今昔映画館

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「はじまりのうた」は歌モノ映画としていい感じ、そして友情以上恋愛未満の関係がちょっと切ない。


今回は新作の「はじまりのうた」を川崎チネチッタ5で観てきました。ここの椅子は頭まですっぽり覆うタイプなので、前の人の頭が邪魔にならない作りになっているのがご贔屓の映画館。昔の静岡ミラノもそんな感じでした。(← 話古過ぎ、ローカル過ぎ。)

かつての敏腕音楽プロデューサー、ダン(マーク・ラファロ)も今は自分が設立したレコード会社をクビになってドン底状態。そんなときにバーのライブで、歌手スティーブ(ジェームズ・コーデン)のゲストとして一曲歌ったグレタ(キーラ・ナイトレイ)の歌声に聴きほれて、オレにプロデュースさせてくれと売り込みます。グレタは自分が歌手で一発あてようという気はなかったのですが、その時、恋人だったミュージシャンのデイヴ(アダム・レヴィーン)が、新しいアルバムの録音でスタッフの女の子と浮気して、別れた直後だったこともあり、ダンの話にのってみることにしました。ダンは、奥さんミリアム(キャスリーン・キーナー)と娘バイオレット(ヘイリー・スタインフェルド)と別居中で、パブのビール代にも事欠く有様でしたが、金がなくて仕事をしたいミュージシャンを集めて、ニューヨークの街全体をスタジオとして、ゲリラ録音をするという企画を立てて、実行に移します。グレタの書いた曲は素晴らしく、それを街頭でノー編集で録音するというやり方でアルバムは出来上がっていきます。一方、グレタは、スティーブの携帯に彼への別れの歌を吹き込むのですが、それがかえって彼の心をグレタへ向けてしまうことになります。ダンは、曲の録音に娘バイオレットを招き、彼女にギターを弾かせることにします。その事がきっかけで、ミリアムとの関係も修復されていくことになるのでした。

「Once ダブリンの街角で」のアイルランド出身のジョン・カーニーが脚本を書き、演出もした音楽ものの一遍です。前作では、アイルランドのダブリンが舞台でしたけど、今回はニューヨークを舞台にして、キャストもハリウッドスターを集めて、プロダクションが2周りくらい大きくなっています。前作では、苦い生活感と音楽による主人公たちの結びつきが感動的だったのですが、今回は前作の苦さをほどほどに押さえて、ある種のサクセスストーリーとしての味わいを出しました。ヒロインのキーラ・ナイトレイは自分で歌って、上手かどうかは置いといて魅力的なシンガーとしての底力を見せてくれています。また、どんな役でもそつなくこなすマーク・ラファロがうまくヒロインを引き立てていて、演技者としての懐の深さを見せてくれています。この人は主役やっても脇役やってもうまく、いい人も悪い人も同じテンションで演じ切ってしまう、まさに役者という人。この映画でも、いいところと欠点の両方を持ったダンという人間をリアルに演じていまして、そのリアルな存在感がこの映画の落としどころに説得力を与えています。

グレタは、恋人のスティーブと一緒に曲を作ったりしていたのですが、スティーブが映画の中の歌で注目されて、アルバムを出すことになり、その録音に彼がロスへ行ってる間に、スタッフの女の子とできてしまい、それを彼の新曲から敏感に感じ取ったグレタは、スティーブを詰問し、「実は...」という話になり、二人は別れてしまいます。グレタはかつての友人スティーブの部屋に転がり込んだのですが、そのタイミングでダンと出会ったのでした。

グレタとダンが男女の関係になるのかと思っていると、そうはならないところがこの映画の面白いところです。お互いに好感を持っているのに、恋愛感情まで届かない感じ、「Once ダブリンの街角で」でもうまいと思ったのですが、この映画でも、相手のことを思いやり、相手の才能を認めつつも、グレタはスティーブンへ向ける視線を、ダンに向けることはなく、ダンも元妻への想いをグレタへ転嫁することをしません。それでも、外で二人が口論になり、一人で去っていくダンを、グレタが追いかけて後ろから抱きしめるのをロングの1カットで見せたシーンはほろりとくるものがありました。恋愛感情とはちょっと違う、でも友情と言うには切ない二人の感情の流れを、ジョン・カーニーの演出は丁寧に見せてくれます。監督はひょっとして、恋愛嫌いなのかと思わせるほどに、男女の感情の交わりを拒否する一方で、お互いを想い、寄り添う関係を巧みに描くあたりのうまさは憎いほどに見事。ですから、ダンの元妻も、グレタの元カレも決して悪役にもならないし、引き立て役にもなっていないあたりのドラマの作りに感心。

この映画の中での音楽の役割は人それぞれに違っているようです。グレタにとっては、音楽は自分を表現するための道具であり、デイヴにとっては想いを伝える道具であり、ダンにとってはアートと金の両方の顔をもった存在として描かれています。歌モノ映画を観ていると、すぐ涙腺がゆるんでしまう、私にとっては、心を動かす恐ろしい何かということになりましょうか。登場人物それぞれが、自分にとっての音楽というものを持っているのですが、自分にとっての音楽と、相手にとっての音楽との違いについては、割と寛容な態度をとっています。この寛容さってのが意外と大事なのかなって気がしました。音楽に対する価値観の違いを相手に押し付けない感じ、音楽が音楽として相手の心に入っていき、相手がどう音楽を聞き取るのかは本人に任せるという姿勢は、もう一度考え直してもいいことかなって気がしました。この映画の中で、売れないレーベルの出した新機軸として「音楽を、そのアーチストが解説する」ってのをやろうとして、ダンに一蹴されるシーンがありまして、そんなことまでしなきゃならないほど、音楽を発信する側は不寛容になり、受け取る側は鈍感になってしまったのかなあって思えたのです。まあ、DVDのオーディオコメンタリーも、映画の裏話やメイキングならともかく、監督がこのシーンの意図するところはなんてやりだしたら、親切なようでいて、押しつけがましい不寛容さということにはならないかしら。

「Once ダブリンの街角で」でも、監督がミュージシャンらしいいいシーンがありましたが、この映画では、冒頭のバーでグレタがギター一本で歌うシーンで、ダンにだけドラムやバイオリンが見えてきて、アレンジされた曲として聞こえてくるところが素敵でした。監督はこのシーンを効果的に見せるために、まずグレタがギター一本で歌うシーンをきっちりと見せて、さらに時間軸を戻して、今度は同じシーンに伴奏のアレンジ付の同じ歌を聞かせるという技を使っていまして、なるほど、音楽のアレンジでずいぶんと印象が変わるんだなあってのを実感できました。後、ヘッドホンを2本分に分けるアダプタで、二人で一緒に同じ曲を聞くシーンというのもありました。これはお互いのプレイリストを聞くことで相手への理解が深まるという流れで使われる小道具として使われ、これによって、ダンとグレタの関係がより深まるというのがいいシーンになっています。

恋愛映画ではないのですが、男女の機微がたくさん描かれていまして、最近の恋愛ものに物足りなさを感じている方にオススメしたい一品です。何というか、観てる最中も観終わってからもいい気分になれる映画です。後、ヒロインのキーラ・ナイトレイのギター姿が誰かに似てるなあって思ってたら、NMB48の山本彩さんでした。アイドルオタクネタで失礼しました。(でも雰囲気がよく似てるんだもん)




この先は結末に触れますのでご注意ください。




路上ゲリラ録音によるグレタのアルバムは完成します。ダンの娘が参加したことをきっかけにダンとミリアムの関係も修復に向かいます。グレタには、デイヴからよりを戻してほしいと連絡がきますが、彼女はデイヴに会って、もうその気がないことを告げます。デイヴは、グレタを自分のコンサートに招き、彼女が作った歌を歌って自分の想いを伝えますが、それを聞いたグレタは、改めて別れを確信し、夜の道を自転車で疾走します。ダンとグレタは完成したアルバムを、ダンがもといた会社に売り込み、ダンは経営陣に復帰します。ところが、グレタはアルバム1ドルで私家版としてネット販売すると言いだし、ダンもそれを了承します。ネットでアルバムは大人気となり、一方ダンはまた会社をくびになってしまうのでした。

グレタはデイヴとの関係を清算し、アーチストとして新しい一歩を踏み出します。ダンも、ミリアムとヨリを戻し、新しい関係が始まります。というわけで、グレタのうたをきっかけに、グレタとダンの人生が新しい一歩を踏み出すということで「はじまりのうた」というのは、うまい邦題をつけたものです。原題は「Begin Again」というこれも映画の内容をよく表したシンプルでいい題名だと思います。それでも「ビギン・アゲイン」という邦題にしなかった配給会社にやる気を感じます。
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コメント

木蓮さん、コメントありがとうございます。

音楽に対する向き合い方の違いで衝突しないところがいい感じの後味になっていましたね。恋愛モードに入らないけど、仲が良いってのは、お互いの違いを認めつつ、リスペクトがあるって感じで、男女間の理想形の一つなのかもです。

見るまでに随分時間が経っちゃいました。

検索したらちゃんと記事にヒットするのが素晴らしい。
きちんと移行されていて気持ち良いですね。

出会いのシーンから始まって、それぞれの経緯を描いて、その後一緒にやっていく構成が面白いし分かりやすかったです。
音楽に対する向き合い方がそれぞれのまま、別れるというのも良かったです。

No title

なぎさん、コメント&TBありがとうございます。確かに、音楽中心のドラマでしたね。プライベートはそれぞれ別々に持ってるところがリアルな感じがしました。ストーリーより、個々のエピソードに魅かれるものがありました。

No title

べたべたした恋愛ドラマにせず、あくまでも音楽を中心に置いたところに、
好感を持ちました。
お気に入りになりました(^^)
TBお返しさせてくださいね☆

No title

かずさん、コメント&TBありがとうございます。はじまりはうたでしたけど、後半は色々なことを考えさせてくれる映画でした。ラストはやりすぎ感もありましたけど、二人の新しい門出のイベントとしてありかなということで。

No title

単純に曲がどれも素晴らしかったです!
本当に大切なものって自分の中で何なのか、を問いかけられているようでした。
TBお願いします!

No title

pu-koさん、コメントありがとうございます。こういう音楽ネタの映画にしては、主人公の男女が結ばれないってところが面白い視点だと思いました。音楽を恋愛の小道具ではなく、メインのパーツに使ったところに、ミュージシャンでもある監督のこだわりを感じました。見た目いい男の俳優を使ってラブストーリーなんかにしないぜって感じかしら。

No title

グレタの歌に楽器を重ねたダンの空想シーンの演出がよかったですね。
曲もアレンジでこんなに変わるというのと同時に、才能のある人の音楽の見方というのを楽しみました。
グレタとダンの関係は最後残念に思ってしまったんですが、タイトルの意味も考え合わせればそれぞれの始まりとして納得でもありますね。
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Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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