今昔映画館

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「粛清裁判」は予備知識なしで観ると何のこっちゃですが、プロパガンダの怖さを再認識できます。

群衆

今回は新作の「粛清裁判」を横浜のシネマジャックで観てきました。いつの間にか、座席指定になっていて、さらにコロナの密回避のための1席置きの販売のため、映画鑑賞には、かなり良好な場所と申せましょう。

スターリン時代のソ連の裁判所。多くの市民が傍聴のために集まってきました。そして、産業党という政治団体の、反国家活動の裁判が始まります。もともとは技術者集団だったのが、産業党という政治団体を作って、国家転覆を図ったというのが告訴された理由のようです。告訴された反プロレタリアートの皆さんは、最初の証言から、自分たちの罪を全面的に認めています。彼らは、裏で外国からの干渉を招くような行動をして、ソ連の体制の破壊をもくろんだそうなんです。裁判は何日もかかるものでしたが、たくさんの労働者が裁判を傍聴し、夜は「反逆者を殺せ」というスローガンのもとでデモに参加して、プロレタリアートたちの盛り上がりを見せます。被告たちはいわゆるエリートの技術者ですが、国家の5か年計画の成功を阻止するために、外国からの干渉を招こうと海外で画策したのですが、結局失敗し、5か年計画は大成功し、国家転覆を図ろうとした反逆者たちは告発され、今はその罪を悔いているという構図です。彼らは、できることなら、プロレタリア革命にこの身を捧げたいと訴えますが、銃殺を含む重い刑が言い渡されるのでした。映画の終わりに字幕が出て、この映画に現われる産業党なる政治団体は実在せず、エリート技術者集団が濡れ衣を着せられたらしいことがわかります。死刑となった被告の何人かはその後、減刑されたりして、その後は、ソ連の情報機関の協力者となったことが語られるのでした。

ドキュメンタリー映画で有名な、ウクライナ出身のセルゲイ・ロズニッツァ監督作品3本が、「群衆」という括りで、まとめて公開されていまして、この「粛清裁判」はその中の1本で、2018年の作品です。映像の素材は、主に、1930年のスターリン時代のソ連のプロパガンダ映画「13日」が使われているそうです。映画だけ観てると、何か変だなあくらいの感想しか持てないのですが、プログラムやHPの情報からしますと、この裁判自体が、ソ連政府のでっち上げで、国家転覆を図ったというのは、完全に濡れ衣だったそうで、産業党という反プロレタリアート組織をでっちあげて、ソ連の正当性を謳い上げるための映画なんですって。なるほど、もともと裁判のドキュメンタリーの体で作られた映画が虚偽のヤラセ映画であって、そのヤラセのドキュメンタリーという作りのようです。

私は、そういう予備知識なしでスクリーンに臨んだので、素直にこの映画に反応してしまいました。裁判に多くの労働者が傍聴しているのが珍しいなあ、何か動員されてる感じもするなあ、被告がのっけから罪状を認めてしまうあたりとかその芝居かかった語り口が台本感あるなあ、デモ行進で盛り上がってるのも動員されてるのかなあ、くらいの感想を持ちました。そして、映画のラストで、「産業党」という政治団体は存在しないという字幕が出て、ん?、これは全部でっち上げなのか? 被告も裁判長も全部劇団員の人なのか?なんてことも思ったのですが、プログラムで確認したら、この裁判自体は存在していて、本当に無実の罪に問われた人たちがいたようです。エリート技術者とかインテリ系が共産主義で酷い目に遭うというのは、文化大革命とか、クメールルージュの虐殺でも、よく聞く話ですが、このあたりのメンタリティは共産主義だと必然なのかしら、それともプロレタリアートと呼ばれる共産主義を担う人々のためのスケープゴートだったのか、不勉強な私にはよくわからないのですが、とにかく、インテリの罪をでっちあげて、裁判までに被告を懐柔(脅迫なのかな)して、裁判でありもしない罪を進んで認めるように仕向け、その中で共産党政府の正当性を国内にアピールするというストーリーのようです。社会主義や共産主義ってのは、2つのものの対立を際立たせるというイメージが強いです。搾取する資本家と搾取される労働者ですとかね。資本主義の世界では、そこまで単純な対立構造は出てこないので、やっぱり、ストーリーづけに無理が出ちゃうのかなあって気がします。労働者と資本家の対立を強調すれば、労働者(或いは共産党内)の階層構造は見えにくくなりますから、共産党のトップには都合がいい。インテリのように、そこの矛盾に気づく人間は、反動だとレッテルを貼って粛清すればいいことになり、その粛清を恐れるようになれば、労働者はもっとおとなしくなるという流れなのかも。この映画で、「反逆者を銃殺に」とシュプレヒコールを上げながら行進する民衆は見た目にはやかましいけど、じつは最もおとなしくて従順な人々ということになるのかも。

1930年の共産党のプロパガンダ映画として観た場合、私が最初に思ったヤラセっぽさは、共産党を盲信していない人なら少しは感じたでしょうが、多くの人がそれを正義と信じてた時代では、そういう疑問を持つ人はマイノリティとして、よくて無視され、下手をすれば罰せられたりしたのでしょう。やっぱり、昔の共産主義って無茶やる怖い人たちなんだなあって印象を持ってしまいます。まあ、昔と今を比べると、大体、昔の方が怖いことが多いってのは事実です。日本だって、戦前の軍国主義とか、戦後の公害病やその告発の経緯とか見ると、昔は怖い時代だったなと感じますもの。

と、言いつつも、こういう虚偽のプロパガンダは、共産主義国家だけでなく、そう昔の話でもないのです。例えば、私が驚いたのは、イラク軍のクウェート侵攻時に、イラク軍の残虐行為を告発した15歳の少女の証言が、実はヤラセだったというナイラ証言事件です。政治を広告代理店が動かす時代が来たんだってぞっとしましたもの。また、21世紀になっても、悪質なプロパガンダ映像として、CG加工による、でっちあげ演説が問題になっています。スターリンは、当時の最先端のメディアであった映画を使って、虚偽のプロパガンダをでっち上げましたが、それは、メディアの形を変えて、脈々と受け継がれていることを覚えておく必要があります。この映画から、現代に通じる教訓があるとすれば、最先端のメディアの情報であればあるほど、疑ってかかってみないと危ない。嘘をつく権力は、最先端メディアで攻めてくるということではないかしら。まあ、これを突き詰めると陰謀論にはまっちゃうから、ほどほどにしておくのが賢明でしょうけど。
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Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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