「迷子の警察音楽隊」はタイトルから期待しない方が楽しめます
年が明けてからあまり映画館に足を運べていないのですが、川崎チネチッタ1で「迷子の警察音楽隊」を観てきました。
エジプトからイスラエルへやってきた制服姿のアレキサンドリア警察音楽隊8人。彼らはアラブ文化センターでの演奏のためにやってきたのですが、迎えの人がいません。自力で目的地へ行こうと、バスに乗ったのですが、着いたところは何もないような田舎町ベイト・ティクバ。どうやら行き先の違うバスに乗ったようです。リーダーのトゥフィーク(サッソン・カーベイ)はどこへ行くあてもありません。バス停近くの食堂の女主人ティナ(ロニ・エルカベッツ)が親切にも、8人を3人3人2人に分けて一晩泊めてくれることになりました。トゥフィークと若くて生意気なカーレド(サーレフ・ヴァレリ)の二人はティナの家に泊まることになります。さて、このイスラエルの田舎町で一晩過ごすことになった8人はどんな朝を迎えることになるのでしょう。
イスラエルのエラン・コリリンが脚本、監督をしているイスラエル映画です。かつては敵対していたエジプトとイスラエルの間にあるのは冷やかな平和と呼ばれているそうですが、そういう微妙な関係になっているときに、エジプトから来た警察官たちがイスラエルの中で文字通り迷子になってしまうというお話です。そして、来たこともない土地で、他国の人の世話になり、一晩お世話になるのがメインストーリーで、特に8人のうち、トゥフィーク、カーレド、シモン(カリファ・ナトゥール)の3人を中心にドラマが展開していきます。冒頭の字幕で「とるに足らない事件が起きた」と出るのですが、実際にドラマチックな展開はなく、とるに足らない事件として描かれます。
トゥフィークは堅物で頑固なオヤジ風でして、その分、言いたいことを相手に伝えるのが苦手です。一方の若いカーレドは、女の子にも声をかけるのがうまいし、時として反抗的でもあります。シモンは早く指揮者になりたいと思っているクラリネット奏者で、途中まで作曲した協奏曲を持っています。音楽隊の面々とイスラエルの気のいい人々の一晩を小さな事件としてさらりと描いているのは、好感が持てる反面。警察の音楽隊という設定は、出オチみたいなもので後半のドラマに絡んで来ないのはちょっと不満でもあります。
夜になって、ティナはトゥフィークを町へと連れ出します。ティナは実直そうなトゥフィークにモーションをかけてくるのですが、彼はそれを困ったような顔をしながら受け流すだけです。威厳の裏にあるもろさを見透かされたトゥフィークですが、ティナはそんな彼に好意を抱きます。一方カーレドは、食堂で一緒だったパピという若者に無理やりついてって、初デートにまでついて行っちゃいます。そして、女の子をどう扱っていいのかわからないパピを助けて、なんとかデートを成功させようとします。さらに一方のシモンは、失業中のイツィクの家に3人で押しかけて、息苦しいような雰囲気で食卓をかこむのですが、最後には音楽とイツィクの赤ちゃんが空気をなごませてくれます。
トゥフィークは日本人目線でいうとやたら威張ってる職場の嫌われ部長みたいな感じで登場します。ティナのアプローチにはどうしていいのかわからない、できるのは自分の子供と妻について話すことだけ、威厳の下はかなりもろいキャラになっているのがちょっと意外でした。これじゃあ、人の先頭に立てるのかよと思わせるところもありまして、あまり共感を持てませんでした。若いカーレドの方がまだわかりやすいキャラで、いるよねどこにもこういう奴と思わせるところがありました。何で、こんなことをクドクド書いてるかというと、物語らしい物語がないのです、この映画。なんとなく夜が更けて、そして翌朝には音楽隊は目的地へと旅立っていきます。何かを残していくというよりは、存在が幻であったかという見せ方は面白いと思いました。音楽隊はアラビア語で話し、ティナたちはヘブライ語で話し、相互の会話は英語で行われるのが「おや」と思う発見でした。英語くらい話せないとヤバイのかなあって。後、世界の有名な音楽も知っといた方がいいみたいで、「サマー・タイム」とかチェット・ベイカーといったキーワードが意思疎通のきっかけになるようです。
また、知らなかったのですが、イスラエルのテレビでかつて多くのエジプト映画が上映されていたのだそうです。その映画の内容を、ティナが自分の人生と照らし合わせて語るシーンが印象的でした。敵だったけど他人じゃないという距離感は、日本人の私には理解できないのですが、世界のありようの一つとして、勉強になりました。
一本の映画としては佳作というところに収まるのでしょう。1時間半弱でまとめているのも、ストーリーのシンプルさからすれば賢明だったと思います。とはいえ、ドラマチックなところがまるでない映画なので、好き嫌いがわかれると思います。「迷子の警察音楽隊」というタイトルに惹かれて観に行くと若干物足りないのですが、「イスラエルで迷子になったエジプトから来た制服のみなさん」と思えば、この静かな展開もありなのかなって気になれると思います。