今昔映画館

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「地球で最も安全な場所を探して」は原発を議論する視点の提示というところで価値のある映画。

地球で最も安全な場所

今回は新作の「地球で最も安全な場所を探して」を横浜のシネマベティで観てきました。今週から来週にかけて、テレビで3.11の特集番組をたくさんやるので、その予習の意味も込めて、原発を題材にした映画をチョイスしました。とは言っても、これ2013年の映画なんですね。

原発の放射性廃棄物の処理の専門家チャールズ・マッコンビーは、原子力発電は必要であり、そのためには放射性廃棄物の処理は必須であると言います。そのためには、何万年のスケールで安定して放射性廃棄物を格納しておける場所を見つける必要がありました。さらに、その場所が安全であることをそこ(含む周囲)に住む人々に納得させなければいけません。マッコンビーはこれまで放射性廃棄物処理のプロジェクトに関わってきましたが、なかなか思うような成果を上げることはできません。さらに、近年は、原子力発電所を閉鎖する、新規建設を認めないという政策を取る国も出てきました。そんな中で、原子力発電所の建設が進む中国で、処理場の候補を探す作業が進められていました。一方で、少ないながら、アメリカ、スウェーデンや日本に、処理場を誘致しようとする自治体も出てきています。果たして、放射性廃棄物を安全に保管できるような場所が地球上にあるのでしょうか。

原発をめぐるドキュメンタリー映画は何本も作られています。私も「六ケ所村ラプソディ」「イエローケーキ クリーンなエネルギーという嘘」「チェルノブイリ・ハート」といった作品を観ていますし、原発推進派の立場に立った「パンドラの約束」なんていう珍品も劇場で観ました。反原発、原発推進、どちらの主張も、情報の取捨選択によるプロパガンダ的な作りになるのは仕方のないことですので、こちらも、一気に真に受けない、距離感を保ちながらの鑑賞となってしまう、微妙な題材と申せましょう。この映画は、タイトルからして、反原発の映画だろうなと思っていたのですが、映画が始まると、まず登場するのは、原発推進派で放射性廃棄物処理の権威だというチャールズ・マッコンビー。ああ、そうか、この人の言い分をどんどん反駁していく映画になるんだなと思っていると、映画は意外な結末になります。何が意外かというと、このマッコンビーを叩く映画じゃないんですよ。さらに、持って回った言い方のタイトル通りのところに着地するのです。脚本、監督のエドガー・ハーゲンのメッセージは、プログラムを読んで、「なるほど」と腑に落ちたのですが、この映画は、原子力エネルギーの是非を問う映画ではなかったのです。もっと、わかりやすい視点で、問題点を明確に絞り込むことで、次の一歩をどうしようかということを示唆する映画になってます。

映画は、放射性廃棄物の処理場探しの旅をするという構成でして、国を挙げての原発推進中の中国から始まり、砂漠の中に処理場を探そうという担当者の姿が描かれます。そして、スイス、イギリス、アメリカ、オーストラリア、スウェーデン、ドイツといった国々での処理場を作ろうとしてうまく行かなかった経緯をたどっていきます。まず、放射性廃棄物を保存しておく場所というのは、地盤が安定していること、地下水やガスの入り込まないことといった条件をクリアしないといけないんですって。だから、スイスでは、花崗岩の地層だったので水が通りやすかったり安定しないのでダメですとか、アメリカの候補地はすぐ近くに火山の火口があって論外だといった話が登場します。マントルの流れの上のプレートの上とかには保管できないんですって。じゃあ、日本は自国内での処理は無理なんだなあ。

また、「六ケ所村ラプソディ」でも語られた、放射性廃棄物の処理場がお金と雇用をもたらすという話も登場します。アメリカのニューメキシコ州で低レベル放射性廃棄物の処理場を誘致した町の町長は、それにより町が豊かになったことを強調しますが、世界の廃棄物をここへ集めるかという質問にはきっぱりノーと答えます。オーストラリアには、処理場に適した土地があって、世界の廃棄物を集める処理施設を作ろうという話が米国企業によって進められていたのですが、オーストラリア側の反対で頓挫します。公聴会の場では、そんなものを作られたら、観光産業が滅ぶという話が出るのですが、その際に、企業側は「心理的な問題が発生するかもしれませんが、実際は安全です」という回答しかできません。なるほど、住んでる人が納得できなきゃ作れないんだということ、そのためには安全であることを説明できなきゃいけないというのは、今更ながら、大事なことだと再認識しました。だって、六ケ所村の映画でも、お上が安全だと言ったら、その先まで追及してなかったよなあ。説明をさせること、その説明を聞いて吟味して、判断するということは、日本人は苦手なのかもってところに気づきました。「どうせ、素人に説明しても、わからないでしょ?専門家に任せておけば安全ですよ。」という感じは、日本だとすごくリアルです。この映画を観ただけで、廃棄物の保存場所は、地盤が安定していて、地下水とかが入らない状態が、崩壊が完了する数万年レベルで継続しないといけない、ってのが伝わってくるのは、大事なことだと思います。

だから、原発はダメだという結論になるのかと思いきや、映画は意外なラストを持ってきます。最後に、中国に戻って、処理場に適した場所を探す中国人技師とマッコンビーの姿を映し出します。マッコンビーが語ります。処理場にふさわしい場所をこれからも探し続ける。問題が出たらまた別の場所で同じことをやり直し続ける。調査のためには何年もかかるし、億単位の金がかかる。でも、確認し続けると。その言葉には、誠実さが感じられました。彼は技術者として、これからも処理場にふさわしい場所を探し続けることになる、まだ「地球で最も安全な場所を探す」旅は続くというところで映画は終わります。既に、これまでの原発から放射性廃棄物は出ているので、処理場はどこかに作る必要がある。ただ、まだ見つからない状態であるのなら、これ以上、放射性廃棄物を出すことは止めておくべきではないかというのが、この映画のメッセージなんです。安全な場所、方法が見つかったら、その先を考えるべきだというのは説得力があります。

原発の問題を語るとき、様々な視点、論点があり、全方位的、包括的に語ろうとすると、「難しいねえ」という結論にしかなりません。それを避けようとすると、原発にYESなのかNOなのかという議論になってしまいます。しかし、両極端の選択にはデメリットとメリットが共存しますから、どちらの意見も簡単に叩けてしまうので、泥仕合にしかなりません。この映画のような論点の絞り方は、原発推進者にも反原発の人にも、ものを考える余裕を与えるのではないかしら。この映画は、原発の災害時のリスクや、原発の存続に言及したものではありませんが、3.11のような事態の再発を防ぐ議論をするときのヒントが隠されているように思います。反対・賛成の両者が、共有できる視点を提示して、その現状と未来を語るということです。難しいことを知らなくてもポイントを説明できる筈で、知識のない人も議論できる情報の提示があればできると思うのですよ。特に、こういう全ての人が議論すべき題材は、「知らない、理解しない」ことが問題ではなく、「知らせない、理解させない」ことが問題なのだと、考え方を変える時代になってきたのだと思います。
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Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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