今昔映画館

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「ウォーデン 消えた死刑囚」は良くできたミステリーサスペンス。ポスターや宣伝文句とは違うとっつきやすい王道娯楽映画としてオススメ。

消えた死刑囚

今回は新作の「ウォーデン 消えた死刑囚」を横浜シネマリンで観てきました。久々に来たら全席指定になっていてびっくり。ウィークデーなのに結構お客さんがいて、さらにびっくり。もう穴場じゃなくなっちゃったんだなあってしみじみ。

1967年のイランの刑務所。飛行場ができるってんで移転することになったので、囚人をバスで新しい刑務所に移送して、やれやれと思ったら一人足らない。所長(ナヴィド・モハマドザデー)は警察署長への昇進を聞いたばかりでウキウキだったのに、移転時に脱走者が出たなんて上に知られたら大変です。いなくなったのは、アフマドという男で、その男の資料を持って社会福祉士のカリミ(パリナズ・イザディアール)がやってきます。アフマドはどうやら無実の罪で起訴されたらしく、つい最近、量刑が死刑に変更になったといういわくつきの死刑囚。美人で聡明なカリミにちょっと鼻の下の伸びる所長ですが、アフマドを見つけないと出世もパアになりかねない状況下で、何とかアフマドを探し出そうとします。移送後、誰も出入りしてない筈だから、アフマドはまだ刑務所内に居ると確信した所長は、部下を使って所内を捜索させますが、なかなか見つかりません。アフマドは脱走の前に靴墨を4個も手配したらしい、一体何のために?一方、飛行場建設が遅れに遅れてるってことで、夕方には取り壊しを開始すると言ってきました。何とか事をおおっぴらにしないで迅速に収拾させたい所長ですが、刑務所の外で逃げる黒い影を目撃したという囚人が現れ、アフマドはもうどこかへ逃げ去ったのか。刻一刻とタイムリミットが迫ってきています。果たして所長はアフマドを発見できるのか、それともアフマドが逃げ切るのか?

イランで大ヒットした映画だそうで、今回は同じくヒットした「ジャスト6.5」という犯罪映画と一緒に公開されて、プログラムも1冊で2本分、でも、「ジャスト6.5」というハードな犯罪ものに引きずられたのか、ポスターの宣伝文句も「地獄へ堕ちるのはヤツか、私か?」なんていうハードなバイオレンスを思わせるものになってます。ところが実際に本編を観てみれば、ミステリーでありサスペンスであり、ちゃんとした人間ドラマであり、宣伝文句やポスターのイメージを裏切るまっとうな娯楽映画になっていました。監督のなかなか先の読めない展開になってまして、ドキドキハラハラもあるのですが、暴力シーンもほとんどありませんし、流血もなければ、死人も出ません。予備知識ほとんどなしでスクリーンに臨んだのですが、これはおススメです。おススメのポイントは、主人公である刑務所長のキャラクターにありまして、厳格な管理者なのですが、出世の話に小躍りしちゃうお茶目なところもあるし、美人にはそこそこ弱く、権力をかさに着るかと思えば、懐の深いところも見せるという、色々な顔を持つリアルなオヤジになっているのですよ。そんなリアルなオヤジが、自分の管理下で死刑囚が脱獄しようとしているとわかった時にどういう行動に出るのかってところがミステリーになっているのです。さらに、消えた死刑囚がいつまでたっても姿を見せないので、ひょっとしてそんな脱獄囚は存在しないんじゃないかと思わせる展開。イラン映画ということで、お国柄とか文化に触れる映画かなと思ってたら、どこの国でも成り立つサスペンスミステリーになっていて、しかも面白い。良くも悪くも期待を裏切られましたけど、良い方がダントツに多かったです。

映画のミステリーの一番のポイントは、行方不明の死刑囚アフマドの存在感が希薄なこと。アフマドという人間がスクリーンに出てこないってところもあるんですが、社会福祉士や囚人たちからの証言だけでその人となりが見えてくるというのが妙な不安定な感じなんです。本当にアフマドという男は存在するんだろうかって気分になってきます。だって、絶対に刑務所内にいるはずなのに、姿どころか影も物音も出さないので、なまじ証言の数が多いほど、実体がないという感じが高まってくるのです。そして、囚人の一人が刑務所の外を動く黒い影を観たと証言すると、こんどはそれは嘘だろう、やっぱり中にいるのかあって気がしてきます。監督のニマ・ジャウィディが自ら書いた脚本が、消えた死刑囚の存在感を曖昧にして、観客を振り回すことで、いい感じにミスリードしてくるのが、心地よいサスペンス展開になっています。

