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「スカイスクレイパー」はドウェイン・ジョンソンだからこその面白さで映画としてうまい。


今回は新作の「スカイスクレイパー」を川崎の川崎チネチッタ12で観てきました。ここは、ライブサウンドという低音増強の仕掛けが入っています。スクリーン前にスピーカーが増設されていまして、スクリーン8のライブザウンドほどの派手な音ではありませんが、こういうサービスはうれしいです。

かつてFBIの特殊部隊だったウィルは作戦中に片足を失いますが、それが縁で看護師のサラ(ネーヴ・キャンベル)と知りあって結婚、双子の子供にも恵まれて、今は危機管理のコンサルをしています。今回、ウィルは、香港にある世界最大のビル「ザ・パール」の保安監査という大仕事で、家族と一緒に香港に来ています。オーナーの大富豪シャオ(チン・ハン)から、保安システムアクセスのためのiPADを受け取り、仕事を紹介してくれたかつての同僚ベン(パブロ・シュレイバー)と外部の管制室へ向かいますが、その途中でiPADを奪われそうになり、さらにベンが彼に銃口を向けてきます。一方のビルには謎の男たちが地下室の壁を破って侵入。まだオープンしておらず、ウィルの一家しかいない居住区である、96階に火を放ちます。一方、ベンを倒したウィルの前に武装したシア(ハンナ・クインリヴァン)たちに襲われ、iPADを奪われてしまいます。シア一味は、制御室を襲撃し、奪ったiPADを使って保安システムに侵入して、防火システムを止めて、さらに空調システムを操作して火勢を煽ります。火災に気付いたサラは子供たちを連れて逃げ出そうとしますが、階下からの炎に上へ逃げるしかありません。警察に追われることになってしまったウィルは、何とかビルに入り込もうということで、隣の建築中のビルから、燃える「ザ・パール」は入り込もうとします。最上階にいたシャオたちは、ヘリで脱出しようとするのですが、そこにはビルに火を放った連中が待ち構えているのでした。

燃え盛る240階建てのビルでのサバイバルアクションを描いた映画です。香港が舞台ということで、中国資本が入っているのでしょうが、プロデューサーに中国人はいないようです。快作コメディ「ドッジボール」「なんちゃって家族」を監督したローソン・マーシャル・サーバーが、脚本を書き、メガホンも取りました。コメディ2作では、職人芸プラス変なセンスのおかしさを感じさせたサーバーですが、この映画では、荒唐無稽な設定をシリアスなアクション映画にまとめて、職人芸のうまさを見せています。

ドウェイン・ジョンソン主演の映画は「スコーピオン・キング」「ウィッチ・マウンテン」「カリフォルニア・ダウン」くらいしか観ていないのですが、人間味があって頼もしいヒーローを演じるといい感じの俳優さんだと思ってます。ムチャはするけど、バイオレンス上等ではないキャラというのが、子供向け映画に出ても安心して見ていられるところがあります。この映画でも、家族思いの良きダンナ、良きパパという設定がすんなり入ってきて、その家族のためにムチャやるところが、笑い半分、応援半分の気分で観られるところが、娯楽映画としての点数を上げています。設定からすると、「タワーリング・インフェルノ」と「ダイ・ハード」を足したような映画なんですが、「ダイ・ハード」部分も主人公のキャラのおかげで「ダイ・ハード」ほど殺伐としないのはうまいと思いました。また、燃えるビル相手の主人公のアクションで、その荒唐無稽な見せ場を、ドウェイン・ジョンソンのキャラで納得させてしまうというところも見事でした。さらに、実在しないビルを様々な角度から移動ショットで見せる映画なので、CGをフル回転させている映画なのですが、CGっぽさを感じさせない演出と撮影で、ドラマを盛り上げていまして、業火に追われる主人公たちに感情移入できてしまいました。主人公がムチャするという突っ込みどころはあるのですが、それをジョンソンのキャラで納得しちゃうと、ドキドキハラハラの連続から、最後にはきちんとカタルシスのある、王道の娯楽アクションに仕上がっています。私はこの映画かなり楽しみましたが、それは演出と撮影のうまさが大きく貢献していると思います。

