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「美女と液体人間」はほどほどにまとめた娯楽映画として楽しい。こういう映画が作られた時代を懐かしむ感じ。


日本映画専門チャンネルで東宝特撮王国という企画で、毎月2本ずつ、東宝のSF映画を放送しています。HDリマスターということで、かなり画質もよくなっています。できれば、当時のパースペクタ・ステレオフォニック・サウンドを再現して欲しいのですが、これはニーズないだろうなあ。以前のDVDで当時の音を再現したトラックがありましたけど。

そんな中で、「美女と液体人間」を久々に観てみました。劇場で観たことがなくてビデオブームの時に初めて観た映画です。

ある雨の夜、銀行強盗の片割れが衣服だけ残して姿を消すという事件が発生します。富永捜査一課長(平田昭彦)は消えた三崎というギャングの立ち回り先として情婦の新井千加子(白川由美)というクラブ歌手をマークします。他のギャングも金を持って消えた三崎を追って千加子を監視しています。そんな彼女に接触してきた男を押さえて警察へ連れて行くと、その男は大学の助教授、政田(佐原健二)といい、富永とは大学時代の友人でした。政田は、富永を病院へ連れて行くと、被爆した漁船員の話を聞かせます。彼らは日本近海で操業中、ビキニ環礁の核実験後に消息を絶った第二竜神丸と遭遇したというのです。第二竜神丸に乗り込んだのですが、そこには人間はおらず、衣服が人間の形で残っているだけなのです。彼らを突然、液体状の何かが襲い、襲われた船員は溶けてしまいます。何とか生き残った船員が自分の船に戻ってみると、第二竜神丸の甲板に人間の形をした液体状のものがたたずんでいたと言うのです。政田は強い放射線を浴びたガマが液体状になり、他のガマを溶かしてしまう実験を見せ、核実験が液体人間を生み出したのではないかと、富永を説得しますが、ギャング事件で忙しい彼はそれを無視します。そして、千加子の勤めるクラブでギャングの一斉検挙を行った夜、そこに液体人間が現れ、ギャングや刑事、ダンサーを襲い、彼らを溶かしてしまいます。政田の師である真木博士(千田是也)は、第二竜神丸が日本近海から現れたことから、液体化しても人間としての意識が残っているのかもしれないと言います。液体人間の存在は世間の知るところとなり、真木博士の進言により、彼らが出現している一帯を封鎖し、下水と川へガソリンを注いて火をつけて焼き殺す作戦を実施することとなります。その作戦が開始されるころ、千加子は一斉検挙から逃げ延びたギャング(佐藤允)に誘拐されてしまい、政田が後を追いますが、見失ってしまうのでした。

昭和33年という私が生まれる前の映画でして、ちょうど日本の映画観客数がピークだった年に公開されています。「空の大怪獣ラドン」「地球防衛軍」などのSFスペクタクルが当たった東宝が、特撮を使った新しいジャンルを模索した結果作られた映画だそうで、この映画が当たったからでしょうか、変身人間シリーズとして「電送人間」「ガス人間第一号」が作られるきっかけになりました。大部屋俳優だった海上日出男が書いた原作を「空の大怪獣ラドン」「地球防衛軍」の実績のある木村武が脚本化し、「ゴジラ」「地球防衛軍」の本多猪四郎が監督しました。題名の「美女と液体人間」というのは、新東宝の大蔵貢製作の映画タイトルみたいで、かなり際物度が高い気がします。でも、映画の冒頭でキノコ雲が上がり、マグロ漁船遭難の新聞記事が出るあたりで、「ゴジラ」みたいな反核映画なのかなと思わせます。さらにタイトルバックは、夜の海で二隻の船がすれ違うもので、そこへ「美女と液体人間」というタイトルが出ると、「何なんだ、この映画は?」という気分になってきます。さらにバックに流れる佐藤勝によるテーマ曲がやたら元気で明るいマーチ調なのが、画面とのアンマッチがすごいのですよ。反核メッセージと美女に液体人間と夜の海のスリラー風画面に、明るいマーチですからね。ミスマッチの妙ということもできますし、観客の目を惹く要素を何でも盛り込んでやれという、貪欲なサービス精神の現れということもできましょう。冒頭3分だけだと、エロ、グロ、ホラーと反核メッセージという何でもあり映画だなという印象です。

そして、ドラマが始まると富永課長率いる刑事たちがギャングを追う、警察ものになります。行方不明のギャングの情婦として、タイトルトップの白川由美が登場します。きりっとした美人さんで、ギャングの情婦には見えないのは、計算ずくなのか、キャスティングミスなのか。ギャングの情婦のクラブ歌手なのに、清楚でマジメ風ヒロインになっているのが、妙なおかしさがあります。周囲の刑事やギャングや、彼女をギャングのスケ(情婦)として扱うので、そのミスマッチが変なの?って思っていると、液体人間を研究している政田が登場してきまして、学問バカの大学の先生と、ギャングの情婦が純愛路線の恋愛モードになってくるという、またすごい変な感じの展開になってきます。ギャング映画とSF映画を一本の筋にまとめるために、かなり変な展開をする映画ですが、そんな変な話を大真面目に作っちゃうところに、当時の映画界の勢いを感じることができます。今、こんな変な映画を作ったら、ボコボコに叩かれるか黙殺されちゃうか、オタクだけ喜ぶカルト化するかのどれかでしょうけど、これで変身人間の映画がシリーズ化されたのですから、当時の映画界も観客も余裕があったんだなって思います。これ、言い方を変えると、「踊る阿保に見る阿保」ってことになっちゃうのですが、それくらい作れる映画の間口が広くて、観客もその間口の広い映画を楽しめた時代だったと言えるのではないかしら。映画が斜陽化した後の1970年代に、この映画に相当する「吸血鬼ゴケミドロ」とか「海底大戦争」なんて映画も作られているのですが、よくて低予算のカルト映画という扱いしかされていません。「美女と液体人間」は際物、エログロの範疇とは言え、お金もかかってるし、作りもちゃんとしていますから、画面は安っぽくないし、娯楽映画としてもちゃんとまとまっていますもの。

核実験映像を頭に置いて、それと関係ないギャングと警察の闘うお話から、急に液体人間が回想シーンとして割り込んでくるというムチャな展開なんですが、それでも結構面白いと思って観てしまうのは、本多演出のうまさなのかなって気がします。この後、脚本と監督を入れ替えて作られた「電送人間」が映画としての面白さが今一つでしたから、娯楽映画としての立て付けがしっかりしているということになるのではないかしら。

見せ場となる液体人間のシーンは、「ゴジラ」の円谷英二の率いる特殊技術チームが担当しています。液体ガラスと呼ばれる流れるスライム状の材質を傾斜のついたセットに流して、生きているように見せたり、人間のスチルに液体を移動マスクで合成したり、着ぐるみの液体人間を半透明の幽霊のように合成するといった特撮に、溶ける人間をダミーヘッドの特殊メイクで作ったりと、色々な方法で液体人間を表現しています。また、冒頭の二艘の船の遭遇シーンや、下水や川へガソリンを流して火をつけるシーンで、ミニチュアを使っています。今のCGなら、もっとリアルな液体人間を作れるのでしょうが、こういう特撮のアラを観客の想像力で補って楽しむ映画もまた楽しいと思うところあります。それは特撮だとわかるけど、特撮とわかった上で、映画のお約束として受けいれて楽しむという感じは、チャンバラシーンで血しぶきが飛ばないけど、その殺陣の素晴らしさを味わうというのと似ているところがあります。リアルじゃないけど、そこは映画のお約束だから突っ込まずに、特撮技術や殺陣の素晴らしさを楽しむという感じが好きなんですが、今の若い人には伝わりにくいかも。限りなくリアルに近づけるCGが当たり前のご時世では、映画のお約束ってのが過去の文化になっちゃうのかもしれません。



この先は結末に振れますのでご注意ください。



警察は液体人間の潜伏していると思われる一帯を封鎖し、下水道と川にガソリンを流し、火を放ちます。ギャングは、千加子とともに下水道の中を逃げ回るのですが、そこへ現れた液体人間は、ギャングのみを襲って溶かしてしまいます。そこへ、千加子を追って現れた政田が彼女を救出します。追ってきた液体人間は、警官隊の火炎放射器によって焼き払われ、下水道の炎の中にたたずむ液体人間が確認されます。周囲一帯が炎につつまれる中、「原水爆で人間が滅んだ後、地球を支配するのは液体人間かもしれない」というナレーションが流れておしまい。

この映画を観たあと、ネットで検索したのですが、結構、この映画の評価が低いのは意外でした。際物映画ではありますが、そこそこちゃんとできてる映画なんだけどなあ。まあ、反核映画ではないし、エロと呼べるほどのエロティックなシーンもないですし、液体人間に溶かされちゃうシーンももっと見せてもよかったように思うから、グロもほどほどということで、そういう意味では全てにおいて中途半端なのかな。まあ、そこそこの感じが娯楽映画としてのまとまりとして、私は評価しちゃうのですが、そこは好みの問題でしょうね。私は尖った映画より、色々なネタをまろやかにまとめた映画の方が好きなので、この映画、結構評価高いです。でも、そういう自分の偏った好みにマッチした映画ではあるので、人様のオススメできるかというと、そこまではいかないという感じかしら。お好きな方はどうぞ、止まりかな。
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「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」は面白いし泣かせるし、映画としてすごくよくできてる。オススメ度は今年一番かも。


今回は新作の「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」を日比谷のTOHOシネマズシャンテ1で観てきました。TOHOシネマズ日比谷が目と鼻の先にできたのですが、今のところ健在。上映する映画も棲み分けがされているようで、スカラ座やみゆき座をなくしても、ここは残すつもりがあるのか、それとも先が見えてるから変えないのか?

1973年、全米女子テニスチャンピオンのビリー・ジーン(エマ・ストーン)は、次期大会の優勝賞金で男女で8倍の差があることに憤っていました。友人のグラディス(サラ・シルヴァーマン)と共に女子テニス協会を立ち上げるビリーですが、全米テニス協会のトップ、ジャック(ビル・プルマン)は、彼女たちを除名しますが、フィリップモリス社をスポンサーに新たに選手権を立ち上げます。そんなビリーたちの努力で選手権ツアーの観客を集めることに成功します。ビリーには女子テニスの状況に理解のある夫ダニー(オースティン・ストウェル)がいましたが、美容師のマリリン(アンドレア・ライズボロー)と知りあい深い仲になってしまいます。遠征先で、ダニーとマリリンがニアミスしたことから、ビリーは調子を乱し、決勝でライバルのマーガレットに敗れてしまいます。一方、かつての男子テニスのトッププレーヤーだったボビー・リッグス(スティーブ・カレル)は表舞台から遠ざかっていて、もう一花咲かせたいと思っていました。妻のプリシラ(エリザベス・シュー)に経済的に支えられつつ、ギャンブル依存症の治療も受けていた彼は、ビリーに試合を申し込み、男性対女性の構図で世間の注目を集めようとします。彼の意図がわかっていたビリーはそれを断るのですが、マーガレットが試合を受けて、結果惨敗してしまい、テニス界の男性優位の裏付けることになってしまいます。ジーンはボビーに逆に試合を申し込み、全米が注目する中で、男子テニスと女子テニスの雌雄を決する再戦が始まるのでした。

実際にあったテニスの男女マッチをもとに、「フル・モンティ」「スラムドッグ$ミリオネア」のサイモン・ボーフォイが脚本を書き、「リトル・ミス・サンシャイン」「ルビー・スパークス」のヴァレリー・ファリス&ジョナサン・テイトンがメガホンを取りました。1970年代、男女平等が大きな流れになってきていて、ウーマンリブという言葉がまだ現役だったころ、男女で大きな格差のあったテニス界で、その平等を求めたビリー・ジーン・キングの実話に基づいたお話です。テニス界の男女平等を強く訴えて女子テニス協会を立ち上げたビリーと、テニスの男性優位を前面に出して対決を挑んだボビー・リッグスの試合は、男女平等の流れの中で大きな事件だったようなのです。その試合をクライマックスにしながら、この映画では、ビリー、ボビー本人やその周囲の人々を丁寧に描くことで、人間ドラマとして大変、見応えのあるドラマに仕上がっています。ビリーは人妻なのにレズの恋人ができちゃうし、ボビーはテニスプレイヤーとしては実力者だけど、ギャンブル依存の山師という、大変ドラマチックな展開になっていて、彼らを取り巻く様々な人々の想いがラストの試合に集約していくという構成が素晴らしい。ファリスとデイトンの共同演出にもドラマとしての隙がない、見事なドラマでして、泣かせるシーンもありますし、映画としての満足度が大変高い作品になっています。テニスに対して知識も興味もない私でも大いに楽しみ、堪能できました。今のところ、今年のベストワンと言えるのではないかしら。スポーツ根性ドラマでもありますが、夫婦のドラマでもあり、恋愛ドラマの要素もあり、そこに実録社会派の要素も取り込んで、過不足なくまとめているのはお見事です。

1970年代というのは、アメリカでも男女格差があった時代で、テニス大会で、男子の女子の賞金の差が8倍もあったんだそうです。ビリーたち女子選手は観客動員では引けを取らないのに、どうして差があるのかと、全米テニス協会のトップであるジャック・クレイマーに直談判するのですが、男子の方がパワーもスピードも勝るし、男子は家庭も支えているしなどと、うまくはぐらかさられてしまいます。あー、男性優位社会なんだなあ、言い訳するほどボロが出るけど、最終的には「じゃ、そういうことで」で押し切れる時代だったんだというのが伝わってきます。子供の頃、ウーマンリブという言葉を聞いて、単なる流行だと思っていたのですが、それが流行だけに終わらなくて、今の社会へつながっているんだってわかると、現代史の勉強にもなる映画です。もっと前なら、不平等な状態に反旗を翻す女性もいなかったわけですから、その時代の過渡期の中で、頑張る女性の物語ということになりましょう。

一方のボビーは、女性差別主義を振りかざすタイプではないのですが、もう一度世間のスポットライトを浴びたいと思った時に、自分を男性優位の旗頭にして、女子のトップとテニスの試合をするというアイデアを思いつきます。まあ、ボビー本人も男女の間には、越えられない壁があって、55歳の自分でも、女子のトップに負けることはないという自信はありました。ギャンブル依存症のセラピーに通いつつ、奥さんの会社でデスクワークでくすぶっている自分に満たされない日々を送っていた彼が、女子テニスチャンピオンとの試合で再度表舞台に出るということで、周囲が引くくらい張り切っちゃうあたりがおかしくもペーソスを感じさせるところに、ドラマとしての奥行きが出ました。奥さんの方もボビーのことを愛してる一方で、女性に嫌われキャラを喜々として演じてスポットライトをあびるダンナに愛想が尽きてくるというところがリアルでした。そんな彼女がラストでボビーと視線を交わすところにしみじみとした夫婦愛も感じさせて、見応えがありました。また、ボビーのことを尊敬しているけど、やっぱりついてけないなあって距離を置く息子のエピソードにもホロリとさせるところがあり、登場人物の各々にきちんとドラマを感じさせるうまさは演出の采配なのだと思いました。

また、ツアーの最中に、ビリーが美容師のマリリンといい仲になっちゃうというのもどうやら実話らしくて、それまでストレートな人妻だったヒロインが、そっちに一歩踏み出しちゃうのも、このテーマのドラマには出来過ぎな展開だと思いつつ、それを拒絶せず礼賛せずの絶妙のさじ加減で描いた采配に感心しちゃいました。当時としては差別されてたであろうゲイのスポーツウェアデザイナー(アラン・カミンブ)をドラマの中にうまく混ぜ込んだりして、単なる男女差別だけでなく、LGBTまで盛り込むという欲張った構成なんですが、それを全体のドラマの中で突出しない形で見せるセンスに感心。何と言うのかな、色々な要素をてんこ盛りにしているようで、きちんと出るところ引くところをうまく刈り込んだ演出が大変見事だと思いました。植木職人が、枝葉をうまく刈り込んで、植木を芸術の域まで高めているという感じなのですよ。

さらに演技陣の良さも作品に大きく貢献しています。見た目いかにも色気のないアスリート(本人にそっくりだそうですが)を、いつものスターの華を隠して演じ切ったエマ・ストーンがまず素晴らしく。相手役のスティーブ・カレルも単なる三枚目の敵役以上の存在感を見せ、悪役と呼ぶには人間味のあるキャラを熱演しています。そういう意味では、映画の中で悪役を一手に引き受けることになるビル・プルマンも、女性に対する差別感を持つ男以上のキャラを与えられていて、その存在感を見せました。出る映画によって別人に見せるアンドレア・ライズボローがこの映画では、ちょっと尖ったレズビアンの女性をドラマの中で突出しないギリギリのラインで演じ切りました。儲け役とは言え、ビリーの理解ある夫を演じたオースティン・ストウェルも、ビリーとの試合を受けるというビリーとの電話のやり取りで泣かせるところを見せ、その他の登場人物にも丁寧にキャラクターを采配した演出でみんなが引き立つようになっているのは感心。

撮影には時代色を出すためにフィルムを使ったそうで、エンドクレジットでコダック社の名前が出てきます。クライマックスの試合のシーンなどで効果を出しているようで、デジタル処理によるフィルムっぽさというのには限界があるみたいなんです。また、ニコラス・ブリテルが最近の映画には珍しくオーケストラを使った重厚な音楽を鳴らして、ドラマに厚みを与えることに貢献しています。当時の音楽もあちこちに挿入されるのですが、それ以上にダイナミックに鳴らしたブリテルの音楽が印象的でした。ともあれ、映画館で観るにふさわしい満足度の高い映画になってますから、機会があれば鑑賞をオススメしちゃいます。



この先は結末に触れますのでご注意ください。



マーガレットの完敗を見て、何か吹っ切れたビリーは、マリリンとも距離を置き、試合に向けての準備に没頭します。一方のボビーは、メディアサービスをして試合への期待を盛り上げることに専念し、ビタミン剤を特別の調合させたりもするのですが、練習はほとんどしない状況で、彼の息子はそんな父親に若干の不安と失望を感じます。直前までインフルエンザでダウンしていたビリーは、ほとんどメディアへの露出をしないで試合に臨みます。試合の直前、マリリンが駆けつけビリーの髪をセットし、ビリーは試合に臨みます。試合は、最初は余裕を見せていたボビーの実力に本気を出さざるを得なくなりますが、時既に遅く、ほぼ一方的な試合になって、ビリーが勝利を収めるのでした。試合を終えて、一人控室で涙するビリー。一方、控室で落ち込むボビーに奥さんが訪れます。心を落ち着けたボビーがみんなの前に姿を現したところで暗転、後日談の字幕が出てエンドクレジット。

後日談で、その後、ビリーが男女平等の運動家として活躍したこととかが語られます。驚いたのは、あのダンナと離婚していたこと。一方のボビーは奥さんと別れずに添い遂げたそうですから、人生わからないものです。映画としては、まずテニスの男女マッチをクライマックスに置いたことで、スポーツ映画としての骨格ができて、そこへ男女差別やら、夫婦愛やら、同性愛といった枝葉を過不足なく盛り込んで、最後にきれいに刈り込んで、娯楽映画としても社会派映画としてもバランスのとれた映画に仕上げたという感じでしょうか。笑いあり、泣かせどころもたっぷりで、ドラマとしての奥行きもあり、映画としての満足度が高かったです。
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einhorn2233

Author:einhorn2233
Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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