FC2ブログ

「ブラック・クランズマン」は娯楽映画の上にストレートなメッセージを盛りつけて見応えあります。


今回は新作の「ブラック・クランズマン」を川崎のTOHOシネマズ川崎7で観てきました。ウィークデーの最終回としては結構お客さんが入っていました。

1970年代、アメリカのコロラド州コロラド・スプリングスで、人種を問わない警官募集に応募して、初めての黒人警官となったロン(ジョン・デヴィッド・ワシントン)は、資料室勤務が不満で潜入捜査官を希望したら、黒人活動家の演説会に潜入する仕事を仰せつかり、学生活動家のパトリス(ローラ・ハリアー)と仲良くなります。その後、配属された情報課で、彼は何とKKK(クー・クルックス・クラン)の募集広告に電話して、白人のふりをして、潜入捜査をすることになります。電話ではOKでも直接会いにはいけないので、実際に会いにいくときはユダヤ人の警官フリップ(アダム・ドライバー)がロンのふりをすることになり、二人一役で黒人(後ユダヤ人も)差別主義者を演じて、KKKの支部に入り込むことに成功します。彼らの口ぶりからすると、どうもKKKが近々何かすやらかそうとしているみたい。一方、ロンが会員証の件で本部に電話したらKKKのトップであるデューク(トファー・グレイス)につながり、さらに信用を得ることになります。そして、黒人の集会の日、一方ではKKKの支部でも、デュークを招いての集会が行われていました。KKKの連中は何かやらかそうとしているようです。でも、ロンは上司の指名でデュークのボディガードをすることになっちゃいます。KKKの集会で浮いているロン、しかし、そこに不穏な動きが....?

「ジャングル・フィーバー」「マルコムX」「セントアンナの奇跡」などで知られるスパイク・リーが、実在した黒人警官の実録本をもとに、脚色し、メガホンを取りました。アカデミー賞の作品賞、監督賞、作曲賞などにノミネートされ、脚色賞を受賞しました。作品賞を「グリーン・ブック」がかっさらったので、リー監督が機嫌悪くなったというエピソードが報道されたりしています。「グリーン・ブック」と同じ黒人差別を扱った映画ではあるんですが、向こうがいい話のロードムービーなのに対し、こちらはかなり悪意のある実話ベースのコメディということができるのかな。でも、映画のオープニングは「風と共に去りぬ」の南軍のシーン、その後、差別主義者の何とかという教授(演じるのはアレク・ボールドウィン)が白人優位を訴えるシーンにつながります。本筋に入る前に、アメリカ南部の黒人差別って根が深いんだぜというところを見せるという、結構マジメな作りなのですよ。黒人警官が白人警官とのコンビで差別主義者を演じてKKKに潜入捜査をするってところはかなり笑える設定で、その展開はコミカルなんですが、映画が黒人の集会とKKKの集会をカットバックで描くシーンになると、突然トーンがシリアスになります。狂気のKKKと虐げられた黒人の歴史を語る様の両方をマジに盛り上げるのですよ。あらすじを追う部分は、笑いも入れてテンポよく展開する娯楽映画。でも、KKKと黒人を描く部分はマジシリアスという何と言うか映画の中であちこちの温度差が大きい映画に仕上がっています。

コメディかシリアスかと問われるとどちらかというとシリアスが上かもしれません。また、作り手のスタンスは極めて明快に黒人側に立っており、KKKはどこかが狂った人間という描き方になっていまして、集会で、KKKのメンバーが「國民の創生」を声援を上げて鑑賞するというシーンはどう見ても正気の沙汰ではない見せ方になっています。一方の黒人の描き方は、単なる被害者というステレオタイプでない奥行きを持った人間としてのキャラを与えられています。学生活動家のパトリスは警官は全部敵だという認識で、黒人警官であるロンと一線を越えることができません。一方で、ロンは警察署内の差別発言に耐えつつKKKをはめてやろうと画策し、それに協力する白人警官の姿もきちんと描かれます。中立なおまわりさんとしては、黒人活動家もKKKも度を過ぎた行動をされるのは困る。一応建前としては、黒人だろうが白人だろうユダヤ人だろうが市民なら守らなきゃいけない立場を全うしようとします。黒人を差別する酷い警官も登場しますが、それが警官の大多数だという描き方にはなってはいませんが、一方で、そういう困った同僚をなかなか告発するのも難しいという組織のよくあるパターンを見せます。日本だって、問題のある教師や公務員を内部から告発してやめさせるとかはできないので、転勤とかでお茶を濁したりしてますから、どこの国でも似たようなものです。

