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「かごの中の瞳」は夫婦愛のサスペンスとして面白い。これを善悪だけで判断できないのが余計目に面白い。


今回は、新作の「かごの中の瞳」をTOHOシネマズシャンテ2で観てきました。土曜日の夜の回でしたが、お客さんは30人ほどで、シャンテにしてはお客さん少な目な感じです。こういう映画にお客さんが入るとシネコンのラインナップもバラエティに富んでくるのになあ。

幼い頃の交通事故で失明したジーナ(ブレイク・ライブリー)は、成長してジェームズ(ジェイソン・クラーク)と結婚。今は、夫の勤め先であるタイのバンコクの高級アパートで二人暮らしですが、なかなか子供ができないのが悩みでした。彼女の視力は完全になくなっているわけではなく、ぼんやりと光や人影は認識できるもので、その治療のための通院もしていました。そして医師(ダニー・ヒューストン)から、左目は難しいが右目は網膜移植によって回復すると言われます。幸いにも網膜のドナーが見つかり、手術した結果、ジーナの右目は視力を回復します。初めて見る夫の顔や自分の住まい。でも、彼女は思わず口にした言葉は「想像していたものと違う」でした。そして、夫婦のセックスも受け身一方だったジーナがだんだんと変わっていきます。ジェームズは彼女のために、休みを取って、ジーナの姉夫婦の住むスペインへ旅行します。性や遊びに自由な姉夫婦とジーナはしっくりいくのですが、ジェームズは何だか疎外された感じ。髪の色もブロンドに染め、濃い化粧をして、女性として自由な美しさを得ていくジーナを見て、今度はジェームズの方が「何か違う」と感じるようになったみたい。そして、ジーナの視力がだんだんと衰えていくようになります。医師はそんな筈はないと言うのですが、せっかく新しい世界へ踏み出したジーナがまた元の世界へ戻ってしまう。果たして、ジーナとジェームズの夫婦関係はどうなっちゃうの?

ショーン・コンウェイと「チョコレート」「ワールド・ウォーZ」のマーク・フォースターが共同で脚本を書き、フォースターがメガホンを取った、ちょっとミステリー入った夫婦ドラマの一編です。この監督さん「ネバーランド」撮った後、007撮ったり、ゾンビ撮ったりと、フィルモグラフィーからは職人さんのようで、「チョコレート」やこの映画では結構作家性を前面に出したクセのある映画を撮る人です。この映画では、幼い頃に視力を失ったヒロインが、それなりに平和な夫婦生活を送っていたのですが、そこで視力がよみがえることで、夫婦の間に生じる波風を凝った映像と音響効果で描いています。まったり眺めるには、ちょっと尖ったアートっぽい作りで、夫婦の行き違いがかなりシビアに描かれます。挿入されるイメージカットもかなり多め、そして、ジーナ視線のぼやけた映像も何度も挿入されるのですが、前半はそういうジーナ視線の映像が多く、それがだんだんとクリアになっていくことで、ジーナの世界で光と色が広がっていくのを効果的に見せています。また、前半の描写で、視力が足りない分、彼女に聞こえる音を強調した音響効果がうるさいほどに使われるのも、彼女の世界が変わることをドラマチックに見せることに成功しています。

ヒロインのジーナの顔は事故の傷がちょっと残っているとは言え、かなりの美人さんですが、ダンナのジェームズの方はいい人風ですが、イケメンとは言い難い感じ。視力が回復したジーナがダンナの顔を初めて観た時「え?」という顔をするのはなんとなくわかる気もします。「どうしたの?」と言われて「想像してたのと違ってたから」と控えめに言われるのですが、ダンナからすれば、これは落胆のリアクションだなってのは伝わっちゃったのではないかしら。自分の住んでるアパートにも「想像してたのと違う」という感じを持ってしまいます。そして、おどおどと自分の姿を鏡で確認するシーンも印象的です。それまでに知らなかった世界が、自分の想像していたものと違ったと感じたとしたら? また、それまでは、多くをジェームズに依存していた生活が大きく変わってきます。依存する必要がなくなることで独立心も芽生えたことで、二人の性生活が大きく変わるという見せ方は、そういう切り口もあるだろうけどと思う一方で、深いところでわかりやすいなあって感心しちゃいました。そのことに驚きと若干の不快感を感じるジェームズの在り様もリアルで説得力がありました。さらに、子供ができない原因が、自分にあると医師に告げられたことで、ジェームズはそれまでの夫婦関係の優位がどんどん揺らいできちゃいます。そのことを妻に告げないことが、また後で話をややこしくしてしまうのですよ。

