今昔映画館

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「モーリタニアン 黒塗りの記録」は現在進行形のアメリカの暗部を捉えた映画として見応えあります。

モーリタニアン 

今回は、新作の「モーリタニアン 黒塗りの記録」をTOHOシネマズ日比谷6で観てきました。ここはTOHOシネマズのシネコンにしては、縦長で傾斜がきつくて真ん中くらいに席を取ってもスクリーンを見下ろす感じになるのは想定外。6番は要注意劇場だわ。
 
2001年、アフリカのモーリタニアから連れ去られたスラヒ(タハール・ラヒム)が、キューバのグアンタナモ米軍基地に拘束されているという訴えが家族から起こり、アメリカの弁護士ナンシー・ホランダー(ジョディ・フォスター)が無償奉仕活動の案件として担当することになります。スラヒは、9.11アメリカ同時多発テロのリクルーター(実行犯斡旋者)とされていて、その男の人権擁護の立場に立つということで、彼女の所属する事務所は腰が引けていました。一方、アメリカ軍のスチュアート中佐(ベネディクト・カンバーバッチ)は、上司から、9,11の戦時法廷の死刑第1号として、スラヒを告訴するようにと命令を受けます。それは、大統領からの命令でもありました。ナンシーは助手のテリー(シャイリーン・ウッドリー)を伴って、グアンタナモを訪れてスラヒと面会をします。スラヒは彼女の申し入れを受け、証言を手記として彼女に送ることを約束します。ナンシーとしては、彼が不当に逮捕され、裁判にもかけられずに不当に拘束されていることを立証しようとし、彼に関する公文書を政府に要請したのですが、たくさんの段ボールに入った書類は、ほとんどが黒塗りで読めないものでした。一方、裁判に持ち込もうとするスチュアートですが、こちらも訴訟に十分な調査資料を見つけることが出来ずに困っていました。書類の中に友人のザッカリー(ニール・バックランド)の名を見つけて、相談をかけると、報告書の元ネタの資料があるんだけど、それは機密度が高くて、見ることができないと言われてしまいます。スラヒは本当に9.11のリクルーターだったのでしょうか。そして、そのことで彼は裁判で死刑になってしまうのでしょうか。
 
イギリスのテレビでの実績があるローリー・ヘインズとソフラブ・ノシルヴァニが脚本を書き、「ラスト・キング・オブ・スコットランド」「消されたヘッドライン」などで知られるイギリスのケヴィン・マクドナルドがメガホンを取った実録ものの一編です。最近の映画は実話ベースのお話でも「inspired by a true event」といった表現が使われることが多いのですが、この映画は珍しく冒頭で「It’s a true story」で言い切るのが新鮮でした。プログラムを読んだら、映画は南アフリカとモーリタニアで撮影されたそうで、なるほどアメリカはあまり関わっていないらしいです。グアンタナモ米軍基地に、9.11の容疑者が不当に拘束されて、ひどい扱いをされていたということを知ったのは、2007年「グアンタナモ、僕達の見た真実」という映画の紹介記事でした。この映画は見逃していたのですが、不当な拘束と拷問があったということがわかってきたところまでは知っていたのですが、その先について描かれたのがこの映画でした。「グアンタナモ、僕達の見た真実」で扱われたのは不当に拘束されたパキスタン出身の英国人でしたが、この映画では、ビンラディンと接触があったとされてモーリタニア人が主人公となっています。
 
この映画の構成は、人権派弁護士ナンシーの動きを見せるところからミステリータッチで始まり、そこからドラマの中心はスラヒの回想に移り、スチュアートとナンシーが別々の立場から、グアンタナモで行われたアメリカ軍による脅迫と拷問を知るところをクライマックスとしています。アメリカの人には周知のことなのかもしれないけど、ヨーロッパやアジアだと詳細までは知られていないのかな。こういうことがありましたという部分をクライマックスにしているのは、やはり、この事実をサプライズとして受け止める観客を対象に作られているようです。最初に、ナンシーがスラヒと面会するシーンでは、彼がそんな拷問を受けていたということを微塵も見せませんし、前半の回想シーンでの最初の尋問は、CIAの人間なのか、割と紳士的に行われます。あれ、意外と普通の尋問だなというのがずっと続いて後、クライマックスで一気にアメリカ軍による脅迫と拷問のシーンとなります。この事実がアメリカでどの程度ポピュラーなのかはわかりませんが、むしろ外国人に向けた映画という印象となりました。そのシーンはなかなかに凄惨ですが、そこまでのドラマを全てぶっ飛ばすような見せ方ではありませんし、G指定の映画なので、未見の方もそういうシーンがあるからという理由でスルーされないことをオススメします。
 
映画は、当事者のスラヒ、弁護士ナンシー、裁判の検事側に立つスチュアート中佐を並行して描いていきます。その中で、9.11直後のアメリカ全体がどこかおかしくなっていた様子が見えてきます。中佐の上司が「この罪を誰かが償わなければならない」というところに狂気の沙汰の核があるように思いました。9.11の同時多発テロは、アメリカ国民へのショックも勿論ですが、アメリカという国にとっても国家の足元が揺らぐ事態でした。その結果、アフガニスタン侵攻とか、容疑者の国境を越えた拘束監禁といった無謀な好意に走っていきます。その経緯には色々な利害関係があったらしいのですが、そこを置いといても、国家として、早急に主犯を特定して逮捕することが求められていたようです。犯人を捕まえて裁判で極刑を与えないことには国家の威信も保てないし、国民も納得しない。そこで、犯人を押さえて、刑を確定させれば、国も国民も気持ちの一区切りがつけられて枕を高くして眠れるようになる、そんな感じではなかったのかしら。
 
だから、とにかく早く犯人を特定して、処刑してしまえということになり、そのためには本当に犯人なのかという部分が後回しになってしまったようなのです。アメリカという国と国民が安心するためには、早く誰かを犯人として裁く必要があったというところで、以前に観た「デビルズ・ノット」という映画を思い出しました。この映画でも、ある田舎町で起きた殺人事件で、悪魔新興の若者を犯人に仕立て上げようとした事件を扱っていますが、事実をはっきりさせて、心やすらかになりたいというのは誰でもある心理であって、決して他人事ではないことを再認識させる怖い映画でした。この映画でも「この罪を誰かが償わなければならない」ってところから始まり、その結果、その誰かが誰でもいいってことになってしまった。そこに人種差別や宗教差別も加わって、行動がエスカレートしてしまったようなのです。証拠が不十分なことにスチュアート中佐が疑義を唱えても、周りは「あいつはビン・ラディンとつながるテロのリクルータだろ、そんなの疑いの余地のないこと」と、まるで中佐が犯人を擁護しているような扱いをされてしまいます。脅迫や拷問といったことがアメリカ軍によって21世紀になっても行われていたというのはショッキング(これが中国やロシアならまだしも,,,というのも結構怖いですが。)でしたが、平和な日本人にとっては海の向こうのお話として客観的に語れる部分もあるのですが、誰かをスケープゴートにして心の平穏を得たいという心理は他人事ではありません。日本で起こった猟奇的な事件の犯人逮捕の過程の中で、こういうことが起こってるのかもと思わせる映画でもありました。
 
また、この映画の面白い視点だと思ったのが、スラヒに辛い拷問を耐えさせ、スチュアート中佐に証拠不十分だから起訴できないと言わせる原動力が、信仰にあったというところです。前者はイスラム教、後者はキリスト教で、異なる神様(大元は同じですが)を信じる二人ですが、信仰があったから、理性的な行動が取れましたという見せ方には、そういう解釈もあるのかと感心してしまいました。ISISやイスラム原理主義、キリスト教原理主義、創造科学など(場末なところでは、幸福の科学の霊言とか)、最近の宗教には「排他的」「狂信的」といったイメージが多くて、ポジティブには受け入れられにくい雰囲気になっています。ですが、この映画では、アメリカ軍(アメリカ国家というべきか)の無法な暴力に対する歯止めとして、信仰が位置づけられているのです。なるほど、スラヒやスチュアート中佐を、特別に強い人、不正を許さない人としてしまうと、偉人伝に近い、特別な人の物語ということになってしまうのですが、これを深い信仰があった人だからということにすると、普遍的な人間の物語になるんだなあって感心。遠い向こうにいる人が急に隣人にまで近づいてきたという感じかしら。(向こうの人は、信仰があるのが当たり前だそうなので、そういう感じかなという想像です。私は、神様との契約というのが信じられなくて苦手なので、あくまで想像。)
 
 
 
この先は結末に触れますのでご注意ください。
 
 
 
ナンシーはスラヒの手記から、スチュアート中佐は友人の好意でアクセスできた極秘情報からグアンタナモで行われた非人道的な脅迫や拷問を知ることになります。そして、その中でテロに関与していたことを自白させられていたのでした。スチュアート中佐はスラヒを告発することを断念し、その結果、軍での地位を失うことになります。そして、法廷とグアンタナモ基地を回線で結んで、スラヒが証言する機会が与えられます。裁判で彼は勝ち、これで家に帰れると思いきや、アメリカ政府は上訴し、彼はずっと拘束されたままになり、その間に自分の経験を本にまとめて出版しますが、その手記はアメリカ政府によって多くの黒塗りがあったままでの出版となりました。2010年にやっと釈放されるのでした。しかし、グアンタナモはまだ閉鎖されることなく存続し続け、そこには拘束されたまま裁判を受けられずにいる9.11の被疑者がいるのでした。

ラスト近くで、法廷で彼が基地での不当な扱いについての証言の場を与えられ、裁判に勝つところでそこそこのカタルシスがあるのですが、その後、エピローグで、裁判で勝ってから釈放まで8年を要したこと、そして、まだグアンタナモ基地は健在で、スラヒのように拘束されたまま裁判も受けられずにいる ことも示され、暗澹たる気分でエンディングを迎えることになります。ラストでスラヒ本人が画面に登場して、その明るいキャラに若干救われはするのですが、アメリカを告発したまま終わるあたりは、なるほどイギリス映画なんだなあって実感。20世紀のアメリカ映画は、自国の恥部を告発するような映画をメジャーな映画会社も作っていたのですが、最近のアメリカ映画にはそういう視点を持った映画が少なくなってしまったように思います。ともあれ、9.11を知る上で、観るべき映画だと思いますし、また、9.11以降、暴力や差別をもたらすものとして見られがちだった信仰に対して、理性の原動力という見せ方をしているという点でも、面白い映画ではないかしら。
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コメント

木蓮さん、コメントありがとうございます。

公開劇場が少ないのですね。東京の劇場でも2週目から1日2回とかの上映になっちゃっていましたから、あまりお客さんが集まらなかったみたいです。こういうことをするアメリカをきちんと告発するアメリカ映画すごいと思ったらイギリス映画だったというのがちょっと残念。昔のハリウッドならこういう映画作っただろうにと思うのですが、ハリウッドだと製作費がかかり過ぎて、当たらない映画にはお金が出せなくなっているのかも。

公開劇場が少ないのが残念

遠征して観ました。
黒塗りをアメリカもやるんだな〜って思いました。
こういう陰湿なのは日本だけかと思ってました。
9.11は確かに衝撃でしたし過敏になるのもわかるけれど、どれだけ無実の人が拘束されていたのかを考えると怖いです。
この裁判以降も8年も拘束されていたという事実も重いですね。
中国やロシアならまだしもアメリカですからね〜。
観ておきたい映画でした。
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Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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