今昔映画館

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「国境の夜想曲」はドキュメンタリー映画というよりは、動く写真集のような味わい、それも報道写真集でなくアート系。

国境の夜想曲  

今回は新作の「国境の夜想曲」を横浜みなとみらいのKinoCINEMA横浜みなとみらいシアター3で観てきました。いつ行っても混んでることはないのはありがたいのですが、シネコンのような商業施設のキックバックのない映画館だけに、お客さん少ないと潰れちゃうんじゃないかってちょっと心配。

イラク・レバノン、シリアの国境地帯をカメラが映しとっていきます。石の建物の中を女性たちが歩き回っています。そこで自分の息子が殺されたと嘆く初老の女性。バイクで水辺にやってきた男は、銃を持ってボートに乗り、夜の闇の中に狩りに出かけます。夜の街を眺めながら語り合う恋人たちもいます。精神病院では患者が演者となって、祖国の成り立ちについての劇を作ろうと練習を重ねています。国境守備隊と思われる女性兵士だけの部隊が、交代でストーブを囲んで暖を取りながら丘の上で見張りを続けています。学校で、ISISの襲撃から生き延びた子供たちが自分たちが見たをこと語り、それに聞き入るカウンセラーがいます。たくさんの兄弟のいる少年は様々な仕事で家計を支えなければなりません。爆撃のせいで、廃墟状態の街の一角では、母親がISISに連れ去られた娘からの電話メッセージに聞き入っています。カメラは多くの人々の人生の一部を切り取っていくのでした。

エトアリア出身で、米伊の国籍を持ち、ドキュメンタリー映画で受賞歴のあるジャンフランコ・ロージがイラク、シリア、レバノン、クルディスタンの国境地域で3年間に渡り撮影したドキュメンタリーです。でも、日本で言うところのドキュメンタリー映画とはかなり趣が違っていまして、作り手の視線が前面に出た、映像詩ともいうべき作品になっています。日本の、フィクションとノンフィクションという区別の隙間に落ちるような、どちらとも言い難い、フィクションかノンフィクションか云々する意味がないとでも言いましょうか。事実と思しき映像を使ったイメージビデオみたいな感じなんです。イメージビデオというと、ミュージシャンやアイドルのプロモーションビデオみたいに受け取られそうですから、なかなか適切な言葉が浮かばないのですが、作り手の意図が目いっぱい入った写真集の映像版と言ったら伝わりますかしら。実際のあること、あったことを素材にしているのですが、映像化するにあたっては、きちんとカット割りもしていますし、劇映画的なモンタージュもあり、かなり作り込んだ映像で構成されているのですよ。それらを散文的につないで1本の映画にまとめましたという感じ。明確なメッセージは語らないけど、観た人それぞれが感じてくださいねというのは、文字通りアート系写真集みたい。日本のドキュメンタリーという括りに入れるとヤラセだと言われそうなんですが、そもそもこの映画はドキュメンタリーじゃないと思ってスクリーンに臨んだ方がよさそう。じゃあ、この映画で登場するのはフィクションなのかというとそれも違う。多分、登場するのは実際にそこに住む人々でしょう。でも撮影時には、監督の指示で動いているのかなって気がします。というわけで、この映画はフィクションかノンフィクションかと言い始めると不毛なアラ探しに陥る可能性が高いです。事実に基づく写真集の映像版、もしくは、世界の片隅を捉えた映像詩、という風に思うのがいいのかな。

この映画から伝わってくるのは、アラブの国境地域では、政治的な暴力や貧困があり、それでも、そこに住む人々の日々の営みがあるということでしょうか。私の日本人目線からしますと、拷問で死んだ息子の写真を見ながら嘆く母親の姿は見ていて辛いものがありますし、ISISの虐殺を目の当たりにした子供たちの証言には胸が締め付けられるものがあります。極東の島国の自分ですら、色々と感じるところが多いのですから、地続きのヨーロッパやアジアの人々にとってはより身につまされるものがあるのではないかしら。過酷な状況下で生きる人々の姿を見せることで世界の今を見せようとしているのか、人間のしぶとさを描こうとしているのか、その辺のところは正直よくわからないのですが、様々な映像のコラージュみたいな作りの映画でして、その映像に身を任せるのは、写真集を繰って読んでいるような気分になります。