その二人に間に生じた溝は、二人でジーナの故郷であるスペインに旅行した時にさらに明確になっていきます。姉との再会で羽目を外し、姉夫婦と覗き部屋へ行くという時、ダンナは外で待ってるという構図。酔っ払いに絡まれたジーナを助けたのはジェームズじゃなくて、姉のダンナだったりするのです。それまで完全な保護者で、完全依存の対象であったダンナがそういうポジションでなくなると、ダンナ以外の人間が視界の中に入ってくるようになり、彼女はそういった人々にも好奇の目を向けるようになり、そういうダンナ以外の人間の視線を意識するようになります。幼い頃に視力を失ったことで、思春期とか大人になる時期を通過できなかったせいで、性的にも抑圧されていたように見えていたジーナですが、本当の彼女はそうではなかったらしいことも見えてきます。そんな変化は、堅物のジェームズにはうれしいことではなかったようで、ジーナから「昔の私の方がよかった?」と聞かれた時に、その答えに口ごもってしまいます。一方、ジーナは犬の散歩中に、それまでプールに来て言葉を交わしただけの若者ダニエルと知りあい、男として意識するようになります。

ところが、せっかく戻ったジーナの視力がまた弱ってきたことで、二人の関係性が元に戻ってはいきそうになるのですが、そこでもう一波乱起こることになります。前半は、イメージ中心の尖った映像をたくさん盛ったフォースターの演出ですが、後半は主人公二人の想いを丁寧に追う正攻法のドラマになっていきます。ヒロインを演じたブレイク・ライブリーはどこか引け目のある盲目の人妻から、視力を取り戻して最初は素直に喜んでいるけど、だんだん夫婦生活に疑問を感じるようになる感情の流れを見事に演じてまして、ただの美人さんじゃない演技力を見せてくれます。一方、「ターミネーター;新起動/ジェネシス」で最高に情けない役(観て確認して下さい)を演じたジェイソン・クラークは、奥さんが盲目の間はいい人でいられたのに、彼女が視力を取り戻したら、いい人だけではやってられなくなる若干気の毒な男を丁寧に演じて見事でした。マティアス・ケーニッヒスウィーザーの撮影は、ジーナの見える世界の絵作りにアートな雰囲気を出す一方で、実際に暮らしている二人のアパートの冷たい空気感など、映像でドラマをじっくりとサポートしています。



この先は結末に触れますのでご注意ください。



ジーナは視力が弱まったことを医師に相談し、使っている目薬を検査してもらうと、どうもすり替えられてたらしいことが判明。そんなことをする人間は、ダンナのジェームズしかいないのですが、ジーナはそのことを隠して別に目薬をもらってさし続けます。そんな彼女がアパートから引っ越したいと言い出し、自分で新居を探してきます。ジーナが、ダニエルの家を訪ねると、彼は自国へ帰る準備をしていました。二人は衝動的に抱き合い、関係を持ってしまいます。彼女が家へ帰るとジェームズが待っていて、彼女に新居の契約をしたことを告げます。ある日、二人のアパートに泥棒が入り飼い犬が行方不明になってしまいます。そして、ジーナが妊娠したことが判明するのですが、ジェームズは、ダニエルと妻の関係を疑いながら、自分の不妊のことは黙っていました。ジーナは杖を持たないと歩けないようになってしまいますが、新居に引っ越して、新しい生活が始まるのですが、実は彼女は夫に隠れて目薬を使っていて視力は悪くなっていなかったのです。飼い犬についてのダニエルからの手紙を見つけたジーナは、ジェームズが犬のことを隠していたことを知り、一方ジェームズはジーナの隠していた目薬を見つけるのでした。近所の女の子との自作の歌を歌う発表会の場で、ジーナは、ジェームズへの想いのたけを歌いあげます。それを聞いて、会場を去るジェームズ。そして、生まれた赤ん坊のアップからジーナのアップになって暗転、エンドクレジット。

お互いの秘密と負い目を感じながら、駆け引きを続ける夫婦の姿は、なかなかにスリリングであるのですが、最終的に二人の別れのシーンは見せず、でも終わったんだろうなと思わせる結末は、どっちが悪いというよりは、運命の皮肉を感じさせるものになっていまして、何とも苦い後味が残るものでした。目薬を入れ替えるダンナはひどいのはもちろんなんですが、別の男の赤ん坊を産むヒロインはどうなのって気もします。ただ、ジーナが赤ん坊の父親が誰かという確信を持たずにそのままにしたという気もしますので、そこは微妙な感じです。それまで、当たり前だった、妻の独占状態が崩れてしまったときと、妻の自我がよみがえったのが同じタイミングだったのが不幸だとは思うのですが、女性目線かすれば、妻を一生檻に入れて飼おうとしたダンナから、何とか逃げ切れたヒロインの勝利の物語と言うこともできましょう。というよりは、女性の自立が正しくて、かくあるべきだという文化からすれば、ヒロインの勝利の方がまっとうな見方ということになるのかな。でも、それだけの見方だと、盲目だった妻を支えた夫の愛情と費やした時間は無意味ということになっちゃうから、ヒロインの勝利だけで割り切るのもやだなあってのが正直なところです。でも、女性からすれば、映画の冒頭の夫に依存と感謝だけのヒロインは、見ていて歯痒いものかもしれないという気もしちゃうなあ。とは言え、映画の最初の時点では、ジェームズにはそれほど責められるところないってところもあって、男と女を善悪とか倫理、社会通念で割り切るのは難しいよなあって思わせる映画でした。ブレイク・ライブリーの美人さん以上のキャラが見られたことで、今後の彼女の作品が楽しみになりました。
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