。しかし、彼が忙しいということで、代わりにマジッドの婚約者の父親がやってきます。心臓に持病があるらしい父親は、エマッドから事情を聴いて、「そんなことは信じられないが、本当なら結婚は取りやめねば」と言います。そして、マジッドをここへ呼べというエマッドに、なぜか答えをはぐらかす父親を不信に感じたエマッドは、彼の靴を脱がすと彼は足に包帯を巻いていました。彼は、前に住んでいた住人の女とメールをしていて、その女に会いに部屋へ行ったが、人違いと気づいてすぐに去った。浴室には入っていないと言います。そんな老人を、アパートの部屋に閉じ込め、舞台をこなした後、ラナと共に再びアパートを訪れるエマッド。老人を引きずり出して、その家族を呼び出します。さらに追及するエマッドに老人は、そそられたから、と浴室に入ったことを告白した後、様子がおかしくなります。ラナは家族に全部話す必要はないと言い、それをやったら二人は終わりだとエマッドに言い切ります。到着した老人の家族は、エマッドに感謝の言葉を述べます。何とか持ち直した老人を、エマッドは再度部屋へ呼び、遺留品と置いて行った金を渡し、その横っ面をひっぱたき、家族のもとへ送り返します。しかし、階段を下りる途中で老人はさらに発作を起こし、救急車が呼ばれ、老人は運ばれて行くのでした。画面は変わって、舞台のためのメークをするエマッドとラナ。暗転、エンドクレジット。

マジッドのトラックで、アパートにやってきたのは、彼の婚約者の父親でした。きっと先住者である女の客だったのでしょう。彼が、浴室にいたラナを見て犯行の及んだということが語られます。エマッドは、妻や娘にそれを告白させようとしますが、老人は、それは勘弁してくれと言い、ラナもエマッドを止めようとします。家長の家族に対するプライドを破壊することの重みは相当なものなのでしょう。法が裁くことができない犯人を裁くには、それは相当に思い罰になるようなのです。その重さを知るラナは、夫にそこまでするなら、自分たち夫婦はおしまいだと言い切ります。そのあたりに男尊女卑の文化を感じ取ることも可能ですし、家長制を重んじる社会を見出すことができます。エマッドが老人をボコボコにすることもなく、老人が反撃に出たりしないあたりの展開のリアルな見せ方も印象的でした。その結果、クライマックスは復讐劇にならず、以下にプライドを保つかという戦いになっているのは、ちょっと新鮮でした。警察も法も関与しない世界で、暴行された妻の夫が犯人をどう裁くのかという興味を引いておいて、結局は、夫は犯人を裁くことはできなかったという落とし方は面白いですし、最終的に老人が助かったのか死んだのかを見せない結末は、観客に深い余韻を残しました。2時間余という時間の中で、シンプルなストーリーをじっくりと煮込んだ演出は、映画を観たという満腹感を与えてくれましたから、じっくりドラマを楽しみたい方にオススメしちゃいます。
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「20センチュリーウーマン」は登場人物が何考えてるのかわからないところがしんどい。


今回は新作の「20センチュリーウーマン」を109シネマズ川崎4で観てきました。地味な映画という印象ですが、そこそこお客さんが入っているのがちょっと意外。

1979年のアメリカはカリフォルニアのサンタバーバラ。離婚したドロシア(アネット・ベニング)は、40歳の時にできた息子ジェイミー(ルーカス・ジェイド・ズマン)と二人暮らし。住んでいる大きな家は、下宿人にも住まわせていました。そこの住人は写真家のアビー(グレタ・ガーウィグ)と、便利屋のウィリアム(ビリー・クラダップ)。また近所に住むジェイミーとの幼馴染ジュリー(エル・ファニング)とは仲良しで、ジュリーは夜ジェイミーの部屋に添い寝するのですが、エッチはさせてくれません。でも、自分が誰と寝たかとか平気で言う人。なかなかジェイミーのことを理解できないドロシアは、アビーとジュリーに彼の面倒を見てってお願いします。それって同性のウィリアムの方がお似合いじゃない?と言うアビーに、ドロシアは息子とウィリアムには共通点がないから、あなたたちにお願いって言い切ります。ジェイミーにもその話をするドロシア。ちょっと変わったドロシアですが、そんな母親をジェイミーはどう思ってるのかしら。