KKKは黒人差別だけでなく、他の有色人種やユダヤ人とか、自分たち以外は見下していて、特に台頭してきている黒人に対しては攻撃的になっています。そのメンバーには退役軍人どころか現役軍人も入っているのですって、白装束で集まって十字架を燃やしたりするくらいならまだしも、黒人の集会へテロ行為を仕掛けようとします。KKKメンバの奥方がやっぱり差別意識がすごくて、黒人を殺すことを悲願の達成と言っちゃうかなり狂ったキャラ。KKK側の人間の狂った顔しか見せないので、彼らが善意の市民の顔をもっているところを描かないのが面白いところです。映画の攻撃の的として描くためにそういう見せ方をしているということになるのですが、彼らの善意の市民としての顔を描いて、人間の業の深さを見せる深い映画にすることもできたでしょう。でも、そこまで人間の根源的なところまで踏み込むと、今そこにある黒人差別というテーマがぼけちゃうから、奥行きを感じさせないわかりやすい悪役にしているのだと思いました。映画の立ち位置が明快で伝えたメッセージがストレートに届く映画として、この映画、オススメできます。今だからこそ作らなきゃという気持ちが伝わってくるだけに、今が歴史的に前に進むのか逆コースへ行くのか分岐点にあると感じさせる、ある意味、怖い映画でもあります。

スパイク・リーの演出は面白おかしくテンポよくドラマを進め、シリアスなメッセージも重くなりすぎないようにきちんと娯楽映画の体でまとめることに成功しています。結末も痛快な後味を残す一方で、エピローグで最近の人種差別主義者のヘイト集会やデモなどの映像を見せ、大統領でさえその連中に与している事実で、観客をマジでビビらせる結末になっています。テレンス・ブランチャードの音楽が、メインとなるモチーフのバリエーションでドラマの要所要所を支えるという、20世紀の映画音楽の作りになっているのが、個人的にうれしかったです。クライマックスの盛り上げなど見事でしたもの。サントラ盤をゲットしてしようとしたら、ダウンロード版しかなかったのは残念でしたけど、とりあえずゲットしちゃいました。久々の映画音楽らしい映画音楽なんですよ。そういうのが古い人間なのかもしれませんけど。



この先は結末に触れますのでご注意ください。



KKKの儀式が済んで女性も交えた食事会となりますが、その中過激メンバーのフェリックス(ヤスペル・ペーコネン)と奥さんのコニー(アシュリー・アトキンソン)が不穏な目配せをして、コニーが包みを持って姿を消します。それに気づいたロンは、彼女の乗った車を通報してマークさせます。コニーは黒人集会の場所に爆弾を仕掛けようとしますが、警官が動員されていることで断念、プランBとして学生活動家のリーダー、パトリスの家にその爆弾を仕掛けようとします。ロンは、彼女の家へ向かい、コニーを見つけて、彼女を取り押さえようとします。一方、起爆スイッチを持ったフェリックスたちの車もコニーの家へ向かいます。ロンとコニーがもみあいになっていると、そこへパトカーが到着するのですが、逆にロンを取り押さえてしまいます。そこへフェリックスたちの車が到着、ロンはパトリスに逃げろと叫ぶのですが、フェリックスは起爆スイッチを入れます。すると、コニーの車が傍にいたフェリックスの車もろとも大爆発。コニーは爆弾をパトリスの家に仕掛けかねていたところをロンに発見されたので、爆弾は彼女の車にまだあったのでした。そして、ロンとパトリスが飲んでいるところに黒人差別の警官が絡んでくるのですが、周囲で待機していた警官に逮捕されてしまいます。ロンはKKKのデュークに電話して、実は黒人だよーんってネタばらしして、みんなで大笑い。一方、ロンがパトリスと一緒に家にくつろいでいると、ドアの方から不審な音が聞こえてきて、二人が銃を構えてドアに向かうところで物語はおしまい。エピローグで現在進行形の差別主義者のヘイト集会やデモ、さらに差別反対のデモに車が突っ込むという実写シーン、さらにトランプ大統領がその差別主義者のテロに「両方悪い」とコメントするシーンが映り、エンドクレジット。

