今昔映画館

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「この世界に残されて」は最小限のドラマから垣間見える、愛情の深さと人間の強さに静かな感動が。

この世界に残されて

今回は東京での公開は終了している「この世界に残されて」を横浜のシネマベティで観てきました。休憩時間の予告編で音響が割れていたのですが、きちんと対応して本編上映までには修復されて、「音が割れてすみません」のアナウンスもあり、細やかな対応が好印象な映画館です。

1948年のハンガリー。婦人科医のアルド(オーロイ・ハイデュク)のもとに、大叔母オルギ(マリ・ナジ)に連れられて16歳の少女クララ(アビゲール・セーケ)がやってきます。クララは収容所で父母から引き離され、妹が目の前で死んでいったという過去を持っていました。一方のアルドは何か生気のない顔をした一人暮らしの医師でした。初潮の遅れを気にしての受診でしたが、アルドは心配ないと診断します。それからしばらくして、突然、クララがアルドを訪問します。初潮があったことを伝えにきたのですが、彼女は他人はバカばかりと突っ張ったことばかり口走り、彼の家まで押しかけてきます。再び、クララがアルドの家にやってきて泊めてくれと言い出します。この前の訪問の帰り、アルドがクララを家まで送り、家の前で抱き合ったことがオルギにみられていて、それを責められたようです。ここに至り、アルドとオルギが話し合い、オルギは自分ではこの子を幸せにできないと言い、アルドも自分がいい父親になれるかわからないと言いつつ、クララはウィークデーはアルドの家で、週末はオルギの家で過ごすという生活が始まります。攻撃的だったクララもアルドとの生活は楽しかったみたいで、徐々に明るさを取り戻していきます。ある日、アルドの昔のアルバムを見た彼女は、彼もクララと同じ過去を持っていたことを知るのでした。

ハンガリーで短編映画の実績のあるバルナバーシュ・トートが脚本を書き、メガホンを取ったホロコーストの後日談を描いた作品です。88分という最近の映画ではかなり短い方ですが、ドラマチックな部分を省いて、心が揺れる様をつつましくも丁寧に描き出した演出は見事で、色々な解釈の余地を残しつつ、新しい時代の中で生き残ろうとする二人の姿を力強く描いていまして、静かな感動の残る映画になりました。まだ、これは純愛ドラマとしても見ることができます。愛するが故の切なさも感じ取ることができましたし、その深さを感じさせる余韻も見事でした。

強制収容所で父母と引き離され、目の前で妹が死んでいったという壮絶な過去を持つクララ。学のある両親のもとで育ったらしく、聡明だけど、周囲を見下したり、反抗的だったり、ちょっと突っ張った感じの女の子です。そんな彼女が、どういうわけか、物静かな医師アルドに興味を持ちます。彼女の周囲の人間の中で知的な男性だったからかもしれませんし、彼が初潮という彼女のプライベートな部分でかかわったことで、話しやすかったのかもしれません。「孤独を恐れることが悪いこと?」という彼女は、或る意味達観したところがありますが、収容所での経験が彼女の今の足枷になっていることは確かで、どこかで無理をしている感じです。一方の、アルドは、ユダヤ人の孤児院に寄付を持っていったりしていて、彼の腕には番号の入れ墨が見えます。彼もユダヤ人で、収容所を生き延びた一人だったとわかってきます。アルドはクララに一人の時に見るようにと彼のアルバムをおいていきます。そこには、彼やその妻、子供の写真がありました。アルバムを見て泣き続けるクララ。

それから後、クララはアルドに再婚しないのかと質問するようになります。そのつもりはないというアルドの答えに、クララは、じゃあ一生あなたの世話をするねとうれしそう。彼女は現状がこのままずっと続けばいいのにと思っています。一方で、アルドは外に出て同年代の友人を作れと言い、でも彼女が夜出かけるというと根ほり葉ほりと質問するのは、親心のような、でもどこかに嫉妬も心もありそうな。そんなクララにもペペというボーイフレンドができます。クララもペペとの未来を思い描いているのかはよくわかりません。このあたりの描き方はどうにでもとれるように描いてはいるものの、二人の同居生活は夫婦のそれと大差ないようです。二人がスープに塩を入れる入れないのやり取りなどはもう完全の夫婦の会話ですもの。このあたり、トート監督の細やかな演出は、二人の中に形はぼんやりとだけど深い絆が生まれていることを最小限の描写で適格に見せていきます。

しかし、彼らの幸せな生活に影を落とすものが現れます。ハンガリーはソ連の属国として社会主義化が始まり、普通に暮らしていた人が突然連れ去られて行方不明になるといったことがあちこちで起こるようになります。公園で二人で一緒にいるところを党員の教師に詰問され、クララは校長に呼び出されてしまいます。アルドの友人は、家族のために共産党に入党しますが、そこでアルドを監視するようにとの指示を受けたと告げに来ます。アルドも当局からマークされているようなのです。或る夜、いつものように二人寄り添って眠っていると、外で物音がして、アパートの隣人が連行されていきます。危機感を感じたアルドはクララにオルギのもとに帰るように言い、彼女もそれに従います。何か得体の知れない何かが生活を蝕み始める様子が描かれるのですが、それも過度にならず、全体のつつましさに相応しく抑制が効いています。

物語を最小限のエピソード、最小限のセリフで語りきるうまさは見事で、愁嘆場を盛り上げて泣かせることをしなくても、人生の悲しみや苦悩を描けるところに感心。普通の映画なら、アルドが自分の心情を言葉にして一気にドラマを盛り上げる山場があるのですが、この映画はそこをスルーして表情を変えないアルドの中の心のうねりを観客に想像させる作りになっているのがすごい。静かでシンプルな作りになっていまして、登場人物の感情の振れ幅を最小限にしているのに、その想いの深さは是非劇場で確認していただきたいです。クララにフラッシュバックする想い出が、父母や妹の楽しい記憶ばかりというあたりというのも、この映画の味わいを増しています。

演技陣は皆好演していまして、主演の二人の多くを語らない存在感がお見事でした。ヒロインを演じたアビゲール・セーケの饒舌の中に秘めた悲しみの演技、そして二人の関係が深まるととともに生じてくる微妙な距離感など、演出のうまさも勿論あるのでしょうけど、どこかミステリアスな部分を残した匙加減が見事でした。ラストで見せる、時代を乗り越えて生き抜く人間の姿はたくましくも切ない余韻を残します。それは、純愛映画のようでもあり、悲恋ドラマのようでもあり、でも決してデッドエンドではない未来への希望もすべてひっくるめて映画としての興奮がありました。



この先は結末に触れますのでご注意ください。



この先、再婚しないの?なら、私が一生面倒見るねと、クララに言われたアルドは、病院に来た女性エルジを食事に誘います。一方、ダンスパーティで知り合ったぺぺという若者と知り合ったクララは、彼と付き合うようになります。デート中に、ぺぺから、この町を出よう、もし君が望むなら、この町に残ると言われるクララ。そして、お話は急に3年後に飛び、エルジの誕生日になります。クララとエルジのもとに、アルドはエルジを伴って現れ、そしてぺぺが遅れてやってきます。ラジオでは、スターリンの死去を伝えていて、「これで、世の中もよくなる」とはしゃぐぺぺと、それを観て苦笑するアルドとエルジ。エルジは誕生日の乾杯を「今は亡き人々」に捧げるのでした。バスに乗るクララの横顔を捉えたカットから暗転、エンドクレジット。

結局、クララはアルドのもとを去り、アルドはエルジを、クララはぺぺというパートナーを得て、人生を歩み始めるというのを、そこまでの過程を全部省略して、エピローグに持っていく演出はちょっとびっくりではありましたが、こういう見せ方をすることで、二人の出会いが、始まりも終わりもない、各々の人生の1ページになるという結末は、人間の力強さを感じさせました。一方で、クララもアルドもお互いを愛していて、相手の幸せを祈っているあたりは切ない恋愛ドラマということもできます。収容所で大きな傷を負った二人が、新しい過酷な時代の中で、相手を大切に想いながら生き抜こうというラストは静かな感動がありました。
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コメント

pu-koさん、コメントありがとうございます。す。

これ、いいですよ。私もノーマークだったのですが、知り合いのオススメで観てみたら大当たりという感じ。映画そのものにはドラマチックな展開はないのですが、主人公二人にはものすごい過去があったという、考えるとヘビーなんですけど、映画の味わいは穏やかで、ちょっとだけ切ない幕切れ。1時間半弱の中に色々なものが一杯詰まっていて、でも味わいはライトな映画ってなかなかないです。

No title

良さそうですねぇ。
好みの作品の予感。
機会があればぜひ観たいと思います。

木蓮さん、コメントありがとうございます。

この映画、予告編がよくないんですよ。不必要に暗くて怖そうなイメージを強調していて、切ないほっこり系映画なのが全然伝わってこない。発端はホロコーストなんですが、それを乗り越えていく人間と、寄り添う想いの強さを描いた映画です。御覧になる機会があったら、是非トライしてみてください。

No title

この映画は観ることができたんですけど、スルーしちゃいました。
評判が良いのは知っていたんですけど、ナチスは本当に多くの国に影響を与えたんだと思うと、気が滅入っちゃって。
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「この世界に残されて」

ホロコーストを実際に体験した人々を描く作品として、体験したさなかを描いている作品や、戦後幾分経ってから回想の形で描いている作品はこれまでかなり鑑賞してきたが、ホロコーストの直後の市井の民のことを描いていた作品に接することは少なかったように思う。それはあまりにも混乱している時代であったから、とか、あまりにも生々しすぎて、とか色々理由はあるのかもしれないが、ひとつには「トラウマ」の描き方が難しい...
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