舞台となるビル「ザ・パール」は、高さ900メートル以上もある220階建ての世界一の高層ビルです。保安設備も万全で、ウィルもその確認のために呼ばれています。ところがそのセキュリティを、悪者たちが割と簡単に破ってしまうのですね。保安システムに入り込むのは難しかったので、ウィルのiPADを奪おうとしたんですが、それ以外のところは荒っぽいやり方で、96階に火を放ち、制御室を占拠しちゃうのですよ。そのあたりをリアルにやると、真似されて、実際のセキュリティがやばいことになるから、まあ大雑把に見せざるを得ないところですが、そこから先は、主人公も悪者たちもかなり出たとこ勝負のノープランで、特にウィルはムチャするんですよ。燃え盛るビルに隣のビルから飛び込もうとするのですが、それをテレビカメラが追いかけていて、下の野次馬も含めてみんな固唾を飲んで見守っています。警察に追われているウィルの行動を訝しむ警察のウー隊長(バイロン・マン)たちが、段々と彼に肩入れしていくところがおかしく、段々と彼がヒーローになっていくところをコミカルに見せる演出は成功しています。とにかく、世界一のビルが燃えていて、そこで男が何かすごいことをしているということが、世界中に実況されているのです。しかし、事件の全貌は外部の人間にはほとんどわかりません。警察も、ウィルの妻子がビルの中にいることを知り、彼が家族を救おうとしているらしいことはわかるのですが、そもそもこの火災の原因が人為的なものらしいので、保安システムにくわしいウィルが一番疑われちゃっているのです。一方、ビルに入り込んだ男たちのトップのコレス・ボタ(ローランド・ムーラー)はシャオの知りあいらしく、シャオの持つお宝が目的のようなのでした。

演技陣では、私にとってはしばらくぶりのネーヴ・キャンベルが昔よりきれいになって登場したのがちょっとびっくりでした。彼女をスクリーンで観たのは「バレエ・カンパニー」が最後だったのですが、ケバいキャラから、お母さん役が似合うようになったんだなあって感心。でも、結構強くて、2度も格闘シーンがあるのはなかなかすごい。また、「アトミック・ブロンド」のローランド・ムーラーは悪の元締めとしては、徹底した悪党っぽさが足らなくて、ウィルと対峙しても勝てそうな気がしないのは、まあ仕方ないのかな。ドウェイン・ジョンソンとタメを張る悪党にするには、無茶苦茶強いワルにしないといけなくて、ドラマの中で浮いちゃいそうですもの。また、「沈黙の聖戦」で、スティーブン・セガールの相棒刑事だったバイロン・マンが、隊長に昇格して、ドウェイン・ジョンソンの影の相棒的なポジションになるのがおかしかったです。ロバート・エルスウィットの撮影は、CGとの合成カットをリアルに作り、実際の炎のエフェクトと、CGの炎に違いが出ない絵をコントロールしていて見事でした。(これは、撮影監督の仕事なのか、視覚効果スーパバイザの仕事なのか、素人の私には判断しかねるのですが。)



この先は結末に触れますのでご注意ください。



ウィルは隣のビルから燃え盛る「ザ・パール」に飛び移るのに成功します。一方、コレス・ボタはシャオのお宝を奪おうとするのですが、最上階の保安システムが独立した部屋に逃げ込まれ、システムに詳しいウィルを捕まえて、ドアを開けさせようとします。炎に追われバラバラになったサラと子供たちですが、ウィルは、息子とサラに合流することに成功、二人を動作を停止しているエレベータに入れ、ケーブルを切ります。落下するエレベータで電磁ブレーキをかけることで、無事に下に降りることに成功するサラたち。一方、娘がコレス・ボタに人質に取られてしまい、シャオの部屋を開けざるえなくなるウィル。別の制御盤を操作することで、シャオの部屋へ入ることができたウィルは、シャオがコレス・ボタのマネーロンダリングの全ルートを押さえていて、その情報が狙われていることを知ります。ウィルはその情報のファイルをシャオから受け取り、娘を人質に取ったコレス・ボタのところに向かいます。シャオのトリッキーな動きからビルの最上階の球体の中で銃撃戦になります。そこは多数の映像パネルが張り巡らされた鏡の間のようになっており、虚像と実像の交錯する中での銃撃戦の結果、ウィルはコレス・ボタを仕留めることに成功します。しかし、火勢は最上階まで来ています。一方、地上では、サラの指摘から、コレス・ボタがパラシュートで脱出しようとしていることが判明、その着地地点へ向かうと、そこにはシアたちが待機しており、警官隊と銃撃戦に。その結果、シアの持っていたiPADを取り返したサラが保安システムを再起動させ、消火装置を作動させることで鎮火に成功。そして、家族と抱き合うウィル、で、めでたしめでたし。