「サム・サッカー」「人生はビギナーズ」で知られるマイク・ミルズが、自分の母親をモデルに書いた脚本で、自らメガホンを取りました。ドロシアは55歳のシングルマザーで、デザインの仕事をしていて、自分の家の部屋を貸してもいます。40歳で生んだ一人息子ジェイミーをかわいく思っているようですが、失神ゲームで病院送りになった息子を見て、自分だけではちゃんと育てられないかも思い立ち、息子と仲の良い女性二人に、「この子の面倒を見て」ってお願いしちゃうのでした。うーん、何か変な母親だよなあ、それを母親から聞かされて、大した動揺もせずに受け入れちゃうジェイミーもかなりの変わり者でないかい?

主要登場人物は5人で、ドロシアとジェイミー親子、その店子であるアビーとウィリアム、ジェイミーの幼馴染ジュリーのエピソードを積み重ねる一方で、1960~70年代のニュースフィルムが挿入され、その時代の空気を再現しようとしているようにも見えます。その時代へのノスタルジーが感じられるあたりは「三丁目の夕日」に近い感覚があるのかなという気もするのですが、主役5人は、その時代を象徴するキャラとはちょっと違う変わり者キャラなので、単なるノスタルジーではなさそう。でも、主役5人のキャラクターへの深い描き込みがないのが、不思議な印象の映画になりました。リアルな人物像は追わないけど、こういう人がいたんだよってのを見せたい映画とでも言いましょうか。1979年の個人のアルバムを見るような感じの味わいになっているのです。

主役の5人に対する描き方はみな平等というかフラットなんですよ。ドロシアもちょっと変わった母親、息子もちょっと変わった息子というレベルでしか描かれていません。ウィリアムはなぜか女性にアプローチしなくても、女性が向こうから寄ってくるという得なキャラクターなんですが、だから、彼はこう考えるとか、こう行動するといって描き方はしていません。アビーもセックスやフェミニズムの本をジェイミーに読ませて感化させようとして、ドロシアからやり過ぎってクレームを入れられちゃうのですが、それ以上の彼女のバックボーンやキャラの描き込みはありません。ジュリーもセラピストの母親を持ち、脳性マヒの妹がいるなど、クセのある家庭環境なのですが、それについてジュリーが語ることはなく、その行動のみを追うドラマになります。物語の中心にいるジェイミーの視点でドラマが描かれているから、見える範囲以上のツッコミがないのは仕方ないという言い方もできるのですが、当のジェイミーが何考えているのかがよくわからないキャラクターになっているので、登場人物みんな薄いって感じなのです。

その薄さのせいなのでしょうか。せっかくのエル・ファニングとグレタ・ガーウィグという旬の女優さんを使いながら、あまり彼女たちが魅力的に見えませんでした。「トランボ」のファニング、「マギーズ・プラン」のガーウィグでは、生き生きとした存在感を出していた二人なのですが、この映画はその生彩を欠いていたと言ったらひどいかしら。監督が、自分の思い出を映像化するにあたって、自分でわかっているところは、全部省略した結果、観客にはわかりにくいお話になっちゃったという印象なんです。何ていうのかな、ナルシシズムに陥らないために、自分の過去を客観的に描こうとしたら、その意識が強すぎて、映画全体が淡泊になってしまったように見えちゃったのです。自分自身の母親を美化することを避けたら、描写不足になっちゃったような感じ。私、こういう作り手の若い頃を描いた映画で「あの頃ペニーレインと」という映画を観たときに、ドラマとしての物足りなさを感じてしまったのですが、この映画も同様に、ドラマの核になるものを見つけることができずに、物足りなく感じてしまいました。そういうものを期待する映画ではないのかもしれませんが、この映画の作りからすれば、もっとドラマやキャラを深堀りしてもいいように感じたのですが、このあたり、私はこの映画と相性がよくないのかもしれません。