アフマドの妻と子供がやってきて、夫が中にいると言い出すし、カリミの行動が何かおかしい。アフマドが外に逃げたと証言した囚人と何か話し込んでいるし、一人で所内をうろうろしたり。一方、アフマドに居場所はわからない、取り壊しのための引き渡し時刻を迫ってくると、所長もいよいよ追い込まれてきます。せっかくの出世街道もパーになりかねない状況で、彼は強硬手段に出ます。通気口を塞いで、催涙ガスを放り込むのですが、それでもアフマドは姿を現しません。やっぱりもう刑務所の中にはいないのか。なかなか先の見えない展開で、これはいったいどういう映画なのかという気分になってきます。

心地よいサスペンスをサポートしているのが、映画の作りの部分で、音楽とか映像がハリウッド映画の影響を受けているというか、すごくスタイリッシュなのですよ。特に刑務所の中の移動ショットとか、バックのオーケストラ音楽の鳴らし方など、アメリカのテレビ映画だと言われたら、そのまま信じちゃいそうな既視感がありました。オープニングの絞首台を運び出そうとするカットですとか、刑務所すれすれを飛ぶ飛行機のショットの繰り返しや、光の差し込む刑務所内の映像とか決め絵が多くて、作り手がアメリカ映画のノウハウをかなり取り込んだ感がありました。日本映画の絵がどこか暗い感じなのに比べると、明暗のメリハリがあって、この映像とストーリーなら、エキゾチックなイランっぽさを出さずに、国際マーケットで売れそうな気がしますもの。



この先は結末に触れますのでご注意ください。(未見の方には読まないことをオススメ)



カリミはどうやらアフマドの脱獄を知っていたようで、所内でアフマドに話しかけているのを所長に見つかり、身柄を拘束されてしまいます。また、アフマドの裁判で証言した男が現れ、自分は村長に脅されて仕方なくやったことだが、このままアフマドを死なせたら良心が許せないと所長に訴えます。刻限が迫ってきた所長は、残っていた所員全員に退去を命令、全員車に分乗して、刑務所を出ていきます。と、見せかけて、全員でこっそりと戻って、遠くから刑務所を監視し始めます。すると双眼鏡の中に動きがあります。入り口のところに、黒い影が蠢いているのです。一方、先に刑務所を出たカリミは所長が来ないことに気づき、急いで折り返して、刑務所に車を激突させ、影は再び姿を消してしまいます。取り壊し機材もやってきて、いよいよ全員退去ということになります。ジープで考え事をしていた所長は助手席の刑務所の図面をパラパラとめくっているうちに絞首台の設計図が目に止まります。その下の空間を確認した所長は、絞首台を運ぶトラックを追跡します。何かに気づいたカリミもアフマドの妻子を乗せて、その後を追います。トラックに追いついた所長は、トラックを止め、荷台の絞首台に歩み寄ります。そこにはアフマドが隠れていました。所長はアフマドを確認した後、ジープに乗せていた彼の荷物をトラックの荷台に置いて、トラックをスタートさせるのでした。それを見守っていたカリミとアフマドの妻子も安堵の表情を見せ、夕日の中、トラックが走り去るところで暗転、エンドクレジット。

クライマックスは、絞首台の中に隠れるアフマドの主観ショットとなり、彼の視点から最後の所長の判断が描かれます。その前に、刑務所の入り口に姿を現すアフマドも遠景の黒い影(ほとんど心霊ビデオみたいな感じ)でしかなく、最後までアフマドは存在をカメラの前に見せないまま映画が終わることで、不思議ないい感じの余韻が残りました。所長も、何がどうなって、アフマドを見逃す気になったのかは自分の口から一切語ることはなく、この先、この脱獄をどう収めるのかも見せません。ただ、それまで、存在感が希薄だったアフマドが、刑務所の入り口に黒い影として現れた時は、結構ショックでして、「え、やっぱりいたの?」という驚きとともに、それまで先の見えない展開だったドラマが、一気にアフマドが生きて逃げのびられるかどうかにフォーカスされるという構成は、うまいなあって感心しちゃいました。ここで、それまでに所長が見せてきた、権威的、冷酷、人情家、有能、頭が切れるといった様々な顔が、このドラマをどう落すのかという伏線として浮上してくるのも見事でした。エピローグもなく、夕日のショットで切って落とすエンディングも、一番いい後味を残すタイミングでしたし、娯楽映画のツボを押さえた映画として、かなりの見応えがありました。何て言うのかな、映画館まで足を運んだら、こういう映画が観たいんだよという感じ。
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コメント

pu-koさん、コメントありがとうございます。

イランの映画というと「彼女が消えた浜辺」「別離」のアスカー・ファルハディ監督のようなイランの文化や人間性に触れる社会派映画が多いように思うのですが、この映画は、別にイランでなくても成立するストーリーになってまして、純然たる娯楽映画として楽しむのが正解と思います。所長のキャラクラーがふらふらしているところがサスペンスになっていたり、ラストの処理など、色々と考えて作ってあって、感心するところも多かったです。機会があれば、是非。

わぁ、設定から新しくて面白そう。
人物キャラもよさそうで、これはあまり情報入れずにいつか観てみたいです。
イランの映画ってあまり観てないんですが、秀作多そうですね。
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Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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