多くを語らないで日々の営みを見せていく構成なんですが、その中で、精神病院の患者の演劇のエピソードが妙に浮いているのが気になりました。精神病院の患者が演者となって、その国の歴史を劇にして上演しようとします。病院側の人間が台本を書いて演出するさまをカメラは追っていきます。その物語は欧米やISISに振り回されてきた国と国民の嘆きを描いたものですが、画面に登場する演出家の作為に、ロージ監督の演出が加わり、他のエピソードに比べると明らかに饒舌。精神病院という特殊な場所も市井の人々の営みとは一線を画しています。リアルな現実を描いているタッチのエピソードの中で、このエピソードだけ作り込み感が強いので、映画のアクセントということもできますが、ここだけ寓話的な見え方が不思議な後味になりました。この地域がこれまでどういう扱いをされてきたのを伝えたかったのに、日々の営みからそれを汲み取ることが難しかったのかな。

直接の暴力とか戦争の悲惨さを見せるのではなく、そういう過酷な状況にある人々の普段の生活を切り取っていくという作りになっていますので、テンションが上がるとか、感情を奮い立たせるといったシーンはありません。ISISに誘拐された母親が娘からの電話の録音を聴いてるシーンや、息子の死を嘆くシーンも見せ方はクールです。目の前で人々がISISに惨殺されるのを目撃した子供たちの見せ方もあくまで淡々としたタッチです。あまりにも過酷な現実で、自分だったら、彼らのようには生きられないだろうって思う一方で、それでも生きる彼らの強さには、驚きと尊敬を感じてしまいました。彼らの日常を支えている精神的な柱って何なんだろうって。監督としては、強さを切り取ろうとしているようにも思えました。悲惨な現実を描いているのですが、その現実の中で日々の暮らしを立てている人々を見せることで、観た後味は意外とすっきりとした感じでした。

映像としては、美しい絵が多く、そこからも写真集みたいな印象を持ったのですが、そういう見せ方をしつつ、過酷な現実を伝えるという作りは、こういうのもドキュメンタリーと呼ぶのかなって、気がしました。こういう作りの映画をドキュメンタリー映画と呼ぶには、ちょっと違うような気がしますが、適切な言葉が見つからないので、そういう括りになるようです。この映画がドキュメンタリーかとか、ノンフィクションかとか問うのも意味がないと気づかされる映画でした。ドキュメンタリー映画なら、これは事実なんだとか、ノンフィクションだからホントの話なんだということ自体、映画の本質を見失うのかもしれないなって。一方で、映像の中から事実を読み取ることって難しいよなあってことにも気づかされました。歴史を伝えるのに、文字とか写真とかが有効で、動く映像はさらに有力な手段だと思っていたのですが、動画の方が、作り手の意図を余計めに組み込めるメディアなんだということを改めて再認識してしまいました。(何を今さらですが)

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コメント

木蓮さん、コメントありがとうございます。

おー、シネマルナティック面白いブッキングをしますね。これ、予告編を観ていると国境のあたりに暮らす人々を描いたドキュメンタリーだとわかるのですが、事前情報が何もないと、確かに「何じゃこりゃ」になってしまうかも。
私は予告編でドキュメタリーと思っていたのですが、実際に観たら動く写真集だと気づいて、それなりに楽しんだのですが、事前情報がないと鑑賞がしんどい映画もあるのですね。

睡魔との戦いでした(^_^;)

『白い牛のバラッド』と一緒に上映していたので、二本立てで観たのですが、どう観たら良いのか分からなくて睡魔が襲ってきました。
説明がないので、カヌーの人は何が目的なんだろうとか、新婚に男性の太鼓の意味は何だろうとか、考えても分からないので、ちょっと辛かったです。
銃声が聞こえる中でも、景色が綺麗なのには感動しました。
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Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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