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「誰もがそれを知っている」は誘拐サスペンスから、悪意あるメロドラマへ。

今回は新作の「誰もがそれを知っている」を有楽町のヒューマントラストシネマ有楽町1で観てきました。映画の日ということもあってかなりの混雑で、特にネット予約の発券機に大行列。私は当日券の列に並んでネット予約を発券してもらって大して並ばずに済んだのですが、早く窓口を開けるとか人を増やすといったプラスアルファの対応があるとありがたいです。

スペインの田舎町で結婚式が行われることになり、アルゼンチンに住んでいる花嫁の姉ラウラ(ペネロペ・クルズ)が子供二人連れて里帰りしてきます。家族や幼馴染で元恋人パコ(ハビエル・バルデム)との再会を楽しみ、結婚式も無事に終わるのですが、その後のパーティの夜、事件が起こります。ラウラの娘イレーネが気分が悪くなって部屋に戻った後、村全体が停電が発生、その後イレーネの姿が消え、ベッドにスペインで起きた誘拐事件の新聞の切り抜きが置かれていました。さらに、ラウラの携帯に「娘を誘拐した。警察に通報したら殺す。」というメールが届きます。ラウラは家族とパコに事態を知らせて、どうしようかということになります。犯人の見当はつかないし、警察に知らせることもできず、どう動いてよいかわからない状況に、身代金30万ユーロの要求メールが来ます。ラウラの義兄フェルナンドが友人の元警官に連絡を取って相談をかけると、犯人はラウラ達を監視しているようだから、身代金を用意しているふりをした方がいいと言います。そこで、パコが農園を売る相談を共同経営者にかけて、金集めをしているようにみせかけようとします。アルゼンチンから、ラウラの夫アレハンドロ(リカルド・ダリン)がやってくるのですが、何だか周囲は彼に疑いの視線を向けます。もともと、お金持ちだったらしいのですが、会社を潰して、ここ2年は無職だったというアレハンドロ。でも、かつては村の教会に寄付したりして、村では金持ちで通っていたことから、娘が誘拐されたらしいということになっているのですが、幼い弟でなく、15歳の娘が誘拐されたことに、元警官の男は疑問を指摘するのでした。果たして、娘は無事に帰ってくるのでしょうか。

「彼女が消えた浜辺」「別離」「ある過去の行方」「セールスマン」など、人間関係の機微をクールにそして重厚に描いてきたイラン人監督アスガー・ファルハディの新作で、この作品でも自ら脚本を書いて、メガホンを取っています。今回はこれまでの作品にようなイラン人は一切登場せず、スペインの村で起きた事件をスペイン人のキャストで描いています。プログラムによるとペルシャ語で書いた脚本をスペイン語に翻訳させて演出させたそうです。国際的メジャーなスペインの俳優であるペネロペ・クルズとハビエル・バルデムを主演に据えているところからも国際マーケットを視野に入れた映画だと思われ、スペイン、イタリア、フランスの資本が入った映画ですが、きっちりファルハディの映画に仕上がっているところはお見事でした。それでも、過去の作品に比べると、誘拐という非日常な犯罪がドラマの中心に据えられていていることもあり、「彼女が消えた浜辺」「別離」のような普通の人間の人生の中のリアルな息遣いを丁寧に拾った作りではなく、「ある過去の行方」「セールスマン」のドラマチックさをさらに拡大したような内容になっています。まあ、国際的セールスを狙う映画だと、イラン人の日常生活や倫理観を細かく描くよりは、ドラマチックな事件に立ち向かう普遍的な人間の姿を描いた方がとっつきやすいだろうなって気はします。

結婚式前日から始まる映画で、序盤はたくさんの登場人物の紹介に追われるので、若干しんどいところもあります。サスペンス映画であるので、登場人物や人間関係がわからないと面白みが伝わらない映画ではあるのですが、そのあたりの捌きは今一つかなって気がしちゃいました。でも、誘拐事件が起きて、ドラマが主要人物だけに絞られてくると俄然調子が出てきてドラマに引き込まれてしまいました。警察に通報できないので、娘を取り返すには犯人の要求に答えるしかありません。さらに犯人はラウラの周辺事情に詳しいので、身近な人間が犯人かもしれないというのがサスペンスにつながるのですが、映画は誘拐劇そのものよりは、誘拐事件の中で明らかになってくる過去の事情の方にフォーカスをあてて展開します。映画の構造として誘拐劇の結末よりも、登場人物が過去をどうするのかというところがメインになっていますので、誘拐劇として見ると、お話が完結しないことになるのですが、それでも映画は、余韻を持った結末を迎え、原題にもなっている「誰もがそれを知っている」の意味が見えてきます。この題名の意味は、映画の主題とは別のところで、舞台となっている村というコミュニティの不気味な余韻となってきいてきます。

最初は、年ごろの娘の狂言誘拐とも思われるのですが、持病の薬をそのままに姿を消しているところ、そして、村の停電が人為的に行われたことがわかってきて、犯罪の匂いが濃厚となり、誘拐された娘をどうすれば取り戻せるのかというところにドラマの重心が移動していき、さらにどうすれば身代金が払えるのかという話になってくるのです。ラウラの幼馴染であり、恋人でもあったパコは、彼の奥さんが訝しむほどに、ラウラの事を気にかけて行動し、身代金を肩代わりするようなふりまでしてくれます。観客からすると、ラウラがそこまでしてくれるパコに対してあまり遠慮がないように見えるのが気になります。さらに、ラウラの旦那が映画の前半登場しないことで、このダンナが犯人なんじゃないのという気になってきます。金持ちのような噂話が聞こえてきて、その後、最近2年は無職だというのがわかってくると、ますます怪しく見えてきます。ところが、物語はそういう誘拐ミステリーとは別の方向へシフトしていくのです。

演技陣では、母の覚悟と女の怖さの両方を演じ切ったペネロペ・クルズの演技が見事でして、彼女のつかみどころのない奥行きがドラマに複雑な余韻をもたらします。事態が進展しない状況下で、彼女はパコが身代金を肩代わりすることを期待し、実際に口に出して頼むようになります。また、そんな彼女を挟んで対峙するハビエル・バルデムとリカルド・ダリンが最後には、ヒロインに翻弄されるかたちになるのですが、そんな男女の在り様をファルハディの演出はクールに突き放して描いていまして、そこに救いのなさを感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、少しでも身に覚えのある人にはかなりきつい内容になっています。これまでのファルハディの映画では、どうにもならない人間関係を描いたものが多かったのですが、今回は、人間の意思がややこしい関係を作りだしますので、貧乏くじを引いた人は気の毒だよなあって後味になります。神の御業によるものなら、あきらめもつく結末なんですが、人間の意思が作りだした不公平さには、何だか納得いかないという憤りを感じてしまうのですね。このあたりの意地の悪い後味は劇場でご確認ください。

犯罪サスペンスとしてはきれいに着地しないので、そこを不満に思われる方がいらっしゃるかもしれません。それでも、私はこの映画楽しめました。極限状態になったヒロインが、妙にうまく立ち回って、事を収めてしまうところとか、それに振り回されて今の生活を破壊していまうパコの悲劇。やたら、神のご加護を持ち出すけど、結局いいとこどりしてしまうアレハンドロ。さらにサブプロットとして描かれるのですが、ヒロインたちが秘めていたつもりの秘密がコミュニティの噂で公然の事実になっていたというところも面白かったです。そう思うと底に悪意のある笑いを込めたメロドラマということもできそうですし、見方を変えれば、誘拐に端を発したブラックコメディという言い方もできましょう。でも、ハピエル・バルデムがきっちりシリアスに演じ切ったパコというキャラは明らかに悲劇のヒーローなのです。そういう多面性を持ったドラマなので、座りが悪い部分もあるのですが、色々な解釈の余地を楽しめれば、この映画への評価も上がるのではないかしら。



この先は結末に触れますのでご注意ください。



実は誘拐されたイレーネの父親はパコでした。若い時に別れたパコとラウラですが、再会したとき、ラウラは子供を身ごもってしまいます。その時、ラウラの夫アレハンドロは酒に溺れて仕事も最低の時、ラウラは子供を堕ろそうとするのですが、それを知ったアレハンドロが、これを神の啓示と思って、彼女を止めて、生まれたのがイレーネでした。そして、彼女によって一度はアレハンドロは立ち直っていたのでした。それは、墓場まで持っていく秘密の筈ですが、村の噂で、そのことは周知に事実になっていました。だから、幼い息子ではなく、イレーネが誘拐されたのです。イレーネの両親が身代金が払えなくても、パコが肩代わりすると犯人たちは読んでいたのです。犯人はラウラの兄フェルナンドの娘ロシオの恋人たちで、ロシオ自身も一枚噛んでいました。パコは秘密を妻に打ち明けて、農場を売り払って身代金を作り、犯人の指定する場所へ持っていき、イレーネを取り戻します。パコに感謝して、ラウラとアレハンドロと子供たちはアルゼンチンへ帰っていきます。妻が出て行った家で、一人物思いにふけるパコ。一方、自分の娘の挙動のおかしさに気づいたロシオの母が、夫のフェルナンドを呼び止め、何かを話しかけている様子をロングでとらえたカットから暗転、エンドクレジット。

結局、誘拐は成功して、犯人はまんまと身代金をせしめてしまいます。フェルナンドの友人である元警官の推理はほぼ当たっていたのですが、結局犯人を特定できないまま、警察が関与することなく、事件は終結してしまいます。物語としては、娘の父親がパコであることは周知の事実のようになっていき、自然な流れでパコが身代金を出すことになり、それにより、彼は農場も妻も失ってしまうのでした。なるほど、アレハンドロ目線からすれば、これは神のご加護による奇跡に見えてますます信仰に走りたくなりそう。一方、ラウラからすれば、昔の恋人のおかげで家族を守れたというハッピーエンドになるのかも。彼女が、パコに対してあまり負い目を感じていないようなのが気になるのですが、これはある意味、家族を守るヒロインの強さという解釈もできると思います。じゃあ、パコは弱い被害者なのかというとそういうこともなくって、強い愛情と意思で娘の命を助けるのですが、そのことで報われることはなく、失ったもの大きさだけを痛感するラストは、何かフェアじゃない決着のようにも思えるのですが、そうなるしかないドラマの流れなので、ついてない男の悲劇となります。家族の結束が強まるラストと表裏一体の結末は、皮肉な笑いも感じさせるのですが、笑い飛ばさない真摯な演出が、一つの事件の多面性を描いた映画としての見応えを感じさせてくれます。
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Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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