パトリスの家に爆弾が仕掛けられるシーンは、音楽のサポートもあって、大変盛り上がりまして、KKKの車が吹っ飛ぶシーンはサプライズなカタルシスがありました。痛快なオチかと思われるのですが、最後の実写ビデオで、今がヤバイぞというメッセージを突きつけてきます。刑事ドラマと実録モノとコメディを組み合わせたエンタテイメントの中に、ストレートな政治的メッセージを盛りつけた作りの映画で、個人的には盛りつけがボリュームありすぎな気もするのですが、こればアカデミー脚本賞をとったのですが、すごい映画なのでしょう。演技陣では、ロンを演じたジョン・デヴィッド・ワシントンが意外と薄めのキャラでドラマにうまくフィットしていました。デンゼル・ワシントンの息子だそうですが、黒人だけど薄めキャラというのは、他の黒人俳優が濃いキャラの人が多いので、こういう人は貴重な存在になるかも。またアダム・ドライバーは新作ごとに役者の幅を広げているのがお見事。パトリス役のローラ・ハリアーの知的美人ぶりは今後要チェックだと思いました。また、あまり奥行きを与えられない悪役であるKKKを演じたライアン・エッゴールドとヤスペル・ペーコネンも要チェックのバイプレイヤーです。
スポンサーサイト



「グリーン・ブック」いい話なんだけど、黒人差別を題材にした映画としてはちょっとつらい部分も。


今回は新作の「グリーン・ブック」を、日本橋のTOHOシネマズ日本橋7で観てきました。ここはTCXという通常よりも大きなスクリーンサイズになっていて、その分、迫力が出ると言うのが売りみたい。追加料金はなし。これって昔の70ミリ上映に近いものがあります。70ミリっていうのは、フィルムがでかいので、その分、大きな画面に上映しても、画面が鮮明です。TCXは上映するメディアは普通のDCPなので、昔で言うなら、35ミリフィルムだけど、70ミリサイズの画面で上映する70ミリ方式上映が該当するのかしら。でも、TCXには70ミリほどのありがたみとかうれしさを感じないのが残念な感じ。

1962年のニューヨーク、ナイトクラブで用心棒をしているイタリア系のトニー(ヴィゴ・モーテンセン)は、店の改装のために一時的な失業状態。妻と二人の子供を食べさせるために職探しをしていた彼が、紹介された仕事は、ドン・シャーリー(マハーシャラ・アリ)というリッチな黒人ピアニストの運転手でした。黒人に対する差別意識を持っていたトニーは一度は断るのですが、それでもドンは、彼のトラブル解決能力を買い、給料増額の要求をのんだ結果。8週間のドンのツアーの運転手となります。彼のツアーは差別意識の色濃い南部の州を回るというもので、確かに色々と厄介なことが起こりそうな予感はありました。それでも、ドンは自らの意思でそのツアーに臨んでいるようです。腕っぷしと口先は達者だけど知性に欠けるトニーと、インテリでアーチストだけど黒人というドンが、アメリカ南部への演奏ツアーに出かけることになるのでした。

2018年のアカデミー賞で、有力候補とされ、最終的に作品賞と脚本賞と助演男優賞を受賞した人間ドラマの一品です。実在したクラブのマネージャと黒人ピアニストを題材にしたお話で、モデルとなったトニーの息子、ニック・バレロンガと、ブライアン・カリー、そして「メリーに首ったけ」「愛しのローズマリー」のピーター・ファレリーが共同で脚本を書き、ファレリーがメガホンを取りました。えげつない下ネタや差別ネタで過剰な笑いをとってきたファレリー兄弟の片方が黒人差別をネタに実録映画を作ったということで、尖った笑いの映画になっているのかなと思ったのですが、世間の評判はストレートに心温まる映画らしいというので、ちょっと「?」の気分でスクリーンに臨みました。で、これが本当にストレートな映画で、尖ったところがまるでない映画に仕上がっていてかなりびっくり。ラブコメの体裁の「愛しのローズマリー」でさえ相当な毒を盛り込んだファレリー監督、どうしたのかしら。

要は、黒人差別意識をもったイタリア系のトニーが、インテリ黒人ドンに雇われて、一緒にアメリカを巡るうちに、二人の心が通い合うようになるというお話です。行く先々で差別的な扱いを受けるのですが、最初はトニーが腹を立て、それをドンがいさめるのですが、最後の最後でその関係が逆転したところで二人の絆が深まる、とそんな感じ。未見の方には何のことやらでしょうけど、まあ色々あって二人が親友になりましたってことです。これまでの人生でまるで接点のなかった二人が一台の車で一緒に旅することで心を通わせるようになるという、よくあるロードムービーの定番の作りになっています。そのロードムービーの上に黒人差別をトッピングした感じ。メインはバックボーンの異なる二人のロードムービーでして、あくまで黒人差別はトッピングの扱いなんです。そのせいか、この映画がアカデミー賞取っちゃったものだから、黒人差別の描き方が表層的とかきれいごと過ぎると言う批判が出たんですって。

トニーとドンの二人のいい話なんだから、そんな本質的でない批判なんかどうでもいいやんというのももっともなのですが、私はこの批判にも一理あるなって思っています。それは、私が「私はあなたのニグロではない」を観ていたからです。この映画の中で、ハリウッド映画は白人のヒーローを祭り上げる一方で、ハリウッド映画の黒人は、白人にとって都合のいいものとして描かれてきたのだと言います。今回のドン・シャーリーも知的で、粗野なトニーにもやさしい、よくできた黒人として描かれています。特に白人にとって都合がいいところは、ドンが差別する白人を悪く言ったり、戦おうとしないこと。それどころか、南部アメリカでツアーをすることで黒人の地位向上を図っているようなのですよ。これって、差別する白人を変えようというのではなく、白人の価値観に寄せて行こうとしているわけで、白人からすれば自分の「差別感情という悪意」と向き合わずに済む、すごく都合のいい黒人さんなわけです。白人を悪く言わないどころか、他の黒人から浮いてる存在の自分を責めちゃったりもするわけで、白人の優等意識を突いてくることもない、謙虚で優秀な自虐黒人が、白人から「よい黒人」の称号をもらってハッピーエンドになる映画は、黒人差別意識を腹の中に抱えていると思われても仕方ないと、私は思うのですが、そこまで言うのは、うがち過ぎなのかしら。

さらに気になったのは、ドンがゲイで、それを引け目に感じているところ。どうも、トニーとドンの関係は、お金の上では、ドンが主で、トニーが従なんですが、実際の人間的な関係は、家族がいて世知に長けたトニーの方が優位に立っているのです。インテリ黒人ということで、アイデンティティが不安定で、孤独を酒で紛らわせるドンは、トニーのような存在の安定感がありません。ドンは、映画の冒頭では、黒人の頂点のような威厳のある存在なのですが、物語が進むにつれて、どんどんその地位が後退していくのですよ。純粋に、トニーとドンの二人の個人的な力関係を描いたお話なら、それでよいのですが、黒人差別をトッピングしてしまうと、個人的な力関係が、白人と黒人の力関係のサンプルのようになっちゃうのですよ。この映画、黒人差別を取っ払って鑑賞するのがいいように思います。差別する白人と差別される黒人の物語と考えると、これ白人に都合よすぎるんじゃない?って突っ込みが入っちゃうのですよ。

トニーを優位に置いた見せ方をしているのは、脚本にトニーの身内(息子)が参戦しているからかもしれませんが、やはり白人目線の映画を感じさせるところありました。それでも、主演の二人は与えられたキャラクターを熱演しています。自信満々のドンが時々見せる心細そうな感じとか、トニーの子煩悩な感じとか、タイプキャラにならない奥行きを感じさせるもので、二人のリアルな存在感がドラマを盛り上げました。それだけに、黒人差別というセンシティブな題材を扱いきれなかったところが惜しいと思ってしまいました。黒人差別を背景に押しやってしまうか、これまでのファレリーの映画みたいに差別ネタとして笑い飛ばしてしまった方が、不完全な二人の絆にドラマが集約されて、素直に楽しめたような気がします。作り手が黒人差別を描き切れると思って、正面から取り組んだものの、やはり白人目線から目をそらすことができなかったと言ったら、アカデミー作品賞に向かってひどい言い方かしら。

1950年代から、人種差別問題は色々と形を変えて、それでも良い方向へ進んできていると思うのですが、まだ完成形ではない現状を捉えた時代を象徴する映画として、存在価値のある映画ではないでしょうか。数十年後、黒人差別の歴史の中の一つのイベントとして、この映画のアカデミー賞受賞が語られるとき、この映画がどういう位置づけ評価されるのかが気になるところです。なぜ、そう思うのかというと、この映画と前後して、やはり黒人差別を題材にした「ブラック・クランズマン」という黒人監督による映画を観たからでして、この両者の関係が、未来でどう語られるのかなって。



この先は結末に触れますのでご注意ください。



ドンと、二人の白人弦楽奏者を加えたトリオによるコンサートは南部の観客にも拍手で迎えられるのですが、その一方で、ドンは南部の常識的慣習として差別的な扱いを受けます。警官からも、コンサートの主催者側からも、黒人に対する無造作な差別を受けることに、トニーは憤るのですが、ドンは彼をたしなめ、ツアーの無事な進行を優先させます。ドンがYMCAで若い白人と一緒にいた時に逮捕されてしまうと、トニーは警官を買収して何とかその場を切り抜けます。一方、警官のあまりにひどい職務質問にトニーが手をあげて逮捕されてしまったときは、ドンがケネディに直接電話をかけて、知事へ手を回して釈放にまでもっていきます。しかし、最後のコンサートの地のホテルで、レストランへ入ることを拒否されると、トニーの説得にもドンは譲らず、最終的にそのコンサートをすっぽかしてしまいます。そして、トニーの家のクリスマスディナーへ間に合うように、二人はニューヨークへむかうのですが、大雪のために車は遅れ、トニーもグロッキー状態で運転を続けられなくなっちゃうのですが、ドンがハンドルをとって、何とかトニーをクリスマスディナーに間に合わせるのでした。そして、トニーの両親兄弟も揃ったディナーの場に、ドンがワインを持って訪問します。ドンを暖かく向かい入れるトニー。ドンを見て一瞬は驚きながらも、歓迎するトニーの家族。そして、彼らの後日談と実際の二人の写真が出て、暗転、エンドクレジット。

途中のエピソードで、トニーが家族へ手紙を書くのですが、子供の絵日記みたいな文面に、ドンが文章を考えてやるというシーンがあります。届いた手紙を見て、トニーの兄弟両親が、その文才に驚くというのが笑いを取る一方で、最後に家を訪れたドンを迎えたトニーの妻がドンの耳元で「手紙をありがとう」と告げるシーンがいい感じでした。そういう意味で、この映画、すごくいい話なんですよ。きれいごとだとしてもいい話。それだけに黒人差別を正面突破しようとしたおかげでツッコミの入る余地を作っちゃったのは惜しいなあって思ってしまったのです。とは言え、コミカルな味わいもあり、誰が観てもいい話として楽しめる映画なので、オススメできる一編です。

「シンプル・フェイバー」は、70年代のアメリカのTVムービーを思い出させるミステリーの佳品。


今回は、新作の「シンプル・フェイバー」を横浜のTOHOシネマズ上大岡6で観てきました。アカデミー賞関係の映画に今イチ食指が動かなくて、こっちの方を優先しちゃいました。

ニューヨーク郊外に住む夫と死別したステファニー(アナ・ケンドリック)は、小学生の息子と二人暮らし。料理や生活情報の動画ブログを開いて、そこそこフォロワーがいる模様。父兄参加日に知り合った息子の同級生の母親エミリー(ブレイク・ライブリー)と知りあいになります。豪邸に住み、ハンサムな作家の夫(ヘンリー・ゴールディング)がいて、彼女自身はニューヨークのコスメ会社の重役らしいのです。夫の保険金で何とか暮らしているステファニーとはまるで住む世界の違うエミリーですが、なぜか二人は意気投合。ステファニーは、彼女に頼まれて、子供をあずかったりするようになります。そんなある日、ステファニーはエミリーに頼まれて、彼女の息子を家にあずかるのですが、その後、彼女から一切の連絡がなく、行方不明になってしまいます。彼女の夫ショーンに連絡して、警察にも捜索願いが出されるのですが、彼女の消息は不明。ステファニーはそのことをブログで紹介すると、目撃情報が届き、彼女の借りた車がミシガン州の湖畔で発見されるのでした。

ダーシー・ベルの小説「ささやかな頼み」を原作に、ドラマでに実績のあるジェシカ・シャーザーが脚本を書き「ブライスメイズ」「ゴーストバスターズ」のポール・フェイグがメガホンを取りました。コメディの監督というイメージがあって、ミステリーサスペンスものを撮るというのがちょっと意外性があったのですが、本編を観てみれば、なるほどコメディの監督が撮った映画なんだなあって納得しちゃいました。実際にはシリアスなお話なはずなんですが、どこか間を外したようなおかしさがあって、アナ・ケンドリックの陽性の魅力がこの映画に他のミステリーものとは違う面白さを与えています。その分、ドラマが軽いという印象になりましたけど、そこにちょっと懐かしさを感じました。(そこは後述)

冒頭で知り合ったステファニーとエミリーの関係がまずおかしい。ハイソで豪華で美しいエミリーと、ちょっとキャピキャピ入ったシングルママのステファニーのコントラストの面白さで、ドラマに引き込まれます。ミステリアスなエミリーに主導権を取られた感じになっちゃうのですが、ステファニーも彼女への憧れのきもちがあって、彼女の頼みを喜んで引き受けちゃいます。他の父兄からは、「まー、いいように使われちゃって」とバカにされたりもしてるけど、本人はそれほどのこととは思ってないみたい。一方のエミリーは、写真に絶対撮られたくないとか、どこかミステリアス。前半は二人の会話中心にドラマが進むのですが、境遇の違う二人がお互いに秘密を共有することで距離が縮まっていくのがコミカルな味わいだけどそこそこリアル。この二人の力関係の流れでドラマが一本作れそうなんですが、そこに警察も絡んだミステリードラマが乗っかってきて、「え?」という展開になります。

一応、警察は出てくるのですが、物語はずっとステファニーを軸に展開します。こういう作りのドラマって、その昔、70年代によくテレビで放映されていた、アメリカ製のテレビムービーの味わいがあって懐かしかったです。一般の市民が警察が関与するかどうか微妙なレベルの事件に巻き込まれる、ミステリーサスペンスが結構あったのですよ。それが、後になって日本の2時間サスペンスものにもつながるのですが、殺伐度もスリラー度もそこそこの感じで、普通の人のドラマが展開するってのが、昔、こういうの観たなあって感じなんですよ。劇場映画としての画面の豪勢さはありますけど、でもこじんまりまとまったミステリーとして、懐かしくも楽しんでしまいました。特にヒロインのステファニーがちょっとドジっ子ママなところがあるという親近感も、テレビ的というか、話に入り込みやすいのですよ。一方のエミリーが欠点のなさそうなミステリアスな美形というのも、出来過ぎのタイプキャストのような気もするけど、そこがまたわかりやすい展開につながっています。観客を謎解きやどんでん返しまで引っ張り倒すこともなく、後半のさくさくと展開するのも小気味よくて、軽いけど意外な展開もあって滅法面白い映画になっています。ホント、後半からクライマックスまで、一切、ドラマを溜めることなく、さらりと流したポール・フェイグの演出は、バックに流れるフレンチポップスと同様に、いい意味の軽さがうまく作用して、面白い娯楽映画にまとめあげています。

主演の二人はタイプキャストではあるのですが、そこをきっちりと演じ切ってお見事でした。アナ・ケンドリック演じるステファニーは、動画ブログを毎日更新しているらしいのですが、エミリーが行方不明になってから、彼女のことをブログで語り、情報を求めたりする、今風だけどちょっと軽そうな、人の好いママさん風なんですが、その後に「そっちも軽いのかい?」の意外な顔を見せますし、エミリーの裏のやさぐれキャラもきっちり演じ切ったブレイク・ライブリーも女優としてのうまさを感じさせました。そういう意味では、女優の演技で楽しませるコメディとして観るのも一興ではないかしら。後半のアナ・ケンドリックの素人探偵ぶりは、2時間サスペンスのよくあるパターンですし、2時間サスペンスですから、当然血生臭い事件も起きちゃうのですが、ちょっと懐かしい味わいもありつつ、ごひいきアナ・ケンドリックのかわいいヒロインを見ることができ、美女ブレイク・ライブリーの演技の幅も堪能できて、楽しい2時間弱を過ごせましたから、軽い期待とノリでスクリーンに臨めば、ちょっとツイストの効いたサスペンスコメディとして楽しめるのではないかと思います。



この先は結末に触れますのでご注意ください。



行方不明だったエミリーは、湖から水死体で発見されます。DNAも腕の入れ墨も死体が彼女であることを物語っていました。夫と親友を失ったショーンとステファニーですが、葬儀を終えてすぐに二人はやんごとなき関係になってしまいます。そして、エミリーのいた豪邸にステファニーと息子は引っ越してきて、エミリーの息子も入れた4人の暮らしが始まります。でも、息子たちがエミリーを見たと言い始め、さらにステファニーにもエミリーと思しき女性から電話がかかってきます。エミリーの荷物を処分したクローゼットが元に戻っていたり、まるで超自然現象みたいな展開になってきて、ステファニーも「悪魔のような女」じゃないの?とショーンを疑いますが、ショーンもわけがわからない。警察は、エミリーに400万ドルの保険金がかかっていたことから、ショーンを疑っているみたいだし、急接近したステファニーへも疑いの目を向けてきます。そこで、ステファニーは単身、エミリーの過去を調査し始めます。亡くなった湖でのキャンプに参加していたらしいことを知り、アルバムを調べると、なんとエミリーは双子だったのです。そして、彼女の母親に会って話を聞くと、どうやらとんでもない娘だったらしいのです。双子は、家の火事の後、姿を消していました。それは、厳しい父親を殺すために二人が共謀して家に火を放ったのでした。エミリーは双子の姉と別れて、新しい人生を歩んでいたのですが、姉が金の無心をしてきたことから、彼女を自分の身代わりにして殺して、自分の保険金を手に入れようとしていたのでした。それもショーンには内緒で。

一方、エミリーに双子の姉がいることを知ったステファニーはブログで、彼女が生きてることをほのめかしたもので、エミリーも逃げきれなくなって作戦変更、ショーンに再度接近します。しかし、彼が思うように動かないとわかると、一計を案じて、全てショーンの計画だったという証拠を偽造して、彼を刑務所に送ろうとします。ショーンのお邸で三者会談となるのですが、ステファニーは銃を持ち出して、ショーンに向けて、エミリーに姉を殺したことを白状させようとします。でもエミリーは仕掛けられていた盗聴器を見抜いていて、それを壊して、改めて銃をステファニーに向けます。しかし、彼女のブラウスのボタンには小型カメラがしこまれていて、3人の会話はブログに実況されていたのでした。逃げ出すエミリーを追うステファニーですが、銃を向けられた時、ブログ読者である息子の同級生の父親が車で突っ込んできて、間一髪で命拾いし、エミリーは警察に逮捕されるのでした。ステファニーはその事件が縁で、探偵ブログを始めて、実際に探偵事務所を開いて事件を解決するようになるのでした。そして、20年の実刑をくらったエミリーは刑務所でそれなりに居場所を見つけたようなのでした。

エミリーが双子とわかってからは、ドラマのテンポが一気にアップして、エミリーとステファニーの対決ドラマの様相を呈してきます。ブログでエミリーを挑発するステファニーに対して、ショーンから攻め落とそうするエミリーの攻防が、クライマックスでは、ショーンを挟んで、両者が直接対決となります。とは言え、ストレートにサスペンスを盛り上げず、時間の省略や、間を外した場面転換などで、どこか軽さとコミカルさを持った展開になるのがおかしく、とぼけた味わいのエピローグまで行くと、やっぱりこれはコメディだったんだなあってことになります。もちろん、エミリーの姉殺しや父親を放火で殺すといった血生臭い事件もあるのですが、それでも全体はどこかコミカルな軽さがあるのは、まさに2時間サスペンスの味わいなんですよ。映画の宣伝文句を真に受けちゃうと物足りなさや展開の甘さを感じてしまうのですが、もともとそういうストレートな作りでないので、観る方もお気楽にスクリーンに臨んだ方が楽しめる映画です。そういう意味では、エミリー・ブラント主演の「ガール・オン・ザ・トレイン」と似たような売り方をしているのですが、あっちは、ブラックな笑いを散りばめたスリラーで、こっちは、犯罪を盛り込んだご近所コメディくらいの違いがあります。どっちも娯楽映画として、面白くできていますから、オススメしちゃいますが、変にずれた期待をしてスクリーンに臨むとせっかくの面白さを受け止め損ねちゃいますから、宣伝には気を遣って欲しいと思いますです。
プロフィール

einhorn2233

Author:einhorn2233
Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR