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「ジャッジ 裁かれる判事」はロバート・デュバルが素晴らしい、でもその他の部分は長いかな。


今回は、川崎チネチッタ9で新作の「ジャッジ 裁かれる判事」を観て来ました。ここはシネスコサイズになるときに上下が縮むスクリーンです。こういうスクリーンだとシネスコサイズに固定して上映とかできないんだろうなあ。

シカゴで金持ち相手の銭ゲバ弁護士をやってるハンク・パーマー(ロバート・ダウニーJr)のもとに母親が亡くなったという知らせが来ます。かわいい娘と離婚調停中の妻を置いて、単身ふるさとの町に帰ってみれば、そこは昔と変わっていません。そんなハンクを迎えるのは、高校野球の名選手だったのが事故でプロになり損ねた兄のグレン(ビンセント・ドノフリオ)と知的障害がありカメラを手放せない弟のデール(ジェレミー・ストロング)。そして、父のジョセフ(ロバート・デュバル)は町の判事で、今も元気に判決を伝えていました。ハンクにとっては、父親は厳しくて近寄りがたい存在で、ジョセフの方もわざとハンクを避けているようにも見えます。立ち寄ったダイナーで高校時代の彼女だったサマンサ(ベラ・ファーミガ)と再会したハンクは、なんとなく彼女のことが気になっちゃう。母親の葬儀を済ませて帰路につく途中で、ハンクは兄の電話で呼び戻されます。ジョセフがひき逃げの疑いを持たれて警察に連れていかれたというのです。被害者は、かつてジョセフが温情判決を出したら、自由になってすぐに殺人を犯し、20年の刑から出所したばかりの男。ジョセフの車から被害者の血痕が発見され、彼と被害者がコンビニでにらみ合っていたのが目撃されていました。しかし、ジョセフは身に覚えのないことだと言います。それは無実の確信があるわけでなく、その犯行時間の記憶が彼から抜けていたのです。そして、ジョセフは逮捕されてしまいます。ジョセフが指名した弁護士は若くて頼りないので、ハンクはイライラ。予審審問の結果、裁判に持ち込まれてしまったことで、ついにハンクがジョセフの弁護に立つことになります。一方、検事のドワイト(ビリー・ボブ・ソーントン)はこれは意図的に行われた殺人だとして、それを実証する論陣を張ってきます。果たして、ジョセフは本当にひき逃げ犯なのでしょうか。

「シャンハイ・ナイト」のデイビッド・ドブキンと「グラン・トリノ」のニック・シェンクの原案を、シェンクとビル・ドゥビュークが脚本化し、ドブキンがメガホンを取った人間ドラマの一編です。ひき逃げ事件の裁判を通して、ある親子の確執がとけていく様子を描いていまして、ひき逃げ事件の真相を巡るミステリーにもなっています。主人公のハンクは有能な弁護士で金になる裁判で、有罪とわかっている連中にも無罪をもたらす、社会的には嫌われ者。娘にはやさしいところも見せますが、基本的に家庭を顧みることなく、妻が浮気して今は離婚の調停中です。実家に帰ってみれば、父親との関係はギクシャクしています。厳しかった父親は、少年時のハンクを少年鑑別所に送っていました。どこか他人行儀な親子は、父親のひき逃げ事件の裁判で弁護人と依頼人の関係になるのですが、それでも打ち解ける様子はありません。ハンクは何とか殺人罪にならないように画策するのですが、ジョセフは協力的でありません。そもそも記憶がないというのは、尋常ではありませんし、そう言い張るのは、裁判で不利なのです。

実は、ジョセフは癌の末期で、投薬治療を受けていました。その薬の副作用の中に記憶欠落も含まれていました。状況証拠からの状況はかなり不利なのに、ジョセフはそのことを隠そうとしていました。それは、投薬中の審判が誤っていたと思われることを恐れていたのです。判事として、人生を全うしたいと考えていたジョセフには、それは耐えられないことでした。でも、このままでは殺人犯にされちゃうので、ハンクとしては放っておけないと、父親と衝突することになります。この映画は、基本的にハンクとジョセフのやりとりがメインで裁判は実は最後の尋問までは、オマケみたいなものです。誰が真犯人なのかということはどうでもよくって、ハンクとジョセフの過去のわだかまりをどう解決するのかというドラマなのです。主演二人がいわゆる名優と言っていい役者さんなので、ドラマとしては見応えがあるのですが、正直なところ「長いな」って思っちゃいました。と言うのも2時間22分という長さがドラマを散漫な方向へ向かわせてしまったように感じたからです。

ドラマの脇役にそれぞれキャラをつけて、ドラマを見せようとしてるのですが、ハンクとジョセフ以外の脇役は、きちんとドラマを締めないで中途半端な感じだったのです。これなら、ハンクの兄弟や元カノのエピソードを削って、1時間40分くらいにまとめた方がドラマとしてすっきりしたような気がします。脇役がそれぞれハンクと関わりを持ってくるのですが、関係がきちんと描かれるのは父親とのだけで、後は、単にならべただけなのですよ。それによって、主人公に陰影が与えられているのであれば、映画としてありなのですが、ハンクは父親しか見ていないし、父親の行動でしか、心が動かないのです。それなら、脇役を背景に押し込んで、父子の関係だけにスポットライトを当てた方がよかったと思います。観終わった時、ハンクと、兄弟、元カノ、娘、若い弁護士との関係はどうなったんだと突っ込み入ってしまいました。前半から中盤で、脇役を丁寧に描いているので、彼らと主人公との関係を刈り取るとばかり思っていたのに、それがないので、骨太風に始まったドラマが、ラストで細く薄くなっちゃったという後味なのです。ハンク以外の兄弟とジョセフとの関係があんまり描かれていないのにも物足りなさを感じてしまいました。きちんと自分の役をまっとうできたのは、検察側のビリー・ボブ・ソーントンだけで、他のビンセント・ドノフリオやベラ・ファミーガといった曲者役者がただ出てきただけになってしまったのは、脚本に問題があるのではないかしら。

撮影のヤヌス・カミンスキーはシネスコの画面に油絵のようなしっとりした映像を収めて、絵作りのうまさを見せてくれています。また、トマス・ニューマンの音楽は、オーソドックスな劇伴音楽と、アンビエント風サウンドの両方を場面によってうまく使い分けて、ドラマを陰で支えています。ジョセフが自分の人生の正しさにどう向き合うかというところはロバート・デュバルの熱演もあって、見応えがありましたから、映画としては面白くできていると思います。ただ、枝葉の部分が刈り取れていない印象で、長いなあって印象も持ってしまいました。



この先は結末に触れますのでご注意ください。



ジョセフはコンビニを出てから、途中で道路が冠水していたから戻ったと証言していました。しかし、コンビニ前の防犯カメラを確認すると、引き返したという場所より、もっと前に車をUターンさせていることがわかり、ジョセフの証言が偽証ではないかという疑いを持たれてしまいました。ハンクは、事故現場にタイヤの跡がなかった(つまり、車はブレーキをかけず、故意に被害者を轢き殺したということ)ことについても、反証するのに成功します。ハンクとしては、検察側の立証責任が全うできないだろうからということで、勝算がありました。ただ、父親ジョセフが何を言い出すのかがわからないのが気がかりでした。被害者は、少年時代に女性へ暴行をはたらいたのですが、ジョセフはそこで温情判決で30日の拘留としました。そして、彼はシャバに戻るとすぐ、その女性を殺害したのです。ジョセフにとっては許しがたい人間であり、そこに殺意があっただろうと検察は攻めてくるのです。審理の最終日、ジョセフが証人台に立ちます。検事のドワイトは、ジョセフに、被害者を追いかけて殺害したのかと質問します。ジョセフは記憶にないとこたえます。しかし、ドワイトの「殺したいと思ったか」という質問には「そうだ」と言い切ります。そして、「自分が殺したのだと思う」という趣旨の発言をして、場内を驚かせます。反対尋問に立ったハンクは、父親が癌で余命いくばくもなく、投薬により記憶障害がありうることを証言させ、なぜ、あの被害者に最初に温情判決を出したのかと聞きます。するとジョセフは「悪いことをして更正しようとしていると見えたのが、ハンクにそっくりだったからだ」とこたえます。言葉を失うハンク。結審の跡、陪審員の結論は、殺人罪としては無罪、過失致死として有罪として、懲役4年が言い渡されます。その後、ハンクは減刑嘆願書を出し、7ヶ月で仮出所に持ち込みます。そして、湖で釣りをするハンクとジョセフ、ジョセフは「お前が今までに一番の弁護士」だと息子に言います。そして、釣りをしていたジョセフがいつの間にか静かになっています。ハンクは気付いた時には父親は亡くなっていたのでした。父親の葬儀があり、サマンサの店でお別れ会が催されます。そして、ハンクは裁判所へ行き、判事席のところへ行き、それを見つめるところで暗転、エンドクレジット。

ジョセフが最後まで自分の正義と我を通したという結末はなかなか見応えがありました。自分は、ひき逃げをした記憶はないけれど、ああいう状況になったら、奴を殺したいと思い、そして奴を殺したかもしれないというあたりの頑固さは共感を呼ぶ一方で、ハンクが自分と父親の関係を法廷に持ち込むことで減刑に導いたかのように見えてしまうのは、「うーん」と困ってしまいました。特に、ジョセフの認知能力を確かめるために、裁判に立ち会っている廷吏の名前をジョセフに言わせる(彼は名前を思い出せない)あたりは、そうすることが判決にどう響くのか読めないところがありました。ジョセフのこれまでの町への貢献で同情を引こうとしているのかなって気がしてしまって。とはいえ、判決が出た後、退廷するジョセフが、ケビンやデールには声をかけるのに、ハンクとは目を合わせないというシーンが、二人の関係の深い闇の部分を示していて印象的でした。それだけに、ラストで二人が釣りをするシーンは蛇足なように思え、さらにその場でジョセフを死なせてしまうのは、ずいぶんとドラマを安っぽくしてしまったという印象でした。結局、ジョセフはよきにつけ悪きにつけ、過去を大事にし、そのことを誇りとしてきました。ハンクにとって、父親との記憶が文句たらたらのものであったとしても、ジョセフにとっては正しいことをしたわけで、最後までその正しさに忠実に生きたということで一本筋を通しました。それに対してハンクはどうなのってところがこの映画の中ではかなり曖昧なのですよ。ラストカットは父親のようになりたいと思う決意の表れだと読むこともできるのですが、2時間半のドラマを締めくくるには、何か物足りないなあって思っちゃいました。こんな結末作るくらいなら、閉廷のシーンでドラマを終わらせ、、父親と息子は別の人生を歩んできて、これからも別の人生を歩むという見せ方にした方が、じわりとくる感動があったように思います。まあ、これは個人的な感想というか希望なので、この映画の結末に感銘された方もいらっしゃると思います。父と息子の和解がどこまでなされたのかの見方によって、この映画への感想は変わってくると思います。私は心底の和解はなかったと見えたので、こういう記事になってしまいました。
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コメント

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einhorn2233
なぎさん、コメントありがとうございます。あんまり良く書いていない記事なのに、もう一度観たくなったと言われるのはすごく光栄です。いい映画でも、突っ込みどころを探しちゃうとこんな感じになっちゃいます。私と映画の相性の問題かもしれませんけど。

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なぎ
興味深く読ませていただきました。
もう一度観てみたくなりました。
違った視点で観られて、それはそれでいいかもしれないですね。

TBお返しさせてくださいね☆

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einhorn2233
pu-koさん、コメントありがとうございます。師匠のブログがクローズされていてびっくりでしたが、きっとまた戻ってきてくださると信じております。劇場へ足を運ぶモチベーションがなくなっちゃうのはさびしいですもの。この映画は、裁判ものなのですが、メインのドラマが親子の再生、でも、親子の再生の部分が物足りなくて、裁判の方に見応えがあったという、ねじれ現象な映画でした。デュバル中心にして、1時間半にまとめたら、今年のベストムービーになったかもという感じ、伝わりますかしら。

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pu-ko
裁判ものは理解が追いつくか自信がなくてためらっているうちに公開が終わってしまいました。
裁判よりも親子の再生が主な映画だったんですね。
主演2人が魅力的だし、オスカーノミネートデュバルの演技も観たかったなぁと後悔。
ちょっと物足りないところもありましたか。長くて余計ってこともあるのでしょうね。
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