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「チェルノブイリ・ハート」は焦点を絞り込んだだけ、訴えるメッセージは身近で重い


今回は東京での公開は終了している「チェルノブイリ・ハート」を静岡シネギャラリー2で観て来ました。座席数47のちっちゃな映画館で、こういう映画を観るにはふさわしい映画館。でも「ゴースト・ライター」や「ハンナ」も静岡ではここでの上映なんです。何か、静岡の映画興行大丈夫かなあって気がしちゃいます。

チェルノブイリの原発事故から、16年後、まだベラルーシ共和国のほとんどが危険区域になっていました。そして、事故の前後から、その後に生まれた子供たちに水頭症や知的障害がたくさんいるのです。若くして甲状腺ガンに苦しめらる子供たち。重度の障害児は、親からも見離され、遺棄乳児院に収容されています。チェルノブイリから200キロ離れた高校で、生徒の調査を行ったところ、体内のセシウムのレベルが高い子供が何人も見つかります。どうやら食べ物が放射能に汚染されているようなのです。そして、ベラルーシのミンスクの病院では、健常児が生まれる確率は15~20%という驚くべき言葉が語られます。「チェルノブイリ・ハート」と呼ばれる心臓疾患を持った子供が7000人も手術の順番を待っています。アメリカからの医師団による手術が行われてはいますが、その数はとても全体にまでは間に合わず、手術の順番待ちをしている間に多くの子供が命を落としていたのです。マキシムという若者は原発から3キロのところに住んでいました。何年かぶりに自分の住んでいたアパートを訪れる彼は、「もうここへ帰ってくることはないだろう。でも、ずっとここに住んでいたかった」と言います。

アメリカのマリオン・テレオが監督したドキュメンタリーです。チェルノブイリ原発事故は、土地や食べ物の汚染、補償の問題とか、さまざまな切り口を持っているのですが、この映画は、そういうところではない明快なメッセージを観客に叩きつけてきます。それは、「事故で子供たちが犠牲になり続けている」ということです。映画は、大人の被害者や土地を追われた人に興味を示さず、ガン病棟や、精神病院、乳児院の子供たちをひたすら追っていきます。危険区域に住む老人たちもちょっとだけ登場しますが、監督は大人には興味がなさそうです。事故によって未来を奪われた、あるいは奪われつつある子供たちの存在をこの映画は語りかけてきます。

もう少し、反原発とか、反政府といったイデオロギーが前面に出てくるのを想像していたのですが、実際に観てみれば、そういう政治的なメッセージはなく、そこにある子供たちをひたすら追う映像になっていました。悲しみこそあれ、怒りはこの映画からは感じられませんでしたから、人によってはそこを物足りないと思うかもしれません。また、怒りを直接見せない映画から、ある種の祈りを感じられるかもしれません。観る人によって、その感じ方は違ってくるでしょう。特に、今回の福島原発の事故で被災した方がご覧になったら、他人事ではないでしょう。子供たちが蝕まれるまでには時間がかかり、そして、それを原発事故との因果関係を証明することがすごく難しいということもこの映画では描かれています。確かに、日本の水俣病のことを思い返してみても、政府も企業も因果関係をなかなか認めようとはしませんでした。同じことがまた日本でも起こるのかもしれない、そういう警鐘を打ち鳴らすことには意味があると思います。原発事故の先達で、こういうことが起きているのだから、幼い命への配慮はいくらでもやりすぎることはない。結局、子供たちの健康に害が及ばなければ、それに越したことはありません。でも、チェルノブイリの周囲では、障害を持った子供、心臓に穴の空いた子供、ガンにかかった子供が異常な確率で存在しているのです。

なんだか「ガンバレ日本」の情緒的な掛け声だけでやりすごそうとしている風潮には、どこか変だなと思っていたのですが、その理由が何とかわかってきたような気がしました。それは、子供への被害は後になって出てくるから、今のうちに復興気分を盛り上げておいて、子供の被害が出たときに、因果関係を問う雰囲気を封じ込めてしまおうとしているのではないかしら。「ガンバレ日本」で盛り上がってしまえば、疑問や問いかけは、場の空気を損ねるものになってしまうからです。とはいえ、結論としては、福島周辺の子供たちに、障害や病気が発生しないことを祈るしかありません。もし、出てしまったときには、手厚い補償がされることが必要です。この映画で痛々しかったのは、子供たちの病院が経済的な問題で十分な治療や看護ができていないということです。

ショッキングな映像としては、頭蓋骨が発達しないで脳が外に飛び出した赤ん坊や、腰に大きな腫瘍ができて仰向けに寝られない子供たちが登場します。病院に収容された知能障害の子供はどうやら栄養失調になっているようなのですが、扱いはかなりぞんざいです。そういう子供たちは、昔からある程度の割合で生まれてきているのでしょうから、その比率が上がったから、即、原発事故に結びつけるのは難しいとか言われそうです。でも、実際に医療の現場では、チェルノブイリの事故以降、障害を持った子供が増えたと語られています。日本で、そうならないことを祈るばかりですが、もっと、チェルノブイリから学ぶべき未来があるということを知ることができるだけでも、この映画は観る価値はあると思います。

映画の後半は、ある青年が自分がもといたアパートに帰るというエピソードが追加されています。原発から3キロという近いところで、廃墟となったアパートを見て回る青年。何も持って行ってはいけないという状況での避難命令。彼にとっての思い出が全て奪われたことに「クソッ」とつぶやく青年ですが、全ては奪われてしまったのです。

映画の中盤で、危険地域の村を監督が訪れるシーンがあります。そこに住む老人は、「自分たちはここに住むしかないし、今だって無事に生きてるじゃないか」と言います。映画はそういう老人を否定的に捉えることはしていません。年寄りはそれでもいいかもしれない。でも、未来のある子供たちはそうはいかない。そして、子供たちは大人たちよりもずっと弱いのだと映画は語りかけてきます。そうなんだよなあ、大人よりも、子供たちの方が未来は長いし、現時点では弱い存在なんだ、だから、大切に扱わなければいけないという静かなメッセージには耳を傾けざるを得ませんでした。
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No title

もくれんさん、コメントありがとうございます。この映画は、声高にメッセージを語らない分、腹にひびくものがありました。今の日本は安易に希望を振り回しすぎてるような気がして、疑問とか憂慮とかを発言しにくい感じになってるのが、気になります。

No title

こういうのこそ、全国で上映すべきだと思いますが~(-_-;)
情報はおおいに越したことはないですよね。
福島の子供たちには定期健診を密にするとか、不安を取り除くことをしてあげて欲しいです。
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einhorn2233

Author:einhorn2233
Yahooブログから引っ越してきました。静岡出身の横浜市民で映画とサントラのファンです。よろしくお願いいたします。

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