アネット・ベニングは若い頃を知っているだけに、ああこんなにオバちゃんになっちゃったかとしみじみしちゃいましたが、年相応の役どころを手堅く演じています。グレタ・ガーウィグとエル・ファニングは、与えられた役どころをきっちりこなしてはいますが、内面から湧き上がる感情や意思が感じられず、ちょっともったいない感じ。ビリー・クラダップはドラマの中でもやや引いたポジションになっていて、その脇キャラを過不足なく演じています。もっと彼が息子の父親的なポジションになるかと思いきやそうならなかったのは、「だってそうだったんだもん」という理由なんでしょうが、父性を感じるキャラが登場しないのも、この映画が薄口になっている理由の一つかもと思ってしまいました。

それにしても、自分の息子をうまく導く自信がないからという理由で、若い女性二人に、息子をよろしくってのは、私の感性では、かなり変な母親です。さらに、その変な母親の行動を淡々と受け入れる受け入れる息子も変な奴だよなあって思っちゃいました。この映画、登場人物によるナレーションが随所に入る作りなんですが、彼らが何を考えているのかさっぱりわからないってところが気になってしまいました。特に、主人公である息子ジェイミーが何を考えてるのかさっぱりわからないところにはちょっとイライラしちゃいました。母親との距離感、セックスへの憧憬とか、いろいろ考えるところがあるのだろうに、ジェイミーは傍観者のように存在感がありません。アビーとウィリアムスのセックスの声が聞こえてきて、隣にジュリーが寝ているという状況で、何事もないようにしているジェイミーはかなり変。そう思う私が汚れたオヤジなのかもしれません、いやー、そうでもないと思うな、やっぱり。

そんなわけで、何とも共感も理解も難しい映画だったのですが、その変な部分のおかしさという意味で、記憶に残る映画になりました。1979年というのは私も学生だった頃ですが、自分とのギャップの大きさに引いてしまったのかもしれません。




この先は結末に触れますのでご注意ください。



知り合いが集まっての食事会で、アビーは「生理」という言葉を連呼し、ジェリーは自分のロストバージンの時の話をして場の雰囲気をおかしなものにしちゃいます。その夜、ジェイミーの部屋にやってきたジェリーに「単に話するだけなら、もう部屋へ来ないで」と告げるジェイミー。そんな彼に「二人で海辺の町へ行こう」というジェリー。で、二人して、海に出かけるのですが、泊まったモーテルでジェリーに「あなたは親密すぎてセックスはできないし、その壁を乗り越えるつもりもない」と言われて部屋を飛び出すジェイミー。ジェリーから連絡を受けたドロシアは、アビーとウィリアムズを伴ってジェリーのいるモーテルへ行くのですが、すでにジェイミーは戻ってきた後でした。ドロシアと向き合うジェイミー。二人のわだかまりはとけつつあるのかな。そして、5人の後日談が語られ、それぞれの人生を歩んだことが示されたところでおしまい。

1970年代は女性が女性であることをアピールする時代だったみたいですね。私は学生時代は女性に縁がなくて(まあ、今もですが)、そのあたりの感覚がピンと来なかったのですが、そういう本がたくさん出版されていて、アビーはそれらの本でジェイミーを感化しようとします。それで、ジェイミーがどうなったというところも描かれないので、単なるエピソードの一つとしかならないのですが、そういう時代の断面を色々と見せようとしているのはわかるのですが、それが、作者の「自分の物語」になってこないのが、物足りないというか、歯痒いという後味になっちゃいました。
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einhorn2233

Author:einhorn2233
Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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