最後は火に追われたウィルと娘が死を覚悟したところで、妻のサラが保安システムを再起動させて、彼らの命を救います。家族の絆のお話に落とすところは、「なんちゃって家族」につながるところがあるなあって気づいてみると、この映画の構成が「なんちゃった家族」とつながるところあるんですよ。なるほど、家族がまとまる映画というところでは、同じラインなんだなあって。

ともかくも、派手なアクションとか殺人シーンもあるんですが、家族が力を合わせて困難に立ち向かう映画として、面白くできていて、ホロリとさせるところもあります。ただ、その家長がドウェイン・ジョンソンなので、やることが桁外れなのが、おかしくて、でも、応援したくなるというところがうまい映画でした。派手なCGに登場人物が負けない絵を作ったロバート・エルスウィトの仕事がこの映画を大きく支えています。
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「スティール・サンダー」を観て、低予算B級アクションファンとして何かしみじみ。


今回は新作の「スティール・サンダー」を大森のキネカ大森3で観てきました。座席数40の小さな映画館なんですが、こんな映画に意外とお客さんが入っていてびっくり。さらに、エンドクレジットが終わるまで誰も席を立たないのにさらにびっくり。きっと、ここは常連さんがたくさんいるんだろうなあ。

独房の中で目を覚ましたウィーラー(ジャン・クロード・ヴァン・ダム)は、隣の房のマルコ(ドルフ・ラングレン)から、そこが潜水艦の中にあるアメリカの秘密収容所だと教えられます。もともとウィーラーは、CIAの極秘情報の流出を追っていた諜報員だったのですが、その取引相手のメリッサ(コートニー・B・ターク)と一夜を共にした翌朝、武装集団に襲われメリッサは殺され、ウィーラーは薬を注射されて拉致されたのでした。彼を拉致したフェリス(パトリック・キルパトリック)は、彼が極秘情報を入手して第三国に売ろうとしているとし、情報をメリッサから確保したもののそれを解読する鍵を持っているウィーラーを尋問しようとし、そこにCIAのローズ(アル・サピエンザ)も乗り込んできます。潜水艦は元米軍のもので操縦室は元軍人が指揮していて、収容所部分がフェリスの指揮下に置かれているというものでした。乗務員として乗り込んでいたキャシー(ジャスミン・ワルツ)は、かつての教官であったウィーラーが監禁されているのに驚きます。フェリスはウィーラーを拷問して尋問しようとするのですがうまくいかず、ローズに説得させようとするのですが、ローズとその部下が発砲して、フェリスとその部下は死亡、収容所の看守たちもローズに買収されてしまいます。しかし、そのゴタゴタの隙をついて、ウィーラーは部屋を脱出して、潜水艦の中に身を隠します。その時、道連れにしたキャシーを仲間にして、外部との通信を図ろうとしますが、ローズたちは、ウィーラーを追い詰めていきます。

ジャン・クロード・ヴァン・ダム主演のB級アクション映画の一編です。一時期、ブルガリアで撮影される映画に出てばかりいて、「その男ヴァン・ダム」でそのことをグチっていたヴァン・ダムですが、この映画はスタッフの名前を見る限りはブルガリア製ではなさそう。だからと言って、予算が増えたとか、出来栄えが1ランク上がったのかというとそういうわけではなく、B級というよりは、C級という感じでしょうか。まあ、こんな映画を映画館で観たということを自慢したくなる映画という感じでしょうか。ちょっと昔なら、銀座シネパトスや新宿トーア、新宿東映パラス3あたりで公開されてたB級アクション映画、もっと遡れば、丸の内東宝や江東リッツなんかで公開されてたんでしょうけど、最近のシネコンでは、こういうB級アクションはなかなか公開されなくなっちゃったのは残念な限りです。タイラー・W・コニー、リチャード・スワイツァー、チャド・ロウによる原案を、ロウが脚本化し、撮影監督出の実績があるパシャ・パトリキが初メガホンを取りました。

舞台が潜水艦なので、いわゆる潜水艦映画のジャンルに入るのかなと思うと、「眼下の敵」「レッドオクトーバーを追え」なんかとは比較するのも気の毒な低予算映画でして、潜水艦という設定は、舞台を密室空間にするためだけに使われていまして、潜水艦同士のバトルといったものは一切ありません。映画の冒頭には、派手な銃撃戦があったりもするのですが、それもさっくりと終わって、舞台が潜水艦の狭い空間の中に移ると、映画は大きな盛り上がりもなく、淡々と展開していきます。アクションシーンもカット割りが細かすぎて、とてもアクション俳優の映画とは思えないですし、狭い空間では銃撃戦もあまり成立しないので、かなりこじんまりとした映画になっているのは、もともと大きな期待をしていなかったので、まあ、こんなもんかという感じでした。派手なアクションができないのなら、主人公と敵方との知的な駆け引きとかで盛り上げて欲しいところですが、それもほぼなし。パトリキの演出は、お話を破綻させなかったのが上出来というくらいのレベルなので、まあ、のんびりと眺める映画に仕上がっています。映画館だから付き合えるけど、DVDになったのを家のテレビで観るには退屈と言ったらひどい言いぐさかしら。こういう映画を楽しむためには、座席数40でも、映画館が必要なんだなあって改めて感じました。

ヒロインもB級感漂いますし、ジャン・クロード・ヴァン・ダムもアクション俳優というより、伝説の人みたいになっちゃってるので、彼やドルフ・ラングレンを知らない今時の人が観たら、「何で、このおっさんたちがヒーローなの?」って思っちゃうのではないかしら。晩年のブロンソン映画よりも、現役感がなくなっちゃってるように思えたのは、映画館で観る機会が少なすぎるからかなあ。ジャン・クロード・ヴァン・ダムのB級アクションでもリンゴ・ラム監督と組んだ「レプリカント」とか「ヘル」とか結構面白かったんだけどなあ。同じくB級アクションスターでもスティーブン・セガールの映画の方がクオリティは低くても安心して観てられるんですが、この映画はどっか落ち着きがないというか不安定なんですよ。ヴァン・ダムが無敵ヒーローじゃないのに、それほどピンチにもならないってところとか、悪役が突き抜けたワルじゃないってところとか、狭苦しい潜水艦の中で普通にアクションしちゃってるとか、全体にこじんまりしすぎて、突出したところがないってところが弱いのかも。

それなりに期待させて登場する謎の男、ドルフ・ラングレンもこれといった見せ場なくって、せっかくの不敵キャラを生かしきれないのは、何か気の毒でした。もっとサービス精神で見せ場を作ってくれよという気がするのですが、それはご予算の関係で許してもらえなかったみたいで、ラストの処理のあっけなさも含めて、うーん、こんな感じかあ、まあ、こういう映画を映画館で観れただけ、まあいいかって感じの後味になっちゃいました。一応、極限状況の主人公を描く、サスペンスアクションを目指したらしいことはわかるのですが、それを作る力量不足で、スター映画ということで不足分を補おうとしたけど、それでもまだ足りなかったという感じかしら。でも、こういう映画って、最近、劇場公開されることがないので、若い人には意外と新鮮に映るかもしれないですから、機会があったら、ご覧になってみてください。観た結果のクレームは受け付けますです。



この先は結末に振れますのでご注意ください。



ウィーラーは援軍として、マルコを房から出します。彼はドイツの特殊部隊の人間で、何だか知り過ぎた事情から閉じ込められていたようです。ウィーラーは、タンクのバルブを緩めて、司令室の人間が修理に来させ、その隙に司令室側に入り込むのですが、ローズもそこに乗り込んでいて、艦長は両者の言い分の違いに躊躇していると、ローズが銃をつきつけて潜水艦を接岸させようとします。そこへ、死んだ筈のメリッサが現れ、彼女もローズの一味だったことが判明。そこで銃撃戦になって、艦長や乗組員も死亡し、ウィーラーも撃たれますが、最後にはローズを射殺するものの、メリッサは艦から姿を消します。そして、キャシーは諜報員としてウィーラーと組んで情報流出の一件を追うことになります。また、メリッサと同じく艦から姿を消していたマルコは、逃亡して姿を隠していたメリッサに銃弾を撃ち込み、「借りは返した」とウィーラーに電話してきます。ウィーラーとキャシーのツーショットから暗転、エンドクレジット。

クライマックスは、青空の下にボートチェイスとか集団格闘といった見せ場を期待させる展開になるのですが、結局、潜水艦の司令室内の銃撃戦で終わっちゃうのは、かなり肩透かし感がありまして、ああ、お金のない映画なんだなあってしみじみ。昔のB級アクションものだと、田舎道のカーチェイスとかショットガンの銃撃戦をクライマックスに持ってきたりしていたのですが、そういうのどかな田舎アクションは作られなくなってしまって、それなりにハイテク風ドラマを低予算で作るもので、なかなか見せ場を作りにくくなっちゃったのかもしれません。そういうB級アクションの時代の流れを感じることもできる映画ですから、70年代くらいから映画を観ている方には、B級アクションもこんな感じになっちゃったというサンプルの意味でオススメしちゃいます。この主役二人は、25年前に「ユニバーサル・ソルジャー」というSFアクションもので共演しています。あの頃は、SFXを多用したアクション映画がたくさん公開されていまして、それなりの予算をかけたものが作られていたなあなんてのも思い出しちゃいました。ヴァン・ダムも「タイム・コップ」「サドン・デス」といった、スタローンやシュワちゃんのちょい下クラスの映画に出ていたんだよなあ。

というわけで何年も映画を観てきた方には、色々としみじみできる映画としてオススメしますが、「ジャン・クロード・ヴァン・ダム? 誰それ?」という若い方には、単品映画として楽しむにはしんどいところもあるので、オススメできないです。でも、このジャンルのスター俳優によるB級アクションは亡くなって欲しくないんですよね。最近ですと、そういうB級アクションスターとしてニコラス・ケイジが頑張っているので、彼が動けるうちに後継者が出てきてくれるといいなって思います。

「天皇と軍隊」は左右の立場を問わずオススメできる戦後の歴史の解説ドキュメタリー


今回は、2009年のフランス映画「天皇と軍隊」(日本封切 2015年)を横浜シネマリンで観てきました。マニアックなラインナップを組む映画館です。かつて、色々なドキュメンタリー映画を横浜シネマジャック&ベティで観てきましたが、最近は、ドキュメンタリーはこちらで上映されることが多いようで、そのあたりに番組の棲み分けというか劇場の色分けがされているみたい。劇場のカラーなんて、死語だと思っていたけど、横浜市の一角にはまだそれが残っているみたいです。

映画は終戦の時から始まります。アメリカ本国から、日本の統治を任されたマッカーサーに本国から与えられた指示はかなり曖昧なものでした。その曖昧さは柔軟さにもつながり、マッカーサーは日本政府を脅しながらも、彼の意思も交えてフレキシブルな対応をしていくことになります。中でも、彼は天皇を日本統治の重要なコマとして重用し、天皇も天皇制が維持されることで、彼に協力することになります。そして、マッカーサーは天皇の神格化をやめさせるとともに、戦争犯罪人として天皇を訴追しないようにし、東京裁判でも天皇の戦争責任が問われないように図ります。そして、天皇の言葉により、軍人たちは素直に武装解除し、国民も進駐軍に対する敵対活動は起こさず、大きな衝突もなく、日本の戦後処理は粛々と行われたのでした。新憲法も日本政府案に納得しないGHQは、若い将校や女性などを集めて、アメリカ人が憲法の草案を作成し、最終的にそれをベースにした憲法が議会で可決されることになります。ここで、象徴天皇、戦争の放棄、政教分離が明文化され、戦前の日本を軍国主義へ進めた要因を刈り取ります。ところが、朝鮮戦争の勃発により、日本への風向きが変わってきます。在日米軍が朝鮮に送られると、国内に日本人による警察予備隊と海上保安隊の立ち上げをマッカーサーは要求してきます。しかし、これはできたばかりの憲法の第9条に抵触することでもありました。

終戦から日本の戦後を整理して描いたドキュメンタリーです。パリに住み、欧州のテレビ向けドキュメンタリーを数多く手がけてきた渡辺謙一が監督していますが、スタッフはフランス人で、ナレーションもフランス語で日本人の話す言葉にはフランス語の字幕が出ます。監督が、日本の戦後の状況を、欧州の人にもわかる形で描いたドキュメンタリーということができます。監督の視点が日本人と距離を置いているので、言ってることにイデオロギーのバイアスがあまりかかっていない点が好感が持てました。言ってることが正しいかどうかは置いといて、初めて聞く人にもわかるように伝えようという語り口は、池上彰のテレビ番組と似たものがあります。核心には近づくけど直接手を突っ込んで感想を述べることは避けるという見せ方も、池上さんと似たところがあり、この映画は、右翼、リベラルの言い分を並列に並べて見せることで、観客に考える機会を与えようとしているのがなかなか面白いところです。そういう視点で、日本を語るというのは、外国で作る映画だからということもありましょうが、当事者感の出さないで、日本の戦後を描くドキュメンタリーというのは結構新鮮でした。そんな中で、今まで自分が気づいていなかった点が提示されるので、勉強になるし、面白い映画でした。誰が戦争で辛い思いをしたとか、原爆でこんな人生を送ったとか、そういう個人の視点は一切排して、マクロな視点で日本の戦後を眺めてみると、普段気づかないことが見えてくるのですよ。

まず、日本は全ての戦前を捨て去って、新しい戦後の日本をやり直したというのが、国民的な共通認識だと思っていたのですが、戦争責任者である天皇は責任を問われず、さらに戦前と同じ天皇が戦後もずっとその地位にとどまったというのは、かなり意外なことなんだということ。確かに、戦争に対して天皇が発言権を持ってなかったというのは、歴史の番組とかで語られるのですが、最終的なポツダム宣言受諾でご聖断をあおいでいるところからすれば、もっと前から、ご聖断で戦争の泥沼化を防いで、多くの命を救えたのではないかという突っ込みが入ってもおかしくないと思います。戦線拡大中は文句ないから沈黙の合意ではないかという突っ込みがあってもいいのでは? この映画に登場する神道家が「日本人には法律をいった政治システムを越えた天皇という存在と共存する」みたいな発言をするのですが、そういう人には、天皇の戦争責任を問うという行為自体が不遜で不敬なものになっちゃうのでしょうね。でも、外から見た日本の奇妙な点の一つみたいなんです。そして、戦前戦後を同じ天皇が即位し続けたということは、終戦で大転換があったというのは怪しいんじゃないのという突っ込みにも一理あるなという気がします。

また、マッカーサーが天皇に敬意をもって接したことを、昭和天皇ってこんな素晴らしいお人柄なんだよというエピソードで語られることが多いのですが、この映画では、両者の利益が一致したから、良好な関係が築けたという見せ方をしています。マッカーサーにとって、天皇は日本統治のために大変役に立つコマであり、そのコマを最大限に活用したし、天皇にとっても天皇制維持を支持してくれるマッカーサーがありがたい存在だったという見せ方は日本国内では絶対しないだけに、なるほどねえ、そういう見方もありだなあと感心しちゃいました。そこに感心できたのは、この映画が正しいとか間違っているという捉え方をせず、全てを力関係の中に位置付けているからでして、リベラルの言うことももっともだと思う一方で、右翼の言う事にも一理ある。後は、同じ思いを持つ人間を増やせば、それはマジョリティとなり、賛同する人が少なければマイノリティとなり、最終的にその意見はタブーとなって口にもしづらくなっちゃうというパワープレイなんだと、気づかされました。昔は、憲法改正はタブー扱いだったのが、今は誰でも話題にすることができます。昔は、平和主義とか平和という言葉を平気で使えたのに、今は使いづらい雰囲気になっちゃっています。そんな時代の流れの中で、過去の評価が変わっていくというのはよくあることだと思います。ただ、時代の空気に流されてしまうのも何だかなあと思う方には、この映画は一見をオススメします。右の人にも左の人にも言いにくいこと、そこを突かれると痛いところをちゃんと語っています。その上で、自分の共感できる方を選択することができます。

他にも、軍隊のあり方として、戦争をする軍隊、自衛する軍隊、国際貢献する軍隊という3つの顔を並べて論じるべきだというところも発見でした。単に、軍隊の存在にNOかYESかでは、議論できる時代ではないということなんですって。なるほど、憲法9条も言葉を補うという選択肢は必要なのかなあ。と、納得しつつも、私は、憲法9条を変えない方がいいと思っている一人です。私の観点は平和憲法かどうかってところではなく、過去の歴史を振り返れば、憲法9条変えない方がいいんじゃね、だって、今の憲法があるのに、自衛隊作ってここまで人も武器も増やしてきたわけでしょ? 政府は政策の前では憲法だって目一杯拡大解釈するんだから、ここで憲法で自衛隊を認めたら、もっと先のことまでやるのは目に見えてると思ってます。徴兵制まではすぐにやらないにしても、憲法が認めた自衛隊にもっとお金をかけるし、海外派兵もためらわないし、海外駐留軍だってやりかねない。だって、今の憲法で、ここまで自衛隊を大きくしたんだもん。これをゆるめたら、その先まで突っ走るのは容易に想像つくのではないかしら。政府の暴走の歯止めとしての憲法9条は大事だと思うわけです。80年前と日本人の性根が大きく変わってるとは思えないので、世界的な危機感をあおって、民俗的優越感を鼓舞すれば、戦前と同じメンタリティに簡単にはまっちゃうような気がしてまして、そういう気分の盛り上げの歯止めとして、今の憲法は大事にしておくべきではないかなあ。アメリカに押し付けられた憲法だから、日本独自の日本人のための憲法をなんて言いだしたら、変な気分で暴走しちゃうような気がします。日本人はそういう調子に乗る国民性だというのは歴史が語ってますしね。

後、日本国内では、戦争の被害者の側面だけがクローズアップされているけど、最近になって加害者としての日本というものが語られるようになってきたというサンプルとして、韓国の従軍慰安婦問題が取り上げられています。2009年という時期では、従軍慰安婦報道に虚偽のものもあったという朝日新聞の訂正もなかったころなので、日本国の犠牲者という見せ方になっていますが、結局、この従軍慰安婦問題に色々とウソが仕込まれていたことが判明して、日本人にとって戦争加害者という反省が逆に薄れてしまっているのが現状ではないかしら。実際のところ、中国や東南アジアで色々やってるのではないかという気もするのですが、旧日本軍兵士があまり大陸での蛮行を語らないこともあり、加害者としての日本というのは、最近の「日本バンザイ」「日本人偉い」の風潮の中で、だんだんとなかったことになりつつあります。これは怖いことだと思うのですが、語られない歴史を文字や映像に残すのは難しいようです。

映画の中では、右の人も左の人も、日本の戦後っていびつだって言う点では一致しているんですよ。色々なものを曖昧なまま白黒つけずにしちゃったものだから、右の人から見ても、左の人から見ても、何だかおかしいぞという感じ。そんな日本の戦後を象徴するのが、昭和天皇の存在(そのありよう)なのだという見せ方をして映画は終わります。私は昭和天皇に恨みもないですし、気の毒な時代を生きた人だとは思うのですが、その一方で、戦前戦後を同じ天皇が務めたということで、いかに人間宣言があったにせよ、戦前の国家神道は日本人の心に生き残り、そこに戦争の被害者意識が加わったことで、戦前を真面目に反省しないで、民主主義の上澄みだけ掬い取って、民主国家のような顔をしているのかもしれないと感じました。なぜ、そう思うかというと、戦前と戦後のメディアの振れ幅があまりに大きくて、普通の人間ではマジメに対処できなかったのではないのかなって気がするからです。ともあれ、色々と考えさせられるところの多い映画でして、右の方にも左の方にも何かを感じ取ってもらえる映画ではないかしら。オススメです。
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einhorn2233

Author:einhorn2